南極観測隊便り 2018 - 2019


2018/11/26

雪尺による表面質量収支モニタリング観測

Tweet ThisSend to Facebook | by ishida
今回の記事は、東京大学大気海洋研究所の特任研究員である津滝さんからの報告です!
普段は氷河の流動や質量収支にかかる研究をされています。(Researchmapより)
ICC事務局代理

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当ブログ読者のみなさま、はじめまして。60次観測隊員の津滝です。
私は今回の内陸トラバース調査のなかで、主にアイスレーダによる氷厚・氷床内部層構造探査と、氷床の表面質量収支モニタリングを担当しています。
今日は表面質量収支モニタリングについてご紹介します。

南極氷床は地球上の淡水の約90%を占めています。氷床が全て海洋に融出すると、海水面は約60メートル上昇すると見積もられています。人工衛星観測や数値モデル実験の成果によって、近年では氷床量が年々減少していることが報告されており、地球規模での環境変化への影響が指摘されています。

南極氷床の質量収支は、降雪量や融解・流出量の収支からなる表面質量収支と、氷床沿岸から海洋へ流出する氷の量のバランスで決まります。このうち前者は主に氷床質量を増やす量(涵養量)、後者は減らす量(消耗量)に関わります。今回の内陸調査では、氷床を増やす量に関わる、表面質量収支を明らかにすることを目的としています。日本南極地域観測隊の中で、表面質量収支モニタリングは長い歴史を持っています。昭和基地周辺の沿岸からみずほ基地に至る、約250キロメートルのトラバースルート沿いでは1970年代前半から、ドームふじ基地に至る約1000キロメートルのルート沿いでは、1990年代から継続して調査が行われています。60次内陸調査でも、モニタリング観測課題「南極氷床の質量収支モニタリング」(代表:国立極地研究所 本山秀明教授)の一環として実施しています。

氷床上のある地点での表面質量収支は、ある期間の氷床表面(雪面)の高さの変化に積雪の密度をかけて、水当量に換算して求めます。水当量に換算する理由は、氷床表面が場所によってはフワフワの軽い雪だったり、カチカチに固まった雪だったりするためです。雪面を上昇させる要素は、主に降雪と、風によって他所から飛ばされてきた積雪(再堆積)です。一方低下させる要素は、主に積雪が風によって他所へ飛ばされる削剥です。トラバースルート沿いでは、気温は夏期でもほぼ氷点下であり、日射で融解したとしてもすぐに再凍結するため、積雪の融解・融解水の流出はほとんど起こりません。南極地域観測隊では、この雪面の高さの変化を、雪尺と称する赤旗がついた、長さ2.5メートルの竹竿を用いて計測しています(写真1左)。雪面から雪尺の上端までの長さを定規で測定し(写真1右)、前回測定時との差を求めることで、雪面の高さの変化を明らかにします。雪尺は雪面から1.8~2.0メートル飛び出すように埋設しますが、基本的に氷床内陸の表面質量収支は涵養(雪面が上昇)なので、雪尺はやがて雪に埋もれていきます。そのため、雪面から雪尺上端までの長さが80センチメートル以下の場合は、新しい雪尺をすぐ近くに立て直しています(写真1左)。このようにして、40年以上にわたって観測を継続させています。


写真1:(左)トラバースルート沿いに埋設された雪尺、(右)表面質量収支の調査風景

このような雪尺は、沿岸のS16地点からドームふじ基地に至る約1000キロメートルのルート沿いに、約2キロメートル毎に約500点埋設されています。この間、表面質量収支や雪面の状態は大きく変化しています。沿岸に近い地域では降雪量が多く、雪面も比較的なだらかですが(写真2)、現在滞在している内陸へ約400キロメートル入った地域では、降雪量は減少していく一方、強い大陸表面下降風(カタバ風)による積雪の削剥が顕著で、サスツルギと呼ばれる雪面起伏形状が多く見られます(写真1右)。これらの多様な積雪環境の違いが、表面質量収支にどのような影響を及ぼすのかを、明らかにしていきたいと思います。


写真2:沿岸に近い地域の比較的なだらかな雪面

雪尺観測は点数が非常に多いため、正確さとともにスピードも重要です。写真3のように、雪上車から雪尺へのアプローチはダッシュが基本です!
 (最近は標高が上がってきて空気が薄いので、ダッシュが辛いです…)



写真3:雪尺へ向かってダッシュ!

津滝記
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