平沢の自己紹介-1:極地研究所での研究活動
平沢の自己紹介-2:Researchmap:研究業績など
大気と気候の観測って、南極で何をする?
こちらもご覧ください ⇒  今、南極で観測している大気研究の柴田隊員のページ (動画もあります)
南極地域観測事業 一般研究観測課題   代表者:平沢尚彦(国立極地研究所)
東南極の大気・氷床表面に現れる温暖化の影響の検出とメカニズムの解明
このページでは南極の大気と気候の研究観測について平沢の活動を中心に紹介します。
ここの情報をご覧いただいて、私たちの研究観測への参加についてご興味をお持ちの方は、
ぜひ、極地研究所・平沢までお知らせください。以下の電子メールも届きます。

  
  気象研究ノート・233号(日本気象学会)『南極氷床と大気物質循環・気候』 (平沢尚彦・山内恭 編集、
  452ページ、2017年8月、ISBN 978-4-904129-16-6)に専門的な解説があります。

話しが長いので ここで手短に大気と気候の観測
1.内陸観測:@AWS維持 A高層気象ゾンデ観測 B降水観測 Cラドン等、物質の観測
2.昭和基地観測:@降水観測 A高層気象ゾンデ観測 B無人飛行機等、物質の観測
3.「しらせ」船上観測:@高層気象ゾンデ観測 A水・物質の観測
(重要)国内で観測の練習をしてから出かけますから、未経験でも可能です。やる気が大事!

まずは行動範囲
私たちが観測するエリアは、大きく、南極氷床上、昭和基地周辺、「しらせ」の航路に沿った地域です。
日本を出発するのは11月末ころ。成田空港から飛行機でオーストラリア南西部の大都市パースに飛びます。 そこからバスで1時間ほどで「しらせ」が停泊するフリマントルという港町に到着。 出航まで3,4日の間に「しらせ」船上で観測する準備を終えます。 人の住む文明圏とのしばしの別れを惜しんで、 パースやフリマントルの観光も少々楽しみます。
往路は約3週間で昭和基地に到着します。そして復路は一月半をかけてシドニーに入港します。 往路・復路ともに大気の観測(「しらせ」船上観測にジャンプ)氷山やペンギンを見ながらの贅沢な船旅だと思います。
昭和基地に到着する季節は夏、そして去るのも夏です。昭和基地は、南極大陸から4q程沖合にある 周囲4,5q程度の小さな島で、東オングル島とノルウェー語の名称がついています。 下の写真はヘリコプターから撮影した夏の昭和基地です。 地面は雪解け水でぬかるみがそこら中にあるし、 観測や居住のための 設備建設が活発に行われているため、国内の建設現場と似ています。夏隊の建設を担う隊員たちが 「南極に来た気がしない!」といつも言う所以です。それでも、大きく横たわる南極氷床や氷山が いつも間近に見えていて、ペンギンたちが時々すぐそこまでやってきます。

私たちの大気と気候の研究プロジェクトの観測は、昭和基地だけではなく、夏には南極氷床上のS17や S16と呼ばれる拠点に一月くらい滞在して展開されます。(昭和基地観測にジャンプ) そこは昭和基地から直線距離にして20qに満たない、ヘリコプターで10分ほどで到着する場所です。 標高は600m。南極氷床に上がれば、景色は一変します。360度、見渡す限りの雪面。遠くに氷山が見渡 せます。想像通りの南極です。だから、私は、南極に来た人に、「一度は私たちが観測しているところ に支援に来てよ。」と伝えます。
S16は雪上車や橇の駐車場です。そこで雪上車に橇を 連結して、1000q先にあるドームふじ基地に向けて出発します。1997年12月末、「しらせ」から ヘリコプターでS16に降りました。カタバ風(後述/予定)という独特の風が地吹雪を巻き上げて吹いていました。 始めての体にはこたえました。橇編成に10日、そこからドームふじ基地へ観測をしながらの旅行 (内陸観測にジャンプ)に21日を要しました。夏なのに氷点下30度。 気圧は通常の3分の2。体積当たりの酸素量も3分の2。高山病の危険のある地域です。「大変なところに来た。。」 というのが第一印象でしたが、それよりも“わくわく感”の方が大きかったことを覚えています。 基地に入ると前次隊の人々が直ぐに風呂に入れるようにしてくれていました。基地内は暖かく居心地は 快適です。こんな大変なところによくもこのような設備を作ったものだと、深く感心しました。
夏の昭和基地 夏のドームふじ基地

南極観測事業のこと  Japanese Antarctic Research Expedition (JARE)
南極での研究活動は各国の国家プロジェクト、或いはそれに準ずる方法で実施されています。 日本の研究者は、 南極地域観測事業の下で現地活動を行います。本部は文部科学省に置かれ、極地研究所が 実務を担います。
私たちの研究観測プロジェクトは2〜3年を一区切りとした一般研究観測として採択されています。 本プロジェクトと緊密性の高いプロジェクトが2つあります。3つのタイトルを以下に列挙します。
東南極の大気・氷床表面に現れる温暖化の影響の検出とメカニズムの解明 (平沢尚彦、極地研究所)
〇全球生物地球化学的環境における東南極域エアロゾルの変動(林政彦、福岡大学)
〇降水レーダーを用いた昭和基地付近の降水量の通年観測(小西啓之、大阪教育大学)

これらの課題の観測が終了するのは2023年1月(63次隊)です。そこに参加する隊員は2020年12月頃に 推薦を受け、健康診断等を経て、2021年12月に日本を発ちます。そして2022年2月〜2023年1月の 観測を担います。64次隊以降の研究観測課題は現在話し合いが行われていますが、この南極の 大気と気候の観測・研究は、これまでと同様、今後も研究の進展とともに焦点をシフトさせた 別の課題として続いていくと思います。そうしたことを理解・期待していただいて、ぜひ、この観測に 足を踏み入れ、一緒に活動していただくことをお待ちします。


内陸観測  I n l a n d
東南極氷床の中央部に東西に走る稜線。ドームふじ基地はそれに沿った頂の一つにあります。標高は3800m。 昭和基地から約1000q離れています。100万年スケールの過去の気候変動を知るためにアイスコアを 採取する目的で開設されました。私は、そこで3年目の越冬観測(1997年1月〜1998年1月)となった 38次隊に参加しました。アイスコアプロジェクトが順調に進み、私のような気象研究者に参加のチャンス が巡ってきたのです(文献2-1)。ところで、38次隊はあの「南極料理人」の舞台となったチームです。 裏話はまた別の機会にしましょう。
昇温現象(後述)の解明という研究目的を一つだけ持って出かけました。 心に密かに持ったもう一つの楽しみは、ドームふじというところが気象観測にとって意義のある 場所なのかどうか、自分の目で確かめたかったのです。初めに申し上げれば、そのような不遜な気持ちは、 ドームふじに向かう旅行中に消えました。目にする全ての現象が面白い。それに気が付くかどうか は自分の問題だと思いました(文献2-2)。科学に向かう基本なのだろうと思います。
この経験から受けた印象が強過ぎたのでしょうか、ドームふじでの越冬観測にこだわり続けること になりました。再び冬の観測をすることを願って努力してきましたが、南極観測事業はそのようには流 れませんでした。それから約20年後、5回目の観測隊参加となった59次隊では昭和基地に越冬しました (2018年1月〜2019年1月)。極夜が明けた春(9月〜10月)に昭和基地から中継拠点(図中のRelay point) まで、片道650qの長距離移動観測を計画しました。中継拠点も、みずほ基地も、長期の内陸旅行に必要 な仕事も、氷点下60度の気温も、全てが懐かしく、 新しい仲間との20年ぶりの経験ができました。そして幾つかの新たなチャレンジをしています (後述のAWS建設など)。

  【文献】
  2-1 平沢尚彦:南の果てにある氷の舞台, 「南極観測隊」(共著, pp523, 技報堂出版) , 290-293, 2006.
  2-2 平沢尚彦:ドームふじ観測拠点における高層気象・放射・雲の観測, 天気, 46, 147-152 , 1999.

   AWS(無人気象観測装置)100年観測による気候変化の捕捉  A u t o m a t i c  W e a t h e r  S t a t i o n
   ‐ 南極氷床は縮小しているという研究結果が優勢な一方で ‐
温暖化が極度に、十分に進むと最終的には南極氷床の質量が減るのは明らかです。それは海水面の上昇を 促進する効果です。しかし、これまでの気候システムの中でバランスしていた氷床の水収支が、温暖化の 開始直後において、すなわちそれは現在なのですが、どのように推移するのかは簡単には結論できません。 温暖化によって大気中の 水蒸気量は増え、降水が増える可能性があります。ということは、南極氷床を涵養する降雪が増えるのです。 昇温による融解や氷床流量の加速による氷山流出の増加との差し引きが南極氷床の質量を決めます。
最近の研究によると、どうやら、南極氷床は全体として質量を失っている可能性が高いと考える研究結果が 多く出版されています。しかし、2005〜2010年を中心とする時期に、昭和基地を含むかなり広い領域で、 氷床の質量が増加したことがありました(下の左の図の暖色系の部分)。その原因は降雪量の増加らしい のです。日本の南極観測隊が昭和基地からドームふじ基地を結ぶ内陸ルート上で実施してきた長期の 積雪観測はこの事実を捉えた世界で唯一の実測データとなったのです(下の右の図・堆積量の時系列)。 毎年の夏にドームふじ基地までの旅行に際して、ルートに沿って2q毎に刺してある竹の棒の雪面からの 高さを測定します。前年と比べれば、その1年間に積もった雪の深さが求まります。雪尺観測と呼ばれます。 とても単純な観測ですが、毎年1000qもの長距離旅行をするのは並大抵のことではありません。 このような観測を続けている国は日本以外にないのです。 私は38次隊の時に雪尺観測を担当しました(写真)。この継続が貴重なデータを生み出しました。 59次隊でも実施しています。このような観測を続けていくことが大気と気候の観測の一つです。 今後、概ね100年継続することが目標です。
2004〜2011年の氷床質量の変化の分布。赤系は増加。白丸:昭和基地、赤丸:ドームふじ。 (Boening et al. 2012) 雪尺観測の様子 日本の長期雪尺観測が捉えた氷床表面堆積量の増加(本山, 2017, 気象研究ノート)

   ‐ AWSの長期観測とデータの整備 ‐
内陸観測の最初に掲載した図に赤丸で示した地点にAWS(Automatic Weather Station, 無人気象観測装置) が設置されています。内陸ルートに沿って昭和基地に近い方から、S17、H128、みずほ、MD78、Relay point (RPとNew RPの2か所)、ドームふじ(DFとNew DFの2か所)、Jase2007の9つのシステムがあります。 このうち、S17はスイス・ETHとの共同、みずほ、RP、DF、Jase2007は米国・ウィスコンシン大学との共同、 H128(2017年1月建設)、MD78(同2019年11月)、NRP(同2018年10月)、NDF(同2018年12月)が最新式の 日本のオリジナル規格です。NRPは私自身が建設に 参加しました。 個々のデータは既に研究に用いられていますが、南極全体の現象を面的に正しく理解するために、 各地点のデータの品質を均質化させることが必要です。国際的に共通性のあるアルゴリズムは完成しては いません。2019年にウィスコンシン大学の研究者とともに研究会を開催し(文献2-3)、米国のAWSと日本の システムから得た知見を統合したアルゴリズムを構築することを目指しています。データの均質性を 作っていくことは大気と気候の観測の一部です。
これらのAWSは時々故障しますから、現地で部品の交換をしたり、次第に積雪に埋もれていくために、 定期的にレベル上げをすることが必要です。AWSの長期的な保守作業は大気と気候の観測の 重要な活動です。今後、概ね100年維持することが目標です。

【文献】
2-3 亀田貴雄, 平沢尚彦, 山内恭:南極無人気象および米国ウィスコンシン大学宇宙理工学 センター南極気象研究室との国際共同研究に関するワークショップの開催報告, 雪氷, 81, 2020.

   ‐ 氷床表面水収支をコントロールする降水システムの解明へのチャレンジ ‐
長期雪尺観測によって南極氷床表面の堆積量の変化が捉えられているのですが、1年に1つずつのデータには 一つの弱点があります。年間の堆積量がなぜ増えたのか/減ったのかについて、観測されたデータからは 得られないこと、すなわち、堆積量の変動のメカニズムがデータからでは分からないのです。
これをデータから得る方法の一つは、データの時間分解能を上げることです。しかし毎日雪尺を測定する ために1000qもの道のりを行ったり来たりすることは不可能です。そのためにAWSに超音波積雪深計を 搭載しました。10分間隔で雪面の高さの変化を観測します。そのデータを分析してみると、 年間の堆積量は何10回もの降雪イベントによって賄われているのではなく、 数少ない大量の降雪(図・総観規模擾乱)とその後の除去(図・風による削剥)の結果として もたらされていることなどが分かってきました。 堆積のメカニズムを知ったうえで、それらのシステムの現れる頻度や、一回のイベントの降雪量などが、 何年もかけて変化していくのかも知れません。或いは、こうした氷床に対するインプットの変化より 表面からの昇華蒸発などの消耗過程が変化する可能性もあります。堆積メカニズムの変化を捉えること が大気と気候の観測の中心的な目的です。
また、メカニズムを知ることは、気候モデルが現在の気候においてそのプロセスを正しく再現している かどうかの検証の材料であり、結果として将来の予測の信頼度の向上につなげられます。
   高層気象ゾンデデータの蓄積による気候変化の捕捉  R a d i o s o n d e
   ‐ 東南極の対流圏の気温は上昇しているのか? ‐
   ‐ 氷床上の接地気温逆転層 ‐
南極氷床内陸域で、有人基地以外でのゾンデ観測はとても少ないのです。最近30年間では皆無でしょう。 AWSによって地上の気象データを観測することが可能になりましたが、対流圏の気象データを取得する ための最も現実的な方法は、ゾンデ観測です。すなわち、南極氷床上の対流圏の大気の状態を 観測するためには、そこまで出かける必要があります。私たちは2018年以降、夏にドームふじ基地、 冬に中継拠点やみずほ基地付近までの 長期距離旅行において、ゾンデ観測を実施しています。 移動中の毎日のキャンプ地での観測では、定点での連続観測にはならない代わりに、氷床上の 対流圏-成層圏下部の大気の緯度断面という極めて貴重なデータを得ることができます。このような データは国際的にもほとんどありません。

南極氷床上のゾンデ観測に期待されることがらは多岐にわたります。大気と気候の観測として 最も重要な項目の一つです。期待される主な事がらは以下のようです。 1)対流圏のデータを蓄積し、将来において気候変動の軌跡を追いかける準備を整えること。 Staig et al. (2009)やJones et al. (2016)をはじめとして東南極の地上気温の昇温が抑制されて いることが知られている一方で、Turner et al. (2006)は南極全域で対流圏の気温が上昇している というのです。また、Thompson and Sollomon (2002)やThompson et al. (2011)は成層圏下部の 低温化を示しています。彼らの研究においても、特に東南極氷床上の観測データの少なさが、 強い制限となっています。そして、2)各国の気象局の初期値データに配信し、気候再解析データの 精度を高めること。このためには観測の直後に人工衛星の通信回線を介して、気象データ配信網に 乗せます。
科学研究の興味として、3)接地気温逆転層の広域構造やその季節的な変化を知ることができます。 接地気温逆転層は南極氷床上に降るダイヤモンドダストの生成と密接に関係しています。 この理解は40-50年前からほとんど進んでいません。近年、領域気候モデルの目覚ましい発展があり、 計算機を用いた研究が進むと考えられます。その時、観測データによる検証や観測データを取り込んだ 計算が必要になります。

  個々の研究課題に対応した観測  S t u d i e s
   ‐ 昇温現象は南極の長期の気温変化とどう関係するのか? ‐
   ‐ 氷床表面融解を観測する ‐
   ‐ 氷床上への物質輸送を観測する ‐
南極域で地上気温が1日ほどで20〜30℃も上昇する現象があります。昇温現象(Warming event) と呼ばれます。ドームふじで越冬した目的はこの昇温現象を現地で観測し、理解することでした。 越冬中、幸運にも、顕著な昇温現象が起こりました。6月16日に氷点下70度だった気温が、2日足らずで 約40度上昇し、18日には氷点下30度になりました。夏の気温です。いくらなんでも真冬に真夏の気温が 現れることは日本ではありません。
帰国後に気候再解析データを用いて総観規模気象の特徴を調べたところ、ブロッキング現象が起こって いたことが分かりました。ブロッキング現象が作り出した大気循環によって、南大洋上の暖かく、湿った 大気が大量に速い流速で南極氷床上に流れ込んでいたのです。真冬の世界に真夏と同じような性質の 大気が入れ替わったと言えます。
1997年の地上気温の時系列を見ると、6月の昇温現象は飛びぬけて顕著ですが、ドームふじでは冬の間 に複数回の昇温現象がありました。平沢・中村(2017,気象研究ノート)の定義では18回です。
昇温現象が南極氷床の外の大気を持ち込む役割を持っていることから、大気と気候の観測では、 3つの観点でこの現象を扱う必要があると思います:1)南極氷床上の気温、2)南極氷床上の降水、 3)南極氷床上への大気微量物質の輸送。2)はAWSのデータにおいて、総観規模擾乱による 大量降雪として見えていました。 東南極の地上気温に顕著な温暖化のトレンドが見えていないというのですが、温暖化が見えている かも知れない南大洋上の大気が流れ込むならば、総観規模擾乱の影響は温暖化傾向に向かわせるのでは ないかと想像されます。
また、アイスコアの気候マーカーである化学成分は、氷床の外から侵入する物質が積雪として蓄積した 結果を見ているわけですから、総観規模擾乱による大量の大気の輸送は、気候マーカに影響を与えてい る可能性があります。大気と気候の観測では、内陸域においてラドン濃度計測やベリリウム7(7Be) のフィルターサンプリングを行います。

昇温現象は氷床の融解に影響を与えていると考えられます。最近の私たちの研究では、昇温現象の 下流側にフェーン現象が発生し、氷床表面の融解を引き起こす場合があることを見出しています (平沢, 2017, 気象研究ノート)。 また、昇温現象の上流側、すなわち、南大洋上の大気が氷床上に流れ込む領域は湿潤環境であり、 降雪形成が活発です。一方、下流側では乾燥し、昇温し、結果として氷床から水を取り去る効果が あります。上流側と下流側の差し引きが、総観規模擾乱に伴う氷床の水収支となります。 このような観点でAWSやゾンデのデータを用いて気候学的な理解に結び付けたいと思います。


昭和基地観測  S y o w a  S t a t i o n
昭和基地は、日本の南極観測施設の中心であり、基盤設備が最も整備されています。国内に比べて そん色のない観測装置が動かされています。国内と異なる点は、私たち自身が基地を維持することです。 たかだか30人の越冬隊員が、電気、水、廃棄物など、社会インフラと呼ばれる部分を支えます。 その道の専門家は一緒にいますが、一人ではできません。私たちのような研究を専門とする人にもできる 部分があります。
大気と気候の研究にとって価値のある人工衛星データの受信はモニタリング観測に位置付けられ、 私自身の役割として長く続けてきました。20年以上のデータが保存され、低気圧の研究 (図・ブリザード時の雲分布)や海氷分布の研究に用いられてきました。温室効果気体や エアロゾルの観測は、ほとんどは私が直接的に関わってはきませんでしたが、大気と気候の研究に 密接に関わる観測です。これらは長期モニタリング観測として継続されています。

  降水量と降水システムの高精度の観測  S n o w f a l l  a m o u n t  and  D i s t u b a n c e s
   ‐ 降水レーダーとディスドロメーターとシーロメーター、そして高層気象ゾンデ ‐
内陸観測では南極氷床上に降る降雪量や水収支の長期変化を捉えることに取り組んでいます。 AWS等の無人観測では降雪量そのものを高い精度で測定することには限界があります。しかし、設備の 整った昭和基地では国内と同程度の観測体制を組むことができます。これからの数年間、降水レーダーを 導入することがきまりました。降水レーダー観測は私たちにとって約30年ぶりの観測です。予定では、 2021年1月に建設し、観測が始まります。この降水レーダー観測が目的の一つです。
降雪量の観測は現在の各国の気象局においても十分な精度で行われているわけではありません。 WMO(世界気象機関)は、現在の観測精度の確認と、将来の改善を目指して、SPICE(Solid Precipitation InterComparison Experiment:個体降水比較実験)を2012〜16年にかけて主催しました。私たちは南極 における降雪量観測を目指し、このプロジェクトに参加しました。そこで得た、ディスドロメータや シーロメータなどに関する沢山の有益な知見を、これから始まる昭和基地の降雪観測に持ち込みます。
  ⇒  北海道陸別町(SPICE観測)やドームふじからの知見

降水レーダーなど複数の観測値のクロスチェックにより、昭和基地における年間降水量の観測精度を 高めることに取り組みます。また、水蒸気から降水が形成される過程を理解するために、降水時に 高層気象ゾンデ観測を行います。気象庁の観測は1日2回(03時LT、15時LT)行われますので、 その合い間を埋めるように実施します。個々の降水イベントに対する降水と大気構造の観測を 組合わせて行います。

  高層気象ゾンデ強化観測  S y n o p t i c - s c a l e
   ‐ 現地の現象から、観測、数値モデリングによる理解、気象予報(YOPP-SH & PPP)への橋渡し ‐
各国の気象局が日々行っている天気予報において、予報計算を始める時刻の気象、地表面のデータ (初期値データといいます)の正確さは予報の正しさに大きく影響します。初期値データの正確さは 観測データの数に依存します。地球上で観測のできているところはそれほど多くはありません。 海洋上や人の住んでいない極域などは観測データの少ない領域です。観測データの少ない領域の 初期値に“気候値”と呼ばれる平均的な値を使うこともあります。すなわちその時刻の正確なデータ ではありませんが、それ以外に適当なデータがないことが理由です。
極域は、地球温暖化の進行によって最も大きな変化が起こる地域です。天気予報の初期値として、 過去を代表する“気候値”をもって観測値に代用することは、予測誤差を作り出す最も大きな原因の 一つです。そうした事情もあって、WMO(世界気象機関)はPPP(Polar Prediction Project: 極域予報プロジェクト)を立ち上げました。観測数を増やした場合とこれまで通りの場合とで日々の 予報結果にどのような精度の違いが表れるのか、を知りたいのです。各国が同時に観測数を増やすこと が最も効果的ですから、YOPP-SH(Year Of Polar Prediction in the Southern Hemisphere) という年を設けて、更にSOP(Special Observation Period)という期間を設けて、観測を増加させる 目標の年や期間を示しています。
初期値の正確さは日々の天気予報にだけ必要なのではありません。地球の気候を表現するためにも この初期値に基づいて長期間の均質なデータが作られています。例えば50年前の初期値は、50年前の 技術で作られていますが、過去のデータを現在の最先端の技術で作り直すのです。数10年間にわたって 同じプログラムで作られた初期値に相当するデータを(気候)再解析データと呼びます。これは様々な 気候研究の基盤となるのです。毎日の天気予報精度を向上させるための極域観測は、極域の気候の理解 にとっても重要なのです。
南半球で第1回目のYOPP-SH、SOPは2018年11月16日〜2019年2月15日の 3か月でした。私たちはこの期間に気象庁と協力して、昭和基地で通常の1日2回のゾンデ観測を3〜4回 に増やし、ドームふじや「しらせ」船上でのゾンデ観測も行いました。氷床上にあるAWSデータも提供 しました(これは現在も続けています)。
第2回目が2022年4月中旬〜7月中旬の3か月に設定されようとしています。63次観測隊がその時期に 当たります。この期間に高層気象ゾンデの強化観測を実施することが大気と気候の観測の目的の 一つです。(文献3-1)

  【文献】
  3-1 Bromwich et al.(Hirasawaもいます), The Year of Polar Prediction in the Southern Hemisphere (YOPP-SH), Bulletin of the American Meteorological Society, 2020, BAMS-D-19-0255.

   UAVや大気サンプリングによる水・物質の観測  M o i s t u r e  and  A e r o s o l s  T r a n s p o r t a t i o n
   ‐ 南極氷床上に水や物質が侵入するメカニズムの理解 ‐
エアロゾル等の大気微量成分は昭和基地の沖の海洋表面から放出され、その一部が南極氷床上に運ばれ ます。一般に大気境界層にある物質が、長距離の輸送をされるためには、何らかの仕組みによって 自由大気に侵入する(すなわち、大気境界層から上空に出ていく)必要があります。 海洋と南極氷床の境にある昭和基地付近から UAVを用いて、エアロゾルの分布を観測し、氷床の内陸深くに輸送される仕組みを研究します。
南極氷床に堆積しアイスコアの気候マーカーになる物質の供給源は、1)氷床周辺の海洋表面、 2)遠く離れた大陸表面や海洋表面、3)成層圏起源物質が考えられます。輸送の実態を捉えるために エアロゾル、ラドン、ベリリウム7(7Be)の観測をします。

  ⇒  無人飛行機(UAV)を用いた観測への取り組み

「しらせ」船上観測  S h i r a s e
   高層気象ゾンデデータの蓄積による気候変化の捕捉  R a d i o s o n d e
   ‐ 南極氷床の近傍の海洋上の大気環境の把握 ‐
大気と気候の観測として、南極氷床の周辺海洋域の大気環境の変化を記録していくために「しらせ」 船上からのゾンデ観測を毎年実施しています。56次隊(2014年12月、2015年2月)で初めて船上での ゾンデ観測を導入して以来、観測を担当できる隊員が不在の時以外には全ての期間に実施しています。 ゾンデ観測を経験したことのない人でも、出発前に十分に練習しますので、心配は要りません。 61次隊ではこれまでで最も広範囲、最多の38回の観測を行いました。尚、62次隊(2020年11月出発)は 観測隊全体の規模の縮小に伴い、ゾンデ観測を取り下げました。 次は63次隊(2021年12月〜2022年3月の航海)で計画しています。
南大洋上もゾンデ観測データの空白域であることから、観測終了後に直ちに各国の気象局への配信を 実施しています。

   南大洋から南極氷床にかけての水・物質の広域分布の観測  M i n o r  C o n s t i t u e n t s
   ‐ 水と物質の起源と輸送 ‐
大気と気候の研究に密接にかかわる観測として、地上大気の連続観測や大気サンプリング、 光学系観測による上層大気の観測を続けています。その中には、水蒸気・降水同位体の観測、 シーロメーターによる雲・降水の鉛直分布の観測、フィルタサンプリングによる7Be濃度の観測 などがあります。
中には既に20年に及ぶ観測期間を有した項目があり、それらは気候の研究に堪えるデータセットに なります。