PSニュース No.18

Polar Science


Vol.5(3) には、以下の論文が掲載されています。


Extracting fair-weather data from atmospheric electric-field observations at Syowa Station, Antarctica
Yasuhiro Minamoto, Akira Kadokura
南極大陸に近い東オングル島に位置する昭和基地(69.0S, 39.6E)では、日本南極地域観測隊により大気電場観測が行われている。大気電場データは地上気象に起因する擾乱を含んでいるため、地球電磁気現象としての大気電場を解析するためには、擾乱を受けていないデータを抽出することが必要である。昭和基地における地上気象観測データを用いて大気電場の静穏時間を抽出する基準を求めた。2006年から2009年までの1月について、この基準により抽出された大気電場日変化をプロットしたところ、1998年1月Vostok基地で観測された日変化に整合的な結果が得られた。また、オーロラサブストーム発生時に、大気電場と地磁気が同時に変動した例が認められた。

Development of a model for ice core dating based on grain elongation
C.L. Di Prinzioa, b, O.B. Nasello
結晶粒の変形速度と氷床コアの年代を計算するための単純な準経験モデルを提案 する。このモデルは氷床内部の結晶粒の大きさと形状が結晶粒の成長と変形プロ セスのみによって決まる場合に適用可能である。結晶粒の大きさと伸長度の深さ分布および氷床表面での質量収支(涵養量)を与えることで,このモデルでは氷床コアの年代を決めることができる。モデルによる計算結果は,GISP2コアの700m深よりも浅い部分で測定された結晶粒の変形速度とコア年代に良く一致した。

Snow accumulation, melt, mass loss, and the near-surface ice temperature structure of Irenebreen, Svalbard
I. Sobota

スバールバル諸島北西スピッツベルゲン島にあるイレーネブレーン氷河の質量収支、積雪涵養量、融解および表面付近の氷温構造を調査した。2002年〜2009年の間に毎年水当量で65cmの減少が起きていることが分かった。2009年には、冬の平均以上の積雪涵養にもかかわらず質量収支は水当量で63cmの減少となった。涵養域での表面付近の氷温測定から、年平均温度は1m深で−3.7℃、10m深−3.3℃であった。イレーネブレーン氷河は、低温な氷体と夏季の温暖な表層を持つポリサーマル氷河の可能性が高い。冬は、すべての氷の温度は融点以下であり、温暖な層は恐らく氷河の底部に存在している。これはイレーネブレーン氷河の前方の地域に結氷域が発生することから推定できる。

Visible and near-infrared spectral survey of Martian meteorites stored at the National Institute of Polar Research
Takahiro Hiroi, Hiroshi Kaiden, Keiji Misawa, Takafumi Niihara, Hideyasu Kojima, Sho Sasaki
国立極地研究所(NIPR)に所蔵されている火星隕石片を可視・近赤外(VNIR)分光器によって調べた。測定点は3×2 mm程度の大きさであり、各隕石片の写真上にそれら測定点を明確に記録した。何らの試料調整も必要もなく、この分光調査によって調べられた隕石の岩石型および大体の鉱物組成が得られた。この研究によって、この類の分光調査が火星隕石を分類・記載する際に有効であること、そして火星ローバー上のそのようなVNIR分光器はこれらの類の新鮮な火星岩石を同定するのに役立つことが示された。それら岩石の岩層および鉱物層を同定する精度を高めるためには、より小さな測定点を用いた更なる研究が望まれる。

Inferred ultrahigh-temperature metamorphism of amphibolitized olivine granulite from the Sor Rondane Mountains, East Antarctica
Nobuhiko Nakano, Yasuhito Osanai, Sotaro Baba, Tatsuro Adachi, Tomokazu Hokada, Tsuyoshi Toyoshima

東南極・セールロンダーネ山地に分布する変成岩類の最高温度・圧力条件を推定するために,モレーンの転石から見出された斜方輝石+スピネルシンプレクタイトを含む苦鉄質変成岩の精密解析を行った.その結果,同変成岩が1000℃・12 kbar以上の超高温条件から減圧し,700℃・6 kbar以下の角閃岩相で再平衡に達したことが明らかとなった.これらの温度・圧力条件や履歴は,東南極・シルマッハヒルズの高度変成岩よりむしろ,南インド,スリランカ,モザンビークに分布する変成岩類のそれと類似し,東・西ゴンドワナ大陸の衝突による大陸地殻のもぐり込みから上昇過程を表していると考えられる.

Distribution of Calanus species off Franz Josef Land (Arctic Barents Sea)
Vladimir G. Dvoretsky
2006年および2007年の8月にFranz Josef Land諸島においてCalanus 属カイアシ類の空間分布を調査した。2006年はCalanus 属が動物プランクトン群集において現存量と生物量でいずれも卓越していた。2007年には大西洋からの暖かい水の流入の影響で2006年に較べて現存量、生物量ともに低い値を示した。調査を通してC. glacialis が最も優占して出現し、2006年に全体の95%、2007年には60%を占めた。C. finmarchicusC. hyperboreusはコペポダイト幼生期の後半ステージ(CIV-CV)が多く出現したのに対し、C. glacialisは前半のステージ(CI-CIII)が卓越していた。2006年はCalanus属の生物量と平均水温の間に負の相関が見られたのに対し、2007年には正の相関が認められた。Franz Josef Land沖のCalanus属3種の分布特性は主に水温と水の循環パターンに関連付けられた。

Direct PCR amplification of the 16S rRNA gene from single microbial cells isolated from an Antarctic iceberg using laser microdissection microscopy
Katsuhiko Yanagihara, Hironori Niki, Tomoya Baba

我々はこの論文において、顕微鏡下で観察した細菌から16S rRNA遺伝子の遺伝系統解析をする技術を記述する。これには、レーザーマイクロダイセクション顕微鏡を用いた微生物細胞の単離と、その細胞の溶解、実験環境や試薬を汚染している細菌のゲノムDNAの干渉を受けずに単離した細胞の16S rRNA遺伝子を増幅する方法、が含まれる。この技術を用いて、我々は南極氷山試料から単離した15細胞について、その16S rRNA遺伝子の配列を決定することができた。それらの配列は、水、海洋、土壌環境でこれまでに発見されていた細菌株の16S rRNA遺伝子と比較し、94-100%の一致率を示した。

Survey of larval Euphausia superba lipid content along the western Antarctic Peninsula during late autumn 2006
Jennifer Putland, Tracey Sutton

2006年の晩秋(5-6月)に南極半島の西部沿岸海域においてナンキョクオキアミ(Eupahusia superba)の幼生期(ファーシリア4期と6期)の調査を実施した。オキアミの幼生は4つに区分した海域から採集し、乾燥重量と脂質含有量を推定した。4つの海域間における乾燥重量と脂質含有量には、統計的に有意な相違は見られなかった。乾燥重量の平均(±SD)はファーシリア6期が一個体あたり1.51±0.32 mg、ファーシリア4期が0.85±0.12 mgであった。乾燥重量あたりの脂質含有量の割合はファーシリア6期が21.6±9.6%、ファーシリア4期が27.9±13.7%であった。

Vegetation development and carbon storage on a glacier foreland in the High Arctic, Ny-Alesund, Svalbard
Shinpei Yoshitake, Masaki Uchida, Toshiyuki Ohtsuka, Hiroshi Kanda, Hiroshi Koizumi, Takayuki Nakatsubo
高緯度北極の氷河後退域における広域での炭素蓄積量の分布およびその植生との関係性を明らかにするため、高緯度北極ニーオルスンの氷河後退域において、植生調査および有機炭素蓄積量の算出を行った。植生被度に基づくクラスター解析では本調査地の植生は5グループに分類され、炭素蓄積量やその分配パターンはグループ間で異なっていた。また、鉱質土層20 cmまでの炭素蓄積量は遷移後期エリアでは1.1−7.9 kg C m-2であったが、本調査地のより深層には隆起海岸堆積物に由来する炭素が多く含まれていることが考えられた。以上のことより、高緯度北極の氷河後退域では植生や地質学的履歴が炭素蓄積量に影響すること、そして無視できない量の炭素が蓄積されていることが示された。