南極地球物理学ノート No. 40 (2016.04.05)

合成開口レーダーによる氷河・氷床変動の研究I―JERS-1のSAR画像を用いた白瀬氷河流動の季節変動

渋谷和雄・中村和樹・土井浩一郎


Keyword: JERS-1 SAR画像、画像相関法、白瀬氷河内部の流速分布、白瀬氷河流動の季節変動



1.はじめに

氷河の流れが一様不変でなく時間的に変化することは確かである。しかし、それを定量的に示すことは簡単ではなかった。みずほ高原からリュツォ・ホルム湾へ流出する白瀬氷河は昭和基地の南西~200 kmにありJARE隊員が地上から、あるいは航空機から観測する機会が多い。定性的には押し出され伸びる氷塊が年間~2 kmで伸びることが知られていたが、その値を定量的に示したのは、Fujii (1981)が最初である。Fujii (1981)はセスナA185Fに取り付けた航空写真測量用カメラにより氷山画像を、日時を変えて2セット取得し、その間に、写っている氷山が動かない島に対して移動したベクトル量を求め、白瀬氷河の浮氷舌で平均2.5 km/yrという速い流動速度を持つことを示した。

10000 ft高度からの航空機観測で得られる画像は大体30 km四方なので、流速を得るためには画像中の不動点に対して移り変わる氷山の位置関係を、ギャップを生じることなく追いかけられることが前提である。しかし、雲がかかっていないという条件下でタイミング良く撮影飛行を実施し、特徴に乏しい(似たような氷山が多数ある)なかから、測量しやすい氷山を如何に特定するか、を考えると、それほど機会に恵まれるわけではない。そのような設営上の労力の問題から、以後、氷流測定は衛星観測にとって変わられていった。



2.衛星合成開口レーダー観測

定量的氷流変動監視はLANDSAT, ADEOSなどの衛星光学センサー(AVHRR)観測に移行したが、夜間(南極の冬季)あるいは、雲がかかるとデータが得られないため、観測機会はやはり少ない。また画像の解像度(精度)に制限があるため結果として得られる流速の誤差は~1.0 km/yrであった。それに対して衛星合成開口レーダーは日射の有無、雲の被覆に影響されないため、南極地球物理学ノートNo. 6, 7, 8で述べたように氷床接地線(Grounding Line: GL)の検出に大きな威力を発揮した。この時は、干渉SAR法(SAR interferometry,あるいはInSAR法)を適用したが、そのためには(1) 画素からの後方散乱特性の時間変化が少ない、(2)衛星の位置基線長が短く、かつ精度よく求められること、が条件であった。白瀬氷河河口付近のInSAR画像をFig. 1に再掲する。

note40_図01
Fig. 1. InSAR解析(Yamanokuchi et al., 2005)により得られた白瀬氷河のGL. 赤い実線は精度良く得られた部分を示すが、赤い点線部では大きな誤差を伴った。黄色の細い実線はADD (2000)によるGL.であるが、実際のGLはADD GLより~30 km上流にある。

上記No. 6-8で求めたGLは多くの場合ERS-1, -2衛星データを用いている。これは、タンデムミッション(時間間隔1日)、ERS-1の3日回帰などの場合、時間基線が短いので(1)が満たされること、さらには衛星位置の決定精度、即ち基線長の決定精度も良く(2)の条件にも適合する、というのが理由であった。白瀬氷河の場合、GLの場所によって2.2~2.6 km/yrという流速値が得られている。しかし、氷河内の流速分布までは判らなかった。



3. JERS-1衛星の利用と画像相関法

昭和基地11 mパラボラアンテナはERS-1, ERS-2衛星のC-band SARデータだけでなく、JERS-1衛星のL-band SARデータも多数シーン受信した。1992年2月打ち上げられたJERS-1 SARデータの南極受信は1996年から精力的に実施されたが、白瀬氷河の流動測定にはあまり利用されてこなかったのが実情である。その最大の理由は、JERS-1は軌道決定精度がERS-1, -2に比べ1桁悪いので標準的な解析手法が適用できず、経験によるチューニングが必要でInSAR解析に手間がかかり、データを利用しづらかったことである。その事情を一変させたのは、Nakamura et al. (2007)による画像相関法の適用であった。

画像相関法とは、2枚のシーン中の氷山を示す画素について対応がつけば(co-registrationと言う)、一方の画像を固定し、他方の画像を平行移動させて、ピントがぼけないように重ね合わせることが出来るので、その時の変位量が流動量に対応することを用いる方法である(Fig. 2)。

note40_図02
Fig. 2. 画像相関法では固定(master)画像Xに対して、従属(slave)画像Yを移動させて重ね合わせる。Azimuth方向m pixel, range方向n pixelの窓(window)をrange方向にup- i0, azimuth方向にvp- j0移動させた時、(1)式で表す相関係数ρの値が最大になれば、(up- i0, vp- j0)(図中の太い矢印)が変位量で、この時、画像合わせのピントが合う。

Fig. 2において、具体的に抽出された特徴の一致(feature matching)の程度は、range方向にはu – i0、azimuth方向にはv – j0移動させた時の相関係数

  11 (1)

を用いて評価できる。ここでX(i, j) Y(i, j)はそれぞれ、固定画像X及び従属画像 Y(i, j)位置における散乱強度を示している。またX, Yは各画像のfeature windowの全画素の平均散乱強度である。

Feature windowのサイズは白瀬氷河から流出する一般的氷山の大きさ(~1 km2)を考慮してazimuthについてm = 32 As ~1.11 km, rangeについてn = 32 Rs ~8.97 kmとしている。但し、As = 34.8 m、Rs = 28.0 mは画素1ピクセルあたりのazimuth及びrange方向のサイズである。Matchingが取れた(ピントが合った)とみなすρのしきい値が実際、いくらになるかは経験に依存するが、いろいろやってみると白瀬氷河の場合ρ  = 0.24~0.95で、最適な推定変位(up – i0 , vp – j0)に対して平均でρ = 0.54になることがわかった。逆に言うとρ > 0.54であれば尤もらしい変位が得られ、流動速度V

  note40_式02 (2)

であることがわかった。

平均的な変位分解能を±1 pixelとするとその最大サイズは± 34.82 + 28.02 ~ ±44.7 m、最小サイズは±28.0 mに対応する。そこで両者の平均±(44.7 + 28.0)/2 = ±36.3 mをもって誤差とみなすと、流動速度誤差は±36.3 m/44 days x 365 days ~±0.30 km/yrである。



4. 画像相関法が適用できるJERS-1画像の検索

準備としてまず、生データを市販のソフト(GAMMA SAR Processor, スイス製)を使いSLC (Single Look Complex)画像に変換する。その画像データから1ピクセルより良い精度でrange-azimuthオフセットを計算し、画像合わせを行う。雑音低減のためにrange方向2画素、azimuth方向6画素の多重重ね合わせを事前に行うのが一般的である。SLCに変換すると画像位置情報は失われるが、RAMP (Jezek and RAMP Product Team, 2002)と呼ばれるRADARSAT SARデータベースの位置情報を参照してWGS84系の位置情報をSLCの各画素に付与することができる。その位置精度はピクセルスペーシングに等しいのでJERS-1の場合、range方向に28.0 m, azimuth方向に34.8 mである。

Fig. 3(a)は調査地域の概要である。JERS-1衛星画像は太枠のような降交軌道(descending orbit)データの一部(75 km x 150 km)が白瀬氷河をカバーしていて、44 dayごとに同一領域のデータが取得できる。もし昇交軌道(ascending mode)の画像が得られれば、それはFig. 3(a)の太枠に直交する向きになり、両方を用いて流速を水平・垂直成分に分離できる可能性があるが、今回は降交軌道データのみの取得なので、azimuth方向速度、range方向速度といった平面成分のみが得られる。このようにして、流速解析に使用できる画像シーンを探すと、1996年4月から1998年7月にかけて、Table 1に示すように1回帰周期(44日)ごとの15シーンが利用できることが明らかになった。

note40_図03
Fig. 3(a):調査地域の概要、3(b):30 Apr 1996に得られたJERS-1 SAR画像。詳細は本文参照。



Table1 用いたJERS-1画像
JERS-1画像番号 撮影日時 画像相関法に寄る流動ベクトル図の番号
(1) 30 Apr 1996  
    (a)
(2) 13 Jun 1996  
    (b)
(3) 27 Jul 1996  
    (c)
(4) 09 Sep 1996  
    (d)
(5) 23 Oct 1996  
    (e)
(6) 06 Dec 1996  
    (f)
(7) 19 Jan 1997  
(8) 14 Jul 1997  
    (g)
(9) 27 Aug 1997  
    (h)
(10) 10 Oct 1997  
(11) 06 Jan 1998  
    (i)
(12) 19 Feb 1998  
    (j)
(13) 04 Apr 1998  
    (k)
(14) 18 May 1998  
    (l)
(15) 01 Jul 1998  

一方Fig. 3(b)はTable 1のJERS-1画像番号(1)に対応する30 Apr 1996に取得されたシーンである。上下の黒い部分はFig. 3(a)の太枠の外にある部分なので散乱強度は得られなかった。点線で示したように氷流幅は~10 kmあり、その中央の黒い矢印実線においてGL, GLより上流(Upstream regionと書かれている)10 km, 20 km, 30 km, さらには下流(Downstream regionと書かれている)10 km, 20 km, 30 kmの流速を比較して行くことにする。下流30 km地点はリュツォ・ホルム湾への出口に相当し、GLから湾の出口までのこの部分を浮氷舌と呼ぶことが多い。GLより下流にあるのでこの部分が浮くことは確かであるが、全体としていつでも海に浮いているのか、海洋潮汐の加減で着底する時もあるのかどうか、など詳細は判っていない。これより下流はいつでも浮いている氷山の塊(氷塊:congromerates)で、氷床からの押し出しにより、例年は~2 km/yrで伸びて行く。

note40_図04
Fig. 4. Table 1に示す(1)~(15)のJERS-1 SAR画像を並べた。左下隅の番号が取得日時を示す。例えば(1)は30 Apr 1996に取得した画像である。(13)と(14)の間にリュツォ・ホルム湾に流出した氷塊が切断され失われたことに注意。


5. 解析結果


5.1. 氷河流線に沿った速度パターン

Fig. 5(a) は1996年4月30日から1996年6月13日にかけての44日間での流量を示すベクトル図である。氷塊先端での流れは400 m/44-dayを越え、流れの方向もほぼ一様に北向きであることが判る。一方、氷河上流では支流から本流への流入を反映して流れのパターンも複雑になっている。12ペア各々についてFig. 5(a)と同様にTable 1に示すベクトル図Fig. 5(b)~5(l)が得られるが、ここでは2例としてFig. 5(g)(1997年7月14日~1997年8月27日),Fig. 5(k)(1998年4月4日~5月18日)を追加する。もちろん、他の9例についても同様の流速図が得られている。1998年4月4日と5月18日の間に氷塊の先端部が流出したため、その部分のベクトル図がFig. 5(k)では欠落しているが、それより上流側では一様なベクトル図が得られ、見かけ上Fig. 5(g)と大差ない。即ち、氷塊は引き延ばされて流速が乱されることもなく、スパッと切り離されて流失したことがわかる。

note40_図05
Fig. 5(a): 30 Apr 1996と13 Jun 1996画像の相関法により得られた表面速度分布。 Fig. 5(g): 14 Jul 1997と27 Aug 1997画像の相関法により得られた表面速度分布。 Fig. 5(k): 04 Apr 1998と18 May 1998画像の相関法により得られた表面速度分布。

Fig. 6は10 km幅ある氷流の中央部の流線(Fig. 1中の黒い太線)に沿った流速を、GLからの距離の関数としてプロットしたものである。線の色の違いは観測ペアの違いを示していて、Table 1の相関画像番号(a)~(l)が示す1996年から1998年にかけての2年間にわたっている。Fig. 6からGLの30 km上流(Fig. 1の右下端参照)での速さが28.0 m/44-day(~0.23 km/yr)であることがわかる。Mae and Naruse (1978)によると、岩盤に固着した3000 m厚の氷流が内部変形による層流で流れる時、表面速度が~30 m/yrを越えることはない。~30 m/yrより速いというこの事実はGLの30 km上流で濡れ底(wet-based)による底面すべりがあることを表している。GL上流20 kmでは~100 m/44-day(~0.83 km/yr)、10 km上流では~240 m/44-day(~2.00 km/yr)と、下流に向かい急速に流れは速くなるが、GL上流10 kmから下流10km(横軸で 0 kmがGLに対応)にかけてほぼ一定速度(280 m/44-day ~2.32 km/yr)である。

note40_図06
Fig. 6: GL上流40 kmから下流40 kmにかけての流速分布。Table 1の(a)~(l)に対応する画像相関法データが右四角説明の色付き線で示してある。暖色系の赤は夏期間、寒色系の青は冬期間、中間色(黄色、緑)は春と秋期間のデータに対応している。GL下流5 kmより左の浮氷舌・氷塊での色掛け部分は、詳細は省くがazimuth spacingを正しく補正し直した結果で、補正なしでは流速を約20%過大評価してしまう。

5.2 流速の季節変動

Fig. 6は横軸右から左にかけて、GL上流40 kmから下流40 kmにかけての流速分布(縦軸単位はm/44-days)を示している。Table 1の(a)~(l)に対応する画像相関法によるデータであることが右四角説明の色付き線で示してある。暖色系の赤は夏期間、寒色系の青は冬期間、中間色(黄色、緑)は春と秋期間のデータに対応している。

GL付近では2年間、流速の季節変化は見られない。GLの下流では、上流に比べ観測時期によって速度に大きな違いが見られる。GLの30 km下流、リュツォ・ホルム湾への出口付近(Fig. 1に写っている画像の左上端付近)では季節による違いが顕著になってきて、290~310 m/44-dayとなり、氷塊流失直後の1998年4月―5月ペアでは474 m/44-day (= 3.93 km/yr)に増大した。このような氷塊流失イベントを除けば概して夏に流速が速くなり(暖色系の線)冬に遅くなる(寒色系の線)。一方、リュツォ・ホルム湾の氷塊端付近での流速変動は湾内の海氷の広がり具合にも影響されていると思われる。

海氷の広がりについては南極の秋(4-6月)に開水面が大きくリュツォ・ホルム湾奥へ切れ込み南下する現象が知られている(break-up eventと呼ばれる:Ushio, 2003)。1980年4月にはうねりが昭和基地付近にまで浸入するくらい大きなbreak-up eventが発生し、定着氷破壊による係留飛行機の流失に結びついている(南極地球物理学ノートNo. 38参照)。

興味深いのは流速の季節変動が何に依存するかである。昭和基地定点観測による気温との関係で言うと、1996年の夏の平均気温は–0.2ºCで1997年は–1.3ºC、冬の平均気温は1996年が–14.1ºC、1997年が–18.3ºCであった。気温較差という意味では1996年(13.9ºC)より1997年(17.0ºC)の方が大きく、それが1996年の相対的に大きな流速年変動(0.30 km/yr)と1997年の相対的に小さな流速年変動(0.20 km/yr)になって現れたのかもしれない。しかし、季節変動を詳しく知るためには、もっと、長期間にわたる観測が必要である。


5.3 流速の年変動

1996-1998年の3年間という短い期間であるが、年平均流動速度を氷塊端、GL下流30 km、GL、GL上流30 kmの4地点についてまとめると、Table 2のようになった。GLでは変動幅が小さく2.32~2.34 km/yrでほぼ一定、GL下流30 kmの浮氷舌端では変動幅が大きくなって2.60~2.82 km/yr、氷塊端では3.05~3.50 km/yrに拡大し、特に1998年4-5月の氷塊流失後に顕著に速くなった。

Table 2   白瀬氷河の年平均速度
氷塊端 GLから30km下流の浮氷舌端 GL GLから30km上流
1996 3.05 km/yr 2.62 kmr/y 2.32 km/yr 1.17 km/yr
1997 3.11 2.70 2.32 1.18
1998 3.50 2.82 2.34 1.19


参考文献

ADD Consortium, 2000. Antarctic Digital Database, Version 3.0. Database, manual and bibliography.
Cambridge, Scientific Committee on Antarctic Research, 93p.

Fujii, Y., 1981. Aerophotographic interpretation of surface features and estimation of ice discharge
at the outlet of the Shirase drainage basin, Antarctica. Antarct. Rec., 72, 1-15.

Jezek, K. and RAMP Product Team, 2002. RAMP AMM-1 SAR Image Mosaic of Antarctica.
Alaska Satellite Facility, Fairbanks, AF, in association with the National Snow
and Ice Data Center, Boulder, CO, Digital media.

Mae, S., Naruse, R., 1978. Possible causes of ice sheet thinning in the Mizuho Plateau. Nature 273, 291-292.

Nakamura, K., Doi, K., Shibuya, K., 2007. Estimation of seasonal changes in the flow of Shirase Glacier
using JERS-1/SAR image correlation. Polar Sci., 1, 73-83.

Ushio, S., 2003. Frequent sea-ice breakup in Lützow-Holmbukta, Antarctica, based on analysis of ice
condition from 1980 to 2003. Antarct. Rec., 47(3), 338-348.

Yamanokuchi, T., Doi, K., Shibuya, K., 2005. Validation of grounding line of the East Antarctic
Ice Sheet derived by ERS-1/2 interferometric SAR data. Polar Geosci., 18, 1-14.



Q and A

Q1: image correlation法とspeckle tracking法はどのように違うのですか?
A1: image correlation法は画素を水平に変位させて2つの画像の重なり具合いの程度を見ます。氷河のように氷の連続体であっても独立した動きをベクトル化します。Speckle とは欠片という意味でそれが分解・変形しないという前提で水平移動量を求めるたことが始まりのようです。しかし、現在、両者には定式化を含め大きな差異はありません。


Q2: (1)式のρの値の範囲が0.24~0.95では、値の幅が広すぎるのではないでしょうか?
A2: ある単一の特定の画素では0.24であっても、氷河は画素が連なっているので、隣の画素ではρ~0.95、その隣ではρ~0.34というようになり、全体としては平均でρ~0.50になっても不思議ではありません。すべての画素がρ<0.50だとすると結果の信頼性には問題があるかもしれませんが、普通、そのようなことはありません。