南極観測隊便り 2018 - 2019


2018/12/25

温度にまつわるいろいろな話

Tweet ThisSend to Facebook | by ishida
南極内陸の環境はもちろん寒冷ですが、観測隊の行動のなかでは冷源と熱源が入り交じり、また、気圧の効果などもあり、日常とはかなり異なる様相があります。
ちょっと長文になります。

●気温
 ドームふじ地域の夏期の気温は、高くて-25℃付近、低くて-40℃です。-25℃を上回ると猛暑といえる状況です。年平均気温は-57℃付近、最低気温は-79℃あたりです。-80℃の壁をなかなかこえないです。ドームふじには過去に通算4回の越冬隊が滞在しました。かつて、ドームふじ基地の越冬雪氷担当隊員は冬の暗夜期に、半月に一度、積雪量観測のために基地から約200m離れた「雪尺網」に一回約30分程度の観測に徒歩で出かけていました。気温-75℃付近ということもしばしばでした。暗夜のなか、観測後に基地に確実に戻れるように、雪尺網方向に基地から照明ライトを照らし、「絶対にこの照明ライトのスイッチをオフにしないでくれ!」と基地のメンバーに強く周知してから観測に出かけていました。-75℃では、外出直後にはメガネが凍り役立たなくなります。メガネ無しの裸眼で、照明が頼りでした。厚いオーバーミトンをしても手先は冷たくなります。筆記のための鉛筆を握るだけで血流に影響し、手先は更に冷たくなります。何度も、「今日はもうあきらめて基地に戻ろう」という考えが頭をよぎります。こうして日本隊によって得られた4つの越冬隊の通年の積雪量データは極めて貴重なものです。
 また、23年前に、37次ドームふじ越冬隊ミッドウィンター(冬至)祭のフィナーレに、野外で排木材を燃やしてキャンプファイヤーをおこなったことがあります。目前は熱い火、背中は-70℃という状況でした。体の腹面を火に向けたり、背面を火に向けたり、「くるくると」火にあたっていました。

●沸点
 お湯を沸かして沸騰温度を測ったら、約+85℃でした。気圧は約600ヘクトパスカルですから、中緯度の4,200m級の山に匹敵します。お茶やコーヒーをいれるときにはあまり不自由は感じませんが、炊飯には圧力鍋が必須です。インスタントラーメンも。

●雪上車内での造水の温度
 エンジンの余熱を利用して、造水をします。雪を水にするだけで融解熱を非常に必要としますが、最高温度に到達するまで待つと、お湯の温度は+50℃付近に達します。上記の沸点を考えれば、沸点より30~40℃低いだけですね。シャワーや体ふきには良好な温度です。雪をいれてわずかに温度を低下させながら使います。洗濯も快適にできます。一日の造水量は限られますから、貴重なお湯を隊員が交替で使います。造水を効率良く出来る車両とそうでない車両があるので、115号車は積極的に造水して水やお湯をチーム内に供給するようにしています。水やお湯の生産は、生活を実に快適にします。快適さは、メンタルヘルスにも大きく影響します。チームが食事に使用する生活水は、115号車がほぼ毎日20リットル供給しています。造水・造湯のノウハウがまだ少なめの時代には、旅行中一度もシャワーすらできないとか、洗濯をできないから下着・衣類を多めに持参するとか、隊員が蓄積した体のにおいを強く漂わせて昭和基地に帰還するとかがしばしば起こっていました。今は造水・造湯に関してはノウハウが出来てきました。これが当たり前のノウハウとして普及し、発展・継承しますように。

●雪上車内の温度(その1)
 車内の温度は日中の行動でエンジンや車体が熱をもつので、外気温よりはずっと高くなります。夏期の行動では、風が強く日射のない日は、朝の車内は-10℃程度。風が無く日射のある日は+10℃程度です。一日中走行が続くようなとき、車内気温を測ってみたら、日陰でも+44℃に達していました。こうしたときには、もちろん防寒着など着ていられません。防寒着類は脇に脱ぎ置き、真夏の日本の服装のような状況になります。あるいはほとんど下着で。空気が非常に乾燥しているため、不快感は小さいです。サウナのような環境ですね。問題はノートパソコン。私のPCは熱暴走して、突然停止することがしばしばです。そうした時車内気温を確認すると、日陰で+44℃。計り違いかと疑い待っても間違い無く+44℃。「このPCはもう不調かな」と南極ではおもっていても、昭和基地や日本の環境では決して熱暴走など起きないのです。南極ドームふじの近傍だけでこれが起きます。

●雪上車内の温度(その2)
 115号車内の、排気管に通じる配管がある付近(助手席後ろの床)は、時に運転中に温度が高くなります。断熱マットがなくボルトが剥き出しになっている部分の温度を測ってみたら、+100℃以上。ボルトを裸足で踏むと火傷します。何度かしました。車外の雪で火傷を冷やすことになります。この助手席後ろの床付近には、物資を置かないようにし、他のメンバーにも、それを周知しています。今年はこの様相をプラスに変えました。造水用の寸胴鍋に雪を詰めて、この付近に数個置いておきますと、急速に造水ができます。通常、車内で造水をおこなう部位(造水バケツを4個設置)に追加で、数個の造水ができるのです。合計7~8バケツの急速な(ただし5時間程度かかります)並行造水・造湯!。ポリ材製のバケツでも造水は可能ですが、ポリ材が熱で熔け始める始末!でしたので、ステンの寸胴鍋に置き換えました。将来の南極雪上車では、この廃熱利用(造水・造湯)をさらに上手にすすめることが必要とおもっています。移動にともないどうしても発生する貴重な熱資源として。

●簡易温度ロガー
 温度は、観測や生活の多くの側面で向き合うことになります。気温をすぐに知りたいとか、輸送物資の温度追跡も、観測装置の温度環境確認も。内陸活動に出向くチームあるいは観測隊員には数個~数十個の簡易温度ロガーを常備することをおすすめします。雪のなかの温度勾配を知りたいとか、掘削孔内の温度を知りたいとか、多用途で重宝しています。シャワー前の湯温の確認も、、、。温度範囲対応としては、-60℃までは欲しいところです。10mの深さの雪の温度はそのぐらいですから。

●テント内の温度
 最後に、今回、ベースキャンプでは4張りのテントで、テント泊就寝をするメンバーが居ます。快晴・無風の日には、このテントが案外快適なのです。テントの素材は赤外線を通し、太陽熱はテント内にはいってきます。朝のテント内の温度もせいぜい0℃ぐらい。雪上車内で就寝するよりも快適なぐらいです。雪上車内で特にカーテンもなく数名就寝のプライべートのない環境と違い、静寂のなかの個人空間です。街に居ても、南極内陸調査でも、「一人時間」はメンタルヘルス上とても必要とおもいます。テント泊は結構快適です。テント泊を数名が選択すれば、雪上車内の就寝人数も1~2名になります。テント宿泊時に重要な点は、床面の断熱をしっかり確保すること。日本の夏キャンプでも、冬山登山のテント泊・雪洞泊でも、これが基本です。断熱マット・衣類・段ボール材でも、断熱に役立つものであれば何でも敷きます。幸い、帰国梱包用の段ボール材を使用可能なので、筆者はこれを数枚床に敷いて断熱を確保しています。

南極の内陸行動では、人と人の摩擦やそれにともなうストレスが起こっても、街の環境にいるときのような逃げ場・避難所は一切ありません。自分一人だけと向き合う、一人時間の確保は特に重視されなければならないと思っています。皆それぞれが無くて七癖。皆尊敬が基本になります。

 
写真:個人就寝用テント

藤田記
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