DORISはDoppler Orbitography Radiopositioning Integrated by Satellitesの頭文字をとって名付けられたacronym(略称)で、Doppler shiftを用いた衛星軌道決定用システムである。地球上にまんべんなく地理的隔たりが生じないように配置された一定周波数の発振用アンテナ(ビーコン)と衛星に搭載された受信装置とから成り立つ。南極地球物理学ノートNo. 9で述べたように航行する衛星が受信する電波はドップラーシフトを受けるが、そのデータをFrance/Toulouseにあるデータセンターがdownloadして、多数周回して(約1ヶ月)得られるDopplerデータを解析して時々刻々の衛星位置とビーコン位置を(今では)約1-2 cm精度で求めている。
DORISは基本的にはFranceのCNESとIGNが設計し運用している仕組みで、主にEurope系の光学リモートセンシング衛星やレーダー高度計・合成開口レーダー搭載の衛星に受信機が搭載されている。その運用開始は1990年1月打ち上げのSPOT-2であるが、1992年8月10日打ち上げのTopex/Poseidonに照準を合わせ地上局ビーコンの設置が進み、その成果を踏まえ、GPSが躍進した今日においても特色ある宇宙技術システムとして定着している。昭和基地へのビーコン設置は1993年1月であるが、以来20年近く、「維持管理の最もしやすい」装置として運用が継続している。
Topex/Poseidon衛星に搭載したレーダー高度計は設計当初から2-3 cm精度を目標としていて、海洋学のみならず測地学・固体地球物理学にも大きなインパクトを持つと期待されていた。そこで、研究公募NASA Research Announcement 96-MTPE-01に対応する形で日本でも応募案「Application of precise altimetry to the study of the earth's gravity field in the western Pacific region and the dynamics of the earth (P.I. Yoichi Fukuda; 当時は京都大学・別府地球物理研究施設)」が用意されたが、その関連で、昭和基地にDORIS beaconを設置しないか、という話が持ち上がり(おそらく瀬川爾朗・東京大学海洋研究所教授経由で)、IGNのClaude Boucher経由でDORIS Beacon Installation and Maintenance Department (SIMB) のAlain Gervaiseが昭和基地の電源事情、発振電波の種別、気象条件等を私(渋谷)に問い合わせてきたのが1989年5月であった。
具体的な話は1991年10月から進んだ。技術的なやりとりがAlain Gervaiseの後任のMichel Lansmanと始まった。この種の国際協力はProtocolを結ぶのが一般的というのを渋谷が知ったのが初めてということもあり、協定書の作成に手間取ったが、1992年8月には「南極昭和基地衛星軌道精密決定装置(DORIS = Doppler Orbitography and Radiopositioning Integrated by Satellite)に関する協定書」の調印がIGN所長と極地研所長(星合孝夫)間で結ばれた。これもこの時知ったのだが、第2条の「期間」の項について、「本協定書は、装置が電波法にのっとって規定された仕様通りに機能している限り、1年毎に暗黙のうちに更新させることができる」という延長規定を入れるのが長期的な国際共同協定では一般的ということで、その後、電波申請更新は行われたが、協定書の更新には苦労することなく、現在も延長されている。
DORISビーコンは「電波を出す器機」なので、観測隊として無線局免許申請を行い、「日本の電波法」にのっとった検査を受け、適法であるというお墨付きを得なければならない(南極は日本ではないから日本の電波法に合致していなくともよいと思っている人が2012年現在、まだいる)。この申請は1992年9月17日付けで郵政大臣の許可を得たが、DORIS運営に関わるIGN, CNES, CLSの運営組織図とCLSの日本総代理店として電波申請を代行するキュービック・アイとの関係、極地研のキュービック・アイへの委任事項(但し文部大臣:当時は鳩山邦夫、が極地研究所長・星合孝男を代理人と定めて申請の権限を委任し、極地研はさらに技術的要件を満たしていることの確認をキュービック・アイに付託・委任する)としての書類提出(1992年8月24日)が必要であった。端的に言うと、CLSの日本総代理店であるキュービック・アイがなければ、切迫した第34次観測隊の出発までに必要な準備は整わなかったであろう。
DORISによる電波発振そのものはITUのお墨付きがあり、IFRB Circular No. 1629にAR11/A/147として承認されている(17 November 1984)が、昭和基地実験局申請書には無線局事項書添付図面として(1) 衛星軌道精密決定装置宇宙通信系概念図、(2) 同、通信路構成図、(3) 工事設計書と別紙としての400 MHz波の送信周期及びデータフォーマット、(4) 工事設計書添付図面(昭和基地敷地平面図、機器配置図、送受信系統図、送受信機接続図3枚、空中線構成図、空中線指向図)及び別紙としての「占有周波数帯域の計算根拠」)提出が必要で、書類の準備に大わらわであった。IGNも1992年4月の段階ではフランス語のビーコン局配置図説明書しか持っておらず、英語の仕様書が1992年10月版で、極地研への送付が11月のしらせ出港直前であった。
DORISの主要仕様は下記の表1で示されるが、電管検査で一番問題になるのがスプリアス強度である。
表1 DORISビーコンの発振電波仕様 |
|||
中心周波数 (F0) |
周波数偏差 |
スプリアス強度 |
最大電力密度 |
2036.25 MHz |
F0 x ±2 x 10-7 |
添付図 |
-26 dBW/Hz |
401.25 MHz |
F0 x ±2 x 10-7 |
フィルターにより高調波減衰 |
-29 dBW/Hz |
CNES文書CM-NT-1223-4698/CNのOrbit Determination Beacons R.F. Characteristicsに記載されている添付図Fig. 2 a) (ここでは省略)にはF0, 2F0, 3F0, 5F0, 7F0の設計上の高調波相対出力が描かれているが、日本の電波法を通るためにはフィルターにより高調波強度をさらに減衰させる必要があった。
DORIS局の設置運用開始までに次の手順が必要であった。
1.
発振アンテナの設置
2.
発振機とアンテナの結線
3.
必要なパラメーターのプッシュボタン入力・設定
第34次隊の地球物理関係の隊員は2人いたが、夏期間において佐藤忠弘隊員(国立天文台・水沢)は超伝導重力計設置への再挑戦を主に行わなければならず、地震計保守を主に担当する岡野憲太隊員(東京大学大学院・学生)に設置をお願いした。設置マニュアルとしてはIGNが「DORIS beacon installation procedure; Version 2/ IGN, Instructions Techniques IT/G n˚ 88, E. Chapuis, July 1992」を用意したが、それを手順書(日本語)の形に渋谷が翻案し、1992年11月14日のしらせ出港日に託した。また、ビデオ取説をMichel Lansmanに用意して貰い、岡野隊員に託して作業前に手順を目で確認して貰った。
作業実施項目数が少ないこと、ビデオの威力もあって、設置は順調に進み、1993年1月には発振を開始出来た。図1はビーコン(パイロン上にある:図1a)と地学棟内に設置された送信機類(図1b)である。設置当初、タワーの傾きは5”以内であることが確認されている。
![]() |
![]() |
図1a | 図1b |
図1:(a) 地学棟風下側、トラスを組んだパイロン上に設置されたDORIS ビーコンSYOB。非常階段そばに付属のメテオセンサーがある。(b) 地学棟内に設置された発振器(上)とバッテリーボックス(下)。 |
第34次隊設置のビーコンについてIGNはIERS Domes Number 66006S001 (SYOB)という番号を付与した。このDomes Numberは地点コード(昭和基地は66006S)とそこにあるDORIS, GPS, VLBIなどの基準点マーカーに番号を振り、IERS (International Earth Rotation Service)の基で管理する(される)という意味で、この第一代目DORIS ビーコンは栄えある「昭和基地での第1番目(001)の宇宙測地基準点」になったわけである。
SYOBは10 m近い高さのタワー上にあり、120°間隔で開いた3本のステーで固定し、タワーの鉛直を保持する構造になっていたが、タワー自体の足元は強固ではなくブリザードなどの強風時には水平方向に振動した。また、ステーのバランスをとるのも決して容易ではなく、建屋(地学棟:図1a参照)の風下につくドリフトにより不均等にワイヤ途中でトラップされることもあり、徐々に風下側(WSW方向)に傾いたようである。そして、1998年4月28日から5月4日の間に倒壊してしまった(ブリザードがおさまった後点検したら倒れていた)。
1993年以来6年近く機能してきたSyowa DORISはIGN/CNESとしても継続維持したい点であることは間違いないなかったようで、早速、再建のためのやりとりが渋谷(第39次隊長として越冬中)とAlain Orsoni (1995年7月1日よりMichel Lansmanの後任)との間で開始された。当初はベースとなるコンクリート基台は大きくする、第一代より頑丈なパイロンタワーの積み上げにする、背丈は低くステーを取らない、という方針でやりとりが進んだが、8月3日にはアンテナ参照点の安定性とlocal tieの精度保持の点からコンクリートピラー型が望ましいという提案がAlain Orsoniからあり、実現性を検討した結果、その方向で進むことになった(図2a, 2b参照)。
![]() |
図2a:ピラー建設に関するAlain-Orsoni - 渋谷のFAXやりとり。実際の建設地点は図のFuture DORIS siteと若干異なる。 |
![]() |
図2b:ピラーに埋め込む台座についてのFAXやりとり |
ピラー設置のためには60 cm径のボイド1.2 m長とコンクリートが約0.7 m3必要で、さらに第40次隊の仕事として位置付ける観測調書の作成(担当隊員は中西崇・京都大学大学院生)も必要であったが、これらは土井が担当した。その結果、交換用アンテナ一式と建設に必要な資材を1999年1月12日に第40次隊から受け取ることが出来た。同1月17日には配筋を囲むボイドの直立配置(結局コンクリート基台は作らず岩盤から直接立ち上げることにしたが、岩の起伏に合うようにボイド底面を削るのが一発勝負で一番神経を使った)に成功、コンクリートを1/3高さまで充填できた。
最終的なコンクリート充填と基準点標プレートの埋め込みも1999年1月20日には終了し、ケーブルの結線も1月24日に終了した。第一世代Beacon設置の時と同じように、今回もフランス語マニュアルであったが、Alain Orsoniが送ってきた英文手順書(1998年12月18日付け)をもとに、新たなコード設定(A868)とパネル操作でのパラメーター設定は容易であった。しかし残念なことに、送られてきた2 GHzケーブルが純正でなく400 MHzと同じ太さであったこと、Pillarに埋め込んだ基準点標の乗ったプレートと測量用GPSを乗せるプレートとの空隙が狭い(図3a)ので、ケーブルにRを持たせることが出来ず、L字―N型のコネクターでつながなくてはならなかった。最後の仕上げまでいくつか点検調整項目が残ったが、私(渋谷)は越冬交代により基地を離れるので、残りは福崎順洋隊員に後を託した。そして、1999年2月上旬には正常に機能しているという連絡をCNESから受けた(図3b)
![]() |
図3a |
![]() |
図3b |
図3:(a) Alain Orsoniが送ってきた台座(測量機器取り付けattachment)は空隙が狭く、直角コネクターを介さないとケーブル配線ができなかった。また、ボルトを立てるロッドはもっと長い方がよかった。(b)完成したDORISピラーSYPB。 |
第2代目DORISビーコンはIERS Domes Number 66006S003でSYPBと名付けられている。SYPBは現在(2012年8月)も機能していて、設置後13年間、表2に示すようなEvent以外、殆ど保守の手間がかからない。隊員からの連絡内容は気象センサーアラーム(回線断)、ランプ表示、時計ずれが主な内容で、メールやりとりにより短期間で解決している。しかし、2011年4月頃から信号レベルの低下が再び始まったようで、再度、更新時期を迎えている。
表2 昭和基地DORIS年表 |
|
1992 Aug. |
DORISに関するNIPR-IGN協定書の調印 |
1992 Sep. 17 |
無線局免許申請認可 |
1992 Nov. 14 |
第34次隊により昭和基地に向けて搬出 |
1993 Jan. |
パイロンタワー上で発振開始(SYOBと命名) |
1993 Feb. |
気象測器不具合、アラーム常時点灯 |
1998 Apr. 下旬 |
ブリザードによりパイロンタワー倒壊 |
1999 Jan. 下旬 |
コンクリート・ピラーを新設、再建DORIS発振開始(SYPBと命名) |
2003 Jun. |
実験局免許更新 |
2007 Jan. 下旬 |
発振出力低下につき3.0型ビーコンへの交換の打診が、Francios Boldoからあった。 |
2007 Jul. |
交換用アンテナ(STAREC type II P/N 52291) |
2007 Oct.-Nov. |
現用DORISは動作するも、バッテリーアラーム点灯等不具合続発 |
2008 Jan. 28 |
DORIS更新開始 |
2008 Jan. 31 |
DORIS調整終了、正常発振確認 |
2008 Feb. 19 |
気象センサー断表示、気圧計ホースの雪詰まり除去・乾燥で回復 |
2008 May 21 |
DORISビーコン実験局継続申請書提出 |
2008 Oct 30 |
USO (超安定周波数発振機)のdrift調整 |
2011 Apr. 05 |
信号レベルの低下を認める |
2012 Jun. 05 |
Jérôme SaunierよりDORISシステムの更新打診あり |
表3 Syowa DORIS維持に関するフランス側の歴代担当者 |
|
1988 |
Alain Gervaise |
1991 Oct. - 1994 May 30 |
Michel Lansman |
1995 July 1 - 2003 April 29 |
Alain Orsoni |
(1999 Nov. |
Hervé Fagard) |
2003 June 12 - 2012 April 6 |
Francios Boldo |
2012 June 5 - |
Jérôme Saunier |
* なお、DORIS管理を行っているIGNのSIMB (DORIS Beacon Installation and Maintenance Department)は1995年2月1日以降、ToulouseのCNESの部局となった。
Q and A
Q1: DORISの電波発振は常時で、しかも先端出力が400MHzは5W, 2GHzは10Wでずいぶん強い気がしますが、人体に悪影響はないのですか?
A1: DORISの送信周期は0.8秒送信、9.2秒待機の10秒サイクルの繰り返しです。また、方位指向性はなく仰角6度以上に放射されること、最も近い建物(地学棟)までの距離が12 mあることから、通常は気にしなくても大丈夫な強度と言えます。しかし、新たに到着した隊員や同行者が「これは何だろう?」と言って、1 m以内の距離からしげしげと覗き込むと一時的にせよ強い電波を浴びることになるので、注意を喚起しています。
Q2: 維持が楽と言いますが気象測器の不具合が目立つようです。
A2: DORIS付属の気象測器は気温、気圧、相対湿度を測り、電波の大気屈折補正に用いようとしていますが、世界中の気象条件の厳しいどの局でも不具合が出ているようです。昭和基地も問題を抱えていましたが、表2の2008年2月の欄が示すように、気圧計ホースの雪詰まり除去・チューブの乾燥で回復することを第49次青山隊員が発見以後、大きな問題にはなっていません。また、大気モデル(ソフトウェア)で補正可能な部分もあり、IGN/CNESは気象測器の回線断は、さほど重要視していません。