2018年6月に出版された学術雑誌Nature誌には、南極特集号として、5編のレビュー論文や記事が掲載されました。そのなかのひとつ(Rintoul et al. (2018))は、今から50年後の世界にいる科学研究者が、過去50年間に起こった出来事を振り返るという設定で記述されています。地球上に増大する温室効果ガスに、有効な手が打たれなかった、その結果として南極では様々な現象が進行してしまったというシナリオです。(図の下の文に続く)
図:Rintoul et al.(2018) Nature誌
地球上の温室効果ガスの増大に有効な手が打たれなかった結果、南極域では何が起こったのでしょうか?
海では 海水温が上昇し、そうした海水が南下しました。
炭酸ガスが海水に溶けることにより、海水の酸性度が上がりました。 海水の熱膨張と、氷床からの氷の海への排出によって海水準が上昇しました。
大気では 偏西風帯が南下し、そして偏西風は強まりました。こうして強まった偏西風は、暖水の南下も強化しました。 温暖化にともなって、大気中に飽和する水蒸気量は増えました。その結果、南極に流入する水蒸気の量も増えました。
海と氷床の界面では 棚氷の底部が、暖かい海水によって融解・浸蝕されました。
氷床の底部をえぐるように暖かい水が氷床を融かし、その結果Grounding line(氷床が棚氷として海に浮かぶ前にまだ大陸岩盤に接地している境界線)が内陸に向かって移動することとなりました。その結果、氷床と岩盤の間に摩擦力がはたらく領域が沿岸で失われていってしまいました。
氷床下の摩擦力を失った氷床は、流動速度を加速しました。その結果、より多くの氷が海に向かって流れ込むことになりました。 氷床下の岩盤の多くは、海面下にあることから、上記のような現象が進行した結果、現象が一気に内陸に向かって進み、不可逆現象となり、文字通り取り返しのつかない変動が進行してしまいました。
南極氷床の表面では
水蒸気を多く含む大気の流入により、内陸部では降雪量が増えました。そのこと自体は、海水準の上昇を一時的に緩和する効果をもたらしました。
沿岸付近の氷床表面では、夏の融解が進行しはじめています。
生態系は
ペンギンの生態域は変化しました。
植生が南極に拡がりはじめました。
人間活動は
南極域での人間活動は増大していきました。
人類社会や生態系の重大な悪影響をもたらす変化の進行がありました。こうした変化の進行とおもえる現象は2018年の現在までに既に数多く観測されてきています。
ここであらためて私たちの科学的目標を記載します。これらは、私たちがおこなう研究・教育活動の社会的な存在意義になります。
科学的目標 私たちは、極域の大気・水・物質・エネルギー循環の研究および教育をおこなっています。こうした研究を通じ、現在の人類社会が直面する問題である地球温暖化/気候変動に関連した極域の変化の理解を追求します。 私たちは、気候システムの研究を通して、気候変動における極域の応答と役割を解明していきます。 私たちは、そうした最新の知見を社会に伝え続ける役割を果たします。それによって、社会の各方面の方々や政策決定者が地球温暖化/気候変動に関連し進むべき方向性にかかる判断材料となる知見を供給します。 私達が必要としていること 南極地域や北極、あるいはグリーンランドの氷の将来を予測することには常に不確実性が伴います。その多くは、氷が大気と接する、氷が海と接する、または氷が陸と接する場所で発生するプロセス間の複雑な関連を観察およびモデリングすることの難しさから生じます。現象を表現するモデルは、海の温度、基盤地形の形状と深さ、氷山のカービング、地球規模の気候の変化、局所的な気象パターンなど、さまざまな空間的および時間的スケールで多数の要因を考慮する必要があります。 私たち研究者は、これらの不確実性に対処するために、氷と海の間、および氷と陸の間の境界を長期観測していくために常に技術革新を求めていきます。私たちはまた、氷河・氷河のモデルと大気と海のモデルを結合していくことを必要としています。
これらの目標を達成するために、私たちは私たち自身や利害関係者がデータやそれを視覚化した素材に簡単にアクセスできるように努力していく必要があります。私達はまた、極地の気水圏現象を研究する研究者のコミュニティ内の多様性を高め、他の分野の研究者とのコラボレーションを拡大する努力を必要としています。---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
以下の記述は、EGU2020で2020/5/6におこなわれた学際セッション「地球システムの転換点」からの引用です。極地の気水圏研究に関連の深い部分を太文字で強調しています。
地球システムの転換点
地球システムのいくつかのサブシステムは、人為的強制力の臨界レベルで突然反応することが示唆されています。このようなティッピングエレメントのよく知られた例には、大西洋子午面循環、極氷床と海氷、熱帯林と北方林、さらにアジアのモンスーンシステムがあります。異なるティッピングエレメント間の相互作用は、他のサブシステムに安定化または不安定化の影響を及ぼし、突然の遷移の急激な連鎖反応を引き起こす可能性があります。突然の遷移が発生する重要な強制レベルは、最近転換点に関連付けられています。
問題のシステムがその状態を急激に変化させ、潜在的に壊滅的な気候的、生態学的、社会的影響を与える重要な強制レベル(および関連する不確実性)を決定することが最も重要です。この目的のために、古気候学的証拠、現代の観測、および複雑さの階層全体にわたるモデルに基づいて、ティッピングエレメントのダイナミクスとその相互作用についての理解を大幅に強化する必要があります。さらに、潜在的な将来の移行を軽減または準備できるようにするには、観察とモデルの両方で早期警告信号を特定して監視する必要があります。
「地球システムの転換点」の理解には、すべての関連分野の異なる視点から、地球システムにおけるポイントティッピングについて学際的に議論することが必要になります。例としては以下になります。
- (ランダム)力学系、の急激な遷移の数学的理論
-過去の急激な遷移の古気候研究、
-データ駆動型と過去および将来の遷移のプロセスベースのモデリング
-早期警告信号
-気候の感度と応答に対する突然の遷移の影響-生態学的および社会的影響
-不確実な転換点推定が存在する場合の決定理論
極地研究の指針をたてるうえで重要な考え方です。
緑色の氷山
南極内陸部の氷床表面に発生した表面霜
積雪のサンプリング: 人や道具に起因する試料の汚染を極力防ぎながらおこないます。