PSニュース No.36

     Polar Science  


Vol. 10 Issue 3(2016年9月)<特集号ISAR-4/ICARPIII, Science Symposium of ASSW2015> には、以下の論文が掲載されています。

[Editorial]
The 4th International Symposium for Arctic Science and the 3rd International Conference for Arctic Research Planning, the science symposium of Arctic Science Summit Week 2015 (ISAR-4/ICARPIII)

Peter Wadhams, Yuji Kodama, Takashi Yamanouchi
 北極科学サミット週間(ASSW)2015において第4回国際北極研究シンポジウム「急変する北極気候システムとそのグローバル影響」・第3回北極研究計画会議「北極研究の統合:将来へのロードマップ」合同シンポジウムが、2015年4月27日から30日に富山市で開催された。口頭発表340件、ポスター発表177件、合計511件の発表が盛況裏に行われた。その中から、本特集号に38件の論文の投稿があり、30件の掲載が決まった。掲載される論文が発表された16のセッションについて、概要を記載した。

Quasi-periodic rapid motion of pulsating auroras
Yoko Fukuda, Ryuho Kataoka, Yoshizumi Miyoshi, Yuto Katoh, Takanori Nishiyama, Kazuo Shiokawa, Yusuke Ebihara, Donald Hampton, Naomoto Iwagami
秒単位で発光強度が変化する脈動オーロラには、数Hzの強度変化が伴うことが知られている。高速カメラを用いることで、その数Hzの強度変化に対応したオーロラ形状の高速変化を多数確認することができた。本研究では、その空間変化のスピードは電離圏高度で70 km s-1以下となる例が大半であり、典型的な磁気赤道面でのアルベンスピードよりも遅いという事を明らかにした。より高速な空間変化が期待されるコーラス波動との対応では説明できないため、スローモードのアルベン波が原因である可能性を新たに提唱した。また、電離圏高度で150 km s-1以上の高速変化も発見されたが、単発的で比較的長距離移動する特徴を持っており、数10 km s-1の変化とは異なる形成メカニズムを持つと考えられる。

Axisymmetric structure of the long lasting summer Arctic cyclones
Takuro Aizawa, H.L. Tanaka
北極低気圧は、北極域に特有な低気圧で台風や中緯度の温帯低気圧と異なる低気圧である。本研究では、2008年6月と2012年8月に発生した代表的な北極低気圧について、円柱座標系を用いて軸対称構造を調査した。北極低気圧は等価順圧的な低気圧循環、対流圏界面を挟んだ2次循環、下部成層圏に下降流と顕著な暖気核、対流圏に寒気核を伴う。また、低気圧中心に深い対流圏界面の折れ込みがある。低気圧の水平スケールは直径5,000 km に達し、地球上で発生する最も大きな低気圧の一種である。2008年6月の低気圧の特徴は、軸対称な低気圧性循環を伴って発生したことである。2012年8月の低気圧は、発達過程において下部成層圏の熱的構造が寒気核から暖気核に変化し、傾圧的な低気圧から典型的な北極低気圧に構造変化したことに特徴づけられる。本研究により北極低気圧の鉛直構造の概念図が提案された。

Relationship between the Arctic oscillation and surface air temperature in multi-decadal time-scale
Hiroshi L. Tanaka, Mina Tamura
本研究では、雪氷アルベドフィードバックを考慮したエネルギーバランスモデル(EBM)を用いて、地上気温の長周期変動の再現を試みた。その結果、自然変動と人為的温暖化トレンドが打ち消し合うことで近年の温暖化ハイエイタスが再現された。また、両者の重ね合わせで1970〜2000年の急速な温暖化も再現された。JRA-55再解析データを用いて長周期変動の鍵となるプラネタリーアルベドの変動を解析した結果、半球平均値は1958〜1970年で増加、1970〜2000年で減少、2000〜2012年で増加を示し、EBMと整合的な結果が得られた。さらに、プラネタリーアルベドの長周期変動は、地上気温のバレンツ海モードの変動と一致しており、近年の北極振動(負)の空間パターンとも整合的である。本研究の結果から、長周期変動に及ぼすこれらの自然変動の重要性が示唆された。

A difficult Arctic science issue: Midlatitude weather linkages
James E. Overland
北極の温暖化増幅(気温の増加と海氷の減少)が近年の中緯度の顕著な気象現象の強さや場所に影響を与えているか否かについてまだ解決されていない課題がある。課題解決を阻む3つの障害がある。第1に、温暖化増幅の要因分析のためには物理過程の分散が大きく温暖化増幅した期間(約15年)が短いので、統計的に(最近が昔と変わらないという)帰無仮説が棄却できない点である。このことは北極の地域的な大気循環への影響をランダム事象とはっきりと区別することを困難にしている。第2は、北極のシグナルが、中緯度のジェットのカオス的な大きな変動性のためにシグナル・ノイズ比を小さくしていることである。第3に、熱帯や中緯度の海面水温偏差によるテレコネクションのような,他の半球規模循環の潜在的な強制力があることである。しかしながら、最近の事例解析を理解することは重要であり、バレンツ・カラ海の海氷減少がシベリア高気圧の強化とそれに伴う東アジアの寒気流出との間に因果関係があるという証拠がある。また最近の米国南西部への寒気の侵入はグリーンランドの西の暖気によって強化された大気の風の長波パターンのシフトと関係している。以上のように北極-中緯度リンクは国際的に注目されている主要な挑戦的な研究課題である。

Synoptic-scale fire weather conditions in Alaska
Hiroshi Hayasaka, Hiroshi L. Tanaka, Peter A. Bieniek
アラスカの活発な火災の総観規模での気象条件を明確にした。活発な火災活動期間は、2003〜2015年のMODISホットスポット(HS)のデータを使って、日HS数(>300)とその継続性で抽出した。総HS数の大きな7大火災期間中の気象条件は、大気の高層レベル(500 hPa)と低層レベル(1000 hPa)での大気再解析データなどを用いて分析した。上位4位までの火災期間では、ロスビー波の砕波(RWB)現象が共通して発生していた。高層ではブロッキング高気圧がアラスカ上空で形成され、低層ではアラスカ南側の高気圧が北側に移動していた。この高気圧の移動に伴い、最初はアラスカ南部の高気圧から南西風が、次にアラスカ北部の高気圧から北東風がアラスカ内陸部に吹き込んで、2段階での活発な火災期間が生じていた。特に、北側に移動した高気圧がボーフォート海で発達し、比較的強い北東風が継続して吹き続けることで、大火災が生じることを明らかにした。

Snow algal communities on glaciers in the Suntar-Khayata Mountain Range in eastern Siberia, Russia
Sota Tanaka, Nozomu Takeuchi, Masaya Miyairi, Yuta Fujisawa, Tsutomu Kadota, Tatsuo Shirakawa, Ryo Kusaka, Shuhei Takahashi, Hiroyuki Enomoto, Tetsuo Ohata, Hironori Yabuki, Keiko Konya, Alexander Fedorov, Pavel Konstantinov
本研究は、ロシア、東シベリア、スンタルハヤタ地域の4つの山岳氷河において、2012年から2014年にかけて調査を行い、氷河上に繁殖する雪氷藻類群集の分布と経年変動を明らかにすることを目的とした。調査の結果、氷河表面には2種類の緑藻と5種類のシアノバクテリアが観察された。藻類群集の優占種は,裸氷域では緑藻のAncylonema nordenskioldii、積雪域では緑藻のChloromonas sp.であった。藻類の総体積バイオマスは、0.03から4.0 ml m-2の範囲で高度変化し、氷河中流部で最大となった。以上の特徴は、調査を行った氷河で同様にみられ、また他の北極圏の氷河の藻類群集とも同様であることがわかった。3年間の調査の結果、藻類の群集構造は変化しなかった一方、バイオマスは有意な変動を示した。夏季平均気温が最も高かった2012年にバイオマスが最大となったことから、各年の融解期間が藻類バイオマスに影響したと考えられる。

Surface elevation change on ice caps in the Qaanaaq region, northwestern Greenland
Jun Saito, Shin Sugiyama, Shun Tsutaki, Takanobu Sawagaki
グリーンランド沿岸には、氷床とは独立した氷河・氷帽が多数存在しており、グリーンランドを覆う氷の5%の面積を占めている。これら氷河・氷帽からの融解水は、過去1世紀の海水準変動に大きく寄与してきた。本研究では、写真測量技術を用いたステレオペア画像の解析によって算出したグリーンランド北西部カナック(77°28'N, 69°13'W)周辺の6つの氷帽の表面高度変化について報告する。衛星画像とデジタル図化機を使用して2006年と2010年における解像度500 mの数値標高モデル(DEMs)を生成した。両者を比較することで2006年から2010年にかけての表面高度変化を測定した。その結果、得られた6つの氷帽(総面積1215 km2)の表面高度変化速度の平均値は-1.1 ± 0.1 m a-1である。この値は、グリーンランド北西部全域に分布する氷河・氷帽の2003-2008年における表面高度変化速度(-0.6 ± 0.1 m a-1)に比して著しく大きいことが明らかとなった。氷帽の氷損失が近年増加している要因として、カナックの夏期気温が、1997-2013年にかけて0.12°C a-1上昇していることが考えられる。

Chemistry of snow cover and acidic snowfall during a season with a high level of air pollution on the Hans Glacier, Spitsbergen
Adam P. Nawrot, Krzysztof Migała, Bartłomiej Luks, Paulina Pakszys, Piotr Głowacki
北極中心部は、ユーラシアや北アメリカの工業地帯から輸送される大気汚染の及ぶ範囲にある。気象観測所が乏しいことで北極環境の大気質や汚染物質の沈着についての情報が限られている。このため、季節積雪は重要な情報源である。降水や積雪、降雪の化学特性がスピッツベルゲンのポーランド基地、ホルンスンドおよびハンス氷河の高度分布で長期にわたって調べられた。沿岸域および氷河からの気象データが積雪の汚染に対する大気過程の影響を詳細に調べるのに役立った。2006年春に分析された積雪に酸性度の高い降水現象が見つかった。汚染の源やヨーロッパ北極域への汚染物質の輸送を強める大気循環場の特徴が確認された。積雪の化学物質の高度分布から大気境界層の降水や積雪の化学特性への影響力が明らかにされた。非海塩性の二酸化硫黄の発生や酸性化における窒素の役割は北極環境への深刻な脅威である。

The accuracy of satellite-derived albedo for northern alpine and glaciated land covers
Scott N. Williamson, Luke Copland, David S. Hik
複雑な地形と接近の難しさから、山岳地域および北極域の土地被覆に関して、衛星によるアルベド観測の検証は大きな試みとして存在している。我々は、北方の山岳域の観測トランセクトから、土地被覆(雪原、氷河氷、ツンドラ、塩分を持つ河川デルタのシルト)、および同時期の広い高度帯における8日間のMODIS (MCD43) のアルベドデータの比較を行なった。さらに、我々は現地観測と同時期の、毎日のMODIS (MOD10A1) 積雪アルベドデータも比較した。各観測トランセクトについて、最も値の変動幅の小さな(変動幅=0.084)河川のデルタのシルト、最も変動幅の大きな(変動幅=0.307)中間的な標高にある氷河氷など、アルベドの変動幅が測定された。最も標高の高い雪原(0.170)は、ツンドラ(0.164)と同様の変動幅を示した。MODISのshortwave White Sky Albedo product (MCD43A3) は、現地観測と高い相関(R2=0.96)を示し、その平均二乗誤差(RMSE)では0.061であった。MODISのshortwave Black Sky Albedo productも、現地トランセクト観測と同様な相関を見せた(R2=0.96; RMSE=0.063)。これらの結果は、積雪域および山岳地域のアルベドの観測はよく調整され、他の研究と一致していることを示している。アルベドの季節変動が最も小さい、標高の高い雪原においては、アルベドは空間的にまた時間的に15%変動した。現地観測では雲のない場合でも、MCD43A3のアルベドデータが雪として作成されず、雲として分類された例がいくつかあった。これらの地域で、同じ8日間に毎日のMOD10A1アルベドデータが作成された例もあった。このことはMCD43データの雲マスクが、積雪観測を慎重にさせていることを意味する。MODISの観測位置精度の不確実性もあり、特に雪と氷河氷に対しては、MODISグリッド・セル(500 m)のアルベドの空間変化から、MODISアルベドの精度は土地被覆タイプと観測時期の両方に依存することがわかる。

Spatial and temporal variations in high turbidity surface water off the Thule region, northwestern Greenland
Yoshihiko Ohashi, Takahiro Iida, Shin Sugiyama, Shigeru Aoki
グリーンランド氷床や周縁氷帽から海洋に流出する融解水によって氷床沿岸には高濁度海水域が形成され、海洋の生物生産等に影響を与えている。しかしながら、氷河融解の影響を反映した高濁度水の変動特性は明らかとなっていない。そこでグリーンランド氷床北西部Thule地域沿岸における高濁度海水域面積の時空間変動を波長555 nmのリモートセンシング反射率を用いて解析した。解析の結果、高濁度海水域は氷床や氷帽から溢流する氷河前縁部に形成されることが確認された。その面積は顕著な季節変動および経年変動を示し、この時間変動は気温変化と有意な相関を示した。さらに、本研究で得られた夏期平均気温と高濁度海水域の最大面積の正の相関関係から、近年の気温上昇傾向に伴う融解水の流入増加によって、高濁度海水域の面積が増加しつつあることが予想された。

Permafrost and indigenous land use in the northern Urals: Komi and Nenets reindeer husbandry
Kirill V. Istomin, Joachim Otto Habeck
永久凍土は、環北極の多くの地域において先住民族の生活を形づくる上で必須の環境条件である。北東ヨーロッパと西シベリアにおける長期にわたる民族学的研究に基づき、著者らは、トナカイ牧畜を生業とする二つの民族(コミ・ネネツ)の生活と経済活動に、永久凍土の動態が様々な形で影響を及ぼすことを本論文で論じる。永久凍土の動態は、牧民がキャンプ地を選択し牧畜を行う際に、サーモカルストが生じる可能性に配慮しなければならないなど、直接的に影響を及ぼす。また、景観や植生への作用を通して間接的にも影響を及ぼす。将来にわたる急激な凍土劣化は、これらの地域のトナカイ牧畜に、ある程度の不利益をもたらすことだろう。

Accumulation of carbon and nitrogen in vegetation and soils of deglaciated area in Ellesmere Island, high-Arctic Canada
Takashi Osono, Akira S. Mori, Masaki Uchida, Hiroshi Kanda
カナダ高緯度北極に位置する氷河後退域において、植生および土壌の炭素・窒素の蓄積量を調べた。氷河後退域全域を対象とした調査から、植生の地上部と地下部、地表のリター、および土壌の炭素・窒素量は、立地の水分条件、氷河後退後の年代、および植生により差が認められた。また植生の地上部、地表のリター、生物土膜、および土壌の炭素・窒素量は、周氷河地形であるマッドボイルの不活性化の段階を経るにともない増加しており、マッドボイルの出現が植生と土壌の局所的なかく乱を引き起こすことが示された。主成分分析の結果、立地の水分条件が炭素・窒素量の蓄積パターンに影響を及ぼす主要因であることが明らかとなった。

Herbivory Network: An international, collaborative effort to study herbivory in Arctic and alpine ecosystems
I.C. Barrio, D.S. Hik, I.S. Jónsdóttir, C.G. Bueno, M.A. Mörsdorf, V.T. Ravolainen
植生と草食動物の相互作用は、ツンドラ生態系の機能の中心にあり、その結果は地域や時間で異なる。進行中の環境の変化への生態系の反応を正確に予測するためには、この不均一なプロセスをより良く理解することが求められる。この複雑さを世界的規模で効果的に記述するには、複数のサイト間比較や分野横断的などの、調整された研究プログラムが必要である。草食動物の多面的な機能を協力して調査するために、北極や山岳地帯での研究者のためのフォーラムとして、Herbivory Networkが確立された。共通した取り決めを作成し、長期に地理的にバランスのとれた調整された実験を設計するためには、以前の調査で使用されたサイト、方法、測定基準などの情報を集積することが、このネットワークのプライオリティーの1つとなる。進行中の環境変化の中で、人間による管理システムの中での草食動物の役割をより深く理解することは、適切な適応戦略を自然の価値や関連した生態系サービスを保護することに導くことになる。

Diffusive summer methane flux from lakes to the atmosphere in the Alaskan arctic zone
Masafumi Sasaki, Yong-Won Kim, Masao Uchida, Motoo Utsumi
湖沼表面から大気に拡散するメタンフラックスに及ぼす永久凍土融解の影響を検証するために、2008年と2012年の開水期(8月)、アラスカ北極圏、主にDalton Highway沿いの30湖沼の溶存メタン濃度(以下DMと略記)を観測した。ヨーロッパ寒冷地の湖沼と同等の、湖沼面積が小さいほどDMが高くなる傾向が得られた。これらの湖沼のDMに対し、永久凍土の融解の影響の証拠は認められなかった。一方、タイガ地帯では、上記のツンドラ地帯より有意に高いDMが観測された。0.001 km2以上の全湖沼について面積−個数のヒストグラム解析を行った結果から北緯64度以北の34万湖沼(総面積約26万km2)から大気に拡散するメタンは約22 Gg CH4yr-1と推計された。湖沼面積あたりフラックスは0.86 g CH4m-2 yr-1であり、ヨーロッパ寒冷地の湖沼と同様の値であった。

Norwegian fisheries in the Svalbard zone since 1980. Regulations, profitability and warming waters affect landings
Ole Arve Misund, Kristin Heggland, Ragnheid Skogseth, Eva Falck, Harald Gjøsæter, Jan Sundet, Jens Watne, Ole Jørgen Lønne
北極圏にあるスバールバル諸島周辺海域は、北極海の寒冷な水塊と南方から流入する温暖な西スピッツベルゲン海流の影響を受ける。そのため、冬季,諸島の東部水域とフィヨルド内は海氷に覆われるが、西部の沿岸域は海氷に覆われることはない。ノルウエーの主要な漁業は、数十年間スバールバル諸島周辺海域で行われてきており、1980年以降の詳細な漁獲記録が残っている。本論文ではスバールバル諸島周辺海域における魚種毎の長期にわたる漁獲記録の解析から気候変動に伴って当該諸島周辺の漁業がより北方へ拡大していく可能性について論考した。

Mapping of the air-sea CO2 flux in the Arctic Ocean and its adjacent seas: Basin-wide distribution and seasonal to interannual variability
Sayaka Yasunaka, Akihiko Murata, Eiji Watanabe, Melissa Chierici, Agneta Fransson, Steven van Heuven, Mario Hoppema, Masao Ishii, Truls Johannessen, Naohiro Kosugi, Siv K. Lauvset, Jeremy T. Mathis, Shigeto Nishino, Abdirahman M. Omar, Are Olsen, Daisuke Sasano, Taro Takahashi, Rik Wanninkhof
北緯60度以北の北極海およびその周辺海域において、自己組織化マップを用いた手法により、1997年1月から2013年12月の大気海洋間CO2フラックスを推定した。海面CO2分圧データは、船舶航走観測によるもの、および、ボトル採水によるアルカリ度と全炭酸の測定値から計算したものを用いた。推定結果を用いて、CO2フラックスの広域分布と季節・経年変動特性を調べた。17年間の年平均CO2フラックスは、すべての海域で吸収となっていた。北極海のCO2吸収量は180 TgC yr-1と推定された。グリーンランド・ノルーウェー海とバレンツ海では、強い風のために、冬に最も大きなCO2吸収があった。チャクチ海では、海氷が減少する夏に最大のCO2吸収となる。近年、大気海洋間CO2分圧差の増減に伴い、グリーンランド・ノルーウェー海ではCO2吸収が増加し、バレンツ海南部ではCO2吸収が減少していた。

Spatial and geographical changes in the mesozooplankton community in the Bering and Chukchi Seas during the summers of 2007 and 2008
Kohei Matsuno, Jose M. Landeira Sanchez, Atsushi Yamaguchi, Toru Hirawake, Takashi Kikuchi
2007年7-8月と2008年6-7月に南東部ベーリング海からチャクチ海にかけて動物プランクトン群集と各分類群の水平/地理分布を明らかにした。水平/地理分布として、両年とも共通して見られた項目は、塩分、Chl. a、ヤムシ類、クラゲ類および動物プランクトン群集構造であった。塩分はユーコン川河口で低く、Chl. a はチャクチ海南部で高く、これらは水塊構造の反映であると考えられた。肉食性の2分類群は、餌であるカイアシ類やフジツボ類幼生の個体数と正の相関があった。Structural Equation Model分析の結果、ベーリング海からチャクチ海における動物プランクトン群集の水平分布は、フジツボ類幼生や小型カイアシ類(Pseudocalanus spp.)の動態によって出現個体数が変化するのに対し、バイオマスは大型なカイアシ類(Calanus glacialis/marshallaeEucalanus bungii)により変化することが明らかになった。

Impacts of future climate change on the carbon budget of northern high-latitude terrestrial ecosystems: An analysis using ISI-MIP data
Akihiko Ito, Kazuya Nishina, Hibiki M. Noda
北緯60度以北の陸域生態系における将来の炭素収支変化を、マルチセクター影響評価モデル相互比較プロジェクト(ISI-MIP)のデータを用いて調べた。2種類の排出パスと5種類の気候モデル予測をシナリオとして用いた、7種類の生態系モデルによるシミュレーション結果を解析し、応答とその不確実性を評価した。いずれのシナリオでも、大気CO2増加と温暖化により植生バイオマスは21世紀末まで漸増しており、生態系は通算して正味炭素吸収源となることが示唆された。しかし、推定間の差異は大きく、特に土壌炭素の変化でばらつきが顕著であった。多数の推定結果を基に、重要な変化が生じる可能性が高い領域や時期を絞り込むなど観測計画の立案や対策に有効な予測を示した。

Spatial characteristics of ecosystem respiration in three tundra ecosystems of Alaska
Yongwon Kim, Bang-Yong Lee, Rikie Suzuki, Keiji Kushida
生態系呼吸(ER)は、気候変動下でおいて陸域生態系炭素収支を見積もるのに重要な放出源である。そこで、我々はアラスカの異なるツンドラ生態系において、チャンバー方法を使い、ERの空間特性を評価するための観測を行った。アラスカのCouncil、North Slope、Arctic National Wildlife Refuge(ANWR)で、年間ERを見積もったところ、気温に基づくと254-307 g CO2m-2、地温に基づくと212-05 g CO2m-2であった。植物成長期間のERは、年間ERの72-92%(気温ベース)と、81-86%(地温ベース)に相当することがわかった。従って、地温は、ツンドラで見積もったERを制御する重要な因子であり、気温よりも精度よく説明できることを示唆している。Councilにおける31-84カ所の観測によって、95%信頼区間において、±10%以内の誤差の空間代表性を得られた。また、North SlopeとANWRにおいては、多く観測点で、90%信頼区間で±20%以内の誤差でERの空間代表性を得られた。これらの結果から、より大きいチャンバーサイズと観測頻度の増加によってERの推定精度を高めることができ、急変する北極環境と気候に応答するツンドラでの炭素収支の定量的な評価に必要な信頼出来るERを見積もることができることが示唆された。

Arctic in Rapid Transition: Priorities for the future of marine and coastal research in the Arctic
Kirstin Werner, Michael Fritz, Nathalie Morata, Kathrin Keil, Alexey Pavlov, Ilka Peeken, Anna Nikolopoulos, Helen S. Findlay, Monika Kędra, Sanna Majaneva, Angelika Renner, Stefan Hendricks, Mathilde Jacquot, Marcel Nicolaus, Matt O'Regan, Makoto Sampei, Carolyn Wegner
ここ数十年の間北極で起こっている急激な環境の変化を理解し対応するには、科学の新しいアプローチが必要である。北極科学者のコミュニティ内での協働だけではなく、科学者とステークホルダー、特に北極住民との対話が重要である。第3回国際北極研究計画会議(ICARP III)への貢献として、北極急激変動(ART)ネットワークのワークショップが2014年10月フランスで開催された。若手研究者(ECS)の視点から将来の北極の海洋や沿岸の研究における優先度を話し合うことを目的とし、議論は、海洋、海氷モニタリング、海洋の生物多様性、陸域―海洋相互作用、地質学的再現、法律やガバナンスなど、様々な研究分野に及んだ。そして現在及び過去の北極海の地球生態学的なダイナミクスについて総合的な理解を得るためには、学際的な研究が必要であることが合意された。このような知識によって北極開発の予測が向上し、今後の活動を綿密に策定する際の基礎情報が得られる。この優先研究についての報告書は、2015年4月に日本で開催されたICARP IIIの会合で配布され、また、ウェブサイトで一般公開されている。

Erodibility of permafrost exposures in the coasts of Eastern Chukotka
Alexey Maslakov, Gleb Kraev
沿岸の浸食に起因する沿岸の退却は、ロシアの領土を毎年50 km2減少させている。細粒の永久凍土層から成る北極海岸の浸食は、海岸から数十メートルの地域を使用できない土地にし、沿岸の建造物に損害を与える。北極沿岸における退却速度の地域レベルの変動は、気候変動のダイナミクスとその結果に従っており、特に多年海氷域の減少によるところが大きい。この研究は、ベーリング海西部の沿岸のロリノ居住地(チュコットカ、ロシア)内の、永久凍土の性質、岩石質や地形と関係する、低レベルの地域的な変動を調べた。沿岸のダイナミクスは、2012-14年における測地学とリモートセンシングの手法を用いて得られた観測データと保存されている1967年以降の測量データによって調べられた。工学的手法で測定された土壌特性から沈殿物の浸食能を求め、沿岸の退却速度と沈殿物の浸食能と結びつけ、チュコットカ東部の、同じような沈殿構造を持つ他の沿岸に適用された。

Where are they now? - A case study of the impact of international travel support for early career Arctic researchers
Sanna Majaneva, Gwénaëlle Hamon, Gerlis Fugmann, Maja Lisowska, Jenny Baeseman
次世代の研究者を支援し、訓練することは、北極研究の知識とリーダーシップの継承のために重要である。より多くの北極関連の組織が、若手研究者(ECRs)がワークショップや会議、集会に参加し、国際的に有名な科学的なリーダーたちと交流するための旅費を支援するようになってきている。しかし、これらの試みのほとんどが効果を評価するしくみを持っていない。この研究では、第3回国際北極研究計画会議への寄与の一つとして、IPY(2007-2008)から2013年の間に北極科学委員会(IASC)から旅費支援を受けた若手研究者のキャリアパスについて解析を行った。二つのアンケート調査結果が使われた:一つは2010年のIPY会議にIASCから旅費支援を受けたECRsに対するもの、もう一つは支援を受けなかったECRsに対するものである。これらのアンケート調査の結果として、旅費支援は回答者の研究やキャリアアップの両方に有効であり、特にその会議で何らかの仕事と責任を負わされたECRにとって効果が大きかったことが判った。また、アンケート調査結果は、如何に資金を次世代の北極研究者に有効に使うべきかを提案している。

Limits of pastoral adaptation to permafrost regions caused by climate change among the Sakha people in the middle basin of Lena River
Hiroki Takakura
本論文は東シベリアのサハ人の牧畜実践に焦点をあて、永久凍土地帯における人間の生活に対する気候変動の影響を探求する。サハ人は河岸段丘及び熱的カルスト地形アラスにおける草資源を利用し牛馬飼育を行っている。これは隣接する極北先住民の生業(狩猟採集やトナカイ牧畜)とは異なっているが、サハ人の牧畜適応は過去600-800年においては比較的安定的だった。近年の気候変動はこの事態を変えつつある。水文学によれば、東シベリアでは降水量増加とそれに伴う永久凍土融解が増大し、森林枯死が生じている。気象学的報告によれば地域河川の洪水も頻発している。これらの諸変化は地域的牧畜適応にどのような影響を与えているのだろうか。住民による草地資源の利用及び気候変化に対する認識を人類学的フィールドワークによって民族誌的に記述しながら、牧畜における人間-環境相互作用の鋭敏な特徴について解明するとともに、気候変動に直面することで現れた適応の限界について同定する。

Interest of Asian shipping companies in navigating the Arctic
Leah Beveridge, Mélanie Fournier, Frédéric Lasserre, Linyan Huang, Pierre-Louis Têtu
北極の気候変動は、夏季の海氷減少を起こしている。この変化によって、観測者や科学者、メディア、官僚は、ヨーロッパとアジアの間が非常に短くなる新しい航路を開発する可能性を考慮し始めている。多くのメディアが、アジア諸国がこの新航路の可能性に強い関心を持っていると述べている。この論文では、この考えに取り組み、アジアの船会社がどの程度北極航路に興味を持っているかを調べた。その結果、アジアの船会社の少数だけが興味を持っていることや、通過輸送ではなく、北極海沿岸に目的地があることが判った。

Securitizing the Arctic indigenous peoples: A community security perspective with special reference to the Sámi of the European high north
Kamrul Hossain
安全保障化理論、いわゆるコペンハーゲン学派は、様々な形の脅威を安全保障の中核的概念とする。そこでは、ある社会の本質的な特徴を維持させるのに貢献する集合的アイデンティティに基づく安全保障というものが、コミュニティ安全保障ないし社会的安全保障と定義されてきた。コペンハーゲン学派の特質は、従来からある国家基盤や主権志向の安全保障概念というものは、安全保障に関わるさまざまな要素が取り上げられなければ、十分に効果はないと考えることである。人間安全保障の概念は、安全保障化の概念とほぼ同時に発達したが、伝統的にはそれらは安全保障上の事項とは考えられてこなかったものである。双方の学派の安全保障についての思想は安全保障の概念を理解するために非伝統的なアプローチを提供する点などで類似している。この論文では、安全保障化理論と人間安全保障の概念に取り組みながら、安全保障におけるコミュニティからの視座について詳細に論じる。事例研究として、北極の先住民族の安全保障を取り上げる。北極の気候変動による変化や影響によって新しい問題や機会が発生している。それゆえに先住民族一般そして、サーミ人においてどのように安全保障の概念が理解されているのかを探求しつつ、それらが彼らの社会における安全保障をどう向上させているのか考える。サーミ人はより大きな権力を行使するべき能力をもち、そのように承認されるべきであることを示すが、その一方で私の結論は多様化した安全保障の概念はいかなる意味においても、安全保障に関わる伝統的概念の中核を損なうことはないということである。安全保障の諸要素は、依然として国家による精査の対象であり、またそれらは垂直的構造のなかに存在している。それゆえにサーミ人は、自らのコミュニティ安全保障を維持するための権利を享受するためには、国家のアファーマティブアクションに依存するしかない。

Towards transdisciplinarity in Arctic sustainability knowledge co-production: Socially-Oriented Observations as a participatory integrated activity
Tatiana Vlasova, Sergey Volkov
本論文は分野融合的(interdisciplinary)な持続性科学の発展を受けて、生物地球物理学および社会科学のプロジェクトを結びつけることを試みる。様々な活動や問題解決の手法に基づいた超分野的(transdisciplinary)な知識の共同創出の必要性について特に注目する。また、北極圏の分野融合的な持続性科学および超分野的な知識進化において観察活動が果たす役割に注目する。超分野的知的空間を創出する「社会志向観察(Socially-Oriented Observation)」と呼ばれる観察手法は、知識の共同創出に基づいて、北極圏で急激に起きている変化の理解を可能にするような、持続可能性を学ぶ一つの方法であると同時に、それ自体社会変容をもたらすものの一つとされている。科学、教育、および観察手法を統合した社会志向的観察を継続することで、地球上最も目まぐるしく変化している北極圏における、適応および転換の道筋を明らかにすることが可能となる。社会志向的観察は、自然科学と社会科学の様々なプロジェクト、そして持続可能かつ回復力(レジリエンス)を有する社会生態系の構築に重点を置く、持続的開発と回復力のコンセプトから発生した、既存ではあるがまだ発展途上の分野融合的科学的手法に基づいたものである。北極圏における持続性科学は、科学、ローカルな知識、伝統的知識、起業家精神、教育、意思決定を統合した超分野的手法を利用して共同創出された、全体的な幅広い体系の重要な一部であると言える。社会志向的観察は、人々の慎重な選択による、変化への理解や持続可能への転換を支援するための超分野的で双方向的かつ継続的な参加型プロセスとなるようデザインされている。国際極年(IPY)2007-2008以来開発され、北極圏各地域で実践されてきた社会志向的観察の取り組みおよびその手法について検討する。

Industrial heritage sites in Spitsbergen (Svalbard), South Georgia and the Antarctic Peninsula: Sources of historical information
Louwrens Hacquebord, Dag Avango
極地における産業遺構地は歴史的情報源として非常に重要である。この情報と保存資料によって、我々は極地における天然資源の開発像を完成させることができうる。スピッツベルゲン(スバールバル)諸島、サウスジョージア島そして南極半島における捕鯨域と採鉱地についての30年の歴史的-考古学的分野の調査により、これらの場所は、産業開発、産業技術の設計、開拓の体制、天然資源支配と政治的影響力獲得の戦略、そして局所環境での資源抽出の影響力といった事柄を支える原動力についてのユニークなエビデンスを提供しうる、ということが示された。本稿では、これらの場所における筆者らの調査結果を例に挙げて説明する。

The European Arctic policy in progress
Elena Conde Pérez, Zhaklin Valerieva Yaneva
北極の地理戦略的、政治的、経済的、そして科学的な関わりは気候変動の複雑なプロセスによって絶えず増大している。それに応じで、欧州連合(EU)は、伝統的なステークホルダーと協力して今後の様々な好機/挑戦に応じる準備をしながら、グローバルな政治的主体として、北極での影響力を確実なものとし、それを高めるための対策を既に講じている。故にEUは、北極変容の新たな重要性を反映するために、気候変動緩和とEUの強みである多国間協力に重点を置いた北極政策を策定している。しかし残念ながら、これまでの不断の努力と推進力にもかかわらず、いくつかの出来事により経過は遅れている。最近の移民危機やEU加盟国間での外交政策利益の統一性の欠如といった、対内・対外不安要因に対処しなければならなかったためである。これらの要因は、EUの北極政策の策定と発展が辿る過程と共に分析されるであろう。それでも、2016年4月27日、長く待ち望んだ3通目の信書が発表され、進展がもたらされた。大まかに言えば新しい公文書は政治的声明のままであるとしても、活動への明確なコミットメントもまた記載されている。

Arctic potential - Could more structured view improve the understanding of Arctic business opportunities?
Henna Hintsala, Sami Niemelä, Pekka Tervonen
ここ数十年で北極に対する関心が高まりを見せている。しかしながら、北極の共通のキーコンセプトの定義は、政治的・経済的な政策決定に関して国内外まで浸透していない。この共通に定義された枠組みの欠如によって、北極に存在する経済力の規模からすると限定的に、北極について異なった分析がなされている。本稿は、フィンランドのオウル地域で行われた繋がりのある2つの異なったプロジェクトの極めて重要な調査結果に基づいて構成されている。本稿のアプローチでは、北極の状況を3つの重なり合う層の合成構成として定義している。第1の層は、北極地域を定義するための現象論的アプローチである。第2の層は、異なった北極への道筋を定義するための戦略レベル解析、ならびに北極を特化するためのロードマップの国家レベルの説明である。第3の層は、北極のビジネス状況とビジネスチャンスを定義するために、最初の2つの層の操作できるようにすることである。オウル地域からの事例研究は、北極の資産とビジネス活動の選択的未来は、4つの特定された戦略的経路のうちただ2つのみとしか類似していないことを示している。他の2つの経路を信頼できて魅力的な選択肢として地域レベルの動作主体へ導入するには、更なる組織的な努力が必要である。

Japan's role as an Asian observer state within and outside the Arctic Council's framework
Taisaku Ikeshima
日本の北極政策が公になって以来、日本が将来果たす役割について世界で慎重に検討さ始めている。確かに、経済力のある日本としては、特に北極海航路(NSR)の開発や北極地域にある天然資源の沖合掘削をめぐって国益を追及することになるであろう。しかし、日本は、北極評議会(AC)においてアジアからのオブザーバー国でもある以上、ACにおけるフォーラム内外との媒介役を務め、その内部で監視の任にあたりつつ、自国の利益だけでなく国際社会の利益のためにもACの手続きや議論の行方を点検し、周知させるような役割を負うことが期待されよう。こうした観点が、近い将来、日本の新たな北極政策の実施の際に反映されるべきである。