海面水位は天体の起潮力により時間的に変化するが、その変化の仕方は場所により大きく異なる。海面水位を観測する器械を験潮儀(あるいは検潮儀)と呼ぶ。記録部はエレクトロニクスの進歩で改良が加えられていったが、そのセンサー部はフロートと呼ばれる「浮き」を連通管のように外洋とつながっている井戸の水面に浮かべ、その水位を機械的・電気的に検出する方法が一般的である。国内には海洋情報部、国土地理院、気象庁などの施設として約145ヶ所に登録験潮所があり、多くはこの方式を用いている。
連通管方式の井戸を作るのは、周期の短い(~10秒)波浪によりフロートの動きが乱されないようにするためである。しかし、南極・昭和基地では、硬い岩盤がゆるやかな傾斜で海底から海岸部へと続いていて、井戸を囲む掘削工事は実際上不可能である。
昭和基地での海洋潮汐観測は、1961年2月末の第5次隊が最初で(小田巻・倉本、1989)、当初、LPT II型と呼ばれる水圧計が使われた。これは、沈鐘内のゴムベローズが水圧によって伸縮すると、その空気圧が導圧管によって陸上の記録器内ベローズに伝えられ、その動きを拡大して記録紙にペン書きするものであったという。測定地点は北の浦と呼ばれる場所であったが、海氷状態が悪く、測器維持に難渋し、試行錯誤のすえ、第11次夏隊が西の浦に沈鐘を移し、1970年5月6日より観測を開始している。そして、第16次夏隊は1975年1月28日、西の浦験潮小屋(第12次夏隊設置)の沖合い約30 m、深さ約2.5 mの地点にstrain gauge式水圧計(型式としてはSWL-7型、協和商工製)を設置、ケーブルを基地主要部(地学棟)まで延長し、そこで記録を得る方式を1980年(第22次隊・倉本茂樹、小山薫隊員)から採用した(Fig. 1参照)。そしてさらには1987年1月13日、第28次夏隊(道田豊、稲積忍隊員)により、圧力―周波数変換型のセンサーを用いた水晶水位計QWP-8-103D(明星電気製)への置き換えを図り、現在(2014年)に至っている。
最新型のQWP-8-103D型水位計はSWL-7型水位計と異なり、地上気圧を除いた相対圧即ち「海水+海氷圧」を観測する、としている(Michida et al., 2002)。いずれの方式であっても、この測定圧を潮位レベルに換算する変換係数(sensitivity ratio)が必要で、これは現場での較正によってしか得られず、従って副標観測はどの方式を採用するにせよ極めて重要である。
このように水位計センサーの型式はLPT IIからSWL-7へ、そしてQWP-8-103Dへという変遷をたどったが、記録方式の変更がセンサー交換と同期していないこと、また、旧・新方式の並行記録がしばらく取られていること、方式が変わっても同型センサー2台の並行記録も行われているなどUserにとって利用しづらい面がある(データの由来が不明瞭な場合がある)。個々のJARE Data ReportのTable 6に掲げられた公表1時間値データが、どのセンサータイプで取得されたかは別表にまとめた通りで、Meisei Denki QWP-8-303D型でのデータに変更されたのは公式には1991年2月1日からである。
Fig. 1. 昭和基地・西の浦では、水深約20 m(海岸線から約60 m沖合)の海底に沈鐘を置いて(距離・深さは年により異なる)、ケーブルで信号を陸地に上陸させている。ケーブル上陸部にはTide Crackと呼ばれる海氷の段差・断裂帯ができ、ケーブルが引っ張られて切断したり、沈鐘が引きずられて基準水位がずれたりする。Odamaki et al. (1991)を改変。 |
Fig. 2は得られた潮位記録の例で、昭和基地へは通常、沖合からうねりが浸入してくることがないため、周期~10秒の短周期変動が乗ることがなく、主に半日、1日周期の潮位変化によるきれいなグラフになる(上段のグラフ)。しかし、うねりの浸入があった1980年3月17日夜半からはFig. 2の下段のように波浪による変動幅で記録線が太くなっている。中緯度地域では下段の変動が普通に見られる潮位記録であるが、昭和基地では極めてまれな現象である。
Fig. 2. 昭和基地の潮位計ペン書き記録。1980年3月17日10LT(上段左端)から3月18日12時LT(下段右端)までの記録。縦軸1目盛りは20 cmである。センサー近傍が海氷で覆われていると、うねりが浸入してこないので、うねり、波浪による~10秒周期の水位変動は抑えられている(17日21時頃まで)。しかし、オングル海峡の海氷が割れて、沖合からうねりが浸入してきたので、中緯度と似た記録になっている(昭和基地ではまれな例であり、定着氷に駐機していた航空機2機が流失するという大事件につながった)。 |
基地のあるオングル島は周囲を通年、海氷で覆われていて、Fig. 1のケーブル上陸箇所(photo 1)には必ずtide crackと呼ばれる海氷段差が出現する。そのため、ケーブルに付着する氷の移動により沈鐘が引きずられたり(水位のゼロレベルが狂う)、ケーブルが切断するという不具合に悩まされ続けている。水圧計の検定のためには、最低、年1回の、水圧と潮位を直接比較する副標観測(photo 2)が必須であるが、年によっては短い夏期間の間に、一度も開水面が現われず、検定できなかった年もある。小田巻・倉本(1989)の図3.18では、1975年1月31日から1981年1月12日にかけて5回の夏に行われた25時間副標観測で、毎回、基準面高さが数十cmから1 m変化していたことが示されている。
photo 1. 潮位計センサーからのケーブルには上陸地点がある。この写真(1981年1月末)では、海岸線に氷盤は殆ど見られないが,年によっては厚く凍りついていることもある。1981年1月28日渋谷撮影 |
photo 2. 海中に副標と呼ぶ木製メジャーを鉛直に立て、海水位を1時間毎に読み取り、25時間,潮位計との比較観測を行い、sensitivity ratioを求める。1981年1月28日渋谷撮影。 |
所掌官庁が海上保安庁ということもあり、潮汐観測の解析は水路部(現・海洋情報部)の職員が深く関わってきた。LPT II型による観測結果の概要が1989年発行の「南極の科学8海洋」において3.3章、昭和基地の潮汐、として示されている(51-62頁、小田巻実・倉本茂樹)。そこでは1961年2月の第5次隊による観測の開始、その後、第16次隊により水圧検出部をストレーンゲージ型に変更し、電圧出力を得たこと、ケーブルで信号を建物施設へ送り(当初は気象棟へ)、記録の監視、記録紙の交換などの維持作業が容易になったこと、第22次隊で比較用に同じセンサーシステムを追加し、並行観測を開始したことなどの経緯が詳細に述べられている。
小田巻・倉本(1989)では、1975, 1978, 1979年の観測記録に基づいて算出された調和定数の平均値が60分潮について表3.5として、掲げられている。主だったものの振幅のみを拾い出してみると、Sa (15.25 cm), Mm (1.66 cm), Mf (2.68 cm), K1 (21.58 cm), P1 (8.41 cm), O1 (23.34 cm), S2 (18.78 cm), K2 (5.60 cm), M2 (22.82 cm)である。長周期潮を含め、年間を通じての月平均海面の変動幅が約40 cmに及ぶことが示されている。
LPT II型センサーが検知するのは水圧だけでなく大気圧を含んだ絶対圧であった(小田巻・倉本, 1989)。SWL-7も同様である。月平均水位と月平均気圧の相関を見ると(図3・17)水位の方が気圧にくらべ、位相はほぼ同相なのに振幅が3-4倍(1 hPa = 1 cmとした時)増幅されていて、月平均水位の変動は大気圧変動が主要因であることをうかがわせている。また、冬季と夏季で調和定数に違いがありそうだと示唆している。
Odamaki et al. (1991)は、1981年から1988年まで8年間の記録を用いて平均海水位の変化を調べた(使用されているセンサーはSWL-7である)。センサー出力水位xと副標観測による潮位yを、 y = ax + bで関係づけ、感度aとBM1040とsensor zero levelとの高度差bを各年について求めている。その結果の図(彼らのFig. 5)によると、感度aは1987年の0.77と1982年の0.86の間で変動している。bの値はTable 1としてまとめられているが、1985/1/8が最短で4.010 m,1984/1/3が最長の4.118 mであった。なお、副標観測の1 h読み取り値を最適fittingしていて、bの結果は1984, 1985, 1986年についてJARE Data Reports Oceanographyシリーズに記載されている値とは異なっている。最終的な結果として示されている彼らのFig. 6の月平均水位は、小田巻・倉本(1989)よりは詳細なSa年変動(振幅30-40 cm)を示していて、それをもとに描かれた年平均海水位の傾向(最小二乗法による推定)は-0.95 cm/yrであったとしている。
南極での地学観測に関して各国は、SCAR WG-GGI (Scientific Committee on Antarctic Research Working Group on Geodesy and Geographic Information)に活動報告を提出するが、その2000年報告Report of Current Activities of Japan for 1998-2000 prepared by Akira Yamaguchi and othersにおいて1.3 Tide Observationsの項で、JHD (Minoru Sasaki and others)として1987-1996年の月平均水位の図(彼らのFig. 4)が紹介されている。この図では1987-1991年がstrain gaugeセンサー方式SWL-7によるもの、1992-1996年がquartz センサーQWP-8-30Dによるものとしているが、年変動振幅がセンサー交換をまたいで、年の経過とともに減少傾向であることが明瞭である。一方、同じく彼らの Fig. 5では年平均水位の図として1981年の165.1 cmから±2-5 cmの振幅で各年変動しながらだんだん~150 ±1 cmになっていく様子(regression lineは引かれていないが-1.0 cm/yrと読み取れる)が示されている。この両者の図をFig. 3a, 3bとして引用転載する。
Fig. 3a. 1987-1996年の昭和基地水位計の月平均水位変化(Japanese Report to SCAR WG-GGI. 2000による)。1991年まではOLD (strain gauge型)、1992年以降はNEW (quartz oscillator型)センサーによる。 |
Fig. 3b. 1987-1996年の昭和基地水位計の年平均水位変化(Japanese Report to SCAR WG-GGI. 2000による)。1991年まではOLD (strain gauge型)、1992年以降はNEW (quartz oscillator型)センサーによる。 |
大久保修平ほか編による「地球が丸いってほんとうですか?」(朝日新聞社 2002)では、飛田による図46-1(246頁)として、昭和基地の月平均潮位(実線)と年平均潮位(破線)について1987年~2001年の14年データに基づき、年平均潮位が14年間で20 cm近く下がっているように見える、と述べられている。
この間、昭和基地海水位のseasonal cycleについて、いくつかの研究がなされている。Nagata et al. (1993)は月平均水位の年変化が1979-1989年において26 cmであること、early winterに水位最大、mid-summerに水位最小になる、という年サイクルは非対称な変動であることを示していて、Michida et al. (1996)は海水密度の年変動による効果は2 cm程度であり、沿岸流による傾圧効果も7 cm程度(Ohshima et al., 1996)なので、この大きな振幅の変動については、さらに検討を要するというのが、その時点での彼らの結論であった。一方、我々はその後、ACoCの大陸沿岸側(昭和基地)と外洋側(Lützow-Holm湾沖)でのOBP海水位季節変動を比較し、基本的にはEkman発散機構で説明可能なことを示した(Hayakawa et al., 2012: 南極地球物理学ノートNo. 5)ので、以後は長期経年変動を中心に見て行くことにする。
Michida et al. (2004,以後MI2004と略記)は、解析期間を1981~2000の20年間に延ばした。1993年以降は、より正確で安定な新たな水晶圧力計方式(QWP-8-303D)によるデータが得られているので、strain gauge方式 (SWL-7) による前半(1981-1989)とQWP-8-303Dによる後半(1990-2000)の比較で問題点の解決が図れるであろうという見通しであった。また前半はanalogデータのみだが、後半はanalogデータに加え0.2秒サンプルの1分平均値を10分ごとに記録したデジタル値も、保存している。1987年には両方式を並行運用し、25時間の副標データの比較からregression lineからの偏差はSWL-7については5 cm、QWP-8-303Dについては1 cmであり、reference levelの決定誤差は95%の確かさで±1.5 cm以下であったとしている。
MI2004ではdatum referenceをBM1040からの深さに統一し、後半データに大気圧補正を施した日平均水位変化のグラフを示している(MI2004のFig. 1)。大気圧変動に由来する高周波変動が抑えられ、年周変化が明らかになったとしている。月平均水位の時系列図(MI2004のFig. 2)にはregression lineが引かれていて、海面降下率は1.4 cm/yrで、Odamaki et al. (1991)の求めた0.95 cm/yrより大きいとしている。一方、annual cycleの変動の様相(MI204のFig. 3)は観測システムを更新した1990年以降変わったようで、前半(1981-1989)データでは5月(最大)と1月(最小)の変動幅が34 cmで非対称(冬のpeakは平坦で夏のtroughは鋭い)だったのが、後半(1990-2000)になると最大は4月、最小は10月にshiftして、より対称的な年サイクルになり、変動幅も14 cmと小さくなったとしている。
Fig. 4. 昭和基地水位計日平均水位変動。1989年まではOLD (strain gauge型)、1990年以降はNEW (quartz oscillator型)センサーによる。OLDは絶対圧、NEW は相対圧を測定している。(a) 1990年以降のNEWについては気圧補正前。(b)NEWについての1990年以降は気圧補正後。Michida et al.(2004)のFig. 1を転載。 |
Fig. 5. 昭和基地水位計月平均水位変動。1989年まではOLD (strain gauge型)、1990年以降はNEW (quartz oscillator型)センサーによる。Michida et al.(2004)のFig. 2を転載。 |
Fig. 6. 昭和基地水位計に見られる月平均水位変動。2サイクル分を表示。実線(1981-1989)はOLD (strain gauge型)、破線(1990-2000)は NEW (quartz oscillator型)センサーによる。OLD型の7,8月の水位降下の様相はNEW型に比べゆっくりで、12-2月の谷もNEW型に比べ深い。Michida et al.(2004)のFig. 3を転載。 |
特に、1988年は両方の方式で並行観測していたので比較図(MI2004のFig. 4a)が示されていて、QWP-8-303Dでは7月から水位低下傾向に入ったのに、SWL-7では1ヶ月遅れの8月に入ってから水位低下傾向が始ったことを示している。両センサーによる3月、7月の水位日変動を比べてみると、SWL-7では、上昇期では目立たぬ位相遅れが、下降期の7月では目立ち始め、その積算効果が両者の月平均水位の違いになって現れるのではないかと結論づけている。しかし、年平均値では大きな違いが生ずることはなく、1988年について、SWL-7では147.4 cm, QWP-8-303Dでは148. 2 cm (1 cm 以下の違い)であったとのことである。MI2004のFig. 1, 2, 3, 4aをここではFig. 4, 5, 6, 7として引用転載する。
Fig. 7. OLD, NEW水位計が並行観測していた1988年2-11月の日平均水位比較。破線はOLD (strain gauge型)、実線(1990-2000)はNEW (quartz oscillator型)センサーによる。Fig. 6の傾向をより 顕著に表わしている。Michida et al.(2004)のFig. 4aを転載。 |
MI2004は海水位の永年変動と18.6年振動(nodal tide)の分離を試みている。1981年を原点とし、海水位の変化をlinear trend Y とcyclic な変動(周期18.6年)の和で表されると仮定すると、
Y (cm) = -a t + b (1)
T (cm) = c cos(2πt/18.6 + d) (2)
で、最小二乗法で求めた値はa = 1.2 cm/yr, b = 152 cm, c = 2.7 cm, d = -0.75 yrであったという。この結果によるとnodal tideの振幅は2.7 cmで1984年にpeakにあったと推定している。
時間は前後するがほぼ同時期に、青木茂(2001)は昭和基地水位計計測の問題点をレヴューしていて、それらは以下のようにまとめられる。(1) 圧力センサーは顕著なドリフト的特性を示唆している。(2) 副標観測が圧力計の直上で行われておらず、海水密度が小さくもっとも変化の激しい夏(南半球の)1回1-2日間の並行観測を冬季の観測に内挿するので、水圧―水位の季節変化を無視している。(3) 特にSWL-7の圧力―高さ変換係数が最大で0.1 (10%)異なる(Odamaki et al., 1991)が、これは海水の密度変化だけで説明するには大きすぎ、圧力応答の安定性に疑問が残る。(4) SWL-7による観測での季節変動振幅は25 cmから30 cm (Odamaki et al., 1991; Nagata et al., 1993)とされたが、QWP-8-303Dによる近年(~2000)の結果では15 cmから20 cmで、10 cmあまり小さい。(5) 潮汐定数もSWL-7による観測とQWP-8-303Dによる観測では系統的に異なっている。
青木茂(2001)では、気象庁結合モデル予測(30年後)による昭和基地での海水位上昇率は-0.12 mm/yr(最低値)から+2.1 mm/yr (最高値)とされており、積分開始後100年での上昇率は昭和基地だけでなくどの南極観測基地でも+1 mm/yr以下であることから、ドリフトのない長期安定な潮位計が必須であると強調し、GPSの応用(例えばAoki et al., 2000; 2001)への期待を述べ、考察を締めくくっている。
上記reviewののちに行った我々の解析結果を紹介する。基本的な手法はOdamaki et al. (1991), Michida et al. (2004)と同じであるが、データはすべて出版されたJARE Data Reports Oceanography Series No. 1 - 32に依拠している。なお、同seriesのNo. 5, 13, 15, 22には西の浦での潮位データは含まれておらず、別プロジェクトのデータである。
注意すべきは1987年2月ー1988年1月データを示したSeries No. 10 reportには2種類のversionがあることで、Feb. 1 00hが137 cmで始まるものは正しいが、162 cmで始まるものは正しくない。2種類印刷・出版された経緯は判らないが、CiNiiに登録されている方は誤りである。何故、誤りと判るかというと、1986, 1988年を含めた3年分データの連続性が途切れ、誤りの方では1年分丸々、月平均水位が約20 cmいつでも大きいというギャップが生じるからである。また、現在はexcel表計算ソフトを援用すれば24 h/25 h積算水位、日・月平均水位の演算を間違えることはないが、手計算あるいは計算機データ入力で計算したと思われる前期のData reportには、年によっては計算間違いが結構、含まれている。なお、2007年2月以降のデータはJARE Data Reports Oceanography Seriesとしては未だ公表されていない。
もうひとつ重要な点として、各年の副標観測結果を如何に反映させ、27年分の水位データの連続性を得るかという問題がある。我々もMI2004と同様,各年のゼロレベルの移動を参照して1979年2月のレベルに統一するやり方を採用しているが、1年分の移動量を按分して1ヶ月ごとの変動に割り振っている。各年のData Reportの概要を別表としてまとめたが、必ずしもいつでも整合性がある副標観測にはなっておらず、問題点は赤字でコメントとして記述するにとどめ、MI2004に捉われず我々のやり方を貫いている。Fig. 8は我々の採用したゼロレベルの経年変化図である。
Fig. 8. 圧力式水位計の副標観測によるゼロレベル深度の経年変化。JARE Data Reports Oceanography Series(別表)を基に追跡した。 |
Fig. 9の黒丸は1979年2月から2007年1月までの27年間の月・年平均水位の変動である。 MI2004と同様に、1991年2月以降のquartz oscillator型センサーについては気圧補正を行い絶対圧として表している。1979-1989年の月平均水位の振幅は48 cmから40 cmへと低下傾向にあり、この低下傾向は1992年頃まで続く。1990-1993年は19 cm~21 cmと水位の極小期にあたり以後は、2006年にかけて20 cm~26 cmへと再度増加傾向になることが見て取れる。また、1979-1989年の各年変化の様相(放物線関数的な変化)は1990年以降の様相(夏季と冬季に二分されさらに短波長成分が重畳する)と明瞭に異なり、センサーの違いが反映していると思いがちであるが、別表のように、第32次隊による1990年のデータはSWL-7の絶対圧方式で、QWP-8-303Dによる相対圧方式への変更は第33次隊の1991年2月からなので、その違いが理由とは考え難い。
Fig. 9. 1979年2月-2007年1月の昭和基地・西の浦での海水位変動。青丸は月平均水位。赤丸は年平均水位。1990-1993年の極小期を境に、低下傾向から上昇傾向に転じている。永年変化(50年以上にわたる低下)ではなく、周期~30年のdecadalな変化であることを強く示唆している。 |
従来結果との決定的な相違は、赤丸で示される年平均水位の傾向にある。1980-1993年は‒3.7 cm/yrの低下であるのに対して1990-1993年の極小期以後は増加傾向に転じて1996年以降は+1.7 cm/yrの増加を示している。このように、得られた水位変動は永年的な海面変動というよりは30年規模周期の大気・海洋変動の一部であると考えた方が妥当である。そう考えれば、永年変動と見なすと疑問になる青木茂 (2000)の指摘も別の側面からの考察が必要になる。一方、「30年規模周期の大気・海洋カップリング変動」という結論自体にもいくつもの謎が含まれていて、他の基地での結果はどうなのか、AAOなど、気候変動proxyとはどのような関係にあるのか、永年変動成分は抽出できるのかなどを考察する必要があり、その点について今後の南極地球物理学ノートで述べることにする。
3章の結果は2014年秋の測地学会(1)(11月5日)、極地研シンポジウム(2)(12月3日)で発表した最新の成果なので、論文化に当たり、数字等が変更される可能性があることに注意されたい。
(1) 渋谷和雄・早河秀章(2014): 昭和基地の長周期海面水位変動再考、日本測地学会第122回講演会要旨集26、p51-52.
(2) Shibuya, K., Hayakawa, H. (2014): Decadal variation of mean sea level at Syowa Station revisited,
presented at the Fifth Symposium on Polar Science, 3 December
2014, National Institute of Polar Research.
青木茂、2001. 南極域の海面変動と地殻変動―観測の現状と課題―、月刊地球/号外No. 35, 149-156.
Aoki, S., Ozawa, T., Doi, K., Shibuya, K., 2000. GPS observation of the sea level variation in
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Hayakawa, H., Shibuya, K., Aoyama, Y., Nogi, Y., Doi, K., 2012. Ocean bottom pressure variability
in the Antarctic Divergence Zone off Lützow Holm Bay, East Antarctica. Deep Sea Res. Part 1,
vol. 60, 22-31, doi10.1016/j.dsr.2011.09.005
Michida, Y., Ogawa, A., Okano, H., 1996. An estimation of the effect of density changes
upon sea level measurement at Syowa Station, Antarctica. Rep. Hydrogr. Res., 32, 23-27.
Michida, Y., Tateoka, A., Kinoshita, H., Namiki, M., Odamaki, M., 2004. Long-term and seasonal
changes of the mean sea level at Syowa Station, Antarctica, from 1981 to 2000. Polar
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Nagata, Y., Kawamiya, M., Michida, Y., Odamaki, M., 1993. Seasonal variations of the sea level at
Syowa Station, Antarctica. Proc. NIPR Symp. Polar Meteorol. Glaciol., 7, 60-72.
小田巻実・倉本茂樹,1989. 3.3章:昭和基地の潮汐、南極の科学8海洋編,51-62頁、国立極地
研究所編,古今書院,136pp. ISBN4-7722-1307-4.
Odamaki, M., Michida, Y., Noguchi, I., Iwanaga, Y., Ikeda, S., Iwamoto, K., 1991. Mean sea-level
observed at Syowa Station, East Antarctica. Proc. NIPR Symp. Antarct. Geosci., 5, 20-28.
Ohshima, K.I., Takizawa, T., Ushio, S., Kawamura, T., 1996. Seasonal variation of the Antarctic
coastal ocean in the vicinity of Lützow-Holm Bay. J. Geophys. Res., 101, 20617-20628.
大久保修平編著、2004. 地球が丸いってほんとうですか?朝日新聞社、朝日選書752,
ISBN4-02-259852-2, 277頁。
Yamaguchi, A. and 5 GSI staffs, Sasaki, M. and 2 JHD staffs, Shibuya, K. and 3 NIPR staffs,
2000, Report of current activities of Japan for 1998-2000. Japanese activity report to
SCAR WG-GGI.
どのような験潮儀があるか?については、国土地理院HP 測地観測センター「潮位を測る」が参考になる。http://tide.gsi.go.jp/tide_gauges.html
圧力計測の基本―National Instruments (2011.10.17)として
http://www.ni.com/white-paper/13034/jaに絶対圧/ゲージ圧の違い、圧力センサーの種類と特徴が述べられている。
平易な言葉でゲージ圧と絶対圧の相違を述べた潜水士の国家試験問題の解説
http://homepage2nifty.com/j-suga/q&atext-2-2.html
も参考になる。
別表:各隊次の昭和基地・西の浦海洋潮汐観測記録の概要
JARE |
Period |
Physical |
Chemical |
Recorder |
JARE Data Report Number, Publication Year |
20 |
1978.12-1980.02 |
鈴木元之 |
|
森川 武 |
|
21 |
1979.12- |
松本邦雄 |
峯 正行 |
渋谷和雄 |
JARE Data Reports No. 75 (Oceanography 1), 1982 |
22 |
1980.12- |
倉本茂樹 |
|
酒井量基 |
JARE Data Reports No. 76 (Oceanography 2), 1982 |
23 |
1981.12- |
淵之上清二 |
岡 克二郎 |
阿部 馨 |
JARE Data Reports No. 91 (Oceanography 3), 1984 |
24 |
1982.12- |
半沢 敬 |
岩本孝二 |
桜井 治男 |
JARE Data Reports No. 95 (Oceanography 4), 1984 |
25 |
1983.12- |
岩波圭祐 |
二ッ町 悟 |
角村 悟 |
JARE Data Reports No. 117 (Oceanography 6), 1986 |
26 |
1984.12- |
岩波圭祐 |
當重 弘 |
松村 正一 |
JARE Data Reports No. 126 (Oceanography 7), 1987 |
27 |
1985.12- |
岩永善幸 |
當重 弘 |
内田 邦夫 |
JARE Data Reports No. 127 (Oceanography 8), 1987 |
28 |
1986.12- |
道田 豊 |
稲積 忍 |
赤松 純平 |
JARE Data Reports No. 139 (Oceanography 9), 1988 |
29 |
1987.12- |
伊藤清寿 |
石井 操 |
市川 信夫 |
JARE Data Reports No. 149 (Oceanography 10), 1989 |
30 |
1988.12- |
池田俊一 |
松本敬三 |
村上寛史 |
JARE Data Reports No. 161 (Oceanography 11), 1991 |
31 |
1989.12- |
池田俊一 |
小島哲哉 |
長坂健一 |
JARE Data Reports No. 174 (Oceanography 12), 1992 |
32 |
1990.12- |
中村啓美 |
野口賢一 |
山本正人 |
JARE Data Reports No. 187 (Oceanography 14), 1993 |
33 |
1991.12- |
田中和人 |
野口賢一 |
金尾政紀 |
JARE Data Reports No. 203 (Oceanography 16), 1995 |
34 |
1992.12- |
橋間武彦 |
並木正治 |
岡野健太 |
JARE Data Reports No. 228 (Oceanography 17), 1995 |
35 |
1993.02- |
小川明彦 |
岡野博文 |
名和一成 |
JARE Data Reports No. 235 (Oceanography 18), 1998 |
36 |
1994.12- |
寄高博行 |
並木正治 |
田中俊行 |
JARE Data Reports No. 244 (Oceanography 19), 1999 |
37 |
1995.12- |
及川幸四郎 |
三浦幸広 |
野木義史 |
JARE Data Reports No. 245 (Oceanography 20), 1999 |
38 |
1996.12- |
及川幸四郎 |
岩本孝二 |
金尾政紀 |
JARE Data Reports No. 246 (Oceanography 21), 1999 |
39 |
1997.12- |
寄高三和子 |
増山昭博 |
青木 茂 |
JARE Data Reports No. 258 (Oceanography 23), 2001 |
40 |
1998.12- |
増山昭博 |
清水潤子 |
福崎順洋・中西崇 |
JARE Data Reports No. 264 (Oceanography 24), 2002 |
41 |
1999.12- |
島崎拓美 |
中内博道 |
瀬尾徳常 |
JARE Data Reports No. 265 (Oceanography 25), 2002 |
42 |
2000.12- |
高橋 渡 |
小嶋哲哉 |
伊藤喜宏・岩野祥子 |
JARE Data Reports No. 266 (Oceanography 26), 2002 |
43 |
2001.12- |
木下秀樹 |
野坂琢磨 |
桜 勝巳・吉井弘治 |
JARE Data Reports No. 282 (Oceanography 27), 2005 |
44 |
2002.12- |
宗田幸次 |
大市一芳 |
堀内順治 |
JARE Data Reports No. 293 (Oceanography 28), 2006 |
45 |
2003.12- |
尾形 淳 |
難波江 靖 |
土井浩一郎 |
JARE Data Reports No. 294 (Oceanography 29), 2006 |
46 |
2004.12- |
尾形 淳 |
鈴木和則 |
江川普子・上村剛史 |
JARE Data Reports No. 295 (Oceanography 30), 2006 |
47 |
2005.12- |
増田貴仁 |
伊藤禎信 |
澤柿教伸 |
JARE Data Reports No. 304 (Oceanography 31), 2008 |
48 |
2006.12- |
鈴木英一 |
杉本 彩 |
JARE Data Reports No. 315 (Oceanography 32), 2010 |
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25, 26, 27次データについてはOdamaki et al. (1993)は 別副標zero levelを算出している。4.118 m (1984.01.03) 4.010 m (1985.01.08), 4.044 m (1986.01.25) |
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報告書記述をできる限り追跡したが,不整合の理由は完全には解明されていない.これは、2014.12.02現在のまとめである。 |
Q and A
Q1: Fig. 8によると水圧計のゼロレベルが急に変わっている年がありますが、これが原因でみかけの30年周期変動が現れていることはないのですが?
A1: ゼロレベルのシフトの様子を詳しくみても、その補正により30年周期の正弦関数的な変動になることはありません。
Q2: Fig. 9が最終結論だとして、大気・海洋カップリングで海面が30年間で50 cm も変わることがあるのでしょうか?
A2: JARE Data Reports Oceanography Seriesの月表データの由来には、次のQ3/A3にその一端が見えるようにblack box的な所がありますが、得られた経年変動はartifactではなく自然現象と考えるべきだと思います。一般的に言われている全球的な海面低下(3 -10 mm/yr)の量から考えて昭和基地の海水位が永続的に30年間で50 cm低下したとは思えませんが、decadalに変動する理由を考えるべきでしょう。
Q3: 30年間で50 cmという大きな変化があれば、“目に見える海岸変化”になるのではないですか?
A3: その通りです。実は昭和基地のある東オングル島を16年間、あいだをおいて撮影した垂直空中写真があるのですが、両方の写真を見比べると「目に見えて海面低下しているようだ」と、極地研の森脇教授(当時)が述べています。具体的には(A) 第16次隊が撮影した1975年2月10日1337-1355LTの4シーンと(B)第32次隊が撮影した1992年1月17日1200-1210LTの2シーンです。撮影の行われた1月下旬から2月上旬は潮位の日較差が大きい時期なので、これが単なる印象なのか、潮位観測データから裏付けられる現象なのかは、詳しい調査が必要です。その調査レポート(内部資料)が1995年5月16日、海上保安庁・水路部・海洋研究室(当時)により示されています。仮に、「道田豊・岩永義幸・並木正治(1995): 1975年と1992年の南極昭和基地の水位の差について」としておきます。このレポートでは撮影実施時刻の潮高、地殻変動に伴う水位の変化(あるいは地上ベンチマークから験潮儀基準面までの高低差)を詳しく追いかけています。1975年はJARE Data Report Oceanography Seriesの刊行前で、(A)の撮影時である2月10日は験潮記録が欠測していたこと、復旧は2月11日14LT頃からで、欠測の間はShibayama and Ohniwa (1977)が求めていた調和定数を用いて推定したこと、年間平均水位の連続性を保つため、極端なgapが出ないように副標基準面とデータレポート月表の観測基準面の高低差を調整していること、大元になるBench MarkがBM1040ではなくBM149であったことが問題を若干複雑にしましたが、Table Aのような推算水位を求めています。1992年についても、副標による実測水位(x)と験潮儀の読み取り(y)に一次回帰モデルをあてはめた調整が必要で、その結果、最終的には月表データ観測基準面が副標観測基準面より11.3 cm高かったという結果を導いています。そして副標基準面がBM1040の下4.011 mにあったことから月表データ観測基準面はBM1040より4.011 – 0.113 = 3.908 m下にあることになり、これを基に航空写真撮影時刻前後の潮位をTable Bのように求めました。
Table A. 1975年の航空写真撮影時刻前後の推定潮位 | |||
日付 | 時刻 | 推算潮位(基準面上cm) | 推算潮位(BM1040の下m) |
1975.02.11 | 13:30 | 94.5 | 3.168 |
13:40 | 96.5 | 3.148 | |
13:50 | 99.5 | 3.118 | |
14:00 | 102.5 | 3.088 |
Table B. 1992年の航空写真撮影時刻前後の推定水位 | |||
日付 | 時刻 | 推算潮位(基準面上cm) | 推算潮位(BM1040の下m) |
1992.01.17 | 11:30 | 52.5 | 3.383 |
11:40 | 54.4 | 3.364 | |
11:50 | 57.2 | 3.336 | |
12:00 | 59.1 | 3.317 | |
12:10 | 62.9 | 3.279 | |
12:20 | 65.7 | 3.251 | |
12:30 | 70.4 | 3.204 |
その結果、1975年2月11日の撮影時の潮位として1340LTの値を用い、1992年1月17日の撮影時の潮位として1200LTと1210LTの平均値を用いることとすると、両撮影時刻の水面の高さは次のTable Cになります。
Table C. 航空写真撮影時刻での潮位 | ||
日付 | 観測基準面からの潮位 | BM1040から見た潮位 |
1975.02.11 | 96. 5 cm | ‒3.148 m |
1992.01.17 | 61.0 cm | ‒3.298 m |
つまり、固定点であるベンチマークから見た潮位は1992年の方が約15 cm低かったと結論づけられます。Fig. 10がその比較対照図です。
Fig. 10. 1975年と1992年の航空写真撮影時の潮位比較.単位はm. |
潮位が15 cm低かったとすると,海岸線は何m後退して見えるでしょうか?汀線付近の傾斜を5°とすると(photo 1, 2参照)後退長さは15 cm/ tan 5°~ 170 cm,10°とすると15 cm/tan 10°~85 cmなので,十分認識できる長さと言えます.2000年以降、JAREは固定翼の運用を取りやめたので、正規の垂直空中写真撮影による西の浦海岸付近の写真はありません。しかしFig. 9の傾向から2010-2020年頃、汀線が1992年に比べどれくらい前進しているか何らかの方法で調べることは興味深いと言えます。
Shibayama, N., Ohniwa, Y., 1977. Oceanographic data of the 17th Japanese Antarctic
Research Expedition 1975-1976. Antarct. Rec., 60, 100-131.