南極氷床上での重力潮汐観測は、基地で言うと3例ある。アメリカによる南極点基地(Amundsen-Scott基地)、ソ連・東ドイツによるVostok基地、日本による「あすか」基地である。「あすか」基地での観測については南極地球物理学ノートNo. 33で紹介した。ここで述べるのは、ロシア(旧ソ連)のVostok基地 (Fig. 1; 78.5˚S, 106.9˚E)で約45年前の1969年にAskania Gs-11重力計を用いて観測された(Schneider, 1970; 1971)データを再解析したものである。当時、ソ連基地での測地・地球物理観測には東ドイツの隊員が深く関わっていて、観測を行なったSchneiderも東ドイツ出身である。上記2編はドイツ語による観測報告で、Venedikov(1966) 法を用いた解析を行っている。英語の論文としては、Schneider and Simon (1974)の論文1編のみが知られていたが、その後の解析手法の進歩に対応した再解析には誰も手をつけていなかった。一方、2000年頃から、我々は東西ドイツ統一後のドレスデン大学(旧東ドイツ)といろいろな共同研究を行っており、その一環として2007年頃から上記潮汐データの再解析を開始し、2009年Doi et al. (2009)として結果を出版した。本ノートはそれに基づいている。
Fig. 1. Schneider (1970, 1971)はVostok基地でAskania Gs-11重力計を用いた重力潮汐観測を行った。図中、影の濃いところが氷床下湖でVostok基地はその南端にかかっている。Doi et al. (2009)のFig. 1を転載。 |
1960年代、AskaniaGs-11重力計は地球潮汐観測の標準的機器であったが、2010年代の今ではその構造の詳細を知る人は少ない。Nakagawa (1961)はAskaniaGs-11重力計の分解図(Fig. 2)を示し、信頼できる観測の条件について6つのfactorを挙げているが、その観点からSchneider (1970, 1971)を見返してみると、(1) 傾斜について感度変化が最も小さくなるpositionを選ぶこと、(2) 感度変化が最も小さくなる 回路電流を選ぶこと、(3)恒温槽の温度を最適に設定すること、(4) アースをうまく取ること、(5)機器の向きを磁気方位に合わせること、は十分考慮されていることがわかる。(4)については、「あすか」基地でも問題になったが、現実には氷床上でしっかりしたアースを取ることは不可能である。しかし、電源供給ラインとの関係で出力信号にハム状のノイズが常在しなければ、問題にはならないことが経験的に知られている。唯一残った問題が重力検出ばねを格納している容器内の気圧を外気圧と等しくすることであるが、後に示すように観測中の気圧は590 hPaから640 hPaまで半年間で50 hPaも変化しており、Schneiderが実際どう対処したかについては詳細なログがないので、この点については、曖昧さが残る。しかし、観測室作成の詳細な作業ノート、(1)-(5)についての詳細なログノートと、後に示す解析結果から判断して、観測は運用指針に則って適切に行われ、信頼できるデータが得られていると判断される。
Fig. 2. Askania Gs-11重力計の分解図。Nakagawa (1961)から転載。残念ながらpressure equalization screwはこの図ではわからない。 |
AskaniaGs-11重力計の制御の要点は「重力ばね」の環境温度を保つことであり、Schneider (1970, 1971)はその点を十分考慮したが、それにも関わらず、環境温度の変化は出力driftを招き、「あすか」基地でのfeedbackアンプ出力の線形性監視同様、内蔵機器による頻繁なscale factorの決定・監視が必要であった。Schneider (1971)は1969年7月から9月の間に7回、10月から12月の間には5回、calibrationを行っていて、振幅については1%精度の時系列データを得ている。位相については日周潮について‒0.7°、半日周潮について‒1.4°の機器に伴うずれ(遅れ)があると述べている。Fig. 3に観測された生の重力変化記録及び気温・気圧変動記録を示す。
Fig. 3. (a) Askania Gs-11No. 140重力計によるVostok基地での重力潮汐記録。Schneider (1971)は22 July – 10 December 1969のアナログチャート記録をdigitizeして1時間サンプリングで3383 hrの時系列を得た。(b) 同観測期間における気温・気圧並行観測データ。Doi et al. (2009)のFig. 2を転載。 |
我々の再解析の前に、Schneider (1971)の結果を簡単に紹介する。Schneider and Simon (1974)は英文で我々が読みやすいのは確かだがSchneider (1971)の方が詳細である。
K1について7.3±1.5°に及ぶ位相の進み、及び、M2について理論値(~1.16)より極端に小さい0.875±0.071という観測δ factorの値が得られた、というのが主要な結果である。この説明不可能だった偏差は今日ではLake Vostokの湖潮汐の影響であろうということが判っている(Dietrich et al., 2001)。1990年代の終わりから、Lake Vostok (Kapitsa et al., 1996) の湖水採取はSCARにおいて「Major comprehensive and interdisciplinary subject for studies of environmental change on Earth」であり、そのstage 1として地球物理学的予察調査が奨励されたこともあり、重力潮汐記録の再解析はタイムリーなテーマであった。
Fig. 3の記録は感度検定に伴う"tare"を含んでいるので、詳細解析に入る前にその補正と、明らかな異常値の除去が必要であった。各々のtareの大きさを決めるために、理論潮汐成分を除去し、経験的な気圧応答成分を除去し、平滑化した変動時系列を生成した。そのうえで、各tare前後の12 h平均値を求め、その差をtareの値と見なすことにした。この前処理においては大きなdriftを軽減し、tareの時刻を特定するために、気圧応答として‒2.6 μGal/hPaというprefitting値を採用する必要があった。しかしこの値は「あすか」基地での値(‒0.24 μGal/hPa: 地球物理学ノートNo. 33)や中緯度での一般的な値(‒0.32 μGal/hPa)と比べ1桁絶対値が大きく、先に述べた(6)が影響していると思われるが、明確な原因は不明である。
tareを補正した時系列は1 h samplingで3383 hという十分な長さがあり、Schneider (1971)が行ったようなsub-datasetへの分割は不要で、一括処理して分潮factorを求めることができる。BAYTAP-Gの理論的背景や解析手順はすでに地球物理学ノートNo. 33で紹介したので、途中経過は省き、すぐに推定結果(Table 1)の考察に入ることにする。
K1の位相進みについてはSchneider (1971)の求めた7.3±1.5°に対して我々の結果(5.0±0.5°)は多少、偏差が改善されたものの、理論が予測する0°に比べ、やはり大きな偏差が残った。一方、 O1(1.7±0.6°)とP1(0.6±2.4°)は理論(0°)に近い値になっている。半日周潮については、不確かさが大きいものの、M2について(6.6±2.1°)、S2について(10.1±4.2°)というやはり大きな位相進みが得られた。
観測δ factor値について、M2は0.890±0.032,S2は0.945±0.068でSchneider (1971)の結果を裏付けている(標準偏差は約半分になった)。日周潮については理論予測の範囲内であった。
Table 1. BAYTAP-Gを用いて推定されたVostok基地各分潮の観測重力潮汐パラメーター。Column 1: 主要日周潮(Q1-K1)、主要半日周潮(M2, S2)、長周期潮(Mm, Mf)、マイナー日周潮(M1-OO1)と,同じく半日周潮(2N2-K2)と1/3日周潮(M3)が推定できた。Column 2&3: 観測δ factorの平均値と標準偏差、column 4&5: 位相の平均値と標準偏差、column 6&7: 振幅の平均値と標準偏差、column 8: 分潮の周期。Doi et al. (2009)のTable 1を転載。 |
Fig. 4は「あすか」基地記録と同様の成分分解結果である。(a)は重力潮汐成分で±50 μGalの振幅を持つ。(b)に見られる±100 μGalという気圧応答成分は大きめで、時間の経過とともにマイナス側へシフトして行く(‒0.02 μGal/h)のは単なる自然現象とは考えにくい。 (c)のdrift成分では2/3の経過時点で傾向が変わっているが、(b)の気圧応答成分と完全には分離していないのかもしれない。(d)の±10 μGalのrandom noiseは少し大きめであるが、厳しい環境条件下での古典的機器の運用としては妥当と言える。
Table 1にはBAYTAP-L (BAYTAP-Gの長周期解析版)で求めたMm(1ヶ月周潮)及びMf(半月周潮)の観測δ factor値も記載した。しかし2.19±3.45というMmの値は非現実的であるし、1.38±0.36という半月周潮の値も誤差が大きいのであくまで参考値に止めおく。
Fig. 4. BAYTAP-Gによる成分分解の結果求められた(a) 潮汐成分、(b)気圧応答成分、(c) drift成分、及び(d) random noise成分。詳しい説明は本文参照。Doi et al. (2009)のFig. 3を転載。 |
BAYTAP-G解析で最終的に求められた気圧admittance値は‒3.5 μGal/hPaで、prefittingで用いた‒2.6 μGal/hPaより絶対値が大きくなった。Askania Gs-11重力計の気密性はゴムのシールリングで保たれる。重力ばね容器内外の気圧は気圧等価スクリュー(pressure equalization screw)を開けることで等しくなり、screwを締めることで気密(air-tight)になる。結局、重力計設置時にscrewを緩めて外気圧となじませ、ゴムシールが正しい位置にあることを確かめた後、screwを締めることが肝要になる。製造メーカの実験(Askania-Werke, 1958)によると、air-tightでない場合、気圧admittanceは‒2.3 μGal/mmHg (約‒1.73 μGal/hPa) でair-tightの場合、‒1 μGal/ mmHg (約‒0.75 μGal/hPa)になるとのことである。結局、予期せぬほど大きな‒3.5 μGal/ hPaという値は、Gs-11に内在する気密構造の問題点(シールゴムが低温劣化した?)と大きな気圧変動のカップリング、あるいはLake Vostok湖水の浮力によるものかもしれない。このような問題点はあるが、得られた各観測分潮パラメーターの値自体は尤もらしく、また誤差も小さいので信頼できる結果と考えられる。
「あすか」基地と異なり、Vostok基地は海岸線から1300 km内陸にあるので、海洋潮汐の影響は小さい。しかし、無視できるわけではない。南極地球物理学ノートNo. 33の基になったShibuya and Ogawa (1993)の頃はSchwiderski (1980) のglobal ocean tide modelが標準であったが、その後のモデル開発は目覚ましく、我々は6つのモデルを比較することにした。それらは、NAO99b (Matsumoto et al., 2000), FES2004 (Lyard et al., 2006), GOT00.3 (Ray, 1999), TPXO6.2 (Egbert and Erofeeva, 2002), CADA00.10 (Padman et al., 2002), CATS02.01 (Padman et al., 2002)である。但し、冗長になるのでここではそれぞれのモデルの特徴には触れない。荷重Green関数はGutenberg-Bullen地球モデル(Farrell, 1972)によるもので、積分計算はSPOTLソフトウェア(Agnew, 1996)を用いている。King et al. (2005),あるいはKing and Padman (2005)は周南極海域で最適なモデルはTPXO6.2でFES2004がそれに続き、NAO99bは棚氷地域では精度が落ちると述べている。
Table 2に3つのモデルについて計算した海洋潮汐補正項をそれぞれ(振幅、位相)のペアで示す。NAO99b (column 2&3), FES2004 (column 4&5), TPXO6.2 (column 6&7)である。TPXO6.2とNAO99bのモデルの違いが一番大きいので、column 8&9にその差(TPXO6.2 ‒ NAO99b)の振幅と位相を追加した。各モデルで推定したQ1, O1, P1, K1, M2, S2についての振幅の違いはM2の場合が一番大きく0.14 μGalであった。位相はS2の41˚, Q1の13°を除き,他の分潮はほぼ10°以内の差であった。そこで、以下ではTPXO6.2で得られた海洋潮汐補正項を代表的な値として残差を考察する。
Table 2. 3つのglobal ocean tide modelによるVostok基地重力潮汐に対する海洋潮汐補正計算。column 1: 分潮、column 2&3: NAO99bモデルによる振幅と位相、column
4&5: FES2004モデルによる同様の結果、column 6&7: TPXO6.2モデルによる同様の 結果、column 8&9: TPXO6.2 ‒ NAO99bの振幅と位相差。Doi et al. (2009)のTable 2を転載。 |
理論と観測の一致度を示す残差vectorR = O – (T + L)の計算原理は南極地球物理学ノートNo. 33の場合と基本的には同じである。但し、1990年代末の理論の進歩を考慮して、理論潮汐振幅T については剛体潮汐に掛けるδ factorの値をinelastic nonhydrostatic PREM モデル(Dziewonski and Anderson, 1981) を用いてDehant et al. (1999)が計算したTable 9に従って更新している。すなわち、O1及びQ1については1.154, P1については1.149, K1については1.134, M2及びS2については1.162, Mfについては1.157である。
O はTable 1の観測振幅と位相で構成され、L はTable 2のTPXO6.2モデルによる振幅と位相で構成される。T はTable 3のcolumn 2で示される位相0°の理論振幅である。すると、R はTable 3の残差振幅 (column 3)と位相(column 4)という結果になり、ここでは省略するがElastic hydrostatic modelの場合に比べ、残差ベクトルの絶対値が小さくなっていて、理論とより整合性が取れていることがわかる。残差誤差はcolumn 5のように (σA2 + σL2)1/2で評価できるが、 0.10 μGal (S2)から0.25 μGal (K1)の範囲に納まっている。Column 6に理論δ factorの値を併記した。
Table 3. Vostok基地の重力潮汐観測の最終残差。Column 1: 分潮,column 2: 理論振幅,column 3: 残差振幅,column 4: 残差位相,column 5: 残差誤差の絶対値,column 6: 理論δfactor。 TPXO6.2モデルについての計算結果である。Doi et al. (2009)のTable 3, 4, 5を編集して転載。 |
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Schneider (1971)では3.4 μGalであったK1残差は今回、1.36±0.25 μGalまで減少した。M2残差の最確値0.37±0.17 μGalはSchneider (1971)の最確値0.6 μGalに比べ約半分になった。O1の最終残差(0.29±0.16 μGal)はSchneider (1971)の結果の約1/6で新しいモデルによる海洋潮汐補正の実効性を如実に示している。
Fig. 5は代表的な日周潮であるK1と代表的な半日周潮であるM2の最終残差phasor diagramである。残差ベクトルについて、K1の位相が~90°進み、M2については~180°進んでいることには意味があるのかもしれない。
Fig. 5. 残差ベクトルR はSPOTLプログラム(Agnew, 1996)を用いて計算した。Doi et al. (2009)のFig. 4を転載。 |
南極地球物理学ノートNo. 33で紹介した「あすか」基地の重力潮汐データを新たなglobal ocean tideモデルで再解析した。Table 4の上段(a)は、Shibuya and Ogawa (1993: originalと呼ぶ)の求めた結果を再掲したものである。但し、理論δ factor(column 5)と理論振幅(column 6)は、Dehant et al. (1999)のinelastic non-hydrostatic PREMモデルを用いて計算した値に更新している。Table 4下段(b)はVostok基地同様、NAO99b, FES2004及びTPXO6.2モデルを用いて計算した海洋潮汐(load tide)補正項とそのモデルに対応した残差潮汐(residual tide)成分である。
注目すべきは、originalではM2残差は0.95±0.20 μGal,S2残差は0.62±0.20 μGalと大きかったが、再解析の結果、TPXO6.2を例に取ると、M2は0.08 μGal,S2は0.16 μGalへと殆ど無視しうる値に減少したことである。この改善はひとえにglobal ocean tide モデルの改良の結果である。
Table 4. 「あすか」基地の重力潮汐観測の再解析結果。上段(a); Column 1: 分潮,column 2: 観測されたδ factor,column 3: 観測位相,column 4: 観測された分潮振幅(μGal)、これらはいずれもBAYTAP-G解析により得られたもので、Shibuya and Ogawa (1993)と同じである。column 5: 理論δ factor,column 6: 理論分潮振幅(μGal)はDehant et al. (1999)により更新されている。下段 (b); Column 1: 分潮,column 2&3: NAO99b(Matsumoto et al., 2000)による海洋補正の振幅(μGal)と位相(°)及び残差成分の振幅 (μGal)と位相(°)column 4&5: FES2004 (Lyard et al., 2006)による同様の結果、Column 6&7: TPXO6.2 (Egbert and Erofeeva, 2002)による同様の結果。である。Doi et al. (2009)のTable 5を転載。 |
Vostok基地,及び「あすか」基地の海洋潮汐補正後の観測に基づくδ factorは、Fig. 5のベクトル分解から計算できる。Fig. 6がその結果である。「あすか」基地におけるO1は上図(a)の中黒赤丸印で1.159±0.010、M2は下図(b)の中黒赤丸印で1.173±0.012になった。一方、Vostok基地についてはO1が上図(a)の濃い青丸印で1.186±0.013、M2は下図(b)の濃い青丸印で1.001±0.056となった。M2はscale outしていて、Vostok基地の特異性が際立つ結果となった。
Fig. 6. 海洋潮汐補正後のδ factorの緯度依存性。(a) O1分潮、(b) M2分潮。実線はWahr (1981)の理論曲線。破線はDehant (1987)の理論曲線、点線はMelchior and De Becker (1983)の経験的緯依存性。黒丸はMelchior (1983)の表による実測値。中黒赤丸は「あすか」基地、濃い青丸はVostok基地での結果。両基地でのO1は点線に近づき、「あすか」基地でのM2も点線に近い値となったが、Vostok基地のM2は明らかな異常値(1.001±0.056)を示した。南極地球物理学ノートNo. 33のFig. 7を改変。 |
Vostok基地のK1残差重力(1.36 μGal )は97%の不確実さ(3σ = 0.75μGal )を考慮しても「あすか」基地では見られないくらい、異常と言える大きさである。一方、詳細は省くがSouth PoleでのK1残差重力は「あすか」基地のそれ(0.17 μGal )より小さい (King et al., 2005)。従って、このK1残差異常は海洋潮汐モデルの不完全さに起因するものではなく、Lake Vostok tideそのものに内在するものと見なせる。
それでは、これはK1とS1の分離が完全でないからであろうか?BAYTAP-GプログラムではTable 1の下段9行に示されるように、マイナー分潮(M1からM3まで)を分解できて、振幅が1.0 μGalあれば(例えばM1, J1, OO1など)推定されたδ factorもそれらしい(reasonableな)値である。一方、S1(0.59 μGal )やL2(0.69 μGal )のように振幅が1.0 μGal以下になると、推定されたδ factor(S1で4.408, L2で8.144)は非現実的な値となり、noise level以下になっている。理論的に言えば、S1振幅はK1振幅の数%である。Table 1の観測結果ではS1振幅(0.59 μGal)はK1振幅(20.55 μGal)の2.9%なので、S1残差についてもK1残差の数%(1.36 μGal x 3%)~0.04 μGalという微小な量にすぎないであろう。
それでは氷床の物性に起因するのであろうか?「あすか」基地のような氷床周辺部では大気圧admittanceが–0.24 μGal/hPaで、標準地殻のそれ(–0.35 μGal/hPa)より絶対値が小さかったが、これは氷が地殻に比べ圧縮率が大きいからである。大陸中央部の氷床の圧縮率が周辺部と比べ極端に違うと考えるべき理由は見つからない。しかも、K1だけにその効果が現れるような物性的原因が氷という媒質にあるとは思えず、すべての分潮に等しく現れるであろう。
静的 (static) という意味では南極大陸上での特別な気圧場の影響を考慮すべきかもしれない。Ray and Ponte (2003)はそのようなS1気圧場として0.2 hPaを見積もっているが、しかし、これも観測されたK1残差に比べ無視しうる量である。
従って、一番尤もらしい理由はLake Vostokの非一様変形ダイナミクスであるが、その励起源はTable 1 column 5に示されるようにP1 (周期24.066 h)とJ1 (周期23.098 h)には現れずK1 (周期23.934 h)からS1 (周期24.000 h)の間の狭い帯域にあるはずである。Fig. 7の気圧―重力coherenceを見ると、10-100 h帯域のなかに16のpeakが認定できるが、卓越周期の組み合わせによっては大気荷重が静振(seiche)のような固有振動を引き起こすかもしれない。Lake Vostokは南北280 km, 東西50 kmで水の厚み1200 m, 直上の氷厚4300 mである(Masolov et al., 2001)。規模が海洋に比べ小さいので、周期の短い湖潮汐応答で特徴づけられる可能性がある。
Fig. 7. 観測された重力と大気圧のcoherence. Doi et al. (2009)のFig. 5を転載。10-100hの間に16のspectral peakがある。 |
Wendt et al. (2006)はLake Vostokの北方端は潮汐力に同調した位相で、南方端は180°ずれた位相で応答し、重力潮汐観測の行われたVostok基地(Fig. 1のVOSTOK)では20 mmの振幅を持ち、そのうちK1振幅は4 mmになると計算している。一方、Lake Vostok上CNTR点(Vostok基地の26 km北方,湖岸から15 km離れている:Fig. 1参照)で行われたGPS観測によれば鉛直変動振幅は2.6±0.32 mmであった。Simulationによると4 km深さにある50 km径の円筒状淡水が示すこの変動はBouguer重力換算(–0.273 μGal/mm)を用いると0.71±0.09 μGalになるが、依然,0.65 μGalの偏差が残る。CNTRより湖岸に近いVostok基地ではさらにdamping factorが掛かるはずである。
Wendt et al. (2005)は、Lake Vostok南北端での大気圧差が及ぼすかもしれない応答をNCEP再解析データ(Kalney, 1996)のIBE (Inverse Barometer Effect) を用いて計算している。その結論は1 hPaあたり5 mmの高さ変化は–1.4 μGal/hPaに相当するが、NCEPモデルが示すVostok基地での気圧とLake Vostok上での気圧差には相関がないので、大気圧―重力の負相関を説明できない、というものであった。
このように、いろいろ考えてもK1残差異常の謎は未解決で残っている。既存の重力データでこの謎が解ける見込みは残念ながら無く、新たな高精度の観測が必要であろう。
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QandA
Q1: 重力や重力残差の値として0.1μGal,1μGalの桁の値が頻繁に出てきますが、その大きさが何を意味するのかいまひとつ判りません。
A1: section 5で残差計算diagramを示しましたが、地球潮汐理論、海洋潮汐モデルの進歩によって、R = O – (T + L)におけるR の絶対値はどの主要分潮についても~0.1 μGalオーダーになることが判っています。注意深い観測にもかかわらず、もし、ある分潮だけR の絶対値が結果として1 μGalの桁になったとしたら、それには何らかの地球物理学的な意味があるはずです。これはLaCoste Romberg feedback型重力計の場合で、超伝導重力計の場合、その桁がさらに1桁上がって普通なら~0.01 μGalオーダーの残差でおさまり、0.1 μGal以上の場合、やはり何らかの地球物理学的な意味があると考えられています。
Q2: 結局K1異常の原因は不明という結論のようですが,どうすれば理由が明らかになるのでしょうか?
A2: この研究でLake Vostokのdynamicsが関係していると思われるところまで判ったので、関連観測を充実しdynamicsの実態を解明するのが早道だと思います。GPS, InSAR, radio-echo soundingなどを用いてLake Vostokの三次元構造とdynamicsの実態をより詳細に把握し、湖潮汐のsimulationと比較する必要があります。なお、手間はかかりますが、重力潮汐観測についても野外用の携帯型超伝導重力計、絶対重力計が実用化されていて、多点連続観測も不可能というわけではありません。しかし、Lake Vostokへのアクセス、観測の実施は極めて労多く、予想を裏切るような目覚ましい成果が約束されている訳ではありません。日本はヨーロッパに比べ、設営的に地の利に恵まれないので深くは関わっていませんが、実は、ドレスデン大学は我々との共同研究を契機に、ロシアの研究所と組んで各種地上観測を強化しています。