南極観測隊便り 2017/2018

第59次南極地域観測隊 内陸調査隊の活動をお伝えしていきます。
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2018/02/18new

5名が成田到着

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ドーム隊メンバー5名を含む59次南極地域観測隊(先遣隊:隊員12名、同行者1名)は、2月17日に予定通り成田空港に帰国しました。
14:42 | 投票する | 投票数(11)
2018/02/14

「きょくまん」

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国立極地研究所のアイスコア研究センターでは、低温室運営にかかるブログ「低温室便り」を運営しています。

http://polaris.nipr.ac.jp/~coldlab/NC2/htdocs/?page_id=36

そこでいただいた情報です。

国立極地研究所の広報が出版する刊行物「極」に、極地観測にまつわる出来事を漫画にしたコンテンツがあります。ここに、過去2回のドームふじでのアイスコア掘削にまつわるいきさつの内容がありました。P6です。私達が今シーズン出向いたドームふじの現場の過去も描かれています。

http://www.nipr.ac.jp/kouhou/PDF/Kyoku-no17.pdf

これも「時の流れ」の一部になります。Once upon a time at Dome Fuji. (かつてドームふじで)

藤田 記
06:57 | 投票する | 投票数(5)
2018/02/14

ケープタウンへの移動

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2/5の投稿記事「待ち」のフォローアップとしての経過報告です。前回投稿以降、昭和基地滞在中は荒天が続きました。昭和基地では、荒天の程度に応じて、外出に制限がでてきます。昭和基地からの外出が申告制かつ複数名での行動が原則となる「外出注意令」がしばしば出されていました。低気圧が昭和基地北方を通過して数日荒天が続いたあとに、半日~1日程度穏やかなタイミングがあるような状況を繰り返していました。最終的には、荒天が一時的に収まり、空路帰国するメンバーが移動可能なチャンスがでたのが2/11でした。それまでも、何度か「ヘリ搭乗のため待機」という指示がでて荷物等をまとめスタンバイしたのですが、荒天で数回中止となりました。2/11朝に、空路帰国する14名の観測隊員や同行者が昭和基地から大陸上の航空拠点までヘリコプターで輸送されました。同日午後に、輸送を担うDROMLANという航空網のプロペラ機「バスラ-ターボ」が飛来し、隊員をノボ基地滑走路まで輸送しました。この輸送の完了が2/11夕刻。隊員らは、ノボ基地滑走路の宿泊施設(ベッドが多数設置されたコンテナ)に一泊し、翌日2/12午後の大陸間フライトによって、ケープタウンに移動しました。ケープタウン到着は2/12夕刻となりました。昭和基地から移動を開始して早約35時間後、ほぼ100日ぶりに街の環境にはいりました。これらの移動にあたっては、昭和基地の観測隊の方々、「しらせ」、それに国内の国立極地研究所や各機関からの支援など、様々且つ甚大なご支援を受け続けました。ここに記し、深く感謝申しあげます。昭和基地を去る際には、見送ってくれた昭和基地越冬隊の方々と、挨拶・握手・抱擁が続きました。
 
成田到着予定は17日となります。データとりまとめや研究の展開としては、新たな段階、そして長いエフォートの時間が間もなく始まります。来年の観測隊も間もなく冬期訓練がはじまり、10月に日本を出発する予定の次期ドーム内陸隊(夏隊メンバー)も準備を始動します。南極昭和基地で越冬観測を開始した方々とは連絡を密接にとりあいすすめます。アイスコア研究は、チームによるとても息の長いエフォートであるというのは私の確信です。少なくともこれまではそうでした。長い努力の先には、とても重要な知識が世の中に供給されていく。自らを鼓舞。各方面との連携もうまくとって。研究を志す方々に伝えたい知識やノウハウもたくさんあります。知識やノウハウの積み重ねで、それをこれから来る方々にもお伝えし、関係者全般の研究生産サイクルもどんどん上げたい。いざ!。(藤田記)
04:47 | 投票する | 投票数(8)
2018/02/10

全車無事帰還!

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ついに出発地点のS16まで還ってきた。思い返せば、約三か月前に成田空港を旅立ち、 S16を11月13日、雪上車5台でドーム基地に向けて出発した。二か月以上の雪上車の中での生活。食料、燃料を橇に載せ、水は南極の雪を雪上車の排熱を利用して溶かして利用。3ヶ月風呂に入らない覚悟をしてきたが時々、排熱で作ったお湯でシャワーも浴びた。生きてゆくためのすべてを雪上車に頼って生活してきた。どんなに荒れたブリザードでも暑いくらいの室温。本当に頼もしいヤツだった。食料橇のあり余る食材が我々を安心させてくれた。

私は修理屋。この南極ドーム旅行中、(どんなことがあっても、すべての雪上車を還さなければならない)と重責を負っていた。エンジン、ミッション、デフなどのブラックボックス的な大きな部品に致命的な故障がない限りどんな方法をとっても還さなくてはならない。そう考えていた。修理はあったものの、結果的に大きな故障なく全車元気に戻って来られた。

1月24日 16:00 先頭をピステンで走る伊藤隊員から、「只今S16に到着しました」と無線が入る こちら二番手を走る109号車もすでにピステンを確認できる距離。嬉しさがこみあげてくる。そして一番心配だった20年車歴のこの109号車も完走ゴール。直後、2か月以上共に同じ雪上車で生活をしてきたドクターの宮岡隊員と握手。すぐあとに今回一番コンディションが良かった111号車が雪煙をあげて元気いっぱいの到着。次いでエンジン熱が大きかった115号車も何気ない顔をして着。そして一番新しいが、少々問題が多かった117号車も無事ゴール。ゴール地点で感動の喜びに崩れ落ちる自分を想像していたが、全車が無事帰還したことに安堵し、緊張感が途切れ、力が抜けた。連日、早朝からルートの除雪整備をして大きくて硬いサスツルギを削りながら走ってくれた伊藤隊員の運転するピステン。スキー場とは格段に違う大きな除雪抵抗を受けながらもドーム基地往復を完璧に働いてくれた。お陰で長い橇列を引く4台の雪上車や橇、橇に乗った荷に負担をかけることなく走行できた。大きな衝撃負担が少なかったことがSM100の故障が少なかったことにつながったのではないだろうか。これは今後の内陸旅行を見直す大きな革命とも言えるだろう。その晩、この旅行で、私のたった一つの願い、夢だった全車完走が叶った喜びの中、酔いつぶれた。
(小林記)


04:59 | 投票する | 投票数(24)
2018/02/10

自転車

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ドーム隊ブログをお楽しみの皆さん お久しぶりです ちょっと前の話で
本日は私事です お正月 ドーム基地で貴重な休日がありました。私の趣味は自転車です。何とか南極の内陸で自転車に乗ってみたいという夢がありましたが、今回は(観測船しらせ移動)ではなく一か月早い飛行機移動の先遣隊だったので、荷物に厳しい制限があり、自転車などとても持ってゆく余裕はありませんでした。南極サイクリングを諦めていたところ、57次越冬隊の古見さんから「昭和基地に自転車置いてあるから乗っていいよ」と声がかかりました。リーダーの川村さんに許可をもらい、諦めていた夢が現実になることに感激。皆さん、往路の109号車の屋根の上に自転車が載っていたのにお気づきでしょうか。
さてその自転車ですが最近流行り始めたファットバイクと呼ばれているマウンテンバイク。タイヤサイズは26×4.0 幅4インチもあるオートバイ並みの太さのタイヤ。これならかなりの雪道でも走れそう。屋根から自転車を下ろしてみると、マイナス25℃以下の極寒地ではチェーンオイルが凍り付いてクランクが回らない。変速機のテンションプーリーも固着。後ろの車輪に付いているフリーホイルも回らない。さすが南極! 対策はチェーンに付いたオイルを南極軽油で完全に洗浄、とりあえず無給油。プーリーを分解し内部のグリスをぬぐい取り、雪上車に使う南極専用グリスをうっすら塗る。後輪を雪上車内に持ち込んで温め、フリーホイルに浸透性潤滑剤スプレーを流し入れる。これを極寒の中に出して試運転してみると、何とか普通に動いた。しかし低温下ではペダルやホイールのハブなどのベアリング部分はグリスが固まってとても動きが悪くなっていました。問題は雪面。素人考えでドーム基地まで行けば極寒地の氷の上を走れる、と考えていたのが大間違い。ドーム周辺の雪は軟雪で、表面の薄いクラストの下はサラサラの雪。クラストが割れればまったく走れない。吹き溜まりのやわらかい雪に入ってしまうと進まない。まったく予想を裏切る雪面でした。結果、雪上車の走った跡が一晩経つと固くなるので、そこをタイヤの空気圧を落としてかろうじて走れる程度でした。それよりも何よりも、ドーム基地は標高3800mの高所。気圧は600hpと非常に空気が薄い。何もしなくても、息苦しくなる時もあり、少し歩いたり、雪堀りなどしただけで、ハーハーと息切れ。これは私だけでなく隊員全員が空気の薄さに苦しんでいます。この状況下で自転車を乗るとどうなるかというと。自転車の体力には自信があった私でも、抵抗の多い雪面を走ってみると100m走っただけでハーハーゼーゼー、少し頑張って走ると呼吸困難になるほどです。この苦しさは、ヒルクライムという登りだけの自転車レースのゴール地点の苦しさ以上でした。南極をなめていました。
今まで、移動、観測の手伝い、食事の準備、車両整備などでのんきに自転車に乗っている暇などあるはずもありませんでした。ルーフに乗った自転車はずっと飾り物でした。ドーム基地では長い滞在になる予定でしたので、そのわずかな半日の休みに南極内陸をほんのちょっと走ってきました。忙しい日々のわずかな正月休日のサイクリング。と言っても雪上車からドーム基地、天文観測塔までを、雪上車の踏み跡を往復するだけのものでしたが、間違いなく私は南極大陸を自転車で走ったんだ! そんな気持ちで満たされた一日でした。
小林 記








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