南極観測隊便り 2017/2018


2018/01/10

サスツルギと、水蒸気の大量流入

Tweet ThisSend to Facebook | by ishida
※本稿の後半は、研究者向けのやや専門性が高い用語等がでてきます。読者の皆様におかれましては何卒ご了解ください。

 氷床の上を探査走行するとき、障害物となるのが、雪面に風によって刻まれた凸凹、すなわち、サスツルギです。特に、今回の走行ルートの大部分はサスツルギに直交してしまっていました。これはとても走りにくかった。探査をはじめてすぐにその事実に気がつき、走行ルート全体の再デザインの必要も頭によぎりました。しかし、実際に探査走行を4~5日おこなってみた時点で、この程度であれば何とかなりそうだという感触を得たので、結果的に再デザインはしませんでした。サスツルギに直交する走行では、車両も橇も大揺れに揺られます。対照的に、サスツルギに平行する走行は非常に滑らかに走行できます。風がその方向に雪面を滑らかにならしてくれていますから。以前の原稿で述べた、NMDルートのデザインもこの特徴に基づいています。

 では、サスツルギのもつ方向の意味について考えてみます。風が雪面を削って紋様をつけているのは間違いありません。どんなタイミングのどんな風が大きな影響を及ぼすのでしょうか?南極の内陸では、カタバ風と呼ばれる斜面下降風が吹きます。放射冷却で冷やされた重い空気が斜面を下る風なのですが、それに、地球の自転の効果が重なり(専門用語でコリオリの力といいます)、東向きの成分をもちます。氷床頂上であるドームふじからみたとき、反時計回りの渦を巻くような方向をもって風が吹き出します。このカタバ風はかなりの頻度で吹いています。ただ、実際のサスツルギの方向をよくしらべてみると、どうもカタバ風の方向とは、若干ずれています。それよりもさらに反時計回りの角度をもった方位をもっているケースが多いのです。実は、低気圧性の擾乱がやってきたときの嵐が、サスツルギの方位形成にも大きな影響を与えているようです。低気圧性の擾乱がやってきたとき、強風と大量の水蒸気流入があります。大量の降雪と、積雪の後にそれを不均一にはぎとってしまう強風、この二つの要素がサスツルギの凸凹を刻みます。長い時間スケールでみると、気圧配置に応じて様々な風が吹きます。ドームふじで越冬観測がはじまった'90年代のなかばには、「ドームふじには主風向は無い」との見解すらありました。しかし、大量の水蒸気をもってくる嵐の風向はだいたい決まっています。このあたりでは東北東から北東方向の強風です。これが、低緯度方面からの空気を、東南極の昭和基地ーみずほ基地ードームふじを含むエリアに、斜面を吹き上げるようにもってくる頻度が高いのです。斜面にぶつかりそこを駆け上がった空気は、そこで水蒸気を降雪として落とします。さらにドームふじ付近の山越えをした風はフェーン現象(あるいは山岳効果ともいいます)の結果、乾燥した風となり、南極内陸部に吹き下ろします。結果として、ドームふじよりも内陸側の積雪は、ドームふじ付近を境として、沿岸側の積雪とはかなり異なる結晶の特徴や層構造の特徴をもっています。こうした地域でアイスコアを掘削し、気候変動の特徴を分析するときには、風と地形との位置関係がどうなっているかよく認識しておく必要があります。これは研究の現場のホットなトピックです。水の安定同位体成分にも影響してきます。

 また、南極氷床、東南極ドローニングモードランド地域の形状をよく見ると、いくつかの方向に尾根が伸びています。さらに小規模の支尾根も多数あります。支尾根の東側には、上記のような水蒸気流入経路がある結果として、堆積が多く、西側は乾燥域となっています。支尾根と支尾根の間の谷間を擾乱の風が時折吹き上がるので、その先にある氷床のリッジ、たとえばドームふじの西側付近は強風が吹き抜ける地域になっています。ドームふじから10~20kmも西側にいくと、サスツルギとウインドクラスト(風によって表面が固まった雪の状態)が著しく発達しています。このような場所では、気候変動解明を目的としたアイスコア掘削や解析研究は困難です。こうした荒れた雪面状態が、アイスコアシグナルを大きく攪乱してしまうからです。

 サスツルギや強風という意味では、私達が今回ドームふじに至る際に通過してきた、標高2000~3000m付近(みずほ~中継拠点)も、アイスコアに基づく気候研究上の難題があります。このエリアで採取されたアイスコアの解析研究はこれまで、やはり信号の時空間不均一性が問題になってきました。アイスコアとして特に信頼できるのは、ドームふじ近傍の内陸高地のもの(堆積が安定している)と、沿岸で堆積量のとても多いところです。後者は、サスツルギが仮にあっても堆積があまりに多いので影響されにくいのです。南極氷床が拡大しているかどうかといういわゆる「質量収支」問題でも、この地域(標高2000~3000m付近(みずほ~中継拠点))は研究をすすめにくい。堆積の時空間不均一性が大きすぎるのです。統計的に有意な値を得るには、大規模な雪尺網や、氷床探査レーダを用いての氷床内部で観測できる等年代面の分析が有効におもえます。人工衛星データの活用をあれこれ考えますが、レーダ高度計、レーザー高度計、マイクロ波放射、合成開口レーダー、それぞれに、堆積にはただちに結びつかない特効性のある素材ではないようにおもえます。マイクロ波放射信号の応用的な処理(polarization ratioやgradient ratio)と呼ばれるもの、それに、氷床探査レーダ(あるいはGPRと呼ばれるもの)を用いて、時空間特性を解きほぐすのが、有力な手段とおもいます。層構造や粒径の特徴が氷床内部までわかるから。本稿最後の部分は、特にこれからこうした質量収支研究に挑む若手・中堅研究者向けのメッセージです。
(藤田記)
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