Vol.8(2) には、以下の論文が掲載されています。
Promoting international, multidisciplinary efforts in detecting and understanding high-latitude changes, and searching for their global impacts
Igor V. Polyakov
2013年1月、東京で第3回北極研究国際シンポジウム(ISAR-3)が開催された。北極域における急速かつ劇的な気候変化が中・低緯度に及ぼす影響を知るためには、国際的かつ多面的な協同態勢により注意深く評価し、理解する必要がある。この特別号に掲載された一連の論文は、シンポジウムでの発表・議論を基にしていて、上記理解に向けての重要なステップとなるものである。
Case study on microphysical properties of boundary layer mixed-phase cloud observed at Ny-Alesund, Svalbard: Observed cloud microphysics and calculated optical properties on 9 June 2011
Akihiro Uchiyama, Akihiro Yamazaki, Masataka Shiobara, Hiroshi Kobayashi
北極域の境界層内の混合相雲は、地球の気候にとって重要であるが、理解が進んでいない。2011年5,6月にニーオルスンにあるノルウェー極地研究所ツッペリン観測所(高度474m)の屋上に航空機用雲粒子測定機器を設置し連続観測を行った。期間中に低気圧性擾乱や、海上からの寒気の流入による混合相雲が観測された。6月9日に観測された雲を詳しく調べた結果、雲の微物理特性は、雲の発達、衰弱の状態に対応して変化していた。測定した雲微物理特性に基づき光学特性を計算した結果、全雲水量に占める氷水量が最大の時でも、光学特性には水粒子が支配的であることが分かった。本研究により地上から雲の詳細な変動の連続観測が可能であることが示された。
Assessing algal biomass and bio-optical distributions in perennially ice-covered polar ocean ecosystems
Samuel R. Laney, Richard A. Krishfield, John M. Toole, Terence R. Hammar, Carin J. Ashjian, Mary-Louise Timmermans
海氷下における藻類生産量とその季節性の観測は、気候変化が極域海洋生態系に与える影響を理解するうえで重要である。しかし、四季を通じて氷で覆われている極域海洋での観測例はまばらである。この観測ギャップを埋めるため、クロロフィル蛍光量、光散乱量、溶存有機物蛍光量、及び入射太陽光量を測定するセンサーを氷係留プロファイラーシステム(ITP)に組み込んだ。北極海域に設置した5つのITPのうち、中央部とBeaufort Seaに設置したシステムでは、生産量の垂直分布と季節変化の違いを示す年周変化を完全に捉えることができた。観測はsubdailyの時間スケールで行われていて、1−2週間で完結する成長期の開始やその後の成熟期における粒状有機物の運び出し、間欠的に起きる擾乱の頻度などを正確に把握できる。
Fifty years of meteo-glaciological change in Toll Glacier, Bennett Island, De Long Islands, Siberian Arctic
Keiko Konya, Tsutomu Kadota, Hironori Yabuki, Tetsuo Ohata
シベリア北極域のデロング諸島では、急激な温暖化と環境変化がみられる。著者らは、1980年代からの雪氷学的変化を定量的に評価するため、この地域の気候、ベネット島トール氷河の質量収支、平衡線高度について解析を行った。個体降水は1960年代以降減少、特に2000年以降に減少している。トール氷河の積算質量収支は1960年代以降負の傾向にあり、2000年にはおよそ?20 m
w.e.になった。この変化量は北極域としても多く、ロシア西部北極域よりもずっと大きい。温暖化傾向はシベリア北極域の海氷分布とも相関があり、さらなる北極の温暖化というフィードバック効果を引き起こす可能性がある。
Geocryological characteristics of the upper permafrost in a tundra-forest transition of the Indigirka River Valley, Russia
Go Iwahana, Shinya Takano, Roman E. Petrov, Shunsuke Tei, Ryo Shingubara, Trofim C. Maximov, Alexander N. Fedorov, Alexey R. Desyatkin, Anatoly N. Nikolaev, Roman V. Desyatkin, Atsuko Sugimoto
地球温暖化の結果として永久凍土の融解が予測されている。含氷率、地下氷の安定同位体比、層相などの地球雪氷学的な永久凍土に関する情報の把握は、特に高緯度における凍土の融解による地盤沈下(サーモカルスト)の程度、地表面の水文や植生の変化の理解に重要となる。本論文では、北東シベリアのチョクルダ市(ロシア)近郊の5サイトにおいて、18本(1-2.3m)のボアホールから採取した凍土試料を分析した結果を示した。永久凍土上部の体積含氷率は40-96%と大きな変動を示し、平均75%であった。この大きな含氷率は、凍土中におけるアイスレンズや氷脈の発達の良さを反映しており、凍上性のよい土が飽和状態で凍結したことを示している。さらに、他の地球雪氷学的要素の分析結果を総合して、インディギルガ川氾濫原における過去の堆積環境と永久凍土の発達史に関する情報が地中に保持されていることが分かった。
Recent air temperature changes in the permafrost landscapes of northeastern Eurasia
A.N. Fedorov, R.N. Ivanova, H. Park, T. Hiyama, Y. Iijima
過去20年間、気候変化は北東ユーラシアの低温プロセスを活発化させて、凍土域の景観及び社会・経済システムにも影響を与えた。本研究は北極温暖化により進行した近年の温暖化の局面を評価することを目的とする。そのため、北東ユーラシアの三つの温暖時期(1935-1945, 1988-1995, 2005-2009)における気候の時空間解析を行い、温暖化の程度と凍土に対するその影響を比較した。最近20年間の温暖化が凍土域の環境変化に多大に影響したことが観測から明らかになった。
データ解析から温暖化の強度において地域的パターンがあることが分かった。北緯60-62度の以南において、1935-1945年の期間に気温上昇は見られなかったが、1988-1995年の期間に温暖化の中心が北東ユーラシアの南部までシフトした。2005-2009年の温暖期においては、年平均気温と積算暖度の最大値を示して、積算寒度は反対に減少する特徴が見られた。
Column-averaged CO2 concentrations in the subarctic from GOSAT retrievals and NIES transport model simulations
D.A. Belikov, A. Bril, S. Maksyutov, S. Oshchepkov, T. Saeki, H. Takagi, Y. Yoshida, A. Ganshin, R. Zhuravlev, S. Aoki, T. Yokota
国立環境研究所(NIES)の三次元大気輸送モデル(TM)と温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT)のリトリーバル値を用いて、亜北極圏における大気中二酸化炭素(CO2)のカラム平均濃度(XCO2)濃度分布を解析した。インバースモデリングにより最適化された4種類のフラックスを用いてNIES TMにより計算されたXCO2値を、地上設置の高分解能 FTS 観測網TCCONによる観測値を用いて評価した。2009年から2010年の北極域から亜北極域におけるXCO2の季節変動を解析し、2010年夏季の高温による陸域生物圏の呼吸量増加や森林火災がXCO2変動に与える影響を考察した。フラックス最適化の際のGOSATデータの有無は、XCO2年々変動の再現に影響を及ぼすことが分かった。
Carbon exchange rates in Polytrichum juniperinum moss of burned black spruce forest in interior Alaska
Yongwon Kim, Yuji Kodama, Changsub Shim, Keiji Kushida
北方黒トウヒ林は、森林火災の影響を非常に受けてやすいし、 火災後土壌温度や基質の変化が大気中の炭素の正味のシンクからソースのような生態系の大きな領域をシフトする可能性がある。本論文では、二酸化炭素の交換速度(例えば、純一次生産量と生態系呼吸)を調べるために、2009年度の秋、アラスカ内陸部の焼けた黒トウヒ林に生育しているジュニパーヘアキャップ苔(Polytrichum juniperinum)や無植生地で自動化チャンバーシステムを用いた。平均微生物呼吸および、ジュニパーヘアキャップ苔の純生態系生産量は、それぞれ0.27 ± 0.13および0.28 ± 0.38 gCO2/m2/hrであった。二酸化炭素の交換速度および、微生物呼吸は、火災後ジュニパーヘアキャップ苔と土壌微生物の温度依存性を示唆し、秋の気温の変動とともに経時変化を示した。森林火災から5年目、2009年度の秋の期間(45日間)におけるP. juniperinum苔の純生態系生産量が、 0.49 ± 0.28 MgC/haであった。一方、10℃の温度に正規化された微生物の呼吸は限り0.40 ± 0.23 MgC/haになった。これらの知見は、火災先駆種であるヘアキャップ苔は、焼けたアラスカ内陸部の黒トウヒ林におけるやや正味の炭素シンクであることを示している。
CH4 and N2O dynamics of a Larix gmelinii forest in a continuous permafrost region of central Siberia during the growing season
Tomoaki Morishita, Yojiro Matsuura, Takuya Kajimoto, Akira Osawa, Olga A. Zyryanova, Anatoly S. Prokushkin
一般に、森林土壌はメタン(CH4)を吸収して、一酸化二窒素(N2O)を放出している。今まで観測空白域だった中央シベリアカラマツ林において、CH4およびN2Oフラックスを測定した。CH4フラックスは土壌水分率が低いと吸収、高いと放出を示した。CH4吸収速度は、他の北方林に比べて小さく、降水量が多いときに、CH4が生成しやすくなるためと考えられた。N2Oフラックスについては、土壌水分率が低いと放出、高いと吸収がみられた。N2O吸収については、低い窒素無機化率と高水分率時の脱窒が原因と考えられた。さらに、CH4とN2Oは河川水からも放出されていて、おもに河畔域における生成が原因と考えられた。
Interannual and seasonal variations in energy and carbon exchanges over the larch forests on the permafrost in northeastern Mongolia
Shin Miyazaki, Mamoru Ishikawa, Nachin Baatarbileg, Sodov Damdinsuren, Nymsambuu Ariuntuya, Yamkhin Jambaljav
モンゴル北東部の永久凍土上のカラマツ林はシベリアタイガ林の南限で、気候変動影響と気候変動に対する森林の応答を評価する鍵となる地域の一つである。2010〜2012年にモンゴル北東部のカラマツ林(48°15'24"N, 106°51'3"E, 標高: 1338 m)で水文気象要素と熱・炭素交換の季節・年々変動の長期モニタリングを実施した。年平均気温と年降水量は−0.13〜1.2℃と230〜317 mmであった。深さ3 m以下には永久凍土があった。熱収支の主要項は10月から5月は顕熱フラックス(H:H/有効放射量(Ra)=0.46, LE/Ra=0.15)で、6月から9月は潜熱フラックス(LE:H/Ra=0.28, LE/Ra=0.52)であった。年間の正味生態系CO2交換量(NEE)、総生産量、生態系呼吸量は−131〜−257 gC・m-2・y-1、681〜703 gC・m-2・y-1, and 423〜571 gC・m-2・y-1であった。NEEとLEの飽差と表層土壌水分に対する応答が顕著であった。
Growth and physiological responses of larch trees to climate changes deduced from tree-ring widths and δ13C at two forest sites in eastern Siberia
Shunsuke Tei, Atsuko Sugimoto, Hitoshi Yonenobu, Takeshi Ohta, Trofim C. Maximov
東シベリアで降水量が異なる二つのサイトを設定し、そこに生育するカラマツの過去160年間の年輪幅、炭素安定同位体比(δ13C)を測定した。降水量が少ないスパスカヤパッド(SP)サイト(62°14´N, 129°37´E)では、過去100年間にわたり年輪幅は夏季の気温と負の相関を示した。一方、比較的降水量が多く、カラマツの生産性が大きいエレゲイ(EG)サイト(60°0´N, 133°49´E)では、1990年代以降に年輪幅が急激に減少し、年輪δ13Cから計算される水利用効率(iWUE)の上昇がみられた。この結果は、東シベリアに生育するカラマツの炭素吸収能は、近年の気温上昇により低下し、降水量が多く生産性が大きな森林でより厳しい乾燥ストレスがかかっていることを示唆している。
Potential of Svalbard reindeer winter droppings for emission/absorption of methane and nitrous oxide during summer
Kentaro Hayashi, Elisabeth J. Cooper, Maarten J.J.E. Loonen, Ayaka W. Kishimoto-Mo, Takeshi Motohka, Masaki Uchida, Takayuki Nakatsubo
スバールバルトナカイ(Rangifer tarandus platyrhynchus)の糞はツンドラ生態系の炭素・窒素循環に影響を及ぼす可能性がある。本研究は、冬季食餌に由来するトナカイ糞が、続く夏季においてどの程度のメタン(CH4)や一酸化二窒素(N2O)を発生あるいは吸収するのかを明らかにすることを目的とした。スバールバル諸島ニーオルスン近郊において採取したトナカイ糞および鉱質土壌を用いて14日間の培養実験を行い、トナカイ糞の有無および土壌水分3条件(乾燥・適湿・過湿)の組み合わせごとにCH4とN2Oの交換フラックスを測定した。総じてCH4では弱い吸収、N2Oでは弱い発生がみられたものの、そのフラックスは小さく、冬季食餌に由来するトナカイ糞が続く夏季のCH4とN2Oの発生や吸収に及ぼす影響は無視しうるものであった。
Fungal colonization and decomposition of leaves and stems of Salix arctica on deglaciated moraines in high-Arctic Canada
Takashi Osono, Shunsuke Matsuoka, Dai Hirose, Masaki Uchida, Hiroshi Kanda
高緯度北極での分解プロセスにおける菌類の役割を推定するため、Salix arcticaの葉および幹の分解にともなう菌類の定着と遷移を調べた。これを氷河後退からの年代が異なる5つの立地で比較することで、一次遷移が分解プロセスに及ぼす影響も評価した。菌類バイオマスの指標である菌糸長は、葉と幹の分解にともなって増加したが、立地間で差は認められなかった。分離培養により、葉と幹から立地によらず4形態種の菌類が高頻度で出現した。このうち2形態種について、分解にともなう分離頻度の変化が認められた。菌糸量や形態種の分離頻度と、葉と幹の有機物組成や養分濃度とあいだに有意な関連性が認められた。培養菌株を用いた接種試験により、これらの菌類がセルロース分解活性を有することが分かった。以上の結果は、高緯度北極の厳しい環境下においても菌類が葉と幹の分解と化学的変化に関与していることを示唆している。