南極内陸の環境はもちろん寒冷ですが、観測隊の行動のなかでは冷
源と熱源が入り交じり、また、気圧の効果などもあり、
日常とはかなり異なる様相があります。
ちょっと長文になります。
●気温
ドームふじ地域の夏期の気温は、高くて-25℃付近、低くて-4
0℃です。-25℃を上回ると猛暑といえる状況です。年平均気温
は-57℃付近、最低気温は-79℃あたりです。-80℃
の壁をなかなかこえないです。ドームふじには過去に通算4回の越
冬隊が滞在しました。かつて、ドームふじ基地の越冬雪氷担当隊員
は冬の暗夜期に、半月に一度、積雪量観測のために基地から約20
0m離れた「雪尺網」に一回約30分程度の観測に徒歩で出かけて
いました。気温-75℃付近ということもしばしばでした。
暗夜のなか、観測後に基地に確実に戻れるように、雪尺網方向に基
地から照明ライトを照らし、「絶対にこの照明ライトのスイッチを
オフにしないでくれ!」と基地のメンバーに強く周知してから観測
に出かけていました。-75℃では、
外出直後にはメガネが凍り役立たなくなります。メガネ無しの裸眼
で、照明が頼りでした。厚いオーバーミトンをしても手先は冷たく
なります。筆記のための鉛筆を握るだけで血流に影響し、手先は更
に冷たくなります。何度も、「今日はもうあきらめて基地に戻ろう
」という考えが頭をよぎります。こうして日本隊によって得られた
4つの越冬隊の通年の積雪量データは極めて貴重なものです。
また、23年前に、37次ドームふじ越冬隊ミッドウィンター(冬
至)祭のフィナーレに、野外で排木材を燃やしてキャンプファイヤ
ーをおこなったことがあります。目前は熱い火、背中は-70℃
という状況でした。体の腹面を火に向けたり、
背面を火に向けたり、「くるくると」火にあたっていました。
●沸点
お湯を沸かして沸騰温度を測ったら、約+85℃でした。気圧は約
600ヘクトパスカルですから、中緯度の4,200m級の山に匹
敵します。お茶やコーヒーをいれるときにはあまり不自由は感じま
せんが、炊飯には圧力鍋が必須です。インスタントラーメンも。
●雪上車内での造水の温度
エンジンの余熱を利用して、造水をします。雪を水にするだけで融
解熱を非常に必要としますが、最高温度に到達するまで待つと、
お湯の温度は+50℃付近に達します。上記の沸点を考えれば、
沸点より30~40℃低いだけですね。
シャワーや体ふきには良好な温度です。雪をいれてわずかに温度を
低下させながら使います。洗濯も快適にできます。
一日の造水量は限られますから、貴重なお湯を隊員が交替で使いま
す。造水を効率良く出来る車両とそうでない車両があるので、11
5号車は積極的に造水して水やお湯をチーム内に供給するようにし
ています。水やお湯の生産は、生活を実に快適にします。快適さは
、メンタルヘルスにも大きく影響します。チームが食事に使用する
生活水は、115号車がほぼ毎日20リットル供給しています。
造水・造湯のノウハウがまだ少なめの時代には、旅行中一度もシャ
ワーすらできないとか、洗濯をできないから下着・
衣類を多めに持参するとか、隊員が蓄積した体のにおいを強く漂わ
せて昭和基地に帰還するとかがしばしば起こっていました。
今は造水・造湯に関してはノウハウが出来てきました。これが当た
り前のノウハウとして普及し、発展・継承しますように。
●雪上車内の温度(その1)
車内の温度は日中の行動でエンジンや車体が熱をもつので、外気温
よりはずっと高くなります。夏期の行動では、風が強く日射のない
日は、朝の車内は-10℃程度。風が無く日射のある日は+10℃
程度です。一日中走行が続くようなとき、
車内気温を測ってみたら、日陰でも+44℃に達していました。
こうしたときには、もちろん防寒着など着ていられません。
防寒着類は脇に脱ぎ置き、真夏の日本の服装のような状況になりま
す。あるいはほとんど下着で。空気が非常に乾燥しているため、不快
感は小さいです。サウナのような環境ですね。問題はノートパソコ
ン。私のPCは熱暴走して、突然停止することがしばしばです。そ
うした時車内気温を確認すると、日陰で+44℃。計り違いかと疑
い待っても間違い無く+44℃。「このPCはもう不調かな」
と南極ではおもっていても、昭和基地や日本の環境では決して熱暴
走など起きないのです。南極ドームふじの近傍だけでこれが起きま
す。
●雪上車内の温度(その2)
115号車内の、排気管に通じる配管がある付近(助手席後ろの床
)は、時に運転中に温度が高くなります。断熱マットがなくボルト
が剥き出しになっている部分の温度を測ってみたら、+100℃
以上。ボルトを裸足で踏むと火傷します。何度かしました。
車外の雪で火傷を冷やすことになります。この助手席後ろの床付近
には、物資を置かないようにし、他のメンバーにも、
それを周知しています。今年はこの様相をプラスに変えました。造
水用の寸胴鍋に雪を詰めて、この付近に数個置いておきますと、急
速に造水ができます。通常、車内で造水をおこなう部位(造水バケ
ツを4個設置)に追加で、数個の造水ができるのです。合計7~8バケツの急速な(ただし5時間程度かかります)並行造水・
造湯!。ポリ材製のバケツでも造水は可能ですが、ポリ材が熱で熔
け始める始末!でしたので、ステンの寸胴鍋に置き換えました。
将来の南極雪上車では、この廃熱利用(造水・造湯)をさらに上手
にすすめることが必要とおもっています。移動にともないどうして
も発生する貴重な熱資源として。
●簡易温度ロガー
温度は、観測や生活の多くの側面で向き合うことになります。気温
をすぐに知りたいとか、輸送物資の温度追跡も、観測装置の温度環境確認も。
内陸活動に出向くチームあるいは観測隊員には数個~数十個の簡易温度ロガーを
常備することをおすすめします。雪のなかの温度勾配を知りたいとか、掘削孔内
の温度を知りたいとか、多用途で重宝しています。シャワー前の湯温の確認も、、、。温度範囲対応としては
、-60℃までは欲しいところです。10mの深さの雪の温度はそのぐらいですか
ら。
●テント内の温度
最後に、今回、ベースキャンプでは4張りのテントで、テント泊就
寝をするメンバーが居ます。快晴・無風の日には、このテントが案
外快適なのです。テントの素材は赤外線を通し、太陽熱はテント内
にはいってきます。朝のテント内の温度もせいぜい0℃ぐらい。雪
上車内で就寝するよりも快適なぐらいです。雪上車内で特にカーテ
ンもなく数名就寝のプライべートのない環境と違い、
静寂のなかの個人空間です。街に居ても、南極内陸調査でも、「
一人時間」はメンタルヘルス上とても必要とおもいます。テント泊
は結構快適です。テント泊を数名が選択すれば、雪上車内の就寝人
数も1~2名になります。テント宿泊時に重要な点は、
床面の断熱をしっかり確保すること。日本の夏キャンプでも、
冬山登山のテント泊・雪洞泊でも、これが基本です。断熱マット・
衣類・段ボール材でも、断熱に役立つものであれば何でも敷きます
。幸い、帰国梱包用の段ボール材を使用可能なので、筆者はこれを
数枚床に敷いて断熱を確保しています。
南極の内陸行動では、人と人の摩擦やそれにともなうストレスが起
こっても、街の環境にいるときのような逃げ場・
避難所は一切ありません。自分一人だけと向き合う、一人時間の確
保は特に重視されなければならないと思っています。皆それぞれが
無くて七癖。皆尊敬が基本になります。
写真:個人就寝用テント
藤田記