南極観測隊便り 2017/2018


2018/01/06

電子機器やバックアップ

Tweet ThisSend to Facebook | by ishida
南極観測の現場では、科学観測ですので様々な電子機器を利用します。しかし、温度、湿度、大変な乾燥、アースがとれない、車両や橇の振動など、非常に特殊な環境での集中使用となるので、しばしば故障が発生します。ですので、特に観測にとって肝心な機器であるほど、二重三重のバックアップ対策の用意が求められます。一台しかない機器がひとたび故障すれば、ここまで準備をして人材と予算(血税)を投資しチームで臨んでいる観測が重大な危機に陥ります。

 今回のレーダ観測は、南極の重点観測のなかでも特に重要でありましたため、レーダ機器は相互バックアップとして3セット持ち込んでいます。そのうちのレーダの一台が、二日前から、エラーの頻発をはじめました。制御PCとレーダ本体の通信が、高い頻度で途切れ、また、レーダの受信データにも普段にも増してノイズがのるようになりました。配線の組み合わせ等を様々に変えてもこのエラーは解消せず、その場でレーダ受信機をバックアップ受信機と交換しました。ここでエラーは消えましたので、交換した部分に不調があったと判断しました。不調となった機器は、S16地点を出発以来、レーダ観測としては約2,700キロメートルの行程で非常に良質のレーダデータを生産してくれました。相手は機械ですが、機器と、それを開発下さった方々に深い感謝です。その後は、バックアップ機でデータの生産を続けています。バックアップの重要性をあらためて実感した出来事で
した。観測はダメージを受けずに継続できます。もしバックアップ機がなければそのままレーダ観測の継続を断念せざるを得ないような状況でした。仮にこの2機目が不調のなっても、レーダには更にもう一重のバックアップがあります。ドームふじ近傍でのレーダ観測走行はあと約650キロメートルあります。あと約1週間の日程です。2機目には今の調子を維持してほしい。

 レーダ以外にも、車両の振動で信号ケーブルの断線、電源ケーブルのコネクタの導通不良、GPSアンテナの不調はしばしば発生しています。振動から如何に遠ざけるか、防振対策をするか、あるいは、振動で起こったネジのゆるみや物損などを如何に早く発見し、修復するかがポイントとおもっています。

 また、南極観測プロジェクトの事後評価プロセスのなかでは、起こってしまった機器不調に対し、それを不可抗力とみるのか、それでも対策が甘かったと厳しく評価するのか、議論が起こります。自分たちが観測にもっていく機器の特性などを理解し、機器の内部部品を含め事前にバックアップ対策を多重にしておくことが強く求められています。南極観に臨む者には、強い厳しさが求められています。

 取得したデータにしても同様です。現場で取得したデジタルデータはただちに数重にバックアップデータを作成し、万一どれかのPCやデータディスクに故障が起こっても、必ずどれかは生き残るようにします。レーダ観測を実施しているこの数週間、夕食後は毎夕この作業をおこなっています。外国隊の氷床レーダ観測もそうであると聞きました。「データバックアップセンター」を観測現場に置くのだそうです。データを日本に持ち帰る際にも、航空機搭載、船「しらせ」搭載、それに昭和基地残置のセットをそれぞれ作成し、万一の事故に備えます。現場で筆記記録した野帳は、現場にいるうちにデジタルカメラですべて撮影し、他のデジタルデータと同様の扱いをします。帳面を万一紛失しても実質の記録は残ります。

 ただし、アイスコアサンプルはバックアップ作成というわけにはいきません。1本の深層コアを掘削するのに、十年レベルのエフォートを要しています。バックアップ深層コアなど実質不可能です。深層アイスコアの輸送において、たとえば、大陸沿岸から輸送船「しらせ」へアイスコアを輸送するヘリコプターが突然運用ができななる、あるいは、船の冷凍庫が故障するなどがもし起これば、取り返しのつかない事態になります。国内に於いても、研究所の冷凍倉庫が大震災等の災害で停止するなどすれば、十年レベルで掘削をすすめた深層アイスコアが融解し毀損してしまうことになります。私達は、1月中旬以降、大量のアイスコアを沿岸、そして「しらせ」、そして国内へ輸送します。まずは私達自身、そして、関係各方面の緊張感と事故予防対策は欠かせません。「この事態になったらこう動く」の手を複数、できれば多数、もっておく必要があります。観測隊に参加された医師の方々からは、手術等の際の心得としてしばしば伺う話です。
本稿には、自戒を込めて。
(藤田記)
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