PSニュース No.10

Polar Science


<Vol.3(3)の掲載論文>

Microbiological and Ecological Responses to Global Environmental Changes in Polar Regions (MERGE): An IPY Core Coordinating Project
Takeshi Naganuma and Annick Wilmotte
国際極年(IPY 2007-2008)の総合プロジェクト、「極域の地球環境変動下における微生物学的、生態学的応答(MERGE)」の目的は、極域の生育環境における三つのキークエッションである生物多様性と生物地理、食物連鎖と生態系進化、氷河上生物圏での生物、化学、物理学的プロセスの間の連携をはかることと、個々の申請のプライオリティーと事業を尊重し、それらの有意義な結果を統合し、極地に住んでいない国々のMERGEへの参加の呼びかけである。


Bacterial dominance of phototrophic communities in a High Arctic lake and its implications for paleoclimate analysis
Dermot Antoniades, Julie Veillette, Marie-Josee Martineau, Claude Belzile, Jessica Tomkins, Reinhard Pienitz, Scott Lamoureux and Warwick F. Vincent
カナダ北極、エルズミアの永年氷に覆われた湖沼の光合成生物が検討された。湖沼の氷柱から得られた試料をHPLCによって解析したところ、好気層と嫌気層によって異なった光合成生物群集を示した。上部の好気層の光合成生物のバイオマスはピコシアノバクテリアが、下部の嫌気層及び湖底のセジメントの表面層では光合成硫黄細菌が優占した。極地の氷で覆われた湖底のセジメントは過去の気候変動の復元のために有効であった。


Spore-forming halophilic bacteria isolated from Arctic terrains: Implications for long-range transportation of microorganisms
Kise Yukimura, Ryosuke Nakai, Shiro Kohshima, Jun Uetake, Hiroshi Kanda and Takeshi Naganuma
グリーンランドのQaanaaqの氷河モレーンから採取された試料から16SrRNA遺伝子の同定によりOceanobacillus, Ornithinibacillus, Virgibacillus, Gracilibatillus, Bacillis属に強く関連する好塩性細菌のストレインが分離された。これらのストレインは、いわゆる黄砂といわれている中国の砂漠に由来する細菌に非常に近いものだった。黄砂は風によってグリーンランドに運ばれていると考えられており、微生物の長距離輸送の可能性が示唆された。


Arctic microbial ecosystems and impacts of extreme warming during the International Polar Year
Warwick F. Vincent, Lyle G. Whyte, Connie Lovejoy, Charles W. Greer, Isabelle Laurion, Curtis A. Suttle, Jacques Corbeil and Derek R. Mueller
MERGEプログラムの一環として、北部カナダの陸上、陸水学的研究がレビューされた。凍土土壌、棚氷の氷河湖、池、川等のハビタートから得られた試料を用い、HPLC、顕微鏡観察、DNAシークエンスによって微生物を解析した結果、ウイルス、アーケアの著しく多様な微生物フローラが明らかになった。とくに、エルズミア島北部のワードハント島では顕著な温暖化により、微生物ハビタート、淡水湖沼、棚氷の氷床生態系の急変が認められ、北極の脆弱な微生物生態系への影響が懸念された。


Byers Peninsula: A reference site for coastal, terrestrial and limnetic ecosystem studies in maritime Antarctica
A. Quesada, A. Camacho, C. Rochera and D. Velazquez
南極生態系の国際比較サイトがIPYのイニシアチブのもとでリビングストン島バイヤー半島に設置され、12か国、26研究機関から30名以上の研究者が野外観測に参加した。バイヤー半島は南極半島周辺における最も大きな露岩域の1つであり、生物多様性のホットスポットとして知られている。主たる研究は湖沼堆積物と古いペンギン営巣地からの試料を用いた完新世(Holocene)の気候変動、陸水学研究、微生物学研究、鳥糞試料からの分類・生態学研究、土壌や植生の踏みつけ等の人為的インパクト等である。


The Environmental and Genetic Approach for Life on Earth (EAGLE) project
Hiroshi Kanda
2005年より新領域融合研究センター (TRIC)はプロジェクト「地球生命システムの環境・遺伝基盤の解明とモデル化・予測に向けた研究 (EAGLE)」を開始した。このプロジェクトは地球における生態系、生物進化、および過去の環境変動の結果としての種の適応を研究することであり、国際極年 (IPY 2007-2008)の国際プログラムMERGEを推進するためのMERGE-JAPANとしても位置づけられた。IPY期間中のEAGLEプロジェクトの成果と議論の概要が紹介された。


Effects of climatic changes on anisakid nematodes in polar regions
Jerzy Rokicki
極地におけるアニサキス類 (Anisakid) 線虫の最近の分布状況が概観された。北極、南極の魚は人間の主要な食料であり、しばしば熱処理をしないで食することから、人間に対しても病原性となる。アニサキス幼生ステージの知見は非常に少ないが、分子生物学的研究により種の複雑性の解明が期待される。進行する温暖化は海洋の温暖化や部分的な塩分濃度の減少を招き、浮遊性動物、底生動物の種組成に影響を与え、結果的に寄生性線虫の種構成に変化を与える。


Report on species of Gyrodactylus Nordmann, 1832, distribution in polar regions
Magdalena Rokicka
南極のサウスジョージア諸島、北極のスピッツベルゲン島周辺から採集された魚類の寄生虫が比較検討された。南極の3科7種に属する95個体の魚類の寄生虫を同定した結果、Nothothenia coriicepsの魚類の鰓から採取された寄生虫Gyrodactylus sp.1とLepidonothen nudifronsの魚類の鰓から採取された寄生虫Gyrodactylus sp. 2はそれぞれ、新種として扱われた。北極の4科4種に属する魚類95個体からはGyrodactylusは見いだされなかった。


Report on anisakid nematodes in polar regions - Preliminary results
Joanna Dzido, Agnieszka Kijewska, Magdalena Rokicka, Agnieszka Swiatalska-Koseda and Jerzy Rokicki
北極と南極のアニサキス類 (anisakid) 寄生性線虫の分類・分布が検討された。北極のスバールバルと南極半島周辺のサウスシェトランド諸島キングジョージ島より魚類、海獣の排泄物、鳥類、無脊椎動物が採集された。魚類に寄生するアニサキス類の線虫と卵が北極産のタラの体腔にAnisakis simplex s.s.が見いだされた他、南極産魚類Notothenia coriiceps 及びN.rossiiにおいて、Anikakis simplex Cの存在が初めて記録された。