PSニュース No.40

     Polar Science  

Volume 13(2017年9月)では、以下の論文を掲載しています。


Assessment of marine weather forecasts over the Indian sector of Southern Ocean
Anitha Gera, D.K. Mahapatra, Kuldeep Sharma, Satya Prakash, A.K. Mitra, G.R. Iyengar, E.N. Rajagopal, N. Anilkumar
南大洋は、地球気候システムを理解する上で鍵となる物理過程が引き起こされる重要な海域の一つであるため、そこで得られる観測データは気象・気候モデルの評価や現象理解のために有用である。数値モデルにおける予報精度の不確実性は、予報初期に増幅するものもあれば、そうでないものもあり、モデルの現業利用にはその特性を熟知しておく必要がある。2014-2015年夏季の南大洋インド洋セクター航海に際し、NCMRWF気象領域モデルによる5日予報データが調査船NCAOR号に毎日リアルタイムに提供された。予測スキルをモデルの解析値、大気再解析データ、衛星データ、並びに当該航海で得られた観測データを用いて評価した結果、短時間で予報誤差が成長する可能性が示された。東方伝播する中緯度帯の降水システムの季節内変動や亜寒帯から熱帯の低気圧性擾乱はよく予報できており、全体としてこのモデルは当該海域における現象に対しては高パフォーマンスであることが示された。

Dimethylsulfide model calibration and parametric sensitivity analysis for the Greenland Sea
Bo Qu, Albert J. Gabric, Meifang Zeng, Jiaojiao Xi, Limei Jiang, Li Zhao
海洋生物起源エアロゾルの海から空気へのフラックスは、雲微物理と局所的放射収支を変えることで、地球温暖化を緩和する可能性がある。極域は地球の気候変化において重要な役割を果たしている。この研究では、2003-2004年のグリーンランド海(20°W-10°Eおよび70°N-80°N)からのDMSフラックスをシミュレートするために、十分に確立された生物地球化学モデルを使用する。パラメータ感度解析は、モデル内の最も敏感なパラメータを識別するために使用される。DMSモデルパラメータの検証には、遺伝的アルゴリズム(GA)法が用いられる。第5次結合モデル相互比較研究(CMIP5)のデータを用いて、4×CO2条件下でDMSモデルを駆動する。 その時、DMSフラックスは、20世紀後半(1×CO2)と比較して300%以上増加している。 DMSフラックスの増加の理由には、海洋状態の変化、すなわち海面温度(SST)の上昇および海氷の喪失、および特に春夏におけるDMS移動速度の増加が含まれる。 DMSフラックスのこのような大きな増加は、DMS由来のエアロゾルに関連した放射収支の変化によって、北極における温暖化の速度を遅らせる可能性がある。

Geostatistical analysis and isoscape of ice core derived water stable isotope records in an Antarctic macro region
István Gábor Hatvani, Markus Leuenberger, Balázs Kohán, Zoltán Kern
氷河や氷床から採取されたアイスコアに保存されている水安定同位体から、極域の降水に関しての重要な情報を得ることができる。本研究では、公開されている60本のアイスコアデータから、20世紀後半から現在までの22個のδ2H記録と53個のδ18O 記録について多変量回帰とバリオグラム解析を行った。説明変数の多重共線性を考慮し、海岸からの経度、標高および距離は、南極の広域なフィルン/氷の空間的な違いを支配する主要な独立した地理的な要因であることが判明した。これらの要因の影響を減少させた後、バリオグラフィーを用いて、クリギングによる補間の重みを求め、データセットの空間的自己相関構造を明らかにした。結果は、平均的な範囲として半径350 kmに影響が及ぶことを意味する。これにより、既存のアイスコア研究ネットワークの空間的変動性が未だカバーされていない範囲の決定が可能になる。

Regional distribution and variability of model-simulated Arctic snow on sea ice
Karel Castro-Morales, Robert Ricker, Rüdiger Gerdes
現在の海氷上における積雪の時空間分布を現実的に表現するという課題に数値モデルの研究は直面している。我々は、海氷厚に比例して堆積する単一の積雪層で構成されたMITgcmを入れた北極域海氷上の広域積雪モデル(hs_mod)を提示した。レーダー観測(NASA Operation IceBridge、2009-2013)に基づく積雪深と比較すると、一年氷(2.5±8.1 cm)と多年氷(0.8±8.3 cm)ではモデル積雪深が過大評価される。モデルと観測の大きな違いは、主にモデル化した積雪スキームの限界と、レーダー観測の大きな不確実性にある。積算降雪量ピーク(4月)の間、hs_modは、長期的な夏の海氷、表面融解および昇華蒸発の減少に関連して、2000年から2013年の期間中、減少を示した。hs_modを改善する方法に関する知識を得る目的で、明示的にモデル化された積雪プロセスのhs_mod出力への寄与を調べた。我々の研究によって、広域な北極域の積雪深分布を確実に復元する能力があるため、この単純な積雪スキームが、全球気候モデルに実用的な解を算出できることが明らかとなった。しかしながら、明示的な風による再配分プロセスを導入することで、さらにモデル性能を潜在的に改善し、同時期の北極域積雪における発生源と消耗源との相互作用をよりよく理解することができる。

Assessing the efficiency of carbide drill bits and factors influencing their application to debris-rich subglacial ice
Cheng Yang, Jianliang Jiang, Pinlu Cao, Jinsong Wang, Xiaopeng Fan, Yuequan Shang, Pavel Talalay
氷河や氷床の下の岩盤を掘削するときには、底面氷や融解水、岩粒が含まれる氷河堆積物で満たされている岩屑氷(デブリ氷)が問題となる。過去のフィールド経験によって、現状のアイスドリルではカッターが磨耗したり損傷したりするため適していないことがわかっている。著者らは、カーバイトビット、人工ダイヤモンドビット(PDC)およびダイヤモンドビットを従来のアイスドリル用カッターと置き換えて、氷床下のデブリ氷を掘削することで、いくつかの成果を得た。本稿では、砕屑物の多い氷の掘削、切削荷重、ドリル回転スピード、切削要素の性能パラメータ、数学的モデルを確立するための岩石と氷の物理的構造の特性について、掘削速度とカーバイトドリルの消費電力の関係について研究を進めた。特殊な実験設備でカーバイトドリルビットを用いて実験を行った。結果として、理論的計算結果と実験結果がよく一致し、掘削速度と消費電力の両方が、ドリル回転数(切削速度)と切削荷重と正の相関関係にあることが示された。30%の岩石含有量を含む砕屑物が多い氷を掘削するためにカーバイドドリルビットを使用すると、最大消費電力は0.5kWを超えず、最大掘削速度は3.4mm /sに達することができた。これは、既存のエレクトロメカニカルドリルでは可能な条件である。この研究は、切削するときに生じる熱量およびドリルヘッド設計のさらなる研究のための意義ある方針を提供している。

Hydrographic observations by instrumented marine mammals in the Sea of Okhotsk
Takuya Nakanowatari, Kay I. Ohshima, Vigan Mensah, Yoko Mitani, Kaoru Hattori, Mari Kobayashi, Fabien Roquet, Yasunori Sakurai, Humio Mitsudera, Masaaki Wakatsuchi
オホーツク海は冬季に海氷で覆われるため、現場での海洋観測や衛星による海洋データの取得が困難な海域である。本研究では、水温・塩分(CTD)センサーを装着したトドやアザラシによるバイオロギング海洋観測の可能性を調査した。2011-2014年の4年間で、宗谷海峡、イオニー島、そしてウルップ海峡周辺において、合計997の水温と塩分の鉛直プロファイルが得られた。海洋データは、主に5-8月に取得され、宗谷海峡周辺における、冷水帯を含む宗谷暖流の詳細な断面構造やイオニー島やウルップ海峡周辺の潮汐混合に伴う低温・高塩分の局在に加え、陸棚域での海底付近まで及ぶデータや海氷下の貴重なデータも一部取得することができた。また、強い水温躍層付近では、スパイク状の正の塩分バイアスが散見され、新しい熱慣性補正法を適用することによって、効果的に塩分バイアスが除かれることがわかった。以上の結果より、バイオロギング海洋観測は、オホーツク海における海洋モニタリングを実施する手法として有効である可能性が示唆される。

Crustal formation and evolution processes in the Natal Valley and Mozambique Ridge, off South Africa
Tomoko Hanyu, Yoshifumi Nogi, Masakazu Fujii
本研究ではゴンドワナ大陸の初期分裂過程の詳細を理解するため、アフリカ沖ナタルバレーおよびモザンビークリッジで船上地磁気3成分観測を行った。地磁気異常データ解析の結果と衛星重力データ等を用い、この海域の地殻の起源を明らかにした。観測海域北側では、玄武岩の貫入を伴う引き伸ばされた大陸地殻の存在を明らかにした。観測海域の南西側では、新たに地磁気年代M0-M10(約120Ma-130Ma)とフラクチャーゾーンを同定した。また、観測海域の南東側では、海底拡大と同時のホットスポット活動が示唆された。これらの結果をもとに、この海域での新たな大陸および海洋地殻の分布を明らかにし、ゴンドワナ大陸初期分裂に関わる183Ma以降の新たな海洋底拡大史を提案した。

Diversity of proteolytic microbes isolated from Antarctic freshwater lakes and characteristics of their cold-active proteases
Mihoko Matsui, Akinori Kawamata, Makiko Kosugi, Satoshi Imura, Norio Kurosawa
南極湖沼における有機物循環についてより深く理解するために、3つの南極淡水湖から4°Cでタンパク質分解活性を示す微生物71株を分離し、分類学的解析と代表株が分泌するプロテアーゼの解析を行った。分子系統解析の結果、63株は7属15種の細菌に、8株は単一種の酵母菌に分類された。代表株の約半数は25°Cでは生育しない好冷菌であり、そのうち4株が産生するプロテアーゼは、0°Cにおいても各最大活性の30%以上の比活性を示した。また、プロテアーゼ阻害剤を用いた解析の結果、ほぼ全ての代表株がメタロプロテアーゼを分泌することがわかった。本研究により、南極淡水湖におけるタンパク質の微生物分解に関する知見が広げられた。

Navigable windows of the Northwest Passage
Xing-he Liu, Long Ma, Jia-yue Wang, Ye Wang, Li-na Wang
近年の海氷減少に伴い、北極海を航路として利用することが現実味を帯びてきた。そのためには海氷の情報が不可欠である。本研究では2006年から2015年までの10年分の海氷密接度を用い、"Arctic Marine Shipping Assessment 2009 Report"で規定された北西航路ルート上の海氷状況を調査した。ルートによって航行が可能な期間は大きく異なり、それは鍵となる通過区間の航行可能期間によって左右されることなどがわかった。本研究の手法と結果は、北極航路の効率的な利用のために有益であると考えられる。

Life on thin ice: Insights from Uummannaq, Greenland for connecting climate science with Arctic communities
Juan Baztan, Mateo Cordier, Jean-Michel Huctin, Zhiwei Zhu, Jean-Paul Vanderlinden
本研究では、気候変動に最も影響を受けた地域の一つであると考えられるグリーンランドと、環境の変化に適応していると特徴付けられているイヌイットの地域社会を例にとり、気候科学と地域社会との関係を考察する。本研究は、2回のフィールドワークおよび、ウマナック地域の人々にとって最大の懸念である海氷のことについての国際文献の計量学的分析による、北西グリーンランド、ウマナックにおける10年間の人類学調査に基づいている。この結果は、気候変動を経験した地域社会の適応をより促進するために、彼らにとって重要な環境的特徴、それらに関連する時間的および空間的スケールに焦点を当て、その必要性を考慮すべきであることを示している。ウマナックでは、似たような多くのイヌイットのコミュニティーと同じように、冬の、人々がその上を移動する海氷の厚さについて、より多くの調査を行う必要があった。このような研究が、その重要で価値あることが研究を行う上で、また成果に確かに生かされるよう、地域社会と連携して共同で構築されることを望む。