南極地球物理学ノート No. 38 (2015.07.29 ver.1, 2015.12.17 ver.2)

昭和基地における40年周期海水位変動と気象変動の関係

渋谷和雄


Keyword: 海水位変動、SAM Index, AAO Index, Norm NAO Index, Faraday-Vernatsky 基地、GRACETellus Ocean Data



1. はじめに

昭和基地の平均海水位は確かな記録が取れ始めた1979年以来、1993年にかけて~-1 cm/yrで低下していた。これは永年的(secular)な変動と見えなくもなかったが、“永年的”であるためには、人類史あるいは、記録が取れ始めてからずっと一方向の変動を示すことが暗黙の了解事項である。例えば氷床融解によるカナダ中央部のGIA隆起による絶対重力値減少 (Lambert et al., 2006)、昭和基地における絶対重力減少(東ら、2013)などは永年変動と呼んで差し支えないであろう。

しかし、昭和基地の月及び年平均水位はFig. 1に示されるように1994年頃から上昇傾向に転じていて、永年変動とは呼べない。具体的な変動周期があるかどうかはデータ記録期間が短くて1サイクルに満たないので何とも言えないが、長周期(例えば20年周期)変動と見なすのが自然である。20年周期の海洋変動を確実に捉えるためには最低3サイクル(60年)の記録が必要と言える。

note38_図01
Fig. 1.  昭和基地の平均海水位の経年変化。南極地球物理学ノートNo. 36から再録。

南極基地で昭和基地より長期間の潮位観測記録が得られているのはFaraday-Vernatsky 基地(UKからUkraineへ移管、位置はFig. 2参照)である。この基地データについて、Peterson (1988)は1960-1980年の20年データから平均値を除去し60日のローパスフィルターを通すとFig. 3のように18.1年周期の変動が見えると述べた。それは、海水密度の変化を含めた、ある水深での水圧変動ということであったが、導出の過程は必ずしも定かでない。

note38_図02

Fig. 2. Faraday-Vernatsky基地は南極半島西岸の半ばにある。当初はUKの基地だったためFaraday基地と名づけられていたが、1996年2月Ukraineに移管され、Vernatsky基地と言う名前になった。南極域においては比較的温暖な気候で、海面が厚く凍結することがないため、井戸―フロート式の潮位計が運用されていて、継続観測の重要性から、基地移管後も途切れることなく観測が継続されている。


note32_図03
Fig. 3. synthetic subsurface pressure (SSP)と呼ばれる、表面気圧に表層部の海水圧を加算した、ある深さでの圧力変動。振幅±10 hPa (mb) ~±10 cmの月変動に60日のローパスフィルターを通すと、周期18.1 yr, 振幅±3 cmの長周期変動が検出されたとPeterson (1988)は主張した。

一方、50年データ(Cisak et al., 2008)で海水位そのものを見ると潮位計生データ(Fig. 4)の様相はそれほど単純ではない。月変化(黒線)は概ね±10 cmであるが、1961-62年、66-67年、76-77年、97-98年のように、±20 cmに及ぶ場合もある。全体傾向を見るために、1年の移動平均(赤線)、6年の移動平均(青線)、12年の移動平均(緑線)を重ね書きしたところ、6年の場合が顕著であるが、1960~1990年の周期15年で振幅10 cmの長期変動に重なるようにして1966, 1996年に極大期が現れ、1976, 2006年は極小期、1988-90年頃は平坦な変化というようにおおよそ、16-18年周期の2サイクル分が認められた。このような長周期変化の振幅は6―10 cmに及び、潮汐では説明できない。

このように、昭和基地でもFaraday-Vernatsky基地でも潮位変動には、潮汐成分だけでは説明できない、周期10年以上の長周期変動が含まれており、それは長周期の大気―海洋相互作用、あるいは、長周期の海洋ダイナミック変動によって生じたものと考えるのが自然である。

もし、海面高がどの周波数帯域でも順圧的にふるまうならば、「その場」気圧補正後の海面高から潮汐変動成分を差し引けば、ほぼ一定な海面高、即ち平均海水位となる。この平均界水位はしかし、必ずしもジオイドとは一致せず、Dynamic Ocean Topography (DOT) と呼ばれる海水温・塩分・流れで決まる量(数十cm)の場所による凹凸ができる。南極大陸リュツォ・ホルム湾縁辺でのDOTとその時間変化は、手掛かりとなる観測量が少なく推定しづらい。一方、大気海洋相互作用については、広域気圧変動場を特徴づけるproxyが提案されており、それと10年周期水位変動との相関性を調べることには意味がある。

note38_図04
Fig. 4. Faraday-Vernatsky基地の海水位変動。縦軸目盛りの絶対値には意味がなく、相対変化量(例えば月変化(黒線)の±20 cm変動)が水位変動である。全体傾向を見るために、1年の移動平均(赤線)、6年の移動平均(青線)、12年の移動平均(緑線)を重ね書きした。作画は青山雄一博士による。


2. 長周期海洋変動と気象変動


2.1. Southern Annular Mode (SAM) Index

南半球の亜熱帯域と極域間の大気循環変動は環状構造をなし、極と中緯度では同期的だが符号が異なる偏差で特徴づけられ、Antarctic Oscillation (AO: Gong and Wang, 1999)あるいはSouthern Annular Mode (SAM: Limpasuvan and Hartman, 1999)などと呼ばれている。

Gong and Wang (1999)の用いたSAMの数値的定義は

SAM = P40˚SP60˚S                             (1)

である。ここで、P40˚S は40˚Sの正規化された平均海面気圧(MSLP:Mean Sea Level Pressure)、P60˚S は65 ˚Sでの正規化されたMSLPである。ここで、正規化されたMSLPとはある短期間平均(例えば1ヶ月平均)気圧の長時間平均(例えば6年)気圧からの符号を含めた偏差を示す。

SAMは順圧的な変動で、表面気圧変動などの経験的直交関数(Empirical Orthogonal Function: EOF)展開の第一基本モード(Principal Component: PC1)を用いて表現されることが多く、シミュレーション大気モデルによるMSLPなどが用いられる。具体的にはNational Center for Environmental Prediction – National Center for Atmospheric Research (NCEP-NCAR) reanalysis (NNRデータ) から求められた40˚S と 65˚S 間の500 hPa面偏差の長波長EOFであったりする。

シミュレーション大気モデルから求められたSAMはこの数十年にかけて、正にシフトする傾向(trend)が顕著であった(Thompson and Wallace, 2000; Thompson and Solomon, 2002)。しかし、南半球高緯度では大気モデルを規制するデータが乏しいため、大気モデルによる気圧データには「にせ」のnegative trendが含まれることが知られている。その場合、(1)式によりSAMには「にせ」のpositive trendが現れることになる。

Marshall (2003)はそこで、40˚S と 65˚S にzonalに分布する観測基地(Fig. 5)のデータを用いてMSLPを求め、その平均からSAMを表すことを提案した。このようにして求められたSAMにも統計的に有意な正のtrendがある。しかし、NNRモデルから求められたtrendは基地データから求めたSAMの2-3倍の率であり、また冬(6-8月)の季節変動もNNRで は過大評価していることが示唆されている。

note38_図05

Fig. 5.  極域の大気環状構造の状態を表すproxy、例えばSAM Indexは40˚S と 65˚S に分布する基地の気圧データを用いて表現される。
40˚S のMSLPとしては赤丸のGough Island, Marion Island, Ile Nouvelle Amsterdam, Hobart, Christchurch, Valdiviaが用いられ、65˚S のMSLPには黒丸のNovolazarevskaya, Mawson, Mirny, Casey, Dumont d’Urville, Faradayが用いられ、(1)式で計算される。青い三角印はAoki (2002)がAAO指数と潮位との相関関係を調べた点、Syowa, Mawson, Davis, Casey, Faradayの5点である。


2.2 Antarctic Oscillation (AAO) index

AAO指数とはNOAAのClimate Prediction Center/National Weather Serviceが提供している南半球大気変動場の状態を表す指数で、20˚S以南の00Zにおける700 hPa等圧面の高さ偏差をAAOの荷重パターン(これは1年にわたる月平均偏差データから決まる)に投影して得られる経験的直交関数の第一主成分PC1の得点と定義されている。この指数が大きな正の値のとき、南極域の気圧は負の偏差を示し、中緯度の海上は正の偏差を示すことが知られていて、逆にこの指数が大きな負の偏差のときには逆パターンの気圧の環状シーソー的変動を示す。表現の仕方は異なっていてもAAOはSAMと類似の量と言える・AAOのdaily dataはhttp://www.cpc.ncep.noaa.gov/products/precip/CWlink/daily_ao_index/aao/aao_index.htmlからダウンロードできる。

Aoki (2002)はFig. 5に示す南極5基地の潮位計データ(1時間値)から、短周期分潮15成分とMf, Mm成分を除去し、inverted barometry成分を補正し、得られた1日変動潮位データとAAO指数の相関を調べた。これらの潮位はAAO指数と顕著な逆相関があり、AAOがpositive highだとsea level lowで、AAOがnegative highだとsea level highになる。一方、これらの基地間潮位の位相はtime lag ゼロで相関が最大になり、AAOが1増加すると潮位は 2.5 cm低下することに対応するという結果が得られた。そして、このnegative correlationは西風偏差が強くなると北向きEkman流が増加、大陸縁辺での表面水発散で海面が低下するというメカニズムで説明できる、とした。


2.3. SAM Index と AAO Index の関係

このノートでは、SAM IndexとしてMarshall (2003, 及びupdate version) が観測基地データを用いて計算し、公表している ”An observation-based Southern Hemisphere Annular Mode Index, Last Revised; Wednesday 8 October, 2014”の月別Index (1979 – 2007)を使用する。AAO Indexについては先のCPC/NCEPからダウンロードしたデータなので大気モデルに基づくデータである。由来は異なるが、同じようにzonal MSLP differenceなので、両者は近い値になるはずで、実際、このことはFig. 6から確かめられる。

両Indexともに1年移動平均でみると顕著なpositive highはJan 1982, May 1985, July 1989, Sep. 1993, Sep. 1998-Dec. 1999に現れ、negative highはMay 1980, Jan 1992, Oct 2000, Nov. 2002に現れている。移動平均区間幅を6年に広げると山・谷はならされて、ゆるやかな正の傾向(Jan. 1982のゼロからFeb. 1999の0.5へ)が残り、移動平均区間を12年に広げるとAAOではゼロを挟んだ±0.1のゆっくりとした変動、SAMでは振幅は減衰しているが6年平均とほぼ同じ傾向が得られた。このように、SAM Index, AAO Indexともに単純な順圧変動ではなく、長周期の履歴応答成分が認められることが特徴である。

12年長周期変動としてはSAM Indexの1990年頃からの増大、1998-99年にかけての極大、以後2004年への減少が顕著である。AAO Indexの全体傾向は当然、SAM Indexの全体傾向と似ているが、極大は1996年とSAM Indexより早い点が異なる。しかし、いずれにせよ、南半球中緯度の気圧配置に比べ、高緯度側が低圧にシフトするに従い、昭和基地の海水位は下降傾向から上昇傾向に転じるが、MSLの変曲点が1993年頃になる理由は判然としない。

note38_図06
Fig. 6.  SAM Index とAAO Index の経年変化。画面配置の状態で左側がSAM Index、右側がAAO Index であり、共に値は-1.5から2.0まで刻まれている。元データは月単位で水色が1年、茶色は3年、緑は6年、赤が12年の移動平均を表している。両者の定義から考えて、傾向が似ていることは当然である。しかし、6年以上平均のSAM Index が 0~0.5の正の値をとるのに対して、AAO Index の平均はほぼ0である。

2.4. 昭和基地の平均風速、最大風速と平均海面水位は相関があるか?

昭和基地では定常的な地上気象観測が行われ、1966年2月以来の月平均風速、及び月最大風速データが得られている。最大風速の風向は、ENEあるいはNEである。これは、東南極大陸沿岸では東から西向きの風が卓越し、低気圧の通過に伴うブリザード時に、風速が強くなることに対応している。南極地球物理学ノートNo. 5で示した通り、西風で励起され60˚S付近を東行するACCと東風で励起され南極大陸沿岸を西行する卓越流であるACoCに挟まれた海域ADZ (Antarctic Divergence Zone)では、Ekman Mechanismにより非潮汐性の水位は低下するが、大陸縁辺の昭和基地水位が季節的に(冬季に)上昇するか、正のAAO Index季に対応して低下するかは、ACoCに対応する東風とACCに対応する西風の相対的強度に依存する。このことはまた、ACoC付近と大陸際の昭和基地での東風の相対強度についても類似の関係があると思われるが、残念ながら、ACoC海域での連続風速観測はないので、推論するしかない。一般的にはACoC海域と大陸際で定常的に風速差が際立つことはないと思われ、すると、昭和基地でENE-NEの風速が強いときは単純に、海水がリーセルラルセン方向に移流するので、潮位計水位は下降すると思われる。この単純な風速移流効果が認められるのか、それとも、履歴応答性があり、相関性が漠然としたものになるのか見るために、最大風速、月平均風速の移動平均をグラフにしたのが、Fig. 7である。

note38_図07
Fig. 7.  昭和基地の最大風速と平均風速。図の画面配置の状態で左側が最大風速(目盛りは24から32 m/sまで)、右側が平均風速(目盛りは4から8 m/sまで)である。元データは月単位で水色が1年、茶色は3年、緑は6年、赤が12年の移動平均を表している。平均風速の12年移動平均は1970年代から2000年代にかけて概して増大傾向、最大風速の12年移動平均は同じ期間についてFig. 1の年平均海水位と概して逆位相の関係にあるが、水位の極小(1993年)は風速の極大(1986年頃)から6-8年遅れと位相差が大きく、相関という意味では不明瞭である。2006年以降の平均海水位が公表されていないので、最大風速の急激な増大と平均水位がどう対応しているかは、まだ判らない。

12年移動平均で見たとき、最大風速については1970年の27 m/sから1986年の29 m/sまでなだらかに増加した後、2005年にかけて、28 m/sまで低下したが、その後、突然、31 m/sに増加していることが目を引く、平均風速については1970年の6 m/sから2009年の6.8 m/sまでほぼ単調増加である。昭和基地月平均水位と最大風速の移動平均は逆位相関係にあり先の説明と調和的に見えるが、水位の極小(1993年)は風速の極大(1986年頃)から6-8年遅れと位相差が大きく、相関という意味では不明瞭である。


2.5. Norm NAO Indexとの関係

北半球では南半球より早く、気候変動を予測あるいは説明するための指標が考案されている。それは多分に経験的であるが、たとえば、北大西洋の気候学的変動を示す指標として、Iceland 低圧帯とAzores 高圧帯の海面気圧(SLP)の差が用いられる。具体的にはRaw index としてAzores島のPonta Delgada (38˚N, 26˚W)とIcelandのAkureyri (66˚N, 18˚W) 間の月間SLP偏差の差を用いている。一般にAkureyriの方がPonta Delgadaより約2倍偏差が大きい。Normalized Index(Norm NAO Indexと呼ぶ)は月平均偏差を1874-1999年の長期間平均偏差で割った割合(ratio)で、Azores島で正規化されたその値をIcelandにおける正規化された値から、引き算して求めている。Ponta Delgadaの初期の測定データはmmで測った水銀柱高さに1.3333を掛け算してmbarに変換したもので、0.9 hPa系統的に低い値の時期があるが、経緯を経て、最近は、Monthly Climate of the Worldの値を使ったものに更新されている。

Norm NAO Indexは北大西洋偏西風の強さと方向を表わす指標である。Iceland低圧帯とAzores高圧帯の位置関係により、Europeに吹き込む偏西風の向きと強度が決まる。この相対位置と相対強度は年々異なり、気圧偏差が大きい年(NAO+と表す)、すなわち高緯度の気圧偏差が中緯度の気圧偏差に比べ相対的に大きい年には偏西風が強く、Central Europeとその大西洋沿岸では涼しい夏、穏やかで湿った冬になる。反対にNAO–の年は、偏西風が抑えられ、北Europeは寒く乾いた冬になり、嵐は南をたどり地中海に向かう。そのため、南Europeと北Africaは嵐と雨が多くなる。

1970年代から近年までNAOはpositive phaseにある。そのため、北西大西洋は寒冷状態に置かれ、低温に適性を持つLabrador Seaのsnow crabの増殖に結びついている。北海でのNAO+による温暖化は生育温度限界近くに生息するタラの生存率を下げ、同じくLabrador Seaの寒冷化は低温限界に生息するタラの生存率を下げている。決定的な要因ではないにしても1990年代のNAO+ peakはNewfoundlandのタラ漁業崩壊の一因と思われ、海洋生態学的な影響が大きい。

一方、北西太平洋において、海水温と気圧の平均的状態が10年を単位とした2単位(約20年)周期で変動することが知られている(Osafune and Yasuda, 2006)。このような現象は「太平洋10年規模振動; Pacific Decadal Oscillation (PDO)」と呼ばれ、その性質を客観的に評価するためPDO指数(PDO Index; Mantua et al., 1997)が考案された。その指数がどのように計算されるかについては省略するが、その指数変動が20-30年周期で「正」「負」位相が入れ替るように変化し、やはり、漁獲量変化と密接に関係していることが注目される。

PDO指数は南北太平洋全域の海象に関係しているらしい。PDO指数が「正」の時、北太平洋の北半分は北米大陸沿岸を除いて海水温が大きく低下するという。一方、北米大陸沿岸や太平洋赤道域中部~東部では大きく上昇する。気圧については、南極大陸に近い海域を除く太平洋の東部全域で低下し、アリューシャン列島沖では大きく低下する一方、太平洋西部や南極に近い海域では上昇する。PDO指数が「負」の時はこれと正反対の水温・気圧となる。

過去のPDO指数の推移から1750年頃には振幅の大きい変動があったこと、1905年頃にも振幅の大きな変動があって、その後は「正」の位相になったこと、それ以降1946年頃からは「負」の位相、1977年頃からは「正」の位相、2006年頃からは「負」位相へと移り変わったことがわかる。全体傾向として、20-30年周期で「正」「負」位相の入れ替わりがあったことは確からしい。

Fig. 8上図はMonthly Norm NAOの移動平均を示したもので、確かに1970年代以降、positive phaseである。これは北極域側の偏差が中緯度側の偏差に比べ相対的に大きいことを意味するが、興味深いことに、昭和基地の海面気圧はFig. 8下図のように、1990年から2000年代半ばまで低圧傾向になっていて、これはSAM Indexのpositive phaseに対応していることである。このように、南北高緯度側の気圧偏差が中緯度側に比べ大きい時期が同期していて、それに対応してFig. 1の年平均海水位が低いとしたら、全球的な何らかの理由があるはずである。

気象学ではテレコネクションと呼ばれる現象が議論されることがあるが、北極振動(Arctic Oscillation: AO)の一側面であるNorm NAOと南極振動(AO)がリンクしているとはにわかには信じられず、単なる偶然かもしれない。しかし、Fig. 1の変動を生み出すメカニズムはその長周期性から見てグローバルな要因が関係していることは間違いない。長期海洋変動は長期気象変動を反映していると考えられ、太平洋だけでなく、周南極海域においても南半球での大規模大気循環との関係を考察する必要がある。さらに北極海は海、南極大陸は陸という違いはあるが、SAMとNorm NAOのキー観測点が共に緯度60°にあり、観測量が共に大気大規模循環を示す気圧偏差であることを考慮すると、両極の大気・海洋変動の相関性を真剣に研究する必要があるだろう。

note38_図08
Fig. 8.  Norm NAO Indexと昭和基地の平均海面気圧。図の画面配置の状態で左側がNorm NAO Index(目盛りは-1.5から1.0まで)、右側が昭和基地平均海面気圧(目盛りは-6から4 hPaまで)で、50年平均気圧986.6 hPaからの偏差である。元データは月単位で水色が1年、茶色は3年、緑は6年、赤が12年の移動平均を表している。昭和基地の海面気圧は全体傾向としてMonthly Norm NAOと逆位相になっていて、Fig. 1の年平均海水位の傾向とも、振幅はともかく、逆相関の関係にある。単なる偶然か、意味のあることかを調べる意義がある。


3. 人工衛星で見る海水位変動

レーダー高度計データが海域でちゅう密に得られるようになると地球楕円体表面からの凹凸としてジオイドが求められるようになった。そのことに威力を発揮したのがTopex/Poseidon衛星搭載のレーダー高度計とDORISであることは南極地球物理学ノートNo. 16~18で述べた通りである。レーダー高度計で求められる平均海面高度(Mean Sea Surface Height)には100年スケールでは変化しない静的なジオイド高分布と海水・海流の物理学的性質で決まる動的な凹凸成分(Mean Ocean Dynamic Topography: MDTと呼ぶ)が含まれるが、MDTは1990年代当初にはKoblinsky and Nerem (1992)等の論文により凹凸規模が~3 mであることが判っている。

レーダー高度計データは積算効果があるので、データが増えれば増えるほど、ジオイド及びMDTの空間分解能、精度が向上した。さらには、GRACE(南極地球物理学ノートNo. 5参照)、最近ではGOCEの登場により、MSSとMDTについていろいろな機関が詳細な汎地球モデルを公表しており、例えばデンマーク工科大学(DTU)の公表しているDTU10 model (http://www.space.dtu.dk/English/Research/Scientific_data_and_models/Global_Mean_sea_surface.aspx; Andersen and Knudsen, 2009)では、昭和基地周辺海域についてFig. 9(a)のような1 m間隔のMSS分布図、及びFig. 9(b)のような0.1 m間隔のMDT分布図を与えている。Fig. 9(a)が示すMSSではオングル島の位置するLützow-Holm 湾開口部から最奥の白瀬氷河域にかけて、~3 mの低下が見られるが、その変化量の90%は固体ジオイド分布に起因していて、~10%がMDTに起因している。MDTはPrince Olav海岸沿いに、北東に高く南西に低い傾向なので、先に述べたNE, ENE風向の風速強化は移流効果による海面低下に結びつきやすいと考えられる。

note38_図09
note38_図10
Fig. 9. (a) Lützow-Holm 湾域のMSS分布図、カラーバーのコンター間隔が1 mであることに注意。
(b) Lützow-Holm 湾域のMDT分布図、カラーバーのコンター間隔が0.1 mであることに注意。
詳しくは本文参照。作画は青山雄一博士による。

海面変動と気象変動についてこれまでの記述は、海面高が順圧(barotropic)的に変化する観点から論じていて、海水質量の増減については触れていない。しかし、GRACE, GOCEなどの重力衛星データの解析技術の進歩により、細かい空間分解能で場所を固定して、その海域での水質量の月・年変化を調べることが可能になってきた。Fig. 10はGRACETellus Ocean Data (Chambers and Bonin, 2012) に基づく昭和基地近傍(69.5˚S , 38.5˚E)グリッド点のMDT海面高変化(縦軸単位はcm-H2Oで水質量の厚さに相当する)であるが、2002年以降2013年にかけて0.4 cm/yrの上昇であったのが2013年に逆転し、2015年にかけては–1.5 cm/yrで下降する傾向が得られている。Fig. 1と重ねて考えると上昇起点(1993年)から下降起点(2013年)まで20年であり、変動周期は~40年ということになる。上昇年率に比べ下降年率が本当に大きいかどうかは、今後の課題である。

note38_図11
Fig.10. GRACETellus Ocean Data (Chambers and Bonin, 2012) に基づく昭和基地近傍(69.5˚S , 38.5˚E)グリッド点のMDT海面高変化(縦軸単位はcm-H2Oで水質量の厚さに相当する)。2002年以降2013年にかけて上昇傾向であったのが2013年に逆転し、以後、下降傾向になった。実際のデータは以下のURLからdownload; Chambers, D.P., 2012. GRACE monthly ocean mass grids NETCDF release 5.0. Ver. 5.0, PO.DAAC, CA, USA. Dataset accessed 2015.12.08 at http://dx.doi.org/10.5067/TEOCN-0N005.作画は青山雄一博士による。


参考文献

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QandA

Q1: このノートを読む限り、水圧計を沈めて、水圧変化から海面位置変化を求める方法は、海氷域では安定なデータが得られにくいと思うのですが、もっとうまい方法はないのですか?
A1: おっしゃる通りです。そこで、我々はGPSを用いて海面上(海氷上)でのGPS観測により、海面位置変化を求められないか実験を継続しています。ポイントになる点は
(1)通年継続無人連続観測を行えるバッテリーシステムの開発、
(2)海面が凍結した時GPSアンテナの位相中心が海水面からどれだけの高さにあるか効率よく計測する方法、
(3)厳密には水圧計計測とGPS位置計測では得られる物理量が異なるので、GPS計測にどう置き換えるか、あるいは、どう比較するか
です。これらの研究を継続しています。