PSニュース No.20

Polar Science


Vol.6(1) には、以下の論文が掲載されています。


The second International Symposium on the Arctic Research (ISAR-2): Brief overview
Peter Wadhams*, Hiroshi Kanda, John Walsh, Larry Hinzman, Koji Shimada
 北極及び亜北極域は地球環境変動の研究にとって「鍵」となる地域である。人間活動の影響、特に温暖化の影響は両地域において最大規模であらわれるからであり、しかもその変化は加速すると予測されている。北極域で起っている急激な変化はISAR-2シンポジウムの課題であるが、様々な規模であらわれている。 北極規模の変化としては鍵となる環境因子があり、もっと微細かつ把みにくい規模の変化としては"種"や"生物過程"の変化があげられる。読者に地球規模の放射バランスから鳥の卵の大きさまで、この特集号の幅広い内容すべてが今日、北極域でおきている急激な温暖化と関係していることを理解して頂けたら幸いである。

Present status and variations in the Arctic energy balance
Atsumu Ohmura
 熱収支気候学はこの数年間に大きな進歩を経験したので、全球の新しい熱収支を、次に北極について更新されつつある熱収支を述べる。まず太陽常数は、すこし小さい1361 Wm?2を用いる。地表での全天日射は従来の値よりはるかに小さい170 Wm?2となり、大気の吸収率が遥かに大きく25から28%と推定された。大気から地表面への長波は従来の値より大幅に増加し全球平均で345 Wm?2前後となった。北極では、多年氷に覆われている北極海中央部とグリーンランド氷床の涵養域で、年平均で正味放射が負になっている。北極域の地表面への長波放射の値は、最近20年間の平均で4から5 Wm?2/10年の率で増加している。グリーンランド氷床の放射平衡は、正確に知られるようになり、北極の諸表面の主なアルベドも最新の情報を提出する。(348)

Global warming trend without the contributions from decadal variability of the Arctic Oscillation
Yuta Nagato, H.L. Tanaka
 近年、地球温暖化に伴う北半球中高緯度の気候変動が注目されている。一方で、北半球中高緯度の大気大循環の長期変動を支配する要因として北極振動(AO)がある。AOは地上気圧のEOF-1として定義され、カオス的に変動する自然変動である。そこで本研究では、近年の地球温暖化トレンドから自然変動であるAO に伴う気温の変動を除去することを目的とした。
 その結果、AOの構造は地上気温の最も卓越するパターン(EOF-1)としても現れ、温暖化パターン(EOF-2)よりも卓越することがわかった。しかし、AOの構造を北半球で平均すると正と負の偏差が相殺し、ゼロに近い値となってしまうことが示された。つまり、AOはローカルな気温変化には強く影響するものの、雪氷面とのフィードバックがない条件下では半球規模での気温の変動には影響を与えないという特徴がある。

Analysis of satellite and model datasets for variability and trends in Arctic snow extent and depth, 1948-2006
Hotaek Park, Hironori Yabuki, Tetsuo Ohata
 本研究は北極陸域における1948?2006間の積雪深及び面積の時・空間トレンドを調べることを目的とする。その結果、北極陸域の積雪深及び面積のトレンドやそれらの長期間の変動に対する理解が高まる。そのために、水文モデル(CHANGE)、NOAAの積雪カーバデータと観測データを用いた。過去59年間、多部分の陸域の積雪深は減少トレンドを示した。そのトレンドはユーラシアより北アメリカでより顕著であった。積雪深の減少は気温上昇の影響であることが明らかであった。気温上昇により35 cm以上の積雪深の面積でその減少が著しく、特に、55 cm以上の地域でより顕著に減少した。一方、積雪深35 cm以下の面積は1990年以降増加していた。その増加は、新たに積雪域が増えたことよりは厚い積雪深の面積の減少によるその連鎖結果であることを表す。また、北アメリカでは浅い積雪深のスノーラインが北上する変化が見られた。今後の気温上昇により北極陸域の積雪深及び面積は大きく影響されると予想される。

Anomalous sea-ice reduction in the Eurasian Basin of the Arctic Ocean during summer 2010
Yusuke Kawaguchi*, , Jennifer K. Hutchings, Takashi Kikuchi, James H. Morison, Richard A. Krishfield
 北極海ユーラシア海盆において2010年夏は過去最少級の海氷密接度が観測された。我々は海氷設置型の水温・塩分プロファイラを用いた観測によって、ラプテフ海から移流してきた一年氷が海氷減少のもっとも顕著であった海盆中心部を占拠し、他の海域より高い水準の海氷融解を引き起こしていたことを示した。また、プロファイラ周辺に置かれたGPSの運動を解析することで、融解期半ばに海氷運動が急激に大きくなる様子を捉えた。これは、海氷融解に伴い海洋表層にごく浅い強固な塩分成層ができたためと考えられる。この海氷運動の強化は、8月中旬に現れた低気圧による海氷発散を増幅し、露出海面部での太陽エネルギー吸収を促進することで当海域の海氷減少をさらに助長したものと考えられる。

The structure and behavior of the arctic cyclone in summer analyzed by the JRA-25/JCDAS data
H.L. Tanaka, Akio Yamagami, Shinji Takahashi
 本研究では,JRA-25/JCDAS再解析データを用いて北極低気圧の3次元構造とその振舞いについての事例解析を行った.近年,北極域は夏期の海氷減少によって劇的に温暖化している.急速な海氷減少の広がりには,北極海上の北極低気圧とボーフォート高気圧による気圧のダイポール構造が寄与している.そこで、2006年から2008年までの夏季に発生した北極低気圧から、典型的な3例を選び詳細な解析を行った。
 本研究によって,北極低気圧は中緯度の温帯低気圧と以下に示す点で異なった特徴を持つ事がわかった.北極低気圧は北極海上を長期間にわたりランダムに迷走する.北極低気圧は地表面から下部成層圏まで順圧的な構造を持つ。海面更正気圧で見られる北極低気圧は500 hPaより上の高度の極渦と結合している.そして、重要な特徴として,北極低気圧は対流圏にコールドコアを持ち,200 hPa付近にウォームコアを持つ寒冷渦に似た構造を持つ.本研究では、解析された北極低気圧の構造を基に、形成メカニズムについても議論した。

Changing characteristics of arctic pressure ridges
Peter Wadhams, Nick Toberg

 マルチビームソナー(多周波音響測深儀)の出現により水面下にある海氷の 3D形状を知ることができるようになった。著者らは2007年3月、Beaufort Sea (75°N, 140°W、Prudhoe湾北)及びEllesmere Island北(83°20'N, 64°W)での潜水艦 "Tireless"号を用いたgrid surveyによって得たデータを解析した。 Beaufort Seaの海氷は主として1年氷(FY)で、Ellesmere Island北の海氷は多年氷(MY)であった。 FY ridgeの断面は通常の三角形で傾斜角は平均で27°で、伸張方向の尾根の深さ(ridge crest)はほぼ一定であった。そして、しばしば小さな氷のブロックが認められた。一方MY ridgeは多数の独立する固い、大きくてなめらかなブロックに分裂していて、不規則な線型性のない形状をしている。 この違いは、crack opening(割れ目が開く)とそれがridgeを横切る走行方向、再凍結の際のcrestの連続性の破壊というepisode(事象)が多年にわたって起きた結果、見かけ上ridgeは単なるblockの連なりに変わって行くのだと解釈される。

Climatic physical snowpack properties for large-scale modeling examined by observations and a physical model
Kazuyuki Saito *, Satoru Yamaguchi, Hiroki Iwata, Yoshinobu Harazono, Kenji Kosugi, Michael Lehning, Martha Shulski
 広域気候モデルにおいて気候的条件に基づく積雪過程の差異はいまだ十分に反映されていない.我々は積雪変態あるいは積雪層物性値として特に密度と熱伝導率との関係に着目し,アラスカ及び日本における現地観測と1次元積雪モデル (SNOWPACK) を用いて,広域モデルに応用可能な簡素な関係式の構築を検討した.日本(長岡,新庄)およびフェアバンクスでの実測値で計算結果を検証し,導いた回帰式を既存研究の結果と比較した.密度過小と熱伝導率過大の評価傾向を示した計算結果に対し新雪密度と圧密速度が過小であることの影響を論じた.回帰式は特に零度付近で既存の評価式よりも良い成績であったが融雪期の実測値とは乖離が多く見られ,更なる検討の要が示唆された.

The implementation of initial data populations of environmental data and creation of a primary working database
D. Fleischer, M. Bolter, R. Moller
 生物的変化と環境変化によって歴史的、地球規模のデータセットの需要が高まっている。最新の生態学的、生物学的結果を歴史的な報告と比較することは生態学の研究分野では重要である。本研究では陸上生物データの作業リポジトリーを提示することを目的とした。このデータリポジトリーの実装はその最終目的がレポジトリーの公表である限り、研究者に種々のサービスを提供することである。さらに、環境データの安全確保と長期的利用は科学的社会にも重要性が増している。何度も繰り返すことのできない採集行為と得られたデータは時系列的解析とモデリング活動のために欠かせず、よく整ったデータ収納庫は容易なアクセス、検索、互換性のために必要である。生物学的、生態学的情報システムは公共の興味の問題ではあるが生態学者のための重要な課題でもある。

Horizontal distribution of calanoid copepods in the western Arctic Ocean during the summer of 2008
Kohei Matsuno, Atsushi Yamaguchi, Koji Shimada, Ichiro Imai

 2008年夏季の西部北極海における動物プランクトン、特にカラヌス目カイアシ類の水平分布を明らかにした。動物プランクトン出現個体数と湿重量は各々0.03?2.74×105 ind. m?2と5?678 g WM m?2の範囲にあり、出現個体数の37?94%をカイアシ類が占めた。カイアシ類は20属30種が出現し、出現個体数に基づくクラスター解析より、3群集に分けられた。各群集の水平分布は水深とよく対応しており、陸棚域、斜面域および海盆域と呼称した。各領域の特徴種は、陸棚域では沿岸性種と太平洋産種で、斜面域では北極海産種 (Calanus glacialisとMetridia longa) で、海盆域では深海性種であった。C. glacialisとM. longaの出現個体数は斜面域で多く、海盆域で後期発育段階が優占していた。Chl. a量は陸棚域と斜面域で多く、海盆域で少なかった。両カイアシ類は陸棚域と斜面域では豊富な植物プランクトンを摂餌し再生産を行うため、初期発育段階が優占し個体数も多いが、海盆域では再生産の規模が小さいため後期発育段階が優占し、個体数が少ないと考えられた。

Abundance and diversity of fungi in relation to chemical changes in arctic moss profiles
Takashi Osono, Takeshi Ueno, Masaki Uchida, Hiroshi Kanda
 カナダ高緯度北極・エルズミア島のオーブロヤ湾周辺において、同地域において優占する2種のコケ、イワダレゴケとシモフリゴケの群落(厚さ11?18cm)を採取し、菌類のバイオマスと多様性、およびコケ層の化学性を測定した。コケ層は色調の違いにより6層ないし5層に区分した。全菌糸量はイワダレゴケでは中層で最大となる一山型であったが、シモフリゴケでは下層に向かって増加した。イワダレゴケとシモフリゴケそれぞれから18種、19種の菌類が分離された。出現種数はイワダレゴケでは中層で最小であったが、シモフリゴケでは下層に向かって減少した。酸不溶性残渣と養分の濃度は下層に向かって増加したが、全炭水化物の濃度は逆に下層に向かって減少した。

High below ground biomass allocation in an upland black spruce (Picea mariana) stand in interior Alaka
Kyotaro Noguchi, Masako Dannnoura, Mayuko Jomura, Motoko Awazuhara-Noguchi, Yojiro Matsuura
 樹木の根は森林の現存量の大きな割合を占めているが、永久凍土地帯の森林ではデータが少ない。そこで、アラスカ内陸部の永久凍土上のクロトウヒ(Picea mariana)の地上部と粗大根(直径5 mm以上)の現存量を推定した結果、それぞれ3.97 kg m-2、2.31 kg m-2であった。低木類の地上部と蘚類、地衣類等の林床植生の現存量は、それぞれ0.10 kg m-2、0.62 kg m-2、直径5 mm未満の細根の現存量は1.27 kg m-2であった。これらの結果は、このクロトウヒ林では、地下部への現存量分配が極めて高く(クロトウヒ、低木類の現存量の47%)、この特性が、永久凍土上で生育するために重要であることを示唆している。

Effects of sea ice on breeding numbers and clutch size of a high arctic population of the common eider Somateria mollissima
Fridtjof Mehlum

 高緯度北極における海鳥個体群の繁殖行動は海岸や島嶼における繁殖コロニーを取り巻く定着氷域の崩壊や融雪時期の環境変化が原因となって大きな年変動を示した。1981年から2000年までの約15年間に集積されたコングスフィヨルド(79°N)におけるホンケワタガモの繁殖行動データの解析により、営巣数と抱卵サイズは後期の海氷融解よりも初期の融解の方がより大きかった。また、初期に海氷融解を起こした島嶼の営巣数と抱卵サイズは春に長い間、海氷に取り巻かれていた他の島嶼と比較するとより大きかった。フィヨルドの海氷融解に見られるような地球規模での温暖化は陸上で営巣するワタガモの繁殖に影響を及ぼすことが示された。