Polar Science
Vol. 10 Issue 4(2016年12月)には、以下の論文が掲載されています。
――Regular Articles――
Circulation system of an Antarctic electromechanical bedrock drill
Baolin Liu, Rusheng Wang, Pavel Talalay, Qingyan Wang, An Liu
南極氷床にて3000メートルを超える岩盤コア掘削のために、吉林大学は掘削孔の底部から岩粉末を除去する逆循環システムを持つエレクトロメカニカルドリル用のモジュールを設計した。掘削孔底部に堆積する岩粉末の徹底した除去は、岩盤掘削を中断させるなどの問題を引き起こさないようにするために非常に重要である。掘削時に岩粉末は液封液とともに吸い上げポンプでチップ室に運ばれる。もしも掘削孔底部の液封液が流体抵抗を越えられない、あるいは流速が低すぎる場合に、岩粉末はチップ室に搬送されず、掘削孔内に残るか、循環システムの隙間に集積される。したがってこの吸い上げポンプの性能特性は極めて重要である。岩盤コア掘削のための吸い上げポンプの選択は、流量と出口圧力の両方を考慮する必要がある。本論文では、液封液の循環に必要な流量と圧力損失の具体的な算出方法を報告する。
Detailed subglacial topography and drumlins at the marginal zone of Múlajökull outlet glacier, central Iceland: Evidence from low frequency GPR data
Kristaps Lamsters, Jānis Karušs, Agnis Rečs, Dāvids Bērziņš
2015年8月に、アルスランド中央のムーラ氷河で、氷河縁とほぼ平行に、新たに全長10.5 kmのGPR(地中レーダー)観測を行い、GPSによる高精度な位置データと合わせ、高解像度の氷河下地形モデルを得た。その結果、ムーラ氷河の縁辺下に氷堆丘と思われる流線形隆起の新たな証拠と、氷堆丘群の上端の位置を示した。現在流出している氷河下の堆積形態に関する他の地球物理学的観測はほとんどなく、この発見は、氷堆丘の位置、形態とその発達に関する知見の向上に寄与する。氷堆丘の位置は、2008年の数値標高データの主要なクレバス位置と一致しており、このことは、氷縁域の同様なクレバス下にも氷堆丘が存在する可能性を示している。クレパスの半円形パターンは、氷河下の地形による氷河の変形率の違いによって生じたものと推測する。レーザー断面に見られる多数の双曲線状の回折は氷河内の水路の反射で、サージタイプ氷河の静止期に発達した排水システムを示す。2008-2015間の調査域(0.65 km2)での氷床面の薄層化は、平均17.9 mと見積もられた。
Visible and near-infrared spectral survey of lunar meteorites recovered by the National Institute of Polar Research
T. Hiroi, H. Kaiden, A. Yamaguchi, H. Kojima, K. Uemoto, M. Ohtake, T. Arai, S. Sasaki
国立極地研究所所蔵の月隕石チップ試料上の3×2 mm程度の小さな領域を、紫外・可視・近赤外分光計で調べた。この分光サーベイによって、それら隕石試料に何の手も加えず、その岩石型と大体の鉱物組成が得られた。可能な場合は、複数の岩相のスペクトルから線形分解によって端成分鉱物スペクトルを求めた。更に、それら岩石中で支配的な輝石の組成を修正ガウス関数モデルで求める試みをした。この研究は、月面上の宇宙風化していない岩石の同定をするために、月面ローバーに可視・近赤外分光計を積むことの有用性を示した。そのような未来のミッションの準備のために、より小さいスポット径を用いて岩相および鉱物相の同定精度を上げることが望まれる。
Phenology of Racomitrium lanuginosum growing at a seasonally snow-covered site on Mt. Fuji, Japan
Fumino Maruo, Satoshi Imura
積雪のある地域の蘚苔類のフェノロジーパターンを明らかにするために、富士山の標高2200 m付近に生育するシモフリゴケRacomitrium lanuginosum のフェノロジーを調べた。サンプリングは2014年の無雪期に2週間に1回行い、花序の形成数と配偶子嚢と胞子体の形成数、サイズ、発達段階を測定した。造卵器は春期の1ヶ月間で発達を完了し、造精器は積雪期をはさんだ7〜10ヶ月間という比較的長い発達期間を示した。受精は初夏に起こり、胞子体は造精器と同じく積雪期をはさんだ10ヶ月という発達期間を示した。造精器と胞子体は積雪下では発達を休止していることも明らかになった。
Regional patterns and controlling factors on summer population structure of Calanus glacialis in the western Arctic Ocean
Kohei Matsuno, Yoshiyuki Abe, Atsushi Yamaguchi, Takashi Kikuchi
カイアシ類のCalanus glacialis は北極海の動物プランクトン相に優占する重要種である。本研究は1991-2014年の夏季(7-10月)の西部北極海におけるC. glacialis 個体群構造の地理変化と個体群を規制する環境要因を明らかにした。環境要因およびC. glacialis 個体群情報は緯度的に3領域に区分し解析した。全領域で共通した経時変化として、クロロフィルa の減少とC. glacialis の平均発育段階の増加が見られ、植物プランクトンブルームが調査期間の前半または観測以前にあり、次第に衰退していたことと、C. glacialis がいずれの海域でも成長していたと考えられた。構造方程式モデリングによってC. glacialis 個体群を規制する要因を評価したところ、個体数とバイオマス、日付と平均発育段階、水温と平均発育段階との間には正の相関があった。一方、平均発育段階と個体数の間には負の相関があった。
Exposure of bovine dermal tissue to ultraviolet light under the Antarctic ozone hole
Tetsuya Takahashi, Takayuki Ogura, Keisuke Tanaka, Shunji Hattori, Sakae Kudoh, Satoshi Imura
オゾンホール発生時の短波長紫外線による皮膚へのダメージを調べるため、南極にて牛の真皮の屋外曝露を行った。曝露後の真皮に対してコラーゲンのペプシンを抽出したところ、曝露した真皮は紫外線を遮光していたものに比べてコラーゲンが20〜40%程度しか可溶化されなかった。特に夏季に曝露したものが最も抽出されにくく、次いで春季に曝露したものが抽出されにくかった。さらに、臭化シアン分解によって架橋の有無を調べたところ、秋季に曝露したサンプルでは遮光サンプルと顕著な差は見られなかったが、夏季および春季に曝露したサンプルでは紫外線によって架橋したペプチドが検出された。以上のことから、太陽高度が最も高くて日照時間が長い夏季の紫外線を浴びた真皮は、コラーゲン分子鎖に架橋を生じさせやすいことがわかった。また、春季と秋季の曝露を比較すると、オゾンホール発生時である春季の方が紫外線によって架橋を生じさせやすいことも判明した。
Distribution of detrital minerals and sediment color in western Arctic Ocean and northern Bering Sea sediments: Changes in the provenance of western Arctic Ocean sediments since the last glacial period
Daisuke Kobayashi, Masanobu Yamamoto, Tomohisa Irino, Seung-Il Nam, Yu-Hyeon Park, Naomi Harada, Kana Nagashima, Kazuhisa Chikita, Sei-Ichi Saitoh
本研究では、西部北極海および北部ベーリング海の表層堆積物の砕屑鉱物と色の分布を記載し、鉱物組成と堆積物供給源の関係を検討した。さらに、この関係にもとづき最終氷期の西部北極海堆積物の供給源を推定した。堆積物の色は水深、続成作用、鉱物組成を反映している。a*-b*図は北極海堆積物の色の続成変化をみるのに役立つ。鉱物組成は粒径と供給源に依存している。長石/石英比は西部北極海のシベリア側で高く、北米側で低い。緑泥石/イライト比はベーリング海で高く、チュクチ海を北に向かうと低くなる。したがって、これらの比はチュクチ海におけるボーフォート循環とベーリング海峡通過流の指標として用いることが可能である。チュクチ海台における最終氷期の堆積物は完新世のものに比べて長石/石英比が低く、ドロマイト量が多く、北米起源粒子が多かったことが示された。
What influences heavy metals accumulation in arctic lichen Cetrariella delisei in Svalbard?
Michał Węgrzyn, Paulina Wietrzyk, Maja Lisowska, Beata Klimek, Paweł Nicia
地衣類Cetrariella delisei を材料とし、高緯度北極の氷河末端域から海岸までのトランセクトに沿った重金属含有量の変動、また地衣類への重金属蓄積に影響する主たる環境要因を明らかにすることを目的として研究が行われた。調査は、2012年夏にスピッツベルゲン島のOskar II Land、Kaffiøyra Plainで行われ、C. delisei と土壌を5地点でサンプリングし、クロム、マンガン、ニッケル、銅、亜鉛、鉛、カドニウムの含有量が測定され、生物濃縮係数(BAF)が算出された。その結果、地衣類への蓄積レベルは銅、マンガン、ニッケルでは比較的低いが、クロム、鉛、亜鉛では高く、カドミウムでは土壌とほとんど同一であった。環境要因に関する統計解析の結果、地衣類と土壌の重金属濃度に対し、海岸からの距離が最大の影響を示した。一方で土壌へのマンガン蓄積は、氷河内の供給源によって決定されていた。また土壌のpHは土壌のカドミウム、および地衣類のマンガン蓄積に大きく影響していた。
Inter-annual dynamics of the Barents Sea red king crab (Paralithodes camtschaticus) stock indices in relation to environmental factors
Alexander G. Dvoretsky, Vladimir G. Dvoretsky
バレンツ海に持ち込まれたタラバガニ(Paralithodes camtschaticus)の資源量特性と環境因子について解析した。本種の総個体数及び漁獲対象となる個体数は8月の北大西洋振動指数(North Atlantic Oscillation index)と負の相関を示し、3月〜7月の水温と正の相関を示した。また、8月の北極振動指数(Arctic Oscillation index)に対して1年のラグ、冬の北大西洋振動指数に対して2年のラグを持って負の関係を示した。こうした結果から、当該年及び前年の水温条件は、本種の幼生期・若齢期の自然死亡率に影響を及ぼしていることが示唆される。すなわち、暖水温条件は本種の餌生物資源の増加をもたらしているため、生残率が高くなると考えられる。北大西洋振動指数や北極振動指数と本種資源量が負の関係を示すのは、若齢期に対する捕食圧が高くなるためと推察された。環境指数と資源量を関連付けた解析は、漁獲対象資源量の加入過程における精度の高い予測に役立つ。
――ISAR-4/ICARPIII, Science Symposium of ASSW2015――
Enhancing calculation of thin sea ice growth
Igor Appel
この研究の目標は、氷成長の新しいモデルの運用に向けて開発、成長、統合することである。本論文では、北極海氷成長モデル(SIGMA)の理論的な基礎、利点および結果の分析を扱っている。強化されたモデルは、2つの主要な改良を含んでいる。氷の上に積もった雪の表面温度は、大気と氷の熱力学的相互作用の過程と氷成長の正確な一致を維持する内部モデルパラメーターとして決定された。その地点の積雪深は、通常、氷の厚さではなく、降雪速度と時間によって決定される。昼間の反射率の解析と夜間におけるエネルギー・バランスを用いた氷の厚さの関係という海氷年齢を求めるための2つの手法を含む可視赤外放射計(VIIRS)海氷特性理論モデル基礎資料(Appel他、2005)において、このモデルの概要が説明されている。本論文では後の方法だけ考慮している。表面温度と積雪深の影響の解釈を改善することにより、氷厚計算の信頼性が増加した。さらにそれは他の観測装置と同様に、VIIRSによる観測にも適した解析的な積雪深と氷厚のルックアップテーブルの改良に繋がった、VIIRS衛星観察から氷厚を観測するSIGMAの適用可能性、及び氷に関する一次元の熱力学モデル(OTIM)が本論文で検討された。熱フラックスの評価と、積雪深の不確実さの氷厚計算に対するエラーの影響の相違についての2つのモデルの比較を行なった。これは、衛星による氷厚観測の改善に重要である。
Operational high latitude surface irradiance products from polar orbiting satellites
Øystein Godøy
極軌道の気象衛星のデータを用いて高緯度域に入射する短波・長波放射をオペレーショナルに見積る適切な手法を見出すことは未だにチャレンジングである。本論文では、その手法について、北大西洋と北極海周辺の高緯度域の現場データを用いた検証結果を示し、その議論を行う。検証結果は、用いた手法が有効で、通常はオペレーショナルな基準を満たしているものの、まだ改良の余地があることを示唆している。また、高緯度域における見積りを改善するための数々の問題点を同定している。見積りの改善は、衛星データに基づく雲の分類方法の改善や特に雲に切れ間がある状況での雪や海氷といった明るい表面からの多重反射の扱いの改善によってもたらされる。更に、外洋や海氷上での検証サイトを増やすことは今後の課題である。