南極観測隊便り 2018 - 2019


2018/12/26

走行する探査車からの風景

Tweet ThisSend to Facebook | by ishida
 レーダ探査車2台による走行は継続しています。111号車(米国製の2つのレーダ搭載車)は3名体制(津滝、Brice、金子)で朝から夕方6時頃まで。115号車(日本製レーダ搭載車)は2名体制(藤田、櫻井)で、朝から夜遅くまで。前者の車両では、現場でデータを確認するためのクイックルック作成処理やバックアップデータ作成を実施しているため、夕方6時以降はそうした作業をおこなっています。後者の車両の方針は、この現場にこの装備をもって私たちが存在する「時間資源」をとにかく探査測線の確保に割りあてることです。日本製のレーダでこの近傍の氷床の深部がどう見えるかは、既に昨年の探査で大筋みえています。日本製のレーダのデータは極力コンパクトにできており、終日走行したとしても40MB(メガバイト)以下です。一日あたりテラバイト級のデータ処理をする最新の米国レーダとは極めて(5桁!)異なります。データのバックアップ作成はまさに一瞬で終わります。


 写真1:氷床の大雪原。ここでの走行探査を続けています。風景は刻々変わります。

115号車は、アンテナ設置の点で機動性を確保したこともあり、時速10キロ台の前半で走行優先の観測をしています。寝る暇と食事と燃料補給時以外はすべて走行。111号車の1.5倍の距離の走行を実施しています。こうした作業ができるのも、観測担当者と支援担当者の合意ができたときのみです。支援担当者のほうから、残業(夜間走行)を提案してくださる場合が時折あります。観測担当者(藤田)は通常は慎重に構え、標準は、「残業なし」の構え。話すなかで、こうした夜間走行まで支援くださる話をいただいた場合、お願いを申しあげることになります。現実には、「この観測機器資源をもち、このチームでここに居る時間」はもう2度とこないのです。この状態に私達が居ることに、既にどれだけの準備と資源と多くの人々の努力がかかっていることか!留守家族の負担も、職場の皆様のご負担も、観測隊全体(59次観測隊、60次観測隊)や「しらせ」からのご支援も。仮にこれまで行った準備をもう一度行ってここへやってくることを考えると、気が遠くなる思いです。南極観測事業で定めた実行タスクをおこなう義務はもちろん最優先ですし、研究者はしばしば、研究成果、観測に対して「非常に積極的」(強いどん欲)になります。それが、ご支援くださる研究者ではない隊員の方々のペースとどう折り合いをつけることができるか。標準では、まずは慎重に、当初定めたことを淡々とこなすことになります。「標準」か、「非常に積極的」か、思考の切り替えも、チームメンバーの状態の見極めも、柔軟・冷静にしなければなりません。それがスタンスです。「標準」が達成できれば既に100点満点!なのです。ご支援くださる方々も、既に全力を尽くして下さっています。まずは大感謝から;ここでこの観測を全力でやらせてくれて本当にありがとう。設営の皆様、この観測の場をこれだけ支えてくださって本当にありがとう。そしてその感謝は、当然、昨年こうした探査をご一緒くださったチームメンバーの皆々様にも。昨年のレーダ探査を終えた瞬間に、現場でチームメンバーの方々がどれだけ一緒に喜んでくださったことか。生涯の宝です。


 写真2:運転者が常にみるナビゲーション画面。昨年の探査結果の氷厚分布図を背景に置いています。過去10年にわたり活用してきた、Fugawi Global Navigatorというソフトウェアです。野外用の高輝度ディスプレイを採用・設置した結果、ナビ画面は夏至の時期の南極でも快適に視認できます。


さて、題目の話に戻ります。探査車からの車窓は、まさに、惑星探査です。360度は雪の地平線。雪の砂漠の上を、雪面の状態を確認しながらひたすら走行します。ナビゲーション用に予め用意した現地の人工衛星画像や、昨年までの探査をベースに作成した氷厚分布図のうえに、現在値や進行方向をプロットしたディスプレイ画面を運転席と助手席に用意し、これを外の風景と交互にみながら走行することになります。藤田は、レーダが動作を続けているか、位置記録のGPSが動作を続けているか、常に監視を続けます。風景は、雪、霜、雲、青空、光、風のおりなす世界です。昼間は概してまぶしく、白夜の夜は光量が抑制された落ち着いた風景になります。夜の太陽光はより地平線付近から来るため、雪面の陰影もよくみえるようになります。風は概して夜間の方が弱いようです。グリッド状の測線に沿って探査をするため、風や光に対する走行角度はしばしば変わります。111号車の3名の皆さんも、今同様の風景を見ているはず。2台の雪上車は、それぞれがレーダをもっており、電波を送信・受信しています。近くで探査を一緒にやってしまうと、相互の電波信号がお互いにノイズを与え合ってしまうのです。ですので、意図的に探査エリアを大きく変えて、離れた地域で探査を分担しています。

風光明媚な美しい砂漠の惑星探査という情緒的な側面とは離れ、この砂漠の下の雪と氷の層構造は、過去100万年以上の地球の気候変動史の歴史を含有しています。私達は、それを解明する遠大なプロセスの一断面として、ここでこのような探査を継続しています。支援の方々も、その目的をみとめてくださり、支援くださっている。どこで次の深層アイスコアを掘削することが気候変動史の解明に最も資するのか?今私達が上を走っている氷床の中にその情報はあります。共同研究者の方々と一緒に検討するためのデータ収集を続けています。目途はほぼ今年一杯。1月初旬にはドームふじ地域を発つ日程になっています。だからこそ、今の時間資源が本当に貴重です。


 写真3:夜間走行で、背中を太陽に向けたときの雪上車の影。車体やアンテナや雪上車の排気の輪郭がみえます。


2名だけで探査を長時間継続し、そのあと多くのメンバーが滞在するベースキャンプに戻ると、そこはまさに人気(ひとけ)の多い「街」です。橇や雪上車やテントなどの多くの設備ああります。櫻井さんが、「ここは街ですね」と言われました。UHF無線通信で「お帰りなさい」の声が聞こえてき、メンバーが迎えてくれ、ほっとします。探査走行中に余熱でつくった生活用水をまずは食堂車両112号車に届けます。

藤田記
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