南極観測隊便り 2018 - 2019


2018/12/27

さまざまな「命綱」

Tweet ThisSend to Facebook | by ishida
南極の内陸の探査では、自分たちの周囲1000km程度の範囲には、どなたもおそらくは居られませんし、仮に居たとしても、数人程度の小規模観測チームや探検チームとおもわれます。傷病時等の航空機を用いた緊急救援の潜在的な可能性をのぞけば、安全確保は、内陸チーム内、そして、日本の観測隊内で十分な対応がなされておく必要があります。

内陸チームでは、チームの全ての方々がお互いに不可欠ですし、誰が欠けてもうまくいかなくなります。機械・装備・食糧・医療・通信など、生活や移動の存立に不可欠な「命綱」をそれぞれに握っている方々のチームですから

搭乗し移動する雪上車のエンジンが故障したりしたら、内陸観測チームはそのまま立ち往生することになります。本稿では、多数の命綱のひとつ、「通信」についての様相を述べたいとおもいます。若い世代の方々が、今後南極内陸活動に関わるとき、知っておいていただきたいとおもいました。

この極地の内陸で、チームで何かインシデントが起きたら、マザーステーションである昭和基地に報告し、救援を依頼していくことになります。通信機器が仮に無ければ、インシデント渦中の人々は孤立し、救援も受けられず、危機が一気に高まります。当然のことと思われるかもしれませんが、こうして記述するのは、時として人々の通信に対する認識が大きく異なることを歴代の観測隊のなかで眼にしてきたことが背景にあります。

ちょうど今の私たちのように、内陸のベースキャンプから数十キロ離れ活動し、もし事故やケガ、車両の故障があればまずはベースキャンプかマザーステーションに第一報を入れる必要があります。連絡を受けた側は、救援など必要な対応策をとっていくことになります。こうした体制があるからこそ、一定の安心のもとに現在のような雪上車走行探査を実施することができています。
HF無線は特に遠距離通話が可能です。また、イリジウム衛星携帯電話やインマルサット衛星携帯電話があれば、人工衛星を介してかなり安定した会話やデータ通信ができます。

また、今の時代はインターネットが極めて発達した時代になりました。南極内陸に居たとしても、通信機器は情報流通の場になります。私達の今回のような国際連携観測(日本、米国、ノルウェー)でも、電子メールでの連絡が一定のカギになっています。速報情報を現場から共同研究者にメールで流すことに関しても、現場からの情報に共同研究者からの応答が関係者に同報で流れます。メールシステムを自分自身が持っていなければ、行き交うそうした同報連絡の「かやの外」です。かやの内側の人のみが情報に接し、意図せずとも共同研究体制のなかでの存在感を示していくことになる。通信や情報流通を限られた人々に完全に依存してははならないです。一昔以前であれば、南極内陸に居ることが、情報通信からの隔絶を意味し、それを良しとする、あるいは当然とするようなメンタルもしばしばあったとおもいます。でももうそれは通用しないとおもっています。

初期の観測隊から変わらぬこととして、南極観測隊長やリーダーは、通信流通の常に要に身をおかなければなりません。必然的に、こうした立場の方々は基地通信室に高い頻度で駐在することになります。情報が自分のもとを経由するように、通信連絡体制をつくっていきます。日本の各方面との対応、観測船「しらせ」との連絡対応、内陸現場との対応など。過去に南極観測隊で実際に起こった様々な事故例でも、対応は通信からはじまりました。処理をめぐって様々な交渉や応酬が通信を通じて繰り広げられました。

私たち内陸チームは、イリジウム衛星携帯電話を今回合計4台もっています。電話の傍らには、パウチカードを置いており、緊急連絡先電話番号のリストになっています。そこには以下のように記載しています。

緊急時の連絡先は昭和基地
<伝達事項>
○誰に、何が起きたか?
○いつ、どこで起きたか?
○行った処置は?(緊急処置、搬送など)
○現在の状況は?(現場と現場の人員など)
○今、何をしてほしいか?

リーダーは通信専従隊員を指名し、その隊員が発生インシデントを刻々昭和基地に伝えることになっています。それを冷静に観察し適切な判断や処置をくださるのが昭和基地です。冷静・適切な判断や処置を下していくのが昭和基地長の役割になります。

通信が如何に「要」か、特に大先輩の通信担当隊員の方々に、ご教示いただいてきました。海上保安庁の警備救難部から観測隊に参加されてきた歴代の通信担当隊員の方々からは特に多くのことを教えていただいてきました。こうしたブログの記述で、若い世代の方々に認識の一端をお伝えしたいとおもいました。様々なレベルの通信機器をよく準備し動作確認し携帯して観測活動に臨まれて下さい。


写真:イリジウム衛星携帯電話のモトローラ9505A型機。数世代前の機種ですが、安定度は際立っています。-10℃の朝でも普通に起動しますし、バッテリーのもちも非常にいい。本ブログにかかるデータ通信はこの機器を介しています。勤務先との連絡や、留守家族の安全保障にもおおきな役割を果たしています。10年以上前に購入し、私や同僚の手で南極やグリーンランド氷床に何度も出向いた機器です。今回の国際連携観測のなかでは外部機器をつけてスピーカーホンにし、米国の大学の方々と南極を結び電話会議をこの機器で開催しました。この機器が如何に重要な役割を果たしてきたか。。。

藤田記
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