Vol.7(3-4) には、以下の論文が掲載されています。
The spatial and seasonal distributions of air-transport origins to the Antarctic based on 5-day backward trajectory analysis
Kazue Suzuki,* Takashi Yamanouchi, Kenji Kawamura, Hideaki Motoyama
南極氷床の質量バランスを決める重要な要素の一つとして、南極域への大気による水蒸気輸送があげられる。ここでは、流跡線解析による5日前の空気塊が氷床の外にあったのか、氷床上にあったのか、という観点から南極氷床全域に対する大気輸送の分布について示した。氷床の外からやってくる空気塊は水蒸気量が多いと考えられる。1年を通じて西南極では海起源の大気輸送が卓越していたが、東南極では、特に夏、内陸起源の大気輸送が顕著であった。東南極では、明らかな季節変化が見られた。夏は、内陸起源の大気輸送が卓越し、冬は海起源の大気輸送が優位となっていた。海/内陸起源の空気塊の分布は、衛星観測に基づく涵養量の分布とよく似ており、海起源の粒子は南極域への水蒸気輸送に置き換えることが可能であることが推測された。海面上昇などの気候変動による今後の影響を究明するために、表面質量収支における変動のより正確な予測が必要となるだろう。今回の結果は、涵養量や南極氷床の雪やアイスコア中のエアロゾルの空間分布の理解の向上へ貢献するといえる。
Seasonal climatologies of oxygen and phosphates in the Bering Sea reconstructed by variational data assimilation approach
Gleb Panteleev*, Vladimir Luchin, Nikolay P. Nezlin, Takashi Kikuchi
ベーリング海における溶存酸素とリン酸塩の、春、夏、秋の季節場を水理化学的観測(1928年からの16356観測地点)データセットと、受動的海洋トレーサーの内挿に基づく革新的な3D変動アルゴリズムにより構築した。得られた変動パターンは従来の最適内挿法により生成された分布図と調和的である。今回の結果ではさらに、より詳細な分布が得られ、「データ欠損領域」は現れない。両パラメーターの鉛直、水平、時間変動はベーリング海の大規模循環、上部混合層、植物プランクトン生産性などのパターンに従っている。
Long-term variability in Arctic sea surface temperatures
Rajkumar Kamaljit Singh*, Megha Maheshwari, Sandip R. Oza, Raj Kumar
NOAA最適内挿表面海水温モデル第2版(NOAA OI SST version 2)を用いて、1981年12月から2011年10月までの30年間の北極域SSTを調べた。北緯60度より北の海域でSST変動の年較差、季節トレンドにわずかながら、しかし統計的に有意な、上昇傾向が見られた。北極海のほぼ全域で温暖化傾向が明らかで、特にラブラドル海は他の海域に比べても高温偏差(アノマリー)が確認された。中央域(ノバヤゼムリヤ南のカラ海、シベリア海、フラム海峡など)では寒冷化傾向も見られたが、1992-2001年に限られていて、それ以外の期間では温暖傾向であった。夏季(6−8月)、及び9月のSST変動傾向の解析結果も議論した。
Geochemistry and mineralogy of a feldspathic lunar meteorite (regolith breccia), Northwest Africa 2200
Hiroshi Nagaoka*, Yuzuru Karouji, Tomoko Arai, Mitsuru Ebihara, Nobuyuki Hasebe
本論文では、月隕石Northwest Africa (NWA) 2200に対し、化学的、岩石鉱物学的研究を行い、その起源について考察した。NWA 2200は、月の斜長岩地殻に由来するレゴリス角礫岩である。含まれる斜長岩石片の組成は、アポロ16号サイトで回収された斜長岩ferroan anorthosite (FAN)のものとよく似ている。また、それらの組織は多様に変成を受けており、月表層での複雑な衝突史を物語っている。一方でNWA 2200の全岩化学組成は、どのアポロ回収レゴリス試料とも大きく異なり、トリウムや希土類元素のような液相濃集元素が枯渇し、FeO/MgO比が高い。これらの特徴から、この月隕石はFANに近い組成をもつものの、アポロ着陸点とは異なるレゴリス地域を起源としていることがわかった。
Gravity measurements with a portable absolute gravimeter A10 in Syowa Station and Langhovde, East Antarctica
Takahito Kazama*, Hideaki Hayakawa, Toshihiro Higashi, Shingo Ohsono, Shunsuke Iwanami, Tomoko Hanyu, Harumi Ohta, Koichiro Doi, Yuichi Aoyama, Yoichi Fukuda, Jun Nishijima, Kazuo Shibuya
南極昭和基地周辺の氷床量変化およびそれに伴う地殻変動を捉えるため、我々は第53次日本南極地域観測隊のプロジェクトとして、可搬型絶対重力計A10による絶対重力測定を実施した。ラングホブデ雪鳥沢小屋前の露岩上では、日本南極地域観測隊として初めて南極大陸上で絶対重力測定を実施し、新設した金属標AGS01の直上にて絶対重力値982535584.2 ± 0.7 micro-galを得た。砕氷艦しらせの接岸不能に伴うヘリオペレーションの変更より、我々は南極大陸上ではAGS01でしか絶対重力測定を実施できなかった。しかしながら、今後数年以内に実施される同様の絶対重力測定では、本観測で得られた重力値およびノウハウを参考にして南極露岩上の重力変化が捉えられるものと期待される。
Non-stochastic colonization by pioneer plants after deglaciation in a polar oasis of the Canadian High Arctic
Akira S. Mori*, Masaki Uchida, Hiroshi Kanda
生態系の一次遷移において、植物の初期定着はその後の生態系発達を決定づける重要な要因である。そこで本研究では、高緯度北極圏の極地オアシスにおいて、小氷期に形成されたモレーン上のパイオニア種(維管束植物種)の分布と定着場所の環境要因を解析した。その結果、植物定着を促す場所は、礫が近くにある凹地上のマイクロサイトであった。このような場所は、植物が乾燥により枯死することを防ぎつつ、比較的良好な水分供給を可能にするためであると推察される。このような環境−植物の対応は、遷移初期過程では植物の分布はランダムであるとの一般的な仮定とは異なり、植物の侵入・定着は非確率論的なプロセスが働いているこ可能性を示唆している。