南極で越冬した猫、たけしのアーカイブです。たけしに関する資料は少なく貴重です。
ぼくは三毛猫のたけし。名前は隊長さんから取ったんだ。
南極はぼくの縄張りだよ!
第1次南極観測隊が出発する直前、ある人から託された一匹の三毛猫。雄の三毛猫は珍しく縁起がいいとされ、航海の安全を願って宗谷に乗せられました。そして観測隊の一員となった三毛猫は、永田武隊長の名前をもらい「たけし」と名付けられました。
たけしはペットとして活躍しましたが、樺太犬のように犬橇を引いて働いたり研究の対象とはされなかったために、残されている記録はわずかです。猫がいたことを知っている人は少ないのではないでしょうか。
最近になり整理・寄贈された資料から、新たにたけしの写真や映像が発見されました。
残念ながら永田隊長とたけしが一緒に写っている写真は、これまでに整理された極地研アーカイブの中には見つかっていません。
日本でただ1匹南極で越冬した猫、たけしの貴重な写真を一挙に公開します。
*南極新聞上では「たけし」と名付けられていますが、「タケシ」と書かれる場合もあります。ここでの表記は通常「たけし」を使用しますが、元のデータが「タケシ」の場合それに準じます。
元の写真に付けられていた説明文等は「」内に記載しています。
隊員の体重や血圧などを定期的に測定し、健康管理や医学研究に役立てています。樺太犬は当時週一回体重測定をしていました。(樺太犬の体重測定の様子は、»写真ギャラリーをご覧ください)
たけしも時々一緒に体重を測ってもらっていたようです。3/13(水) 3.5kg。
10月30日、暖を取ろうと機械の中へ潜り込んだたけし。高圧線に触れてしまい、感電してしまいます。毛が焼けたのか、焦げ臭いにおいがしたそうです。
隊員たちが看病しましたが、たけしはそのまま眠り続けました。
数日経ったある日、作間隊員が外を歩いていると、いつものように後ろをついてくるたけしの姿が目に入りました。たけしはすっかり元気になったようです。
(日付は、西堀栄三郎著「南極越冬記」による)
11人の観測隊員を残して、南極を後にする宗谷。いつまでも手を振る隊員たちの中にはたけしの姿も。写真をクリックすると拡大します。探してみて下さい。(たけしの場所はこちら→ )
動画でもご覧になれます。»映像「さよなら宗谷」
そして日本へ帰ったたけしは、作間隊員の家族の一員となりました。 しかし1週間ほどして、たけしは作間家から姿を消します。 懐かしい南極に向かって、旅に出たのでしょうか。その後の行方を知る人はいません。