SuperDARNってなに?
■SuperDARNとは
SuperDARNは「Super Dual Auroral Radar Network」の略称で、和訳を試みれば、「オーロラレーダー対(ペア)の超観測網」といった意味合いになりますが、より具体的には、1995年に創設された、短波(HF)帯レーダーによる科学研究目的の国際共同観測網プロジェクトの名称です。
SuperDARNは、短波(HF)帯レーダーを用いて地球物理学的研究を行う研究グループや研究者達による科学目的のための共同体とも言うべき組織であり、短波レーダー観測網そのものや国際共同観測研究プロジェクトをも指す名称でもあります。SuperDARNを構成する個々のレーダーは、水平方位角50度以上、水平動径方向に(レーダーからの水平距離にして)3000kmを越える広大な電離圏(高度約90km以上のオーロラ高度の超高層大気)を視野にもつ、斜め方向に電波を送受信する短波帯干渉性散乱ドップラーレーダーです。このような、地平線を越える視野を持つレーダーは、「OTH (Over The Horizon)レーダー」とも呼ばれます。個々の短波レーダーは、主に広大な電離圏におけるプラズマ(電離大気)の速度や動きを観測することができます。10ヶ国以上の15以上の研究機関や研究グループがこの1995年発足の国際SuperDARN計画に参加し、現在では30基を越える短波レーダーが、南北両半球で中緯度~高緯度にかけて地球規模に広く分布して設置され稼働しています。すべてのSuperDARN短波レーダーのデータを合わせて解析することにより、中~高緯度の電離圏における基本的で重要な物理量の地球規模の分布とその時間発展、すなわち、超高層大気高度でのグローバルな天気図を時々刻々得ることが初めて可能となりました。SuperDARNデータを用いた研究によって、地球を取り巻く、地球大気と宇宙の境界領域にあたる、ジオスペースとも呼ばれる領域の状態、すなわち「宇宙天気」についての真の理解をこれまで以上に深め、太陽活動や太陽風の吹く惑星間空間、地球磁気圏や電離圏、そしてそれらに関連したオーロラを含む様々な現象とそれらの間の密接な関係や相互作用を解明するのに大きな貢献をすることができます。また近年では、宇宙天気と、我々の身近な地球規模の気候変動にも深い関係がある可能性が指摘されており、その重要性が益々高まっています。
「SuperDARNってなに?」についてより詳しく知りたい方のために、オーロラとの関係、宇宙天気について、また、SuperDARN発足の経緯や現状などについて、以下にもう少し詳しい説明を記します。
■オーロラ
SuperDARNは、その名称や上記の説明からも想像されるように、オーロラ現象と直接的または間接的に関係しています。
オーロラ(極光)は極地に煌めく最も美しく壮大な自然現象のひとつといえるでしょう。突然爆発的に全天に拡がって舞い踊る様は筆舌に尽くしがたく、また、ほの暗くゆらゆらと揺らめく静かなオーロラの姿もまた、えも言えず美しいものです。オーロラは地球の南北両極域の上空約100km以上の超高層大気、あるいは、電離圏と呼ばれる上層大気で発生する大気の発光現象です。オーロラは地球でのみ観られるものではなく、木星や土星等、磁場と大気を持った惑星で普遍的に現れる現象であることも太陽系を旅する人工衛星観測によって知られています。
■オーロラと電離圏、超高層大気、「宇宙への窓」
しかし、オーロラ爆発と呼ばれる華麗な光の舞がいつどこでどのようにして始まるのか、長く謎に包まれてきました。この半世紀程の間に、偉大な先人達によって、地上での膨大な数の地上磁場観測やカメラ等による地上光学観測、気球や、ロケット、人工衛星等の飛翔体(飛び道具)による観測研究のおかげで、オーロラや密接に関連する地磁気の乱れ(擾乱(じょうらん))等の現象が、太陽表面での活動や、太陽と地球の間を満たす惑星間空間に流れる太陽風(太陽から噴き出すプラズマ(電離気体)の流れ)の状態に深く関係していることがわかってきました。また、オーロラは、太陽風と、地球を取り巻くバリアのような働きをする地球自身の磁石(主磁場)の勢力範囲である地球磁気圏との間の相互作用や、磁気圏の中で起こる壮大な場や粒子のダイナミックな相互作用、そして磁気圏と地球の上層大気との結合の結果として、地球の約100km以上上空の超高層の電離大気(電離圏)が発光する現象であり、電離圏にテレビのブラウン管のように映し出されて顕在化したものであることが理解されてきました。そのような意味で、電離圏を含む超高層大気は、地球と宇宙をつなぐ境界領域であり、特に極域の超高層大気は、しばしば「宇宙への窓」ともいわれます。オーロラや電離圏の状態は、直接的、間接的に、電離圏と磁力線を介して繋がっている地球磁気圏や、その近傍の惑星間空間(併せてジオスペース等とも呼びます)のダイナミックな振舞や状態を直接的に反映しているのです。したがいまして、オーロラや電離圏・超高層大気を観測することによって、超高層大気と磁力線で繋がった磁気圏や地球近傍の惑星間空間(太陽風)の状態を知る直接的な手掛かりとなり、オーロラやオーロラと関連する多くの現象のダイナミクス(動態)や発生機構の理解や解明に役立てることができます。
■オーロラと「宇宙天気」、私たちの生活との関連
また、オーロラが舞う舞台となる弱く電離した大気から成る電離圏は、電波を屈折させたり反射や吸収をしたりする性質があるために、電離圏の状態は、さまざまな通信や放送、GPSナビゲーション等の測位に利用される地上や人工衛星から送信される電波の伝搬状態に大きく影響し得て、時には通信障害や測位のずれ(誤差)といった問題を引き起こすこともあります。特に大きな擾乱現象が起こった場合には、われわれの生活と直結する、地上の発電所や送電網等に甚大な被害(広域停電等)を引き起こす可能性もあります。また、太陽での大きなフレアやCME(コロナ質量放出)といった現象が発生して、太陽X線や非常に高いエネルギーの粒子が地球近傍に到達する場合には、地球を周回する人工衛星の機能が麻痺して故障したり動作しなくなったりすることが実際に起こっていますし、宇宙飛行士の放射線被爆(ひばく)等、その活動に大きな影響を与え得る危険性もあります。したがいまして、「宇宙天気」とも呼ばれる磁気圏や電離圏の活動状況を知ることは、人類にとって、正確にその理解を深めるべき重要な課題であるとも言えます。さらに、超高層大気で発生する現象は、より低層の地球大気、すなわち地上での天気や、地球の長期気候変動にも相当の影響を及ぼし得ることも近年理解され始め、その因果関係の解明や理解の重要性が増しています。
■天気図
ところで、「天気図」、すなわち地上天気図は、新聞やテレビ、ネットワーク上でもごく当たり前のようにいつでも見ることができて、私たちの日常生活に役立っています。これは天気図が私たちの快適で安全な生活のために不可欠であるために、世界中で充実した地上気象観測網が整備され、近年では一部の国の気象衛星からの雲画像データ等も得られることによって実現されています。ラジオゾンデ(気象観測機器と無線機を取り付けたゴム気球)等を用いて観測が可能な上空約30kmの成層圏高度までの高層気象観測も、多くの国の気象庁のような組織で定期的に実施され、「高層天気図」が作成され、地上気象観測や衛星画像だけではわからない高層大気の状態についての情報を得て、より正確な天気予報に重要な役割を果たしています。
■宇宙天気図
オーロラや電離圏に話を戻しますと、地球規模のダイナミックな電離圏の状態を知ることは、上空約100km以上の超高層大気の高度での地球大気の「天気図」、あるいは、地球と宇宙のはざまに位置する領域で得られる地球近傍の「宇宙天気図」を、日頃私たちが目にする地上気象図(いわゆる「天気図」)のように得ることに他なりません。
しかし、長年にわたり、地球規模で電離圏や磁気圏の状態を観測する技術的な観測手段がなかった(たとえあっても非現実的だった)ために、電離圏高度での「天気図」を毎日のように得ることは不可能でした(*)。このため、先達の研究者達は、磁気圏や電離圏を飛翔する人工衛星で得られる荷電粒子や電場の観測データに頼ってきました。人工衛星データは磁気圏や電離圏の「その場」の情報が得られるために大変貴重で重要ですが、その瞬間瞬間のデータは広大でダイナミックに変化する磁気圏の中の一点の情報でしかありません。このため、電離圏や磁気圏の地球規模の状態を知るためには、何年にもわたって膨大なデータを蓄積することが必要で、蓄積されたデータをさまざまな太陽風の状態の条件等で分類して、平均をとることによって初めて、地球規模の電離圏での天気図の平均描像を得ることに成功します。しかし、時々刻々と変化する太陽活動や太陽風に対して、地球の磁気圏や電離圏がどのように応答して天気図がどのように変化するのか、そして、いつ、どこで、どのようなオーロラ活動、オーロラ爆発やサブストームや地磁気嵐(オーロラ嵐)が発生するのかについての情報を得ることは困難でした。
* より正確には、200年近くの古きより、地上での地磁気(磁場)観測が行われ、その世界的観測網の整備によって、また近年の人工衛星観測との連携により、電離圏や磁気圏に流れる大規模な電流系の全体像が大凡理解され、オーロラに伴う電流や、磁気嵐時に発達する環電流の存在などのオーロラ発生機構にも直接関わる重要な事実もわかってきました。しかし、磁気圏~電離圏内全体の3次元の電流構造を常時捉えることは困難ですし、仮にわかっても、磁気圏内の基本的で重要な粒子の振舞や場の分布(天気図でいえば風や気圧分布的な要素)はわからないのです。
■SuperDARN事始め
この困難を克服するべく、1970年代には超短波(VHF)帯電波(30-300MHz)を用いたドップラーレーダーが開発され、電離圏E層高度(地上約90~130kmの高度)において水平方向におよそ1000km四方にわたる範囲での電離圏(電離大気)の動きをとらえることに成功しました。ひとつのレーダーでは、レーダーからみた視線方向の一成分の電離圏の動きしか得られませんので、2つの対のレーダーで共通の観測視野を観測して結果を合成することによって、電離圏の水平方向2次元の動きを捉えることができます。この実験により、オーロラ爆発に伴う広い電離圏領域におけるダイナミックな動きを捉えることなどにも成功しました。しかし、E層での電離圏プラズマの動きから、重要な電離圏の電場情報を求めることにはいくつかの困難がある事や、1つのレーダー対でより広大な領域の電離圏の動きを捉えることの困難など、限界もはっきりしてきました。そのような難点を解消するために、短波(HF)帯(3-30MHz)の電波が屈折したり反射されたりして地平線を越えて遠くまで届くことや、電離圏F層高度ではプラズマの動きと電場の間に簡単な関係があることなどを利用して、斜め上方に短波帯電波を放射する干渉性散乱ドップラーレーダーが1980年代に開発されました。この短波レーダーにより、水平方向に3000kmを越える広い電離圏の視野で、電離圏F層高度(地上約150km以上の高度)のプラズマ(電離大気)の動きを捉え、さらに電離圏での電場分布を求めることにも初めて成功しました。VHFレーダーと同じ手法により、2つの対のレーダーで共通の観測視野を観測し、結果を合成することによって、より広大な電離圏領域での水平方向2次元の動きと電場分布をとらえることができます。これらの構想が、「DARN(Dual Auroral Radar Network)」、すなわち「オーロラレーダー(電離圏観測レーダー)の対による電離圏広域観測網」のアイデアなのです。このDARNの成功によって、地球上の電離圏、特にオーロラが出現する極域の電離圏全体をたくさんの短波レーダー対の観測視野で覆うことができれば、地球規模の電離圏の「天気図」を時々刻々得ることが可能となる!との新しい発想と機運が生まれ、日本の国立極地研究所を含む何ヶ国もの研究者や研究グループが協力して集結し、1995年に創設されたのが、「SuperDARN」、すなわちDARN計画を越える新しい国際的な短波レーダー観測網プロジェクトなのです。
■SuperDARNの今
SuperDARN観測の開始により、私たちはついに、地球規模の電離圏の大気の動き(天気図でいえば風の分布)や天気図の気圧配置に相当する電位分布図、すなわち、超高層大気の「天気図」を、しかも毎分、ほぼ準リアルタイムに、初めて手にすることができるようになったのです。この画期的なSuperDARNプロジェクトの観測データによって、「宇宙天気」についての科学研究の発展に大変大きな貢献を現在に至るまでし続けてきましたし、応用分野への実利用についても検討がなされるに至っています。
1995年の発足以来、SuperDARNへの加盟研究機関、レーダーの数、そして観測視野は飛躍的な増加を果たし、現在では、10カ国以上の15以上の研究機関が、30を越えるレーダーを南北両半球に展開して観測運用を行い、極域だけでなく、中緯度にまでその観測視野が拡がっています。多くの研究者が集まれば、それだけ観測のアイデアや研究目標も拡がりをみせ、他のさまざまな地上観測や人工衛星観測、あるいは理論的研究とも多様かつ有機的に連携することによって、SuperDARNはいまや、基本的で重要な上空の電離圏の「宇宙天気図」を提供するだけでなく、さまざまな多くの地球物理学的研究テーマや課題、問題の解決に対して貢献し、国際的な協力体制と競争のよいバランスの上で、ますます発展しています。現在では日本からは、2つの研究機関と1つの大学の研究グループがSuperDARNに加盟し、合計5基のSuperDARN短波レーダーによる観測とデータ提供を行って、SuperDARNの重要な一翼を担うと共に、国内外の大学や研究機関との共同研究を積極的に推進しながら活発な研究活動を展開しています。