南 極 の 水 循 環 の 研 究
南極大陸は氷のかたまりである。地球の大気を通って南極域にたどりついた水が、氷としてそこに集積した結果を今我々はみている。南極氷床は、今から3000〜4000万年前に形成されはじめたといわれる。氷床がどのように涵養され、氷期―間氷期サイクルにどのようにかかわったのか、今後明らかにされていくであろう。
南極氷床上空に流れこむ水
南極氷床上空の大気環境と水の流れを、下に模式的に示す。南極氷床は、縁辺部から内陸に向って急激に高度が上がり、しだいに傾斜がゆるやかになる。内陸では、氷床の表面が“放射冷却”現象によって冷えており、大気を下から冷やしている。そのため、氷床表面近くの大気は地表付近ほど気温が低く、上に行くほど気温が上がる気温逆転層を形成している。
冬季には−60〜−70℃の地上気温に対して、気温逆転層の上部はそれより20℃以上も暖かい。その厚さはおよそ500mであるから、対流圏(8〜9km)の10分の1程度のスケールである。
大気中に気体として存在する水の量の最大値は、飽和水蒸気量で規定される。飽和水蒸気量は温度に依存し、低温になると指数関数的に減少する。たとえば、日本付近の大気に比べて低温な南極氷床上の大気では、30分の1以下の水蒸気量と計算される。実際、もう少し暖かい氷床沿岸部(昭和基地など)の観測結果は10分の1程度である。概して、低緯度のところにある水蒸気が、南極氷床上に漏れこんでくるとみてもよい。過飽和の水蒸気量は降水として次々に落とされてくるので、南極に近づくにつれて水蒸気量は少なくなっていく。
南極氷床への大気中の水の流れ
南極氷床上の水の流れ
さて、こうして氷床上に到達した水蒸気は、今度は先の気温逆転層とかかわりをもつことになる。南極までの間で減らされてきた水蒸気が、さらに気温逆転層の中にとりこまれながら、しぼりとられることになる。それは、冬期間にほぼ毎日観測されるダイヤモンドダストとよばれる降水(降雪)や、氷床表面に付着する霜という現象としてあらわれる。これが、長い時間をかけて巨大な南極氷床を涵養してきたプロセスの1つであることはまちがいない。
我々が観測しようとするのは、この水の流れの量的な把握と、水平―鉛直の分布構造である。現在のドームふじ観測拠点でも、関連した観測が進められているところである。低温な領域での湿度を精度よく測定することは大変むずかしく、今後さらに改善していく必要があるが、いくつか興味深い結果を紹介したい。
下のグラフによると、気温逆転層の最上層は4100m付近にみられる。比湿とは、そこに気体(水蒸気)として存在している水の量そのものを表現する量(同じ場所の空気の重さとの比率で表現)であるが、下層ほど水蒸気が少ないことがわかる。相対湿度は気体として存在できる水の限度に対する現状の割合であり、この例では100%に満たないが、この温度領海域では60%程度で氷粒をつくりはじめることがわかっている(昇華凝結)。この条件はすべての層で満たされており、とくに最下層で顕著に高くなっている。
すなわち、水蒸気そのものは上部から地上へと流れ、各層ではダイヤモンドダストの生成がおこっていることを示唆している。その量的な把握は、測定精度に強く依存し、今後の課題として残されている。
気温逆転層を含む氷床上空の気温、比湿、相対湿度の高度分布。
一方、夏になると、冬季に絶え間なく存在していた気温逆転層の様相が一変する。500mの厚さの気温逆転層は消滅し、夜間(といっても太陽は沈まない)だけ50mほどの厚さの気温逆転層があらわれるようになる。
日中は、日射で暖められた氷床表面が大気を暖めるため、大気の下層ほど気温が高い"普通"の気温分布となる。このとき、氷床表面層から大気中へと水が移動する(昇華蒸発)。氷床が消えていくプロセスの一つである。
世界の気象ゾンデ観測網などの解析では、冬季に南極域で大気中から水蒸気が消滅している(大気の外、つまり氷床へ移動)一方で、夏季にはむしろ南極域の大気中で水蒸気が増加していることを示した結果がある。現地で観察していると、夏季には日中にダイヤモンドダストがさかんに見られるが、これはいったん大気中に放たれた水蒸気が、再び固体粒子となって氷床表面に戻っているためと考えられる。
こうした氷床と下層大気中での水の循環過程をともないながら、水の一部が氷床に戻ることなく、出ていっているのかもしれない。
夏季の日中にみられるダイヤモンドダストの例。空一面にあるダイヤモンドダストが、太陽を c2 13 中心とした環状の光学現象の原因として、一粒一粒の白い斑点様にみえている。
(国立極地研・本山秀明氏提供)
南極氷床上の大気の入れかえ
氷床上の大気は、大規模に急激に入れかわることがある。ときとして、熱帯域をも含めた大規模模大気循環場がつくり出すブロッキング現象がかかわる。ブロッキング現象は、大気力学的な作用によって、普段の大気の流れがブロックされ、蛇行した流れになることをいう。
たとえば、南極大陸を中心にして流れる(風が吹く)大気中にブロッキング現象が発生すると、南極大陸の外側を流れていたはずの大気が蛇行して氷床上を迂回して通っていくようになる。 ずっと低緯度側にあった暖かく湿った大気が、それまで氷床上空にあった冷たく乾いた大気を押し出し、一気に流れこむ。ブロッキング現象の最後は、迂回流が切りとられてもとの流れが復元し、一方で切りとられた大気がその場所に残される。
真冬のドームふじ観測拠点滞在中に経験した例では、気温が前日より約40℃も上昇し(夏の気温と同程度)、15m/sを超える強風が観測された。現象の速さと激しさを物語る。氷床上に新たに入ってきた大気は、その後10日ほどをかけて少しずつ外に出ていった。いつもより大量に含まれていた水蒸気は、先の気温逆転層のプロセスを通して氷床を大きくしたのではないだろうか。
おわりに
地球の気温が上昇すると、南極氷床はどのような応答をするのであろうか。これについては計算機によるモデル計算や、観測データの解析がさかんに行われているが、統一的な見解にいたってはいない。計算機による気候モデルの研究では、南極氷床の地上気温の上昇と同時に雪の堆積量が増えていくことを示したものが知られている。気温が上がることは、水蒸気として南極域に到達する水の量が増え2ヲることにつながり、その結果、そこから南極氷床にしぼりとられる水が増えると解釈できる。
一方、最近20年の人工衛星データでは、南極氷床表面温度が、その縁辺部をのぞく広い領域で寒冷化していることが解析されている。地球温暖化の中にあって、南極氷床表面温度が単純に上がるわけではないことを示しているのかもしれない。南極氷床の上空に入ってくる大気の温度が高くなることこそが、氷床の涵養につながるとすると、最近の氷床の涵養量は少ないことになる。
こうして、さまざまな研究が進められている中で、最も求められていることの1つは、現地での測定データである。文明圏から遠く離れ、自然環境の極度に厳しい場所での精度の高い観測の実現が望まれる。
T O P