経緯:
非干渉散乱(IS)レーダー観測は人工衛星などの飛翔体観測と共に、 超高層大気をはじめとする地球周辺環境を観測・研究する最も有効な手段の一つです。 日本は現在この分野の研究が世界の中でも最も盛んな国の一つですが、極域にISレーダーを有しておらず、 ISレーダーを用いた主体的かつ継続的な観測を行うことができない状態にあります。 地球大気の下部(対流圏・成層圏)を含めた超高層大気全般及び太陽風にまでわたる観測に有効なISレーダーを用いて、 極域の超高層大気を継続的にモニターするとともに、主体的に日本独自の観測を行うことは、 地球環境変動を含む太陽-地球環境科学の研究を行ってきた日本国内の多くの研究者の願望でもあり、 この分野の研究の発展に国内のみならず国際的にも大きな寄与をするものです。 この目的のために、名古屋大学太陽地球環境研究所や国立極地研究所が中心となり、 現在オーロラ帯に位置するスカンジナビア半島北部に世界でも有数のISレーダ設備を有する 欧州非干渉散乱(EISCAT)レーダ科学協会と協同して、太陽風エネルギーが直接地球環境領域(磁気圏) に流入する領域:極域カスプ領域に新たなISレーダを建設し、 現存のレーダ設備と併せてオーロラ帯から極冠帯にわたる広い領域で、国際協同観測・研究を計画しています (現在は国際協同観測・研究を行っています)。
日欧協同は、日本と欧州ISレーダ(EISCAT)科学協会 (英・独・仏・ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの欧州6か国が加盟)が協力して、 スヴァールバル諸島スピッツベルゲン島にISレーダを建設し、 日欧の科学者が北極圏環境について共同観測を行う形で進められます。 1988年以来、両者の間で共同研究計画が種々検討された結果、 スピッツベルゲン島ロングイヤビンにISレーダを共同で建設することになり、 日本側はISレーダ設備の一部を分担建設します。EISCAT科学協会は1993年初頭から計画を実施に移します。
スヴァールバルは、ノルウェー北方の地域を指します。スヴァールバル諸島最大の島スピッツベルゲンは、 太陽からの粒子流が地球環境に流入する要所であるとともに、大気圏の極域特性が顕著な高緯度にあるため、 北極域観測にとって最適かつ重要な場所です。 スピッツベルゲン島に建設されるスヴァールバルISレーダを用いて、 新しい観測が開始されることの科学的な意義は大きいと期待されています。
ISレーダは、上空の大気圏・電離圏・磁気圏内の物質の運動やイオン微量成分の分布や電磁気的特性を観測することのできる、 有能な科学観測用の高出カレーダであり、非干渉散乱レーダ(Incoherent Scatter Radar)を指します。 現在、EISCAT科学協会は北欧に設置したISレーダを運用しており、本計画のスヴァールバルISレーダが実現すれば、 オーロラ帯から極冠域までの広い領域にわたる観測が可能となります。
わが国の太陽地球環境分野の研究者が、国際共同出資による国外のISレーダ施設と観測拠点を初めて持つことになり、 大気日から電離圏・磁気圏・太陽風までの広い領域の研究者が、北極圏に関する貴重なデータを自由に利用でき、 国際的に対等の立場で第一線の研究を進めることができることです。 また、日本の若い研究者にとって国際共同研究の第一級の場を提供することもできます。
太陽からは、光の他に高速のプラズマの流れ伏陽風)が吹き出しており、地球もその流れの中にあります。 しかし、地球は自分自身の磁場により障壁を作つており、 太陽風は直接にはその内側(磁気圏)に入りにくい状態になつています。(図1)
太陽風が直接磁気圏に入る場所は、昼間側緯度80度近辺のカスプ(図1矢印)と呼ばれる領域で、 ここから侵入した太陽風やそれに伴うエネルギーは、オーロラをはじめとする超高層現象の源になっており、 又オゾン・エアロゾル等を含む極域の中層大気に大きな影響を与えていると考えられています。
しかし緯度が高いため、今まで太陽風から地球へ直接エネルギーが侵入する場所での観測は不十分で、 どういう機構でどういう時にエネルギーが入ってくるのかは、解明されていません。
太陽―地球系科学のこれからの焦点は、 現在実施されているSTEP(太陽地球系エネルギー国際協同研究計画)及びそれ以後の中心課題である、 太陽から地球までの様々な領域間のエネルギーのリンクにありますが、 その中で太陽風と地球磁気圏とのリンクはもっとも基本的且つ重要です。
本計画のこの昼間側境界カスプを研究するための最も理想的な場所です。 この地域は、昼間側カスプに対応し、また冬季に昼間側でオーロラを観測できる唯一の地点であるからです(図2)。
日欧協力によリスヴァールバルに建設するISレーダを用いて、以下の国際協同研究を実施します。
研究面からの利点:
国際面からの利点:
生活環境面からの利点:
日欧協同で建設を計画している非干渉散乱レーダ(ISレーダ)は、地上から大出力のシャープな電波を発射し、 上層大気中の粒子からの散乱電波を受信し、 高度数十kmから約百kmの上空に分布する電子とイオンの運動・密度・温度や中性風の運動などの 空間・時間変動双方を測定できる画期的な装置です。 現在注目されている極域オゾン層のある中層大気から、太陽風粒子により影響を受ける電離層までの広い領域にわたる、 重要な物理量を測定することができ、更にこれらの領域間で互いに与え合う影響等を調べることができます。
以下のような多様なパラメータを得ることができます。
研究面からの緊急性
カスプ領域で本計画を実施し、太陽‐磁気圏地球大気間のエネルギーの流れを解明することは、 STEP及びそれ以後の太陽―地球環境科学の大きなターゲットです。 又、極域超高層大気と中層、下層大気との関係を研究することは、グローバルな気候を考える上で、 緊急且つ重要な課題となっています。 これらの目的のためにISレーダは最適な観測手段です。
これらの課題を解明するためには、地上から継続的にまた広い領域を観測できるレーダ等とともに、 実際に現象の起きている場所で観測できる人工衛星等の飛翔体観測との有機的な共同観測が非常に大事です。 本計画はエネルギー流入領域を観測することを目的としたクラスター衛星計画(複数衛星の編隊飛行を行う) との同時観測が大きなターゲットとなっています。 この人工衛星は1996年に打ち上げられるので、その観測可能期間にスヴァールバルレーダを稼働することが必要です。
国際協力面からの緊急性
EISCAT科学協会は、スヴァールバルISレーダー計画を実施することを、1992年12月正式に決定し、1993年から建設を開始しました。 しかしスヴァールバルISレーダは、日本の担当するアンテナの建設が終了してはじめて、当初計画した機能を持つことになるので、 日本側の早期の参加が望まれています(EISCAT科学協会科学諮問委員会の決議の項を参照)。
ヨーロッパ側はスカンジナビアにある現有のレーダシステムで多くのノウハウを持っており、 日本だけでISレーダーを構築することが、かなりの困難を伴うことを考慮すると、 ヨーロツパ側と共同でISレーダを建設するのが最適な方法です。
日本が参加した場合、 新規のスヴァールバルISレーダーに加えて現有のスカンジナビアEISCATレーダーについても、 ヨーロッパ6か国と対等の立場/権利を有することになります。
本計画では図5に示すようにディッシュアンテナ2機を用いて最大出力 2 MW(メガワット)の電波を発射することが必要です。1995~1996年までにシステムの一部を建造し、その後に日本側が担当を予定している2機目のアンテナと、 ヨーロッパ側が担当する送信出力増強により完成し、本観測を開始します。
(1)物質の運動を観測する
1機のアンテナだけの場合は、本研究計画の主要な目的である電離圏内のプラズマや中性風の 運動及び対流圏・成層圏の風の方向や速度を十分な精度で観測することができません。 これは2機以上のアンテナがあってはじめて可能となります。
(2)時間・空間変動の激しい極域現象を観測する上で重要な時間・空間分解能の向上が図れます。
2機のアンテナを用いることにより、観測の時間・空間分解能は2倍以上にになります。 時間的に速い運動を行いまた空間的に構造を持つことが特徴であるこの領域の現象 (Flux Transfer Event(FTE)、粒子降下、沿磁力線電流などの解明)に2機のアンテナを用いることは極めて重要です。
EISCATの協同観測。
研究では、加盟各国が協力しあって観測設備の建設・改良・運営を行ってきています。 すなわちEISCAT加盟各国が、必要な建設・維持・運営の経費を分担しあい、 数々の改良を行って現在の観測システムを築き上げ、観測及び研究を実施してきています。 実際の運営のためには非営利の教育・科学研究組織であるEISCAT科学委員会が設けられており、 本部と各国の代表により構成される評議会・科学諮問委員会・管理財務委員会により運営が行われています。 この協同観測・研究及び運営方針は現在建設中のスヴァールバルレーダーにも適用されます。
観測については、観測時間(現在3観測点で各々2000時間)の半分は共通プログラムと呼ばれ、 超高層大気の基礎物理量をいくつかの決まった方式で長期間にわたって観測を続けるもので、 全観測データが、加盟各国に渡されます。残りの半分の1000時間は各国が分担 (建設・維持・運営すべてを含む)の度合いに応じて分配しあい、独自の観測を行っています。 スヴァールバルレーダーについても同様の運営方式と観測時間が計画されています。
日本がEISCATに加盟するにあたっては、現加盟国が過去及び現在行ってきている分担協力の方式を、 日本も踏襲する必要があります。即ち他の加盟国と同様に分担協力することにより、 システムの構築と運用に責任をもつことが必要です。日本が加盟国になった場合の分担の度合い (概数)を設備投資総額について下に示します (単位は100万スウェーデンクローネ(MSEK: 1994年の時点で約1500万円))。
これに加えて各加盟国は、管理・運用のために1981年以来、毎年約 26 MSEK(約 3900 万円) を分担してきています(仏国25%、フィンランド5%、独国25%、ノルウェー10%、スウェーデン10%、英国25%)。この管理・運用投資額の合計も、設備投資額と同様に現在まで300 MSEK を上回っています。これらすべてを原価償却等も含めて考慮すると、日本の分担は全体の12% となります。ISレーダーの協同研究の形態には様々なものがありえます。他の国々が既に開発・建設した観測施設やそこから得られるデータのみを研究者間の協力の下で利用することも一つの形態です。 しかし日本国内の様々な分野の研究者の独自の要求に応え、真に主体性のある研究を発展させるためには、日本として国際社会の中で観測・研究・運営にまで責任のある取り組みと体制が必須であると考えます。
第44回欧州ISレーダ(EISCAT)科学協会科学諮問委員会決議
(1993年4月1‐2日、於スヴァールバル・ロングイヤビン)
欧州ISレーダ科学協会科学諮問委員会は、スヴアールバルISレーダ計画における日本の協力を 重要なものと考えている。計画立案にあたり、欧州:Sレーダ科学協会科学諮問委員会は、 アンテナ1機を用いた計画の第一及び二段階(注)においても貴重な科学的研究が成し得るが、(当初から考えられてきた)研究全体は複数機のアンテナ施設と望むぺくは送信電力の増強が あってはじめて達成されるものであると考える。 このため、欧州ISレーダ科学協会科学諮問委員会は、日本の科学者がスヴァールバルISレーダ 計画に加わり、2機目のアンテナを建設するという計画を心から歓迎するものである。
(注) 欧州ISレーダ科学協会は、スヴァールバルISレーダ計画を4つの段階に分け、 当面、当初計画をアンテナ数及び出力電力で大幅に下まわる第2段階までを完成することにし、 1993年計画を実行に移した。
Resolution of the 44th EISCAT Scientific Advisory Committee held at Longyearbyen, Svalbard on l‐2 April, 1993
EISCAT Scientific Advisory Committee (SAC) acknowledges the importance of Japanese collaboration in the Svalbard radar. In making the original proposal EISCAT SAC recognized that while valuable science could be achieved with phase 1 and 2 of the project, which provide a single antenna, the full scientific programme can only be addressed by a multi-antenna facility preferably with a more powerful transmitter. EISCAT SAC therefore warmly welcomes the application by Japanese scientists to join the project and provide funds to construct the second antenna.