SuperDARNは何を研究しているか
SuperDARN は、高度 100 km から 500 km に広がる電離した大気の層である「電離圏」に存在する荷電粒子の運動や状態を観測するためのレーダーシステムです。電離圏高度に分布する大気は、太陽からの極端紫外線放射によって電離され、その一部がイオンと電子に分かれたプラズマ状態で存在しています。電離圏のプラズマは、前述のように太陽放射の影響を受けて作られますが、それらの粒子は静止しておらず様々な方向に運動しています。SuperDARN は、それらのプラズマ粒子の水平方向の運動を、全球的な視野で観測するために稼働を続けています。SuperDARN を用いて行われているサイエンスとしては以下のようなものがあります。
■ 南北両極域における電離圏プラズマの対流運動の研究
緯度が 60 度を超える北極域・南極域の上部に広がる電離圏大気は、太陽から絶えず流れ出すプラズマ流(太陽風)と地球の固有磁場の相互作用による影響を受けて、絶えず水平方向に運動しています。その運動速度は、速いときには秒速数キロメートルにも達することがありますが、SuperDARN によって、その流れ場(対流)をグローバルなスケールで観測することができます。現在、SuperDARN レーダーは南北の極域を中心に 30 基以上が稼働していますが、それらのレーダーのデータを全て統合することによって、グローバルなスケールでプラズマ粒子の運動を計測することが可能になっています。そのような観測から、「太陽風の運動量やエネルギーがどのような物理過程を経て地球の電離圏に注入されるのか?」を明らかにすることが期待できます。国立極地研究所が昭和基地において運用している 2 基のレーダーや、情報通信研究機構がアラスカで運用しているレーダーは、これらの極域電離圏大気の激しい変動特性を明らかにするために建設されました。近年、SuperDARN レーダーは中緯度域でも稼働を開始しており、北海道でも 2006 年から名古屋大学宇宙地球環境研究所によってレーダーが運用されています。その中緯度レーダーの観測によって、磁気嵐と呼ばれる地球近傍の宇宙空間が非常に乱れた状態になった時には、極域だけでなく中緯度においても非常に高速の電離圏プラズマ流(Subauroral Polarization Stream: SAPS)が出現することも明らかになっています。これらの電離圏プラズマ対流のグローバルかつ精密な計測は、太陽からのエネルギーがどのようにして地球大気に侵入し消費されているかを明らかにすることに大きく貢献し、宇宙空間の天気予報の精度向上に繋がることが期待されています。
■ 電波と光を用いたオーロラの発生メカニズムの研究
オーロラは、極地方の 100 km あたりの高度に地球近傍の宇宙空間(磁気圏)から磁力線に沿って高エネルギーの電子が流入し、そのエネルギーによって大気の原子や分子を励起することによって生じる発光現象です。オーロラが発生している領域では、電離圏プラズマの対流や電場、磁場、電流が非常に複雑な時空間変動を示すことが知られています。SuperDARN を用いてオーロラが出現している領域を観測することで、オーロラの周囲で激しく変動する電磁場や電流を 2 次元的にイメージングすることが可能になります。現在、光を用いたオーロラの観測と同時にレーダーを稼働させることによって様々な先端的な観測が行われています。これらの観測によって、オーロラを作り出す磁気圏と電離圏が結合した領域におけるの乱れ(オーロラサブストーム)の駆動メカニズムを解明することが可能になります。また、オーロラは非常に複雑な形状をしているので、電離圏プラズマの密度にも細かい乱れを作り出します。これらの乱れは、GPS などの衛星測位にも影響を与えることがあると考えられています。オーロラに伴って乱れた状態になった電離圏の状態を SuperDARN を使って連続的にモニターすることも精力的に行われており、電離圏における宇宙天気予報への貢献が期待されています。
■ 電離圏・熱圏を伝搬する大気波動構造の研究
中緯度電離圏の 300 km 程度の高度領域に、しばしば縞状のプラズマ密度の波が現れることが知られています。この現象は、伝搬性電離圏擾乱(Traveling Ionospheric Disturbances: TID)と呼ばれ、地上からの大気光の観測や GPS 測位信号による電離圏全電子数観測によってその特性が調べられてきました。これらの観測手法に加えて、SuperDARN が受信する地上や海面からの散乱波に見られる微細な揺らぎを用いることで TID の観測が可能なことが分かっています。ある種の TID は、極域電離圏にオーロラの発生などに伴って磁気圏から流入したエネルギーが全球的に再配分される過程を現していると考えられていますが、SuperDARN を用いてその過程をグローバルに明らかにすることができます。また、日本上空で夜間に観測される TID は、電離圏よりも下の高度の大気の乱れにその起源を持つと考えられています。そのような上下方向の大気の結合過程に関しても SuperDARN の広い視野を生かした 2 次元的なイメージング観測によって物理プロセスを明らかにすることが期待できます。
■ 地球温暖化に伴う中間圏環境変動の研究
地球の温暖化に伴って、高度 70-90 km に広がる極域の中間圏では寒冷化が進んでいると考えられています。そのひとつの兆候として夜光雲と呼ばれる現象があります。夜光雲は、寒冷化によって中間圏に作られた氷が太陽光の散乱によって地上から観測される現象で、夜光雲出現領域の低緯度への拡大は、地球温暖化の進行の指標になると考えられています。SuperDARN を使うことで、夜光雲と密接に関連して発生する夏季中間圏レーダーエコー(Mesosphere Summer Echoes: MSE)を観測することができます。MSE はこれまでは主として南北の極域において観測され、Polar Mesosphere Summer Echoes (PMSE) と呼ばれてきましたが、北海道の SuperDARN レーダーによる観測などから中緯度域にも出現することが明らかになりつつあります。全球的に展開されている SuperDARN レーダーの観測データを統合することで、MSE のグローバルなモニタリングが可能になり、地球環境の変動に伴う超高層大気の変動を監視することが期待されています。