PSニュース No.24

Polar Science


Vol.7(2) には、以下の論文が掲載されています。


JAMSTEC-IARC international collaboration enhancing understanding of the Arctic climate system
Larry D. Hinzman*, Tetsuo Ohata, Igor V. Polyakov, Rikie Suzuki, John E. Walsh
 JAMSTECとIARCは1998年以来、北極圏に関する共同研究を実施しているが、人員・資金の投入に当って役割を分担し、データを共有しつつ最適な現地観測の実施に取り組んでいる。この分冊は、JAMSTEC及びIARCの研究者が北極海と隣接海域、及びその周辺陸域で行なっている5ヶ年計画(2009-2014)で得た最新の結果を厳選して編纂したもので、観測、モデル開発、リモートセンシング応用などの各要素に関する成果を含んでいる。これらの研究は、いかに個々の要素と素過程が相互に関連して北極域の複雑な変動システムを形成しているのか、より良く理解するための知見を提供している。これらの共同研究を通じて、北極圏システムの定量的理解が進むであろう。

Structure of the Fram Strait branch of the boundary current in the Eurasian Basin of the Arctic Ocean
Andrey V. Pnyushkov*, Igor V. Polyakov, Vladimir V. Ivanov, Takashi Kikuchi
 最近の北極海ユーラシア海盆の大陸斜面沿いの数点における係留観測は、フラム海峡ではほぼ順圧的であった境界流が、スバルバードの北東域ではジェット状の傾圧的流れに変化し、東部ユーラシア海盆では再び順圧的な構造となることを示している。この変化に伴って、フラム海峡で約 24 cm/s の流速が、ロモノソフ海嶺では約 5 cm/s に弱くなっている。中層(約 200-370 m)に存在する境界流の傾圧成分の最大値は、大西洋水の中心部に対応している。傾圧流の最大値の深度範囲は、地衡流バランスに従って、傾圧流の最大値の上側と下側に存在する斜面を横切る密度勾配にコントロールされている。モデルシミュレーションの結果によると、境界流はスバルバード付近で地形の分岐によって浅い成分と深い成分に分かれていて、境界流が地形的にコントロールされる性質が確かめられた。浅い成分は水深約 200 m の大陸棚端に位置しており流速は最高で約 24 cm/s である。北極海の主要な海洋の熱源である境界流の力学についての基本的な知見を含む本論文の結果は、北極域の気候システムを形成する海洋の役割を理解するために重要であると考えられる。

Configuring high frequency radar observations in the Southern Chukchi Sea
Gleb Panteleev*, Max Yaremchuk, Oceana Francis, Takashi Kikuchi

 近年、北極海の沖合いにおける表層循環の短波レーダによるモニタリングは実用的な重要性を増している。本研究では、チャクチ海南東部において表層流の合成時のエラーを最小にするレーダの設置場所について考察した。アジョイント感度法によって、レーダーが2基の場合は、最適な設置場所はモニタリング域から最も強いアラスカ沿岸流の流出が見られる地点に近いキバリナという集落であることが示された。最悪の設置場所は、モニタリング域への比較的弱い流入が沿岸から観測されている地点に近いシシュマレフという集落である。これらの結果は、シミュレートされたレーダ観測データを数値モデルに 4 次元変分法で同化することによって、観測システムシミュレーション実験を使って検証された。最初の推定解を正しく特定することが、感度解析と観測システムシミュレーション実験の両方で現実的な結果を得るために最も重要である。このことは、将来予想される海氷が無い北極海の沖合い域について、正確な高解像能の気候場を得ることの必要性を強調している。

Partitioning and lateral transport of iron to the Canada Basin
Ana M. Aguilar-Islas*, Robert Rember, Shigeto Nishino, Takashi Kikuchi, Motoyo Itoh
 2010年晩夏に西部ボーフォート海で海水中の溶存鉄 (DFe)と懸濁態溶出性粒状鉄 (LPFe)の濃度分布を調べた。海洋表面で高い DFeの値 (0.49 nM to 1.42 nM)は、近年の研究結果とも一致し、海氷融解や河川からの供給によるものと考えられる。太平洋水の影響がみられる海域では、沿岸から沖合にかけて急激に DFe (5.20 nM to 0.48 nM)や LPFe (88.2 nM to 1.83 nM)の濃度が減少しており、鉄の除去過程が陸棚から海盆域への DFeの供給を制限することを示唆している。しかし、この海域でしばしば出現する渦が DFeの水平輸送に重要であることが、暖水渦に近接する沖合の観測点の海洋表面で高い濃度の DFeが観測されたことから言えるであろう。大西洋水層内では、比較的一様な濃度の DFe (0.69 nM to 0.80 nM)や LPFe (1.18 nM to 2.13 nM)が観測され、この水塊中で鉄の供給と除去が釣り合っていると考えられる。ロモノソフ海嶺の東側での DFeの供給は、北極海の東部と西部の間で大西洋水のコア内での DFeの値を比較することにより求めることができるだろう。

Sensitivity of the backscatter intensity of ALOS/PALSAR to the above-ground biomass and other biophysical parameters of boreal forest in Alaska
Rikie Suzuki*, Yongwon Kim, Reiichiro Ishii
 アラスカにおける亜寒帯林の地上部バイオマス(AGB)や,そのほかの森林物理量に対する,ALOS/PALSARの後方散乱強度による推定の可能性を評価した。2007年7月にアラスカの亜寒帯林からツンドラへと至る西経150度に沿った南北トランゼクトにおける29の森林の森林物理量を得,ALOS/PALSARの後方散乱強度と比較した。その結果,HVモードの後方散乱強度には,森林AGB,平均樹高,平均胸高直径との間に対数関数の強い関係が認められた。得られた回帰式(HVモード)を用いて推定された森林AGBを地図化したところ,南部で大きく北部で小さくなるような南北傾度が描き出された。

Variations in fraction of absorbed photosynthetically active radiation and comparisons with MODIS data in burned black spruce forests of interior Alaska
Hiroki Iwata*, Masahito Ueyama, Chie Iwama, Yoshinobu Harazono

 アラスカ内陸部のクロトウヒ林火災跡(火災後1年と7年)において,植生による光合成有効放射量(PAR)の吸収の測定を行った.PARの吸収割合(FPAR)を調べる上でモスによる吸収の寄与を含むことが重要であることがわかった.FPARと植生指数の関係から,EVIと呼ばれる植生指数がFPARの時空間変化を表すのに適している可能性が示された.測定したFPARと中分解能撮像分光放射計(MODIS)データから得られたFPARを比較した結果,MODISのFPARは大きく過大評価になっていることがわかった.この過大評価の原因は地表面被覆のエラーであると考えられる.北方林地域の炭素交換を明らかにするためには正確なFPARの分布を知ることが重要である.

Seasonal changes in camera-based indices from an open canopy black spruce forest in Alaska, and comparison with indices from a closed canopy evergreen coniferous forest in Japan
Shin Nagai*, Taro Nakai, Taku M. Saitoh, Robert C. Busey, Hideki Kobayashi, Rikie Suzuki, Hiroyuki Muraoka, Yongwon Kim
 林冠が疎なアラスカと,林冠が閉じた日本の常緑針葉樹林を対象に,生物季節(フェノロジー)画像から抽出した指数と渦相関法観測に基づいた総生産量(GPP)の季節変化の対応関係を調査した.両森林ともに,フェノロジー画像から抽出した緑の成分や色相と,GPPはベル型の季節変化パターンを示した.フェノロジー画像は主に,アラスカでは林床の植生の,日本では林冠表面の季節変化を捉えた.一方,赤や青の成分の季節変化パターンには,生態系の構造や葉の色の違いに起因した差がみられた。これらの結果は、常緑針葉樹林の長期連続的なフェノロジー観測には、林冠の鬱閉の程度や、林床植生の季節変化等を考慮することの重要性を示唆した。

Characteristics of evapotranspiration from a permafrost black spruce forest in interior Alaska
Taro Nakai*, Yongwon Kim, Robert C. Busey, Rikie Suzuki, Shin Nagai, Hideki Kobayashi, Hotaek Park, Konosuke Sugiura, Akihiko Ito
 アラスカ内陸の永久凍土上に成立するクロトウヒ林を対象に、2011年に通年で熱収支観測を実施した。6月から8月までの夏期には熱収支がほぼ閉じ、地中熱流量が正味放射量の26.5%を占めた。一方、熱収支の残差は春に大きかったが、積雪調査日から消雪日までの熱収支の残差は、実測した積雪水量の融解に消費される潜熱でほぼ説明された。夏期の平均日蒸発散量は1.37 mm day^<-1> で、年間の水蒸気輸送量は207.3 mm year^<-1> であった。そのうち昇華量は全体の8.8% (18.2 mm year^<-1> ) と見積もられ、年間水収支で無視できないことが分かった。夏期のdecoupling係数は0.05と非常に小さく、蒸発散のほとんどが大気側の寄与で説明された。

Application of time-lapse digital imagery for ground-truth verification of satellite indices in the boreal forests of Alaska
Konosuke Sugiura*, Shin Nagai, Taro Nakai, Rikie Suzuki

 北方林の積雪に関する衛星観測研究では、地上観測にもとづくグランドトゥース検証が必要である。本研究では、インターバルカメラをアラスカ北方林に9地点設置して北方林積雪の分布を詳細に検出し、積雪に関する衛星指標との関係を調べた。その結果、NDVI(正規化植生指数)、NDWI(正規化水指数)、NDSI(正規化積雪指数)に関して、根雪の前後における顕著な変化を捉えることができた(根雪の終わりのNDVIは0.12から0.37、根雪の始まりには0.16から0.38。NDSIは、積雪の有無により明瞭に変化し、積雪期には正の値、無雪期には負の値。NDWIは根雪の始まりから終わりまで著しく変動)。本研究により、積雪はアラスカ北方林でのNDVIを用いた正確なフェノロジー研究にとって重要であることが確認された。設置した簡易カメラは衛星指標の検証のための地上観測ツールとしてだけではなく、衛星観測の欠測期間を補うためのデータ源としても有効に機能した。

Latitudinal distribution of soil CO_2 efflux and temperature along the Dalton Highway, Alaska
Yongwon Kim*, Seong-Deog Kim, Hiroyuki Enomoto, Keiji Kushida, Miyuki Kondoh, Masao Uchida
 アラスカのツンドラと寒帯森林生態系(65.5°N から 69°Nまで)における炭素動態と空間変動を調べるために土壌二酸化炭素フラックスを調べた。2006から2010までの夏季と冬季の平均土壌二酸化炭素フラックスは、それぞれ261 ± 124 (CV 48%) と 71 ± 42 (CV 59%) gCO_2/m^2であった。これは、冬季の土壌二酸化炭素フラックスは、年間放出量の24%に相当するのが分かった。ツンドラと寒帯森林でのタソックは、炭素放出の重要なソースであり、他の植物より3.4倍高い。研究サイトの 観測点で測定した土壌二酸化炭素フラックスの代表性を算定するために、植物成長期間の間、サイトあたり36観測点は、80と90%信頼性下で全体試料の平均値の±20%以内で観測値の平均が当てはまる。土壌二酸化炭素フラックスは、7月高度を補正した気温より、季節平均土壌温度で比例し、土壌水分では反比例するのが、分かった。従って、季節平均土壌温度は、アラスカ高緯度生態系においての土壌二酸化炭素フラックスの緯度勾配を決定する重要な因子であるのが分かった。

The role of declining Arctic sea ice in recent decreasing terrestrial Arctic snow depths
Hotaek Park*, John E. Walsh, Yongwon Kim, Taro Nakai, Tetsuo Ohata
 北極海氷の顕著な減少は気温と大気循環に影響すると考えられる。その影響は北極海を超えて陸域の気候、及び積雪にも及ぶと予想される。そのため、海氷減少と陸域の積雪深の関係を理解する必要がある。1979−2006年における9月の海氷面積の減少に対する積雪深の反応を調べた。積雪深には翌年の夏期の水文及び地温環境に影響する気候学的メモーリの効果があるため、積雪カーバより積雪深の変動に注目した。海氷面積の衛星観測データと陸面過程モデルCHANGEが計算した積雪深を用いた解析からは、秋期と冬季において増加する北東シベリアの積雪深は9月の海氷減少と有意な相関が認められた。カナダの極域の一部においても海氷減少により積雪深の増加が確認できた。一方、海氷減少により北米の気温が上昇して積雪深が顕著に減少した。北東シベリアとカナダの極域を除いた地域において積雪深の減少は、海氷減少による北極の温暖化増幅が陸域の積雪環境に既に影響していたことを示唆する。今後予想される地球温暖化による海氷減少は積雪に更に影響すると考えられる。積雪深の増加が見られた地域では積雪深の断熱効果により翌年夏期の地温が上昇していたことを確認した。

Relationships between variations of the land-ocean-atmosphere system of northeastern Asia and northwestern North America
John E. Walsh*, Hotaek Park, William L. Chapman, Tetsuo Ohata

 本研究は二つの北極陸域、東シベリアと北米のアラスカ及びユーコン地域における気候変化に関する広域的な解析である。過去60年間(1951−2010)、両地域における気温と降水量のトレンドは類似した季節性を示す。しかし、大気対流は両地域の冬季の相違に影響した。他の季節においてその相違は顕著ではなかった。太平洋十年規模変動は両地域の年々変動に主な相関因子であり、その次に北極振動と南方振動が並ぶ。
 21世紀末に予想される変化は、過去60年間進行していた変化と類似するが、A1Bシナリオの下でその変化率は大きくはない。海氷減少に反応して北極点の周辺域で温暖化が著しくなると予想される。全てのモデルが降水量の増加を予測するが、そこには蒸発散量の増加が陸面の湿潤、または乾燥へのトレンドに関する結論は排除されている。大気循環の変化によりベリン海域で気圧の減少が強くなることが将来気候予測の大きな特徴の一つである。