南極地球物理学ノート No. 42 (2016.05.15)

合成開口レーダーによる氷河・氷床変動の研究III―白瀬氷河流動の11年間での変動

渋谷和雄・中村和樹・土井浩一郎


Keyword: JERS-1 SAR画像、ALOS PALSAR画像、画像相関法、白瀬氷河流速の経年変化、歪みε1, ε2



1. はじめに

南極地球物理学ノートNo. 40、No.41において、我々は3年間(1996-1998年)の白瀬氷河内部の流動速度変化と西側流線と東側流線の速度の違いを明らかにした。この時、多くのJERS-1 SAR画像を、画像相関法を使うことによって有効活用できた。JERS-1衛星の運用は1998年をもって終了したが、2006年、後継衛星であるAdvanced Land Observation Satellite (ALOS) が打ち上げられ、L-band SAR (PALSAR) が運用に入った。Table 1のように、2つのSARシステムの仕様は異なるが、レーダー波長とoff-nadir angleがほぼ同一で後方散乱特性には大きな違いがない。回帰日数がJERS-1の44日と異なり、ALOSは46日と少し長いので、両者を混ぜた解析は不可能であるが、JERS-1 SAR, ALOS-PALSAR個々の解析結果として得られる氷流速度、その微分から得られる歪み量などは、比較可能である。ノートNo. 40に続き、Table 2のALOS PALSAR 9シーンを用いて画像相関法により白瀬氷河流動速度の11年後の変化を調べた。



2. ALOS PALSAR

南極地球物理学ノートNo. 6では、航空機SARの原理図を載せ、その表1にERS-1, -2 SARの諸元も掲載した。ERS-1, -2はC-band (5.3 GHz)を使用しているが、JERS-1 SAR及びALOS PALSARはL-band (1.44 GHz)を使用している。波長の違いは散乱メカニズムの違いを反映すると言われていて、C-bandの場合、後方散乱深度は1-3 m程で、浅い雪の物性で散乱の特徴が決まるのに対して、L-band SARは、後方散乱深度が1-10 mと深く、圧密した雪、及びその下の氷層の物性で決まると思われている。しかし、南極における詳しい地上検証比較は容易ではなく、波長による散乱メカニズムの違いについての詳細な解明は今後の課題である。

Table 1   JERS-1 SARとALOS PALSARの仕様比較
  仕様  JERS-1 ALOS PALSAR
(1) Satellite altitude 568 km 692 km
(2) Radar frequency 1.275 GHz 1.27 GHz
(3) Radar wavelength 23.6 cm 23.5 cm
(4) Range resolution 28.0 m 16.4 m (FBS)*
(5) Azimuth resolution   27.8 m 15.0 m (FBS)*
(6) Swath width 77.6 km  73.0 km
(7) Off-nadir angle  35º 34.3º (FBS)*
(8) Polarization HH HH
FBS* 偏波モードの一種で画像シーンのサイズは小さいが高い分解能を実現する。


Table 2   用いたALOS PALSAR画像
PALSAR画像番号 撮影日時 
(1) 26 Sep 2007
(2) 11 Nov 2007
(3) 27 Dec 2007
(4) 11 Feb 2008
(5) 11 Mar 2008
(6) 26 Apr 2008
(7) 28 Jun 2008
(8) 13 Aug 2008
(9) 22 Sep 2008

画像相関法の説明はノートNo. 40, No. 41で繰り返し行ったので、ここではJERS-1 SARの時との主だった違いを述べる。JERS-1 SARの場合、Fig. 1aのように衛星進行方向は北東―南西の方位で掃引幅は約78 kmであったが、ALOS PALSARではFig. 1bのように北西―南東の方位で掃引幅は約73 kmと若干、小さめであった。しかし、ALOS PALSARはFBS (fine beam single) polarizationという偏波モードの場合、JERS-1より広いバンド幅でデータ送信が可能だったので、Table 1の(4)(5)が示すようにアジマス分解能As とレンジ分解能Rs がそれぞれ15.0 m、16.4 mへとJERS-1SARの場合の28.0 m, 27.8 mから約2倍、高くなっている。一方ノイズ低減のためのmulti-look処理数はレンジ方向についてはともに2シーン、アジマス方向についてはJERS-1 SARで6シーン、ALOS PALSARで5シーン、と大きな違いはない。

note42_図01
Fig. 1 左(a) JERS-1による白瀬氷河河口域のSAR取得シーン、右(b) ALOS PALSARによる白瀬氷河河口域のSAR取得シーン。ともに長い辺の方向がazimuth方向。画素の分解能はJERS-1の場合As = 28.0 m, Rs = 27.8 mであったが、ALOS PALSARでは共に約2倍良くなり、As = 15.0 m, Rs = 16.4 mであった。

一方、Fig. 2において、散乱体の特徴の一致(feature matching)の程度を表す相関係数R (u, v) はノートNo. 40の場合の(1)式を一般化し、

note42_図02

(1)

と表すことができる。ここでX(i, j) は固定画像のレンジ i, アジマス j での散乱強度ピクセル値、Y(i +u, j + v) は従属画像Y(i, j) 点から距離(u, v) 離れた位置における散乱強度を示している。またnote42_図03, note42_図4 はそれぞれ固定、及び従属画像のfeature windowにおける全画素の平均散乱強度である。

note42_図05
Fig. 2. 画像相関法の概念図。隠れている白い方をmaster画像、重なっている影をかけた画像をslave画像と呼ぶ。特徴matchingを抽出する窓 (window) の大きさは白い四角のようにレンジ方向n pixel, アジマス方向m pixelとし、(1)式によるR (u, v) が最大になるレンジ方向u, アジマス方向v の移動量を探す。

ALOS PALSARのピクセルサイズはJERS-1 SARのそれに比べ、Table 1の(4)(5)が示すように、ともに約半分である。ノートNo. 40で約1 km2を画像マッチングの際の典型的な散乱体サイズ(氷山をイメージ)としたが、このサイズはSARセンサーの種類によらず保った方が良い。そのためJERS-1 SARの場合、32 x 32 pixels (0.9 km x 0.9 km = 0.81 km2) であったが、ALOS PALSARの場合は、64 x 64 pixels (1.05 km x 0.96 km = 1.01 km2) をwindow sizeとして、採用した。

このような画像相関によって得られる流動速度V

note42_図06

(m/44-days)  JERS-1の場合
(m/46 days)  ALOS PALSARの場合  (2)

となる。ノートNo. 40の場合と同様、±1 pixelの位置ずれによる誤差を流動速度の誤差とすると、ALOS PALSARの場合は±22.2 m/46-day ~ ±0.18 km/yrとなることが判る。そして、ノートNo. 40の場合と同様、1/10 pixel sizeで相対位置精度が得られれば、速度の相対誤差も1/10の±0.02 km/yrとなろう。



3. ALOS PALSARにより得られた流速分布

Table 3は西、中央、東の流線における、GL, GLの上流30 km, GLの下流30 kmにおける流速を表にしたものである。対応する位置はFig. 3aに示してある。(2)式による約1ヶ月あたりの流量を1年間あたりの流量に変換した速度で与えている。1996, 1997, 1998年の値はJERS-1 SARで得られた結果(No. 40参照)であり、今回ALOS PALSARで新たに得られた2007年,2008年の結果を追記している。11年経過しても流速自体に大きな変化はない。

Fig. 3bは2007年9月―11月(画像番号(1)(2))の画像相関から求めた結果をベクトル図示したものである。分解能は若干向上したが、基本的な流動パターンはJERS-1 SARの結果と大きな差はない。

note42_図07
Fig. 3. 左(a) 2007年9月ALOS PALSARによって観測された白瀬氷河流域のSAR強度画像。GL位置及びそこから下流、上流への距離を重ね描きしてある。氷河に沿って中央の太い実線が中央流線、そこから左右に細い実線で西、東の流線を示してある。右(b) 2007年9-11月画像ペア(Table 2の(1)と(2))に対して画像相関法を適用して求めた流動速度分布図。


Table 3 3本の典型的な流線(西,中央,東)位置における白瀬氷河流速の年変動.
  (a) GL上流30 km, (b) GL, (c) GL下流30 km.
 
Year Western streamline Central streamline Eastern streamline
 
(a) Upstream region
1996 1.18 km/yr 1.09 km/yr 1.08 km/yr
1997 1.18 1.08 1.08
1998 1.19 1.11 1.12
2007 1.40 1.27 1.13
2008 1.28 1.14 1.03
 
(b) Grounding line
1996 2.36 km/yr 2.32 km/yr 2.18 km/yr
1997 2.38 2.32 2.18
1998 2.40 2.33 2.23
2007 2.35 2.29 2.14
2008 2.31 2.26 2.12
 
(c) Downstream region
1996 2.55 km/yr 2.42 km/yr 2.31 km/yr
1997 2.60 2.48 2.35
1998 2.75 2.57 2.43
2007 2.65 2.50 2.37
2008 2.56 2.43 2.31

Table 4は西、中央、東の流線における流速の季節変動の幅を示している。GLでの変動幅は殆ど認められないので省いてある。この表で大事な点は、11年経過した2008年になると、上流・下流ともに季節変動幅が1996-1997年に比べ約1.5~2倍に増大したことである。このことは、中央の流線における流速(Fig. 4)に顕著に示されている。赤い曲線は2007年12月 – 2008年2月の夏季ペアから導出した流速分布、青い曲線は2008年6-8月の冬季ペアから導出した流速分布で、確かにその差が、大きいときで0.3 km/yrの偏差(offset)になったことが認められ、秋・春の4ペアによる緑の曲線を挟むようになっている。1998年から2009年の間にはリュツォ・ホルム湾の氷塊複合体は成長し続けていて、drift-awayは発生していない。氷河を取り巻く静水圧平衡に大きな変化は生じていないにも関わらず、夏・冬の季節差が何故生じたかを調べる必要がある。

note42_図08
Fig. 4. 中央流線における流れの速さをGL(0 km)からの距離の関数として示した。右が上流側で、左が下流側。赤曲線は夏季ペア(2007年12月―2008年2月)による速度であり、青曲線は冬季ペア(2008年7月―8月)による。緑曲線は春あるいは秋のペアである。


Table 4  3本の典型的な流線(西,中央,東)位置における白瀬氷河流速の季節変動幅.
  (a) GL上流30 km, (b) GL下流20 km.
 
Year Western streamline Central streamline Eastern streamline
 
(a) Upstream region
1996 0.15 km/yr 0.19 km/yr 0.13 km/yr
1997 0.11 0.17 0.13
2008 0.23 0.22 0.20
 
(b) Downstream region
1996 0.16 km/yr 0.16 km/yr  0.16 km/yr
1997 0.11 0.10 0.12
2008 0.20 0.16 0.14

一方、11年間での経年変化はもっと顕著である。Fig. 5は実線がJERS-1 SARによる1996-1997年の平均流速、破線がALOS PALSARによる2007年の平均流速である。GL上流での顕著な加速、GL下流直近での減速が認められる。この変化はGL上流7-8 km付近から始まっているようで、Fig. 6のようにALOS PALSARとJERS-1 SARの平均年流速の差をGLからの距離の関数としてプロットすると明らかである。実線で示すようにGLの上流5 kmほどから加速が始まり、17-18 km上流で約0.54 km/yr (68.1 m/46 days)、30 km上流で約0.25 km/yr (31.5 m/46 days)となっている。この加速傾向は30 kmよりさらに上流でも明らかである。Fig. 6の点線は±3σ の誤差範囲を示していて、上流15-30 kmにおける流速の経年増加は解析の不確かさで生じたものではない。

note42_図09
Fig. 5. JERS-1 SAR (1996-1997年、実線)による平均流速度分布とALOS PALSAR (2007年、点線)による平均流速分布。GL上流10 km以上において、2007年流速が大きくなっていることがわかる。


note42_図10
Fig. 6. 1997年流速(JERS-1 SARによる)と2007年流速(ALOS PALSARによる)の差は実線で示されるようにGL上流15 km付近で最大になる。点線は±3σ の誤差範囲。流速差はGL上流5 km付近で目立たなくなるが、上流側は30 kmでも0.3 km/yr大きい。


4. せん断歪み(shear strain)と主歪みの方向

二次元的な速度場(レンジ方向の速度 u、アジマス方向の速度v)が得られたので、ひずみ量を計算することが出来る。

note42_図11

ここでnote42_図12はレンジ及びアジマス方向の水平変位、note42_図13はレンジ及びアジマス方向の速度変化である。ε1, ε2, ε3 はそれぞれせん断歪み、垂直歪み、体積歪みと呼ばれる量で、εmax は最大せん断歪み(単位はs-1)、θmaxは最大せん断歪みの主軸方向と呼ばれる量である。この関係は多くの弾性論教科書、氷物性の教科書、例えばLubin and Massom (2006)に書かれているので、詳細は省略する。

Fig. 7aはεmaxε1ε2をGLからの距離の関数として計算し、プロットした曲線である。右ボックスは流速を求めた相関画像ペアの組み合わせ(例えば濃い橙色の点線は1996年4月―6月ペアによるu, v 流速分布を用いて計算される)によるεmaxを示していて、GLからの距離が上流30 kmのとき一番小さく(~0.2 x 10-9 s-1)、下流に行くに従い上昇、GL 上流10 kmから下流10 kmにかけてはほぼ一定の~1.1 x 10-9 s-1となり、以後GL下流30 kmで~1.2 x 10-9 s-1に少し増大することを示している。橙色、黄色、緑色、青色は、ノートNo. 40同様、他の季節シーンによる結果であるが、1998年冬季(青色)が若干、低温で硬くなった氷の物性を反映して大きい値であること、1998年4月―5月のGL 10 kmより下流での動きを反映して特異に大きいこと(~1.6 x 10-9 s-1に達する)以外はFig. 4に類似したパターンである。ε1 はGLで極小、ε2 はGLで極大になっている。

Fig. 7bはθmax の方位分布であるが、年に関わらずGLでN38ºW (–38º) である。Fig. 3bでアジマスの方位基準は地理座標ではN53ºWなので、θmax は(u, v)座標では時計廻りに15ºの方向であることを意味している。この主歪みの方位はGL下流に行くのに従い、–10ºへと北へ向きを変えて行くが、特徴的なのはGL付近でのlocal minimum (–41º)のほかに、上流10-20 km間にlocal maximum (–35º)が現れていることである。GL付近では、それを挟んだ10 kmで±5ºの、GL上流15 km付近ではそれを挟んだ5 kmで±5ºの流向のぶれが生じていることになる。

note42_図14
Fig. 7a. 最大せん断歪みεmax (単位はs-1)、せん断歪みε1、垂直歪みε2 の値をGLからの距離の関数で示した。右のカラーボックスは各歪み量を計算するのに用いた画像相関ペア。暖色系は夏季データ、寒色系は冬季データ。詳しくは本文参照。


note42_図15

Fig. 7b.最大せん断歪みの主軸方向θmax。真北0 ºから時計廻りに測った方位を縦軸にとっている。詳しくは本文参照。



参考文献

Lubin, D., Massom, R., 2006. Polar remote sensing. In: Atmosphere and Oceans, vol. 1.
Springer Praxis Books. Chichester, UK.

Nakamura, K., Doi, K., Shibuya, K., 2010. Fluctuation in the flow velocity of the
Antarctic Shirase Glacier over an 11-year period. Polar Sci., 4, 443-455.



Q and A

Q1: 時間経過とともに氷河の流速が速くなるのはよくあることですか?
A1: 西南極の氷河は年々速くなっているようです。特にPine Island Glacier (ノートNo. 37のFig. 1参照)は加速傾向が著しいと言われています。東南極の氷河は安定していると言われてきましたが、Fig. 6が示すように変動の兆しが始まったのかもしれません。