南極観測隊便り 2017/2018


2018/01/03

大雪原・大海原・砂漠?

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 今回の内陸調査の主目的の一つに、内陸氷床の内部の調査があります。内陸ドーム地域、特に、私達が「新ドームふじ」と呼ぶエリアの、氷の厚さや内部の層構造を詳細に調査するのです。そのために、国立極地研究所が所有する氷床レーダ探査機器の総力を挙げて今回の観測に臨んでいます。レーダ機器は雪上車に搭載し、氷床内部に向けて打ち込んだ電磁波パルスのエコーをとらえて秒単位の頻度で記録していきます。担当の私は、昨年12月中旬以降、そのタスクで多忙になりました。内陸調査隊本隊から離れた雪上車「レーダ探査班」が、このエリアを縦横に走行し、氷床の探査をすすめます。1日あたりの走行距離は、約50キロメートル~140キロメートル。朝7時から、夕方7時まで、昼食と休憩の時間を除けば走行しっぱなしの長距離雪上トラック運転です。これを、チーム本体の支援を受けながら常時2名の人員ですすめています。12月半ば以降、これまでの総走行距離は約1400キロメートルをこえました。今後1月10日前後までかけて、さらに約1000キロメートルの走行調査を予定しています。南極内陸最奥地の現場に居るとても限られたそしてとてつもなく貴重な時間資源や燃料資源のことも考えて、大晦日も元旦も調査走行を継続しています。本日は、食糧担当の方々がご用意くださった心づくしのおせちをいただきながら。

 今回のレーダ探査の目的は、広域の氷下地形の探査と、氷床の内部層構造の探査にあります。特に、厚さ約2200 - 3500メートルの氷のなかの最下部、大陸岩盤に接する約数百メートルの厚さの氷のなかに、層構造がどのように保存されているかが大きな着目点です。この深度の氷の温度が十分に冷たく(融点以下)層構造が維持されていれば、ここに非常に古い氷、たとえば100万年~150万年程度の古さの氷が保存されている可能性があります。そうした場所をよく見極め、そこでアイスコア深層掘削を将来実施すれば、そうした時間スケールの気候変動記録を私達は入手できることになります。反対に、氷の温度が融点に達しているならば、古い氷は融けて流れ去ってしまっていることになります。また、もし氷床の流動によって深い氷の変形や褶曲が著しくすすんでいるならば、仮にアイスコアの掘削を実施しても、目的とする古い氷は既に無かったり、あるいは、仮に残っていたとしても、気候変動の記録としては解釈がとても困難な複雑な空間分布の氷ということになりかねません。融点以下の冷たい環境、安定した層構造の維持、これらの条件を満たす地域あるいは地点の有無の見極めが重要な仕事です。

 幸い、これまで準備してきた複数のレーダ機器群は、最大限のパフォーマンスを発揮しています。安定したデータ取得を継続しています。これまで開発に関わって下さった製造会社の方々の技術力と心意気には本当に頭が下がります。今回は、3台のレーダシステムを準備しており、測定条件等に応じて使い分けています。相互バックアップでもあります。3台のうち2台は、最近10年程度の範囲で開発されたものです。もう一台は、氷床レーダ研究を先駆くださった先達の方々が'80年代に構築したレーダ装置系です。これも、アンテナ系を更新しつつ、30年後になる今も現役最前線で力を発揮しています。氷床の大深部の層構造の様子も今回かなり明らかになってきました。観測でカバーするエリア、エリアのなかの測線の高密度分布、それに、大深部の層構造の詳細解明度、どれをとっても、日本南極地域観測隊での氷床レーダ探査としてのこれまでの活動の大きな一里塚と呼んでいい状況が実現しつつあるとおもっています。この集中観測の残りはあと約4割。今の順調なペースがそのまま最後(1月10日前後)まで続くことを願っています。

 さて、ここは氷床の大雪原です。360度見渡しても、ほぼ平坦な雪原。GPSナビをたよりに、雪上車は予め定めた地点を結び走行します。道路はありません。一切踏み跡のない雪原を前進します。雪面の微妙な凹凸に雪上車が乗り上げるたびに、上下に大きな振幅でゆらゆらと揺れつづけます。まるで、大海原で船をすすめているときに小さな波が船にむかってくるような感覚です。小さなサスツルギの波が延々と押し寄せてきます。しかし、車両の足下は海ではない。H2Oの固体である雪や氷です。一方、南極氷床のことを、雪と氷の砂漠としてたとえることもあります。年間の降水量は氷換算で厚させいぜい30ミリ程度。極小です。そしてそれは年間平均気温約-57℃で雪や氷ダストとして漂うのみです。単車の車両の走行は、砂漠の航海ともいえるものです。頼りは、エンジン音をあげつづける一台の雪上車、それに通信機器群や航法装置群。どれをとっても真に命綱です。本隊の仲間は50-60キロメートルの範囲の近傍にいます。私達「レーダ探査班」は、万一のときには半日程度で本隊から助けをうけうる範囲のなかで行動をしています。あと、本日は「ふじ峠」の数十キロ南方を走行中です。50年前に第9次観測隊の南極点往復旅行隊がこの近傍を通過していったはずです。ここを雪上車の隊列が通過していった光景を元旦の本日に思い描いたりしています。(元旦に、藤田記)


(元旦の氷床レーダー探査車)
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