南極観測隊便り 2018 - 2019

第60次南極地域観測隊 内陸調査隊の活動をお伝えしていきます。
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2019/02/04

2月にはいって

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 内陸隊参加者の2月にはいってからの動静です。2月2日、内陸隊参加者のうち4名(川村さん、櫻井さん、津滝さん、藤田)が南極航空網を経由し、空路羽田空港に帰国しました。1月26日に移動を開始してから1週間での帰国となりました。2月1日、昭和基地では越冬交代式がおこなわれ、2名(伊藤さん、岡田さん)は越冬体制にはいりました。4名(金子さん、栗田さん、高村さん、山田さん)は「しらせ」に乗船し、帰国の途につきます。昨年の内陸隊参加者の赤田さん、宮岡さんの2名も、昨年の内陸隊終了ののち一年の越冬を経て、「しらせ」に乗船し、帰国の途につきます。

 本ブログの新規投稿はこれで終了します。今回の南極内陸行動にかかるアウトリーチとしてこのブログをおこなってきました。ここをご訪問くださり大変にありがとうございました。

12人の記念写真。

08:09 | 投票する | 投票数(9)
2019/01/25

S16から昭和基地へ・「しらせ」へ

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昭和基地および「しらせ」への人員と物資の輸送が、1月23日に実施されました。予定されたヘリ便は全部で4便。現地時間12:30頃から、午後16:00頃を予定していました。当日起床してみると、うっすらと積雪があり、雲がでていました。それでも視程は十分良く、気象担当隊員の視程判定は30km。雪面にはコントラスト(雪面の陰影)は十分にみえていました。そうした状況から、輸送が開始されていきました。


写真1:ヘリ第一便が「しらせ」を発艦したとの無線通信を受け、ヘリ着陸予定地点近傍でスタンバイしました。手前に見える大きな袋(タイコンといいます)は、総量1トンの廃棄物です。これは昭和基地に輸送します。写真に記録されている時刻は世界標準時(UTC)です。実際の現地時刻は、これに3時間を足して12:20。


写真2:上の写真の4分後、ヘリコプターが上空に到着したので、発煙筒をたいて風の状況をパイロットが視認できるようにします。


写真3:さらに2分後、着陸態勢にはいりました。雪煙が舞い上がります。


写真4:物資を順次ヘリコプターに搭載。


写真5:昭和基地行き物資を満載し、隊員の高村さん(フィールドアシスタント)が搭乗し、第一便は昭和基地に向かいました。高村さんは今後いくつかの野外オペレーションのなかでフィールドアシスタントとしての任をつとめつつ、「しらせ」で帰国の途につきます。


写真6:昭和基地に物資と人員を降ろしたヘリコプターが第2便として上の写真の約30分後に飛来しました。


写真7:「しらせ」に輸送する物資を搭載したのち、隊員の栗田さん(研究観測担当)がヘリコプターに乗り込みました。栗田さんは「しらせ」船上での帰路での観測を担当していきます。大陸からはこの時点で離れることとなりました。この時点での写真にはまだ青空がのぞいています。


この直後に、比較的低い雪雲が現地を覆いました。第3便のヘリコプターが「しらせ」を発艦したとの連絡がはいり、上空からはヘリコプターの音が聞こえましたが、視程が悪すぎたため、ヘリコプターはそのまま「しらせ」に戻りました。
その後、状況が改善し、ヘリコプターの機長がヘリオペ再開可能と判断するまで約3時間を要しました。現地に残っていた8名に対しては、最悪の場合現地に宿泊が可能かどうか、それに、食糧の点では大丈夫か等、照会がはいっていました。
その可能性も十分あるものと認識して待機を続けました。


写真8:第3便の飛来は、結果的は現地時間16:20までずれ込みました。依然曇天と弱い降雪は続いていました。


写真9:再度「しらせ」送りの物資を満載してヘリコプターが離陸しました。


写真10:物資と人が去る雪上車内を後部ドアから撮影。私達が去る前に、車内は念入りに清掃しました。掃除機がけ、粘着テープを用いての床の汚れのはぎ取り、棚のぞうきんがけ、カーテンの洗濯等。次回に来てこの車両を使用する方々が気持ちよく使用を開始できるように。最終便(第4便)到着をもって、昭和基地とヘリ便の運航に関する無線通信を続けていた無線機の電源を切りました。


写真11:最終便(第4便)が到着。残った人員と、最後の物資を、昭和基地に輸送します。既に夕方5時。メンバーには、昭和基地で越冬隊員として越冬に臨む方々、「しらせ」で帰国の途につく方々、南極航空網で帰国の途につく方々がいます。


写真12:ヘリコプターに搭乗。


写真13:飛行するヘリコプターの内部。昭和基地に着陸しようとしています。
これで残った全員が昭和基地に到着しました。


ヘリコプター輸送の長い一日は終わりました。そして、内陸ドーム隊としての大陸上でのチームの行動もこれで完了しました。昨年11月10日に昭和基地を出発してから再度昭和基地に戻るまで75日間の行動でした。


研究観測担当の者やそのプロジェクトメンバーは、これまでの努力と各方面からのご支援の大きさをかみしめながら、観測の結果を科学成果としてまとめ公表をしていきます。「スピードが命」プロジェクト関係者が研究発表までの早さがきわめて重要であることをしばしば話す認識です。
09:17 | 投票する | 投票数(13) | 日々のできごと
2019/01/24

S16での最終撤収作業

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1月19日にS16地点に到着後、22日までかけて内陸旅行に用いた車両や装備の撤収作業を実施しました。最後の大作業です。橇列の解体やデポ、燃料ドラムの整理、観測装備の解体・梱包、廃棄物の処理等。車両や橇は、越冬期に備えた処理やデポをします。廃棄物は昭和基地に輸送します。観測器材の大部分は国内に持ち帰ります。


写真1:燃料ドラムの処理。


写真2:115号車からレーダやアンテナを撤去し、国内持ち帰りのために梱包しました。写真に写る単管パイプも、この直後に解体しました。レーダ関連物資のみで約900kg。5立米の体積となりました。


写真3:1/19-1/21の期間に撤収作業をご支援くださった支援隊の4名は、22日の朝に昭和基地にヘリコプターで戻りました。


写真4:雪上車の屋根に設置していた2台のガソリン式発電機をクレーンを使って取り外しました。


写真5:ヘリコプターが離発着する場所に、23日に輸送する物資を集積しました。昭和基地に輸送する物資と、船「しらせ」に輸送する物資、CH型ヘリコプターで3便分輸送します。そのうち、廃棄物は約1トン。物資の後方には、多数の橇をデポしました。

昭和基地および「しらせ」への人員と物資の輸送は、明日1月23日です。内陸ドーム隊としてのチームの行動は間もなく解散です。22日の夕食後の歓談は弾み、23時頃まで食堂車両で皆で過ごしました。

藤田記
09:04 | 投票する | 投票数(13) | 日々のできごと
2019/01/23

日没の訪れと地球の影

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1月の中旬以降、内陸ドーム隊がARP2地点から沿岸に近づくまで、曇天や悪天が続いていました。移動にともなって緯度もだんだん低緯度側にうつります。ドームふじ南方の探査地域では南緯77度付近だったものが、沿岸のS16付近では南緯69度付近。季節としても、夏至がすぎて既に約1カ月経ち、そのうえ、緯度も約8度低緯度側に移動しました。日付けは特定できませんが、いつの間にか日没が訪れるようになっていました。

1月19日の深夜零時頃に、真北方向の地平線に満月が半分顔を出していました。振り返って真南方向をみたら、太陽は地平線の下に隠れていました。日没をはじめて確認。


写真1:地平線上の真北の方角に半分顔を出した満月。日射がまだあたっている上側の空と、地球の影が映った下側の空があることがわかります。


写真2:真南の地平線。この日、太陽は既に隠れていました。


写真3:夜の橇列。これは西側。車列の風下側になります。

南極で越冬すると、天文現象の変化を観察しやすい環境になります。月の動きや、満ち欠けのサイクル、あるいは、星々の動きなど。天文を観察するときに邪魔になるような街の灯りはありません。オーロラの観察とあわせ、天体としての「地球」を実感できる環境です。

地平線に半分顔を出すような月も、越冬隊の方々はきっと何度も観察されることとおもいます。三日月が地平線から昇りはじめるときには、蜃気楼の効果も重なって、地平線からあたかも炎が上に立ち昇るかのように見えます。ほぼ水平に移動しながらゆっくりと昇ってくるので、それが炎ではなく本当に三日月であるのか確認できるまでに何時間も待つことになります。

今回、内陸観測の観測走行の終了時期と、日没の到来時期が重なりました。南極での盛夏は過ぎようとしています。

藤田記
08:58 | 投票する | 投票数(17) | 日々のできごと
2019/01/22

どこまでも続く道

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こんにちは。医療の岡田です。
最後の投稿は詩的な感じでお伝えします。




雪上車で連日移動をしている
前方に見えるのは、どこまでも果てしなく続く雪原


同じ景色のように見えて

時には雲の上を走っているよう
時には海の上を走っているよう


晴れた日は、気持ちよく進むが

一旦天気が崩れると
命の危険を感じるほど、恐ろしい道となる


どこまでも続く道


この景色が変わる時
それは旅のゴール


早く終わりたいと思う自分と

もう少し、あと少しだけ
同じ景色を見ていたいと思う自分がいる


どこまでも続く道

僕はこの景色を
きっと忘れないだろう


13:41 | 投票する | 投票数(23) | いろいろ、何でも
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