若手研究S : Kenji Kawamura's Website

南極氷床コア分析と気候モデリングに基づく氷期・間氷期の気候変動メカニズムの解明

研究の学術的背景

 気候の将来予測に関するIPCC第四次報告書では、古気候データと古気候モデリングの研究が独立した章として大きくとりあげられており、今後の古気候研究の発展が、将来気候のより高精度な予測にも必要とされている。古気候研究の国際組織(IGBP/PAGES、なお研究代表者は日本学術会議PAGES小委員会委員を務めている)では、過去の放射強制力の復元と間氷期の気候復元、古気候データによる気候モデルの検証を重点課題として位置づけている。そのために、正確な年代に基づく気温と温室効果気体の詳細復元が世界的に求められている。特に、現在より暖かかった過去の間氷期とその前後の遷移期における古気候データは、温暖化した地球における気候サブシステム間の相互作用を理解するために、その重要性が増していることが世界的な共通認識となっている。

 南極において掘削された氷床コアは、過去の大気組成を復元できる唯一の媒体である。私はこれまで日欧米の研究機関に所属し、重要な温室効果気体である二酸化炭素(CO2)やメタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)の復元と気候変動メカニズムの研究で世界をリードする研究成果をあげてきた[Kawamura et al., Nature, 2007; Spahni et al. (含川村), Science, 2005; Luethi et al. (含川村), Nature, 2008]。また、第1期ドームふじコア(2503m、34万年)の酸素/窒素比(O2/N2)に基づく高精度年代決定手段を開発し、気温とCO2、地球軌道要素間の時間関係を正確に捉えることに成功したうえ、正確な時間軸に基づくデータの提供により世界の氷期-間氷期メカニズム研究に長足の進歩をもたらしたことで、世界的に高い評価を得た(図1;2007年8月に出版され、2009年5月時点で21回の被引用回数)。

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図1:(上段)O2/N2による氷床コアの精密年代決定(35万年間)。
(下段)南極の気温とCO2、海水準、北半球日射量間の比較。



 しかし、温室効果気体濃度の復元には多くの課題も残されている。特に、日欧米によるCO2¬濃度復元が、過去の間氷期において最大約40 ppmもの相違を見せている(図2)[Kawamura et al., Tellus, 2003]。また、9万年前以前の時間分解能が1000年程度にとどまっており(図2)、気候遷移期における気候サブシステムのタイミングの比較や、全球気候モデル(GCM)による古気候シミュレーションには解像度が足りない。一方、過去8000年間のCO2の増加が人為起源であり、氷期への突入を人類が数千年前から妨いだとの説が論議を呼んでいる(Ruddiman, Rev. Geophys., 2007; AGU2008大会ではユニオンセッション開催)。これら重要問題の解決には、過去の間氷期におけるCO2変動を完新世のデータに匹敵する精度と時間分解能で復元し、正確な年代軸に置いたうえで他の気候要素素の変動と比較する必要がある。そのためには、分析に係る試料量の低減(現在の1/3 以下)と高速化が鍵となる。

 さて、グローバルな気候や炭素循環の変動に重要な役割を果たしたと考えられる海洋の温度情報は、一般に海底堆積物コアの生物化学的なプロキシ(代理指標)から得るが、海洋環境の空間不均一性や、異なる温度プロキシデータ間の不整合等の問題があり、全球平均海水温の復元は難しい。さらに、海底コアと氷床コアとの年代合わせが困難なため、海洋がグローバルな気候や炭素循環に果たした役割の解明が妨げられている。そこで、申請者と米国スクリップス海洋学研究所の共同研究チームは、全く新しい古海水温指標として、氷床コア空気のクリプトン(Kr)とキセノン(Xe)の濃度を用いた平均海水温の推定手法を開発した(投稿準備中)。これら不活性気体は海水への溶解度の変化によって大気中濃度が変化するため、逆にその濃度から海水温が求まる。これは生物化学的手法と比べて定量的確度が高いうえ、得られる情報はグローバルである。さらに、気温や温室効果気体の変動と全く同じ年代軸で比較できるという絶大な利点がある。

 こうした状況の下、日本の国立極地研究所を中心とする南極氷床コア研究グループは、第2期ドームふじ深層掘削計画を完遂し、過去七十数万年に及ぶ気候変動を記録する良質の氷床深層コアの採取に成功した。上述のO2/N2による高精度年代決定は第2期コアにも適用されており、温室効果気体濃度の概略復元とあわせ、今年度末までに、約2000年の時間分解能での基本解析を完了するペースで分析が進んでいる。

研究の目的

 本研究は、ドームふじコアの基本解析の完了をふまえ、間氷期とその前後の気候遷移期について、温室効果気体濃度の高精度・詳細復元に加え、世界初となる全球平均海水温を、O2/N2に基づく正確な年代軸に置き、気温や日射量変動と比較する。以下に具体的なデータ取得について記す。

(1)既存設備と新たに開発する高効率空気抽出・分析設備を併用し、ドームふじコアの分析により、完新世および過去6回の間氷期とその前後の気候遷移期におけるCO2およびN2O、CH4濃度を、高精度かつ200年程度の時間分解能で復元する。

(2)ドームふじコアのKrとXe濃度の高精度分析から、過去2回の氷期-間氷期の遷移期におけるグローバルな海水温変動を復元する。

 これらの結果を、気温や地球軌道要素とともに変化のタイミングに着目して解析するとともに、気候モデリンググループとの議論やデータ提供を通じた連携研究により、以下に挙げるような古気候学上の難題に回答を与え、気候変動メカニズム研究に大きく貢献する。

(1)間氷期における気温とCO2濃度、海水温、軌道要素間の関係の事例から見て、人類がおらず自然変動のみなら、過去数千年間に地球は氷期に向かっているはずだったのか?(完新世の人為起源温暖化説の検証)

(2)氷期から間氷期への移行と、間氷期から氷期への移行において、北半球の夏期日射量が海水温や気温、温室効果気体濃度の変化に常に先だっていたのか?(ミランコビッチ理論の検証)

(3)気候遷移の究極のトリガーは、3つの地球軌道要素(離心率、黄道傾斜、地軸歳差)のうちどれか?(気候遷移と各軌道要素間の統計検定と、気候モデル実験によるメカニズム検証。海洋と温室効果気体の役割解明)

学術的な特色・独創的な点および予想される結果と意義

 ドームふじコアの年代決定と分析精度は世界一であり、上述した古気候・大気環境の詳細復元は、気候変動への温室効果気体と地球軌道要素の寄与を分離するために不可欠な実証データを提供できるので、古気候データ解析と古気候・氷床・炭素循環モデリングの両分野に長足の進歩をもたらせる。本研究のデータを、IPCCに多数引用され今後も重要な役割を果たすMIROC GCMへの入力・検証データとして提供し、将来予測の精度向上に直結する古気候シミュレーションを進め、また逆に、GCM実験結果を古気候データとともに解析し、論文を共同執筆することも、古気候モデリンググループの阿部彩子准教授(東京大学気候システム研究センター、地球環境フロンティア研究センター)との間で申し合わせている。つまり、本研究によるデータを即時に幅広く活用することで、世界最先端の氷床コア解析と古気候モデリングとの融合研究が実現する。このように、本申請研究は、ドームふじコアの基本解析完了をふまえた、世界レベルのさらなる古気候研究展開の大きな一歩として、発展性が極めて大きい。

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