PSニュース No.31

Polar Science



Vol.9(2) には、以下の論文が掲載されています。


Tundra burning in 2007- Did sea ice retreat matter?
Vladimir A. Alexeev, Eugenie S. Euskirchen, Jessica E. Cherry, Robert C. Busey
 2007年の北極海氷域後退がアラスカ北部斜面域のツンドラ火災を誘発したかを、1996年の海氷条件と比較することで明らかにした。現象としては2007年夏の海氷域広がりは観測史上2番目の小ささでツンドラ火災が多発したが、1996年は広がりが大きくツンドラ火災は少なかった。NCEP/NCAR再解析データを用いて、海氷表面に与える力の条件をいろいろ変えて、Weather Research Forecast(WRF)モデルを駆動した。WRFモデルは1996年と2007年の海氷広がりを再現できたが、1996年と2007年の海氷条件をそっくり入れ替えても海氷広がりの全体像に変化はなかった。一方、1996年8月はBeaufort及びChukchi海の低気圧が顕著であったが、2007年ではBeaufort海で高気圧が卓越していた。海氷域の後退よりはむしろ、大きなスケールでの大気循環パターンの相違が2007年夏から秋のアラスカ北方斜面域での異常乾燥と温暖を用意し、ツンドラ火災が多発したと考えられる。

Comparison and verification of enthalpy schemes for polythermal glaciers and ice sheets with a one-dimensional model
Heinz Blatter, Ralf Greve
 ポリサーマル氷河と氷床の熱力学に対するエンタルピー法について,一次元問題(平行側面平板)によるテストと実証を行った。エンタルピー法は、氷点以下にある上層と融解温度にある下層とを分離する寒冷温暖境界面(CTS)の遷移条件を陽には含まない。しかしながら,これらの条件はCTSの位置を正確に決める上で重要である。ポリサーマル条件にある平行側面平板問題の数値解に対して我々は,2層front tracking法,および3つの異なる1層モデルを検討した(一般的な1層モデル,1層融解CTSモデル,1層凍結CTSモデル)。計算された定常状態の温度と含水量の鉛直分布は厳密解との比較で検証し,1層モデルによって得られた遷移過程の解は,信頼性が高いと考えられる2層モデルの結果と比較した。一般的な1層モデル(CTSでの遷移条件は含まない)によってCTSでの融解条件に対する正確な解が得られたが,遷移条件を陽に強制したほうがその信頼性は高い。凍結条件に対しては,簡易な1層モデルは不連続条件を扱えないので,遷移条件を強制することが必要である。ここで提案した数値解法は,3次元氷河氷床モデル計算への組み込みに適しているといえる。

Comparison and analysis of subglacial bedrock core drilling technology in Polar Regions
Jinsong Wang, PinLu Cao, ChunPeng Liu, P.G. Talalay
 東南極大陸にあるガンブルツェフ山脈はドームAを形成する直接的な地形要因である。氷床下にあるガンブルツェフ山脈の掘削は、現代の極地観測の重要なゴールの一つであり、ドームAを形成する氷床の形成・変動プロセス、気候変動などが解明できる。本論文は、氷床下岩盤掘削技術の現状と進捗状況について述べる。既存の氷床下岩盤掘削技術も議論している。これには、一般的なロータリー掘削工法、吊り下げ式コア掘削、フレキシブルチューブ掘削、電動式掘削を含む。本論文の結果は、ガンブルツェフ山脈における中国の氷床下岩盤掘削へ価値ある情報を提供する。

Electrical resistivity structure under the western Cosmonauts Sea at the continental margin of East Antarctica inferred via a marine magnetotelluric experiment
Tetsuo Matsuno, Yoshifumi Nogi, Nobukazu Seama
 ゴンドワナ超大陸の分裂過程を理解する上で鍵となる東南極沖の西コスモノート海で海底電磁気探査を行い、海底下の比抵抗構造を明らかにした。二つの観測点でMT応答関数を推定した。推定した応答関数には、地形の起伏と海底堆積物層が原因のゆがみがあることを数値計算により確認した。それらゆがみの原因を考慮した上で推定した比抵抗構造は、深さ100 km未満の高比抵抗層とその下の低比抵抗の半無限領域である。推定したこの構造は、海底下の上部マントルの温度状態や含水量・部分溶融量に対応している。高比抵抗層の厚さは観測点の海洋底年代から予測されるものよりも薄い可能性があり、その原因としてマントル対流や上昇流にともなう低比抵抗異常域が考えられる。

Stable oxygen and hydrogen isotope analyses of bowhead whale baleen as biochemical recorders of migration and arctic environmental change
Pieter A.P. deHart, Candace M. Picco
 西部北極海に生息するホッキョククジラの回遊と海氷密接度との関係を調べるために、ヒゲ板の酸素・水素の安定同位体比分析をおこなった。ヒゲ板の中での同位体値の変動を調べ、餌となる動物プランクトンの同位体値や過去の海氷記録との比較を行った。動物プランクトンの酸素・水素同位体比は地域・季節ごとに大きく異なっていた。ヒゲ板の酸素・水素同位体比はヒゲ板の形成方向にそって変動しており、季節的な回遊と地域ごとの餌の違いを反映すると考えられた。また回遊は海氷密接度の年変化と対応して変化しているようであった。本研究の結果は、海氷密接度がホッキョククジラのハビタット利用を決定づけるということだけでなく、クジラのヒゲ板が過去の海氷密接度や北極の気候に関する記録として有用かもしれないことを示している。

Copepod community succession during warm season in Lagoon Notoro-ko, northeastern Hokkaido, Japan
Yoshizumi Nakagawa, Hideaki Ichikawa, Mitsuaki Kitamura, Yasuto Nishino, Akira Taniguchi
 北海道北東部の海跡湖能取湖の水塊は、沿岸域を流れる宗谷暖流と東樺太海流によって季節的に影響を受ける。我々は、能取湖の非結氷期における水塊交替に着目して、カイアシ類群集の遷移について報告する。カイアシ類群集は、Bray−Curtisの類似度指数によって4つの季節的な群集(春/初夏、夏、晩夏/秋および初冬群集)に分類された。春/初夏および夏群集では、Pseudocalanus newmani が東樺太海流の優占時期にカイアシ類群集中で優占した。晩夏/秋群集では、Paracalanus parvus s.l.が宗谷暖流の優占時期に優占した。夏群集では、P. parvusEurytemora herdmaniScolecithricella minor およびCentropages abdominalis が春/初夏と晩夏/秋群集の移行期に等しく優占した。能取湖のカイアシ類群集の遷移は水塊の季節的交替によって説明することができる。

Maturity and fecundity of Champsocephalus gunnari, Chaenocephalus aceratus and Pseudochaenichthys georgianus in South Georgia and Shag Rocks islands
M.I. Militelli, G.J. Macchi and K.A. Rodrigues
 サウスジョージアおよびシャグロック諸島周辺海域より得られたコオリウオ科3種(Champsocephalus gunnari,Pseudochaenichthys georgianus,Chaenocephalus aceratus)の繁殖特性を組織学的に解析した。親魚による卵保護はコオリウオ科に広く見られる行動であるが,浮性卵を産むC. gunnari には認められない。3種の孕卵数はその体サイズと関連し,2500〜21300と大きな差が認められた。一方,相対孕卵数はP. georgianus C. aceratus が6〜9なのに対してC. gunnari では10〜37であった。この差はC. gunnariの卵が他種に比べて小さいことが原因と考えられた。C. gunnari における相対孕卵数の多さは,浮性卵を産むこの種の繁殖戦略を補完するものと考えられる。

Carbon accumulation rate of peatland in the High Arctic, Svalbard: implications for carbon sequestration
Takayuki Nakatsubo, Masaki Uchida, Akiko Sasaki, Miyuki Kondo, Shinpei Yoshitake, Hiroshi Kanda
 厚いピート層を有するコケツンドラは、高緯度北極スバールバルにおける重要な生態系の一つである。本研究では、14C年代測定と活動層の炭素蓄積量から見かけの炭素蓄積速度を求め、炭素シーケストレーションにおけるコケツンドラの重要性について検討した。調査地はスバールバル北西部に位置するStuphalletで、Calliergon richardsonii をはじめとするコケ類が優占していた。2011年8月1日に測定したコケの褐色部とピートを含む活動層の厚さは約28cmであった。活動層最下部のピートの年代は81−701 cal yr BPと推定され、これらの値と活動層の炭素蓄積量から求めた見かけの炭素蓄積速度は9.0-19.2 g C m-2 yr-1となった。この値は、本地域の他の植生タイプについて報告されている生態系純生産量、純一次生産量と同レベルかそれ以上であり、コケツンドラが本地域の炭素シーケストレーションに重要な役割を果たしていることが示された。