南極観測隊便り 2017/2018


2017/12/09

地球温暖化と、今回の調査地域

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 私達は、今回の内陸調査の中心的な地域である内陸高原域にはいりました。ここは、日本が実施している南極観測としては、最も辺境の場所ということもできますが、しかし、温暖化がすすむ地球環境のなかでは、研究をすすめるうえでの最先端の場所ということもできます。多くの研究視点のうちのひとつは、「温暖化する地球のなかで、南極では一体何が進行しつつあるのか?南極はその氷の体積を増やしているのか、それとも減らしはじめているのか?」

 約2年前の秋に、NASAに所属するチームが、南極氷床の表面を衛星搭載レーザー高度計という最先端の機器を用いた長期観測の結果をもとにして、「東南極の氷床は依然拡大を続けており、西南極での氷床後退と足しあわせても、総和としては増え続けている」との研究報告をしました。ニュースがでた当日は、NHKの夜のニュース解説で、国立極地研究所の藤井元所長が解説にあたりました。番組でキャスターが元所長に問いかけたのは、「温暖化で極地の氷床は後退していたのではなかったのですか?」という点でした。専門家の間では「南極では総和として体積が減りつつある。」との論調が多数派です。インターネット上でも、専門科学誌でも、議論が依然続いています。この問題は単純ではありません。過去約1万年間、地球は、「間氷期」と呼ばれる温暖な時期にはいっています。海水の温度があがり、地球上の水蒸気量は増え、そうした水蒸気は降雪として極地に固定されます。ですから、さらに温暖になったとき、氷が融解する地域もあれば、降雪が増えて氷が増える地域もあります。実際に、日本が南極観測をおこなっている地域にある「セルローンダーネ山地」は、南極の沿岸に近い山域で、現在は氷床に覆われずにつきだす剥き出しの多くの山塊があります。今よりももっと温暖な時期には、この山塊の多くは、氷床に覆われていたという証拠が数多くでています。では、今実際に南極で何がおこりつつあるのか?それが、今後の地球の海水面の変動を予測するうえで重要な課題なのです。

 本来、NASAのチームの手法「衛星搭載レーザー高度計」では南極氷床表面高度の変動を精密にとらえています。しかし、南極氷床がその体積の増減をしたとき、南極の体重増減は、その重さと地球内部のマントル層の粘性との相互作用によって、さらに2次的な高度変動を起こします。これを正確に読み解かないと、表面高度の増減を、単純に、南極氷床の体積の増減と置き換えることができない、これが今回の科学論争のひとつの焦点です。ただ、NASAのチームも、「ごく近い将来に総和は負に転じ、氷の体積は減る」と結論づけています。温暖化で、南極の体積の総和が今後減っていき、海水面の上昇に影響していくという点では、研究者の見通しは一致しています。

 では、この観点で、南極のドームふじ地域ですべきことは何でしょうか?ドームふじ地域は、全南極大陸からみたとき、主にインド洋に面した海向きの傾斜をもっています。この方向からやってくる水蒸気が降雪として氷床に固定されるような地域です。この海向きの傾斜のなかのルートの多点に、私達は降雪量計測のための竹のステーク、通称「雪尺(ゆきじゃく)」を設置し、内陸調査隊が通過するたびに、前回通過時以来の積雪量を計測しています。また、ピット観測といって、雪の表面に深さ約4mの穴を掘り、その積雪の層構造を読み解いて過去約60年程度の年々の降雪量を調査します。内陸部のピット観測を複数調査すれば、降雪量の歴史を高い信頼度で読み取りが可能です。さらには、アイスコアを掘削し、掘削できる深度や年代に応じた降雪量の歴史を明らかにしていきます。私達はこうした観測を通じ、降雪量の歴史やその地域特性を読み解いていきます。国際的な南極観測の連携体制のなかで、データをとりまとめ、全南極ではいまどんなことになっているかを明らかにしていきます。

 ドームふじ地域は、全南極のなかの一地域ではあるのですが、インド洋海域を中心とした広い海域の水蒸気を受け止めて、非常に安定した層構造として記録が蓄積されている場所です。気候記録としての代表性が高いのです。だからこそ、ここを調査し発信できる環境情報は南極域のなかでも重要とみなしています。南極の氷の体積の増減の把握も重要です。さらに、私達はこれまで、ここドームふじで2本の深層アイスコアを掘削し、地球上の約72万年間の気候変動の記録を明らかにしてきました。そうした研究作業をさらにすすめる、最先端の場にいよいよやってきました。チームは、これから1月の中旬までこの青色と白色の大雪原「ドームふじ」に居て、風光を常に感じながら、様々な観測を展開していきます。
(藤田記)
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