Polar Science
Vol. 12(2017年6月)<特集号Ecosystem studies in the Indian Ocean sector of the Southern Ocean undertaken by the training vessel Umitaka-maru > は、以下の論文を掲載しています。
[Editorial]
Ecosystem studies in the Indian Ocean sector of the Southern Ocean undertaken by the training vessel Umitaka-maru
Masato Moteki, Tsuneo Odate, Graham W. Hosie, Kunio T. Takahashi, Kerrie M. Swadling, Atsushi Tanimura
本特集号は、東京海洋大学練習船「海鷹丸」による2002/2003年 から 2014/2015年に至る10回の南大洋航海を概観し、南大洋インド洋セクターでの生態系研究を次のフェーズに進めることを目的としている。海鷹丸による航海は、仏デュモン・デュルビル基地沖、豪ケーシー基地沖および昭和基地沖を主要な観測海域とし、表層から深海に至る、オキアミ非依存型食物網、動物組成、群集構造と分布様式などについての研究成果を挙げてきた。今後は水柱中の食物網における海氷の影響を精査することが必要で、近い将来予測される海氷変動の結果として起こる生態系変動を評価するうえで重要な情報をもたらすと考えられる。
Photoprotection and recovery of photosystem II in the Southern Ocean phytoplankton
Tomoyo Katayama, Ryosuke Makabe, Makoto Sampei, Hiroshi Hattori, Hiroshi Sasaki, Satoru Taguchi
地球温暖化によって表層混合層が浅化すると、植物プランクトン群集の受ける平均光強度は増加することが予想される。このような環境下において強光に対する光保護適応が生態系の遷移を決定し得る。本研究では、極前線(PF)を境とした南北の植物プランクトン群集を対象に、太陽光に対する光保護応答及び光化学系II(PSII)の光損傷からの回復を調べた。太陽光を2時間照射するとPSII最大量子収率(Fv /Fm)は減少したが、その減少はダイアトキサンチンの合成とともに徐々に緩和された。光照射後の細胞をより弱い3つの光条件下に置くと、PF北部のFv /Fmは太陽光照射前の初期値まで回復したが、PF南部では初期値まで回復しなかった。PF北部は南部よりも水温が高いため、PF北部の植物プランクトン群集はより早くPSIIの光損傷から回復できることが考えられ、光環境の早い変化に適応できる可能性が示唆された。
Distribution in the abundance and biomass of shelled pteropods in surface waters of the Indian sector of the Antarctic Ocean in mid-summer
Fumihiro Akiha, Gen Hashida, Ryosuke Makabe, Hiroshi Hattori, Hiroshi Sasaki
夏季の南極海インド洋区において、100μm目合いの閉鎖型プランクトンネット及び漂流型セディメントトラップを用いて有殻翼足類を採集し、その現存量と生物量を調べた。全有殻翼足類の90%以上が50m以浅の水柱に分布し、それらの70-100%が未成熟な初期幼生であった。>0.2mmの大型個体は60°S以北においてはLimacina retroversa、62°S度以南においてはL. helicina、60-62°Sにおいては両種が混在している。現存量の最優占群は未同定の小型Limacinaであり、特に110°Eの60、63、64°S測点、および115°Eの63°S測点の50m以浅に多い。しかしそれらの推定POC生物量はLimacina の成体より少量であった。50m以浅に見られる成体雌は卵塊を抱えており、孵化した初期幼生は数日で成長する。60°S、110°E付近において70mの深度でトラップに採集された小型個体と初期幼生は、個体数および生物量フラックスとして5.1 ± 1.6 × 103 ind. m-2 d-1(0.6 ± 0.2 mg C m-2 d-1)であったが、その値は70m以前に生息する有殻翼足類現存量の3.8%に過ぎない。少なくとも現存量の約4%が小型個体と初期幼生として再生産されていることを示唆している。これらは、その後の大型個体の増加に寄与するものと考えられる。
Variability of the fauna within drifting sea ice floes in the seasonal ice zone of the Southern Ocean during the austral summer
Motoha Ojima, Kunio T. Takahashi, Takahiro Iida, Masato Moteki, Naho Miyazaki, Atsushi Tanimura, Tsuneo Odate
本研究では、南大洋の流氷内でみられた微小動物群集の組成について解析した。東南極アデリーランド沖において2013、14年に採集した合計17塊の流氷を分析した結果、高密度でハルパクチコイダ科のカイアシ類(18,787±50,647 inds.m-3)、Paralabidocera antarctica(1,773±6,370 inds.m-3)およびそのノープリウス幼生(69,943±149,607 inds.m-3)、有孔虫類(193,869±408,721 inds.m-3)が出現した。クラスター解析では、流氷内の微小動物群集は採集した年の違いによってハルパクチコイダ科カイアシ類が優占するグループと有孔虫類が優占するグループの大きく2つに区分された。衛星より得た流氷の軌跡データを解析すると、2013年と14年では流氷の生成と軌跡に違いがみられた。本研究の結果は、流氷内の微小動物群集組成と流氷の生成、軌跡の関係性について示唆するものである。
Meso-zooplankton abundance and spatial distribution off Lützow-Holm Bay during austral summer 2007-2008
Ryosuke Makabe, Atsushi Tanimura, Takeshi Tamura, Daisuke Hirano, Keishi Shimada, Fuminori Hashihama, Mitsuo Fukuchi
動物プランクトン群集の微細分布特性を把握するため、リュツォ・ホルム湾沖の7定点において閉鎖式ネットによる定量観測を実施した。群集解析の結果から、植物食性の強いCtenoclanus citer などの発育段階組成とノープリウス幼生密度の違いによって同海域における群集構造が水平的に異なることが示された。この結果は海氷融解によって引き起こされる植物プランクトンブルームの時期とその持続性の違いが餌環境の違いを生じさせたためと分かった。海氷のダイナミクスとローカルな海底地形との関係は東南極の広い海域で報告されており、本研究が見出した優占カイアシ類の再生産と初期生育のローカルスケールにおける違いは、他の海域でも同様に起こると考えられる。
Community structure of copepods in the oceanic and neritic waters off Adélie and George V Land, East Antarctica, during the austral summer of 2008
Aiko Tachibana, Yuko Watanabe, Masato Moteki, Graham W. Hosie, Takashi Ishimaru
本研究では、2008年夏季に沖合から浅堆において、表層から中深層までの広範囲に及ぶ深度別採集を行い、南大洋インド洋セクターのカイアシ類の群集構造を明らかにした。類似度指数をもとにしたクラスター解析により、カイアシ類群集は7つのグループに分類され、それらの分布は水塊とよく一致していた。沖合から浅堆の表層域では、沖合ではSB-ACCを境に2グループが、浅堆上では固有のグループがみられた。一方、中層から深層では、種の多様性が高く、群集は深度によって分かれた。これは種間の分布が、深度や摂餌生態によって鉛直方向に分かれたためであった。表層では、動物プランクトンの水平的棲み分けに起因し、食物網構造が異なることが示唆された。
Intra-annual seasonal variability of surface zooplankton distribution patterns along a 110°E transect of the Southern Ocean in the austral summer of 2011/12
Kunio T. Takahashi, Graham W. Hosie, Tsuneo Odate
日本南極地域観測隊がモニタリング観測を実施している南大洋東経110度において、連続プランクトン採集器(CPR)を用いた動物プランクトン群集組成、分布特性、現存量の季節変動調査を行った。試料は主要な海洋前線である亜南極前線(SAF)と南極前線(PF)を跨いだトランセクトにおいて、砕氷艦しらせで2011年12月と2012年3月、東京海洋大学練習船海鷹丸で2012年1月の計3回の曳航により得た。SAFとPFの間の南極前線域(PFZ)とPF以南の南極域(AZ)において動物プランクトンの高現存量を観測した。中でも小型カイアシ類のOithona similis と Ctenocalanus citer が優占して出現した。3月のAZにおいてカイアシ類のコペポダイト幼生期の出現割合が高く、新規個体群の加入の影響と考えられた。本研究のような時系列データの取得は、動物プランクトンの多様な分布パターンを検出するとともに、彼らの環境変化への応答を探るうえで重要な情報集積となる。
Spatial distributions of euphausiid species in the Northern Lützow-Holm Bay, East Antarctica during the austral summer in 2005 and 2006
Atsushi Ono, Masato Moteki
オキアミ類、特にEuphausia superba の生態を明らかにすることは、南大洋生態系を解明するためには必要不可欠である。そこで、リュツォ・ホルム湾北部域におけるオキアミ類の分布と群集構造を明らかにするため、2005年および2006年の1月にRMTネットを用いた0–2,000 mの層別定量採集を行った。オキアミ類現存量は1.2–32.2 ind. m-2であり、Thysanoessa macrura とE. superba が優占する一方で、E. triacantha とE. crystallorophias は非常に少なかった。T. macrura は暖かいModified Circumpolar Deep Water (MCDW) と冷たい表層で卓越した。E. crystallorophias も冷たい水塊と暖かいMCDWに出現した。E. superba では、juvenile, adult male, gravid and spent female (IIIC–E) が暖かいMCDWに出現しており、深層における本種の産卵が示唆された。2005年におけるE. superba 個体群では、大型の成熟個体が優占するのに対し、2006年では小型の未成熟個体が卓越した。2005年においては、早期海氷融解によりChl a が高く、このことがE. superba の成熟を促進させたと考えられる。
Spatial distribution of Salpa thompsoni in the high Antarctic area off Adélie Land, East Antarctica during the austral summer 2008
Atsushi Ono, Masato Moteki
Salpa thompsoni はナンキョクオキアミEuphausia superba との競合関係が指摘されており、南大洋生態系に与える影響が懸念されている。そのため、南大洋高緯度域におけるS. thompsoni の生殖状態を把握することは、個体群動態や南大洋生態系の変化を予測するためには必要不可欠である。そこで2008年夏季の南大洋アデリーランド沖におけるサルパ類の空間分布と個体群構造を調べた。本研究ではS. thompsoni とIhlea racovitzai が出現し、前者が優占した。S. thompsoni は陸棚斜面域北部に分布したのに対し、I. racovitzai は沿岸域に出現した。S. thompsoni 成熟個体は南極周極流の南縁よりも南側にまで出現しており、本種が夏季に南大洋高緯度域で生活史を完遂できることが示唆された。また、S. thompsoni は、E. superba が多く分布する陸棚斜面域以南では非常に少なく、これら 2種間には餌を巡る競合は殆どないと考えられた。
Measurement of the volume-backscattering spectrum from an aggregation of Antarctic krill and inference of their length-frequency distribution
Kazuo Amakasu, Tohru Mukai, Masato Moteki
広帯域エコーサウンダーによるナンキョクオキアミ(Euphausia superba)の観測を行い、そのエコーデータから最小二乗法によるインバージョンで体長別の個体数密度を推定した。観測は2014年1月に南大洋インド洋セクターで実施した。送波信号は、パルス幅10 ms、周波数掃引範囲20–200 kHzのリニアFM信号とした。大陸棚上の観測点においてナンキョクオキアミの大きな群れを観測し、収録したエコーから85–187 kHzにおける体積後方散乱強度を得た。さらに,正確な推定値を得るため、インバージョン前に信号対雑音比を推定し、測定した体積後方散乱強度を評価した。インバージョンでは、ナンキョクオキアミの形状を回転楕円体としてモデル化し、そのターゲットストレングスはdistorted-wave Born approximationによって推定した。音響推定した平均体長は、エコーサンプリング直後のネットサンプリングによって把握したモード体長とよく一致していた。また、音響推定した体長組成は、ネットサンプルから得た体長組成と合理的な一致が見られた。
Developmental intervals during the larval and juvenile stages of the Antarctic myctophid fish Electrona antarctica in relation to changes in feeding and swimming functions
Masato Moteki, Eri Tsujimura, Percy-Alexander Hulley
本研究は、南大洋外洋域で大きな生物量をもつElectrona antarctica (ハダカイワシ科魚類) の仔魚から稚魚期に至る外部形態と骨格の発育を明らかにし、遊泳・摂餌様式の変化について推定した。仔魚は体長12-13 mmまでに、初期の遊泳能力と吸い込み摂餌能力を獲得し、その後、遊泳・摂餌機能は、鰭の発達と顎と懸垂骨の出現・化骨により強化された。この発育過程は、仔魚が体長12-13 mmで浮遊生活から遊泳生活に移行することを示している。変態は体長19-21 mmで起こり、この期間に、眼径と上顎長の不連続的な増大、発光器の出現、体表面の黒色素胞の出現などが観察された。変態後に遊泳・摂餌機能はほぼ完成した。この変態期の急速な形態的・骨学的変化は、表層から中層への生息域の変化と関連するものと考えられた。
Distributions of larval and juvenile/adult stages of the Antarctic myctophid fish, Electrona antarctica, off Wilkes Land in East Antarctica
Masato Moteki, Kentaro Fujii, Kazuo Amakasu, Keishi Shimada, Atsushi Tanimura, Tsuneo Odate
本研究は、南大洋生態系において重要なハダカイワシ科魚類Electrona antarctica 仔魚と稚魚/成魚の空間分布を明らかにした。仔魚のほとんどは深度5-200 mのModified Circumpolar Deep Water (−1.5℃-2.0℃) に分布しており、日周鉛直移動は観察されなかった。一方、エコーサウンダー(38 kHz)と層別採集のデータから、最も南側の大陸棚斜面の観測点を除いて、稚魚以降の発育段階では日周鉛直移動を行っていることが分かった。夏季のウィルクスランド沖では、ナンキョクオキアミが主に大陸棚斜面の–1.5℃以下の水塊に分布していることから、E. antarctica 仔魚とオキアミの分布が空間的に分かれていることが明らかとなった。既往の知見と合わせると、産卵期は11月下旬から12月の海氷縁辺域と推定され、海氷近傍の環境が初期仔魚の育成場となっていることが示唆された。