南極地球物理学ノート No. 33   (2014.10.08)

南極氷床上・あすか基地における重力潮汐観測の解析

渋谷和雄


Keyword: あすか基地、LaCoste-Romberg重力計、Harrison-Sato feedback amplifier、BAYTAP-G解析、気圧アドミッタンス



1. はじめに

固体地球が月・太陽などの天体引力の影響を受けて変形することはよく知られた事実であり、1970-1990年代にかけて、簡便な(移動可能な)携帯型重力計により、地球潮汐観測がさかんに行われた(Melchior and Francis, 1998)。主には弾性変形しやすさを示す指標であるδ factorの地域性、海洋潮汐モデルの改良・規制を目的とするものであったが、携帯型重力計の振幅観測の到達精度には一般に1%という限界があり、超伝導重力計の登場(到達精度0.1%)により、携帯型による重力潮汐連続観測は役割を終えた。過去のdata bankも精度によるふるい分けが避けられないが、南極氷床上での観測結果は、測定例の希少性、測定環境の特殊性から、結果の解釈を含め2014年現在も価値を保っている。

南極氷床上での重力潮汐観測は、基地で言うと3例ある。アメリカによる南極点基地(Amundsen-Scott基地)、ソ連・東ドイツによるVostok基地、日本によるあすか基地である。あすか基地での氷床上観測は第28次隊で私(渋谷)がJARE史上初めて行いShibuya and Ogawa (1993)としてまとめたもので、以後、内陸基地での例はない。



2. 観測

2.1. 観測雪室の作成

あすか基地はSør Rondane山地の北方約30 km の71.5˚S, 24.1˚E,約1000 m厚の氷床上に位置している。Princess Ragnhild海岸までは約120 kmの距離があり(Fig. 1参照)、海洋潮汐の影響は日本での観測の場合よりは抑えられている。

note33_図01
Fig. 1.  あすか基地及び昭和基地の位置

使用した重力計はLaCoste-Romberg携帯型重力計G-805をHarrison-Sato型feedbackアンプ(Harrison and Sato, 1984)で重力潮汐観測用に改造したものである。国内であれば、環境条件の変化がない観測小屋に設置するのが常道であるが、新設あすか基地での全く未経験ななかでの立ち上げ作業であり実際上の制約が大きかった。

まず、建物通路の脇の積雪をチェーンソウを切り出して雪室を作成した。急激な気温変化が起きないように、天井より上に3 mの積雪層が残るようにした。重力計設置用の空間は高さ2 m x 幅3 m x 奥行き1 mの約6 m3である。入口部分を開削しすぎると、空気の流れが生じるので、ふたはできないが、1人の出入りができるだけに狭めた(photo 1)。そして、別棟の建物でデジタル・アナログ記録出来るように60 mほどケーブルを敷設しfeedbackアンプからの出力信号を送った(Fig. 2)。

note33_p01
Photo 1. チェーンソウで雪をブロック状に切り出し雪室を作った。 入口は半分近く埋め戻し、空気の流れをできるだけ狭めた。

note33_図02

Fig. 2. 基地建物と雪室の平面図。雪室には改造した重力計G-805とfeedbackアンプ
のみを設置し、feedbackアンプからの出力信号はケーブルで延長し、観測棟のアナ
ログ・ペンレコーダーとデジタルカセットに記録した。

いろいろ考えたが、レベル調整がしやすいように、G-805はむき出しとし、金属ではなく木の板の上に設置した(photo 2)。一般には知られていないが、積雪荷重の影響は床面の一方向への傾斜の継続という形で現れ、レベル調整を頻繁に行う必要があった。Feedback アンプは保温箱内においたが、温度変化で抵抗値が変わっても調整しやすいようにロータリー式抵抗を用いた。保温用の木箱は密閉するとアンプの発熱で温度上昇していくので、息抜き用の穴をあけ、パイプを立てた (photo 3)。また雪室内温度調整のため40Wの裸電球をつけた。些細なようであるが、これらの恒温対策は極めて重要かつ有効であった。Photo 2-3が重力計と保温箱の最終的な設置外観を示している。

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 Photo 2. 重力計はむき出しで、木の板の上に置いた。 photo 3. Feedbackアンプは木製保温箱内に設置したが恒温対策として息抜きパイプを立てた。

2.2. Harrison-Sato型feedbackアンプ

LaCoste-G型重力計のfeedback型潮汐計への改造についてはHarrison and Sato (1984)に詳細が書かれているので、ここでは概要のみ述べる。このアンプの良い点は傾斜角γに対して、アンプがない場合は1/sinγで感度が変わるのに対して、アンプありの場合は1/cosγで変わるので、ほぼγに依存しない安定した感度が得られる点にある。単にfeedbackアンプを組み込んだだけでは環境温度が変わると、温度について二次で変化する項が付け加わった下記(1)式のような電圧出力

E (mV) = αe2 +βe                 (1)

になる(Moore and Farrell, 1970)が、feedback抵抗を調整するとα~0として(1)式を線形変化成分だけにすることができる(Harrison and Sato, 1984)。

(1)式でeは重力計screw回転の量で、Fig. 3のようにp, q, r, sの手動設定の値について、出力電圧を読み取れば、αβ の値を決めることができる。例えばFig. 3の例ではI, II, IIIという3サイクルについて、αβ の平均値を求めると、

note33_nf01= ‒7.4,   note33_nf02= 3649.7     (2)

|note33_nf03/note33_nf04| < 0.2 %                  (3)

となり、(1)式の第一項(二乗の項)は十分無視しうることがわかった。LaCoste-Romberg Inc.の感度検定表によると、

interval factor f  = 1.01962 mGal/turn           (4)

であったので、(2)式と(4)式を組み合わせると、出力電圧を重力変化に換算する最終的な感度変換係数は

s = f /note33_nf05 = 0.2794 μGal/mV                      (5)

という結果になった。

note33_図03
 Fig. 3. 感度較正の例。Screwを+1/2及び-1/2回転して電圧出力変化を記録した。その操作を3サイクル(I, II, III)実施した。1987年6月3日、1040-1140 LTに実施。1コマ送りが20分に対応している。

ここで注意しなくてはならないのは、環境温度が変わるとfeedbackアンプ内の抵抗値が変わり、抵抗値が変わると(2)式のnote33_nf08,note33_nf09の値が変わってしまうことである。現実にはphoto 3の木箱内の温度制御は不可能で、観測開始時(6月3日)の20˚Cから終了時(12月初め)の35˚Cまで徐々に増加した(Fig. 4の実線:スケールは左の縦軸)。そのためFig. 3のようなこまめな感度検定が必要で計22回実施した。そのたびに|note33_nf10/note33_nf11|をモニターしたが、Fig. 4の白抜き三角印のように大抵は1%以内に納まっており、例外は(a)理由は判らないが6月23-26日の間欠的に高い2-4%の変動、(b)定常的に2%に達する11月14日以降の変動、であった。1%以内の変動が解析に適した条件なので、以後は解析期間を6月26日(day 177)から11月13日(day 317)に限定することにした。

Fig. 4の黒丸が各感度検定毎に得られた電圧ー重力値変換係数の値である(スケールは右の縦軸)。上記解析期間での係数の変動は0.285から0.295 μGal/mVなので、振幅についてほぼ1%という変動に収めることができた。

note33_図04
Fig. 4.  観測期間である1987年6月3日から12月13日の間の電圧感度検定の安定性を示す図。実線:feedback抵抗の温度変化は20˚Cから
35˚Cへゆっくり上昇した。白抜き三角印:|note33_nf06/note33_nf07|は大体1%以内に収まった。黒丸:感度係数s は6月23-26日、11月14日以後を除けば、大体において0.290±0.005 μGal/mVであった。

2.3. 時刻校正

アナログ出力データは30分おきに8count(1秒間隔で8個)サンプルしその平均値をデジタルカセットに書きだした。GPSの時刻出力が利用できたので、UTCにいつでも2秒以内に同期した時系列が得られた。従って潮汐データの位相不確かさは、feedbackアンプ内での電気的な出力遅れに依存するが、Harrison and Sato (1984)によるとそれはほぼ一定で10 s以内と思われる。これは位相の誤差としては±0.05˚以内である.



3. 潮汐

3.1. BAYTAP-Gアルゴリズム

月・太陽などの天体引力による重力潮汐変形の時間変化については長い研究の歴史があり、その時系列解析もWenzel (1995) によるETERNA, Ishiguro et al. (1983)やTamura et al. (1991)によるBayesian Tidal Analysis Program-Grouping method (BAYTAP-G)が標準的な解析ツールの地位を占めている。我々はBAYTAP-Gによる解析を行ったが、その基本的アルゴリズムは以下の通りである。

観測された重力潮汐時系列は次の(6)式で表される。

Zi = tiθ + di + ri + ei = tide term + trend term + response term + noise term  (6)

tiθは重力潮汐信号で

tiθ = Σam Σa*mj cos (ω*mj i + φ*mj + φm)      (7)

であるが、m = 1は日周潮、m = 2は半日周潮、m = 3は1/3日周潮を示し、jはm番目グループのJmという分潮(例えばm = 1のO1, P1, K1など)を示し、その分潮の角速度をω*mj としている.a*mjφ*mj はmグループのなかのj分潮の振幅と初期位相を示していて,amφm は潮汐力に対する地球変形の応答観測から決められる振幅factorと位相遅れであり、時間変化のない定数と仮定している。

(6)式中trend termと呼ばれるdi は酔歩モデル(integrated random walk)で表現される滑らかな時間変動を表現していて、例えば重力計ばねのクリープによる見掛けの重力変化を表し

di = 2di-1 - di-2 + ui                                              (8)

のように、i-1時の値が両隣(i 時とi-2時)の平均値に標準偏差σ2の白色雑音が重畳した式で表されると仮定している。Trend termの滑らかさはAkaike (1974)あるいはIshiguro (1981)のhyperparameterを導入すると、人為的でなく自動的な判定基準で決まる点がBAYTAP-Gの特徴であり優れた点と言える。

応答項(response term)と呼ばれるri

ri =  note33_nf12                (9)

で表され、気圧変動xi 及び気温変動yi に時間遅れを含めて連動して変わる項(bk とck は応答の比例係数)を表している。1日より短い周期の重力潮汐変動を考えた時、一般には位相遅れのない瞬時応答 (K = 0) でこれら変動の影響は補正できると言われていて(Warburton and Goodkind, 1977)、あすか基地の場合でも該当するので後に議論する。

(6)式の最後の項ei は未知の量ε2 をvarianceとする白色雑音で、上記のようなモデル化を行うと(7)-(9)式はσ2とε2を用いて表現できるAkaike's Bayesian Information Criterion (ABIC; Akaike 1980)の最小化問題に帰着することが示されている。


3.2. 観測時系列の分解(decomposition)

Fig. 5(a)はあすか基地観測で得られたoriginalの重力潮汐時系列(raw data)である。この記録には大小合わせ14のstepが含まれている。(6)式にはstep modelは組み込まれていないが、stepの発生した時刻を特定すれば、それを含むようにアルゴリズムを拡張して時系列分解が出来ること(step量も推定できる)がIshiguro (1981)によって示されている。

Fig. 5(b) はYamanouchi et al. (1988) による観測期間に対応した気温変化、Fig. 5(c) は気圧変化である。気圧は4-7日サイクルで、860-900 hPaの範囲で変動していたことがわかる。一方、気温は1週間周期とさらに長周期の変動が重なっていて‒4˚Cと‒47˚Cの間で変動した。

Fig. 5(d) は分解・抽出された重力潮汐変動で、その変動幅は約50 μGalであった。Fig. 5(e )はstep補正されたtrend成分で、計器のdriftが主な要因である。Fig. 5(f) は大気質量の引力に即時応答する成分で、変動幅は約12.5 μGalであった。Fig. 5(g) は残ったwhite noise + spike状の雑音成分である。

note33_図05
Fig. 5.   観測された生の (original) 時系列 (a) にはstepが含まれている。Admittance 計算に使用された (b) 気温時系列と (c) 気圧時系列。BAYTAP-Gを適用した結果、(d) 潮汐成分、(e) trend (主に器械的drift)成分、(f) 大気変化応答成分、(g) 残差ノイズに分解することができた。

3.3. 観測の結果得られたδファクター

Fig. 5(d) のように潮汐成分が取り出せれば、それは(4)式が示すcosine型変動の線形和なので、調和解析によりam,φmを求めることができる。その詳細は冗長なのでここでは省略する。
amは重力δ factor(gravimetric δ factor)と呼ばれるパラメーターでLove number h, k を用いて

δ = 1 + h ‒ 3k/2                       (10)

と表され、1.160に近い値であることが知られている。h/k の分布は地球の弾性定数の深さ依存性モデルの違いにより結果に違いが生じるが、大局的には1066A Earth Model (Gilbert and Dziewonski, 1975)の予測する値に一致し、地域差は2-3%以内と信じられている。従って、今回の観測・解析結果も理論予測への一致度(もし予測からのずれがあるとすればその原因は何か?)を調べることが中心となる。

分潮はアルファベットの頭文字と周期を示す数字(日周潮なら1,半日周潮なら2など)の組み合わせでP1, M2などと表される。解析上注意すべきは、周期の近い分潮、例えばK1, P1, S1は記録長が十分長くデータの質が良くないと分離できないことである(Melchior et al., 1981)。今回の場合は、120 day以上の記録があり、質も良かったので4つの日周潮(Q1, O1, P1, S1K1)と4つの半日周潮(N2, M2, S2, K2)についてδ factorを決めることができた。

推定された個々のδ factorの値の詳細は重要でないので省き、特徴のみを記述する。日周潮は1.166±0.012 (P1)から1.245±0.025 (Q1)の範囲にあり、半日周潮は1.305±0.004 (M2)から1.393±0.008 (S2)の範囲にあった。これらのobserved δ factorのs.d.は1%以内であった。一方、半日周潮の位相差は大きく、理論予測からの遅れがM2について1.8°±0.2°,S2について‒2.4°±0.3°であった(マイナス符号は観測が理論平衡潮に対して遅れていることを示す)。

BAYTAP-G解析では(9)式の比例定数を推定できる。今回得られた結果(admittance値という)は気圧について‒0.237 ±0.038 μGal/hPa (1 μGal/hPa = 1 x 10-10 kg-1m2) で、気温について0.033 ±0.012 μGal/˚Cであった。得られた気圧admittance値は中緯度で通常得られる‒0.33 μGal/hPa (Warburton and Goodkind, 1977)より絶対値が有意に小さいが、この意味するところについて後に議論する。


3.4. 海洋潮汐補正

3.3で求めたδファクターには、海洋での潮汐変動が及ぼす重力効果の影響が含まれているので、これを補正しないと、固体地球の潮汐変形による値を正しく評価することができない。海洋の重力効果は、潮位が時間変化することによる引力変化の項と、海水の荷重変化に応じて、地殻が変形することの影響の項の2つがあり、(a) 各分潮のcotidal chart (緯度・経度メッシュ矩形域での潮位振幅・位相の時間変化を表わす表)と(b) 海陸分布図、(c) 荷重Green関数といって、観測点から面要素までの角距離に応じた重力効果の積分を実施するにあたっての重み関数、及び (d) それら(a), (b), (c)を基に数値積分を実施するためのプログラムが必要である。

我々は (a) としてSchwiderski (1980)のglobal ocean tide modelを用いた。Schwiderskiは世界中どこの海でも合算して0.1 mの精度があると主張していた。(b) としては地球表面を1°x 1°メッシュに分割し、各メッシュの中に含まれる海の割合を0から9で示した(一次メッシュ:first-order meshと呼ぶ)。近傍の海 (観測点から7°x 7°以内)ではもう少し詳細な海図により海陸分布を表現する必要があるので、1:1,000,000 East Queen (現在の呼び名ではDronning) Maud Land Navigation Chart (NIPR発行)をdigitizeして緯度方向5 arc min (10 km) x 経度方向7.5 arc min (10 km)に同様の方法で海陸割合を当てはめ、もう一段細かい二次メッシュ(second-order mesh)を用意した。Fig. 1の海岸線を考慮する限り、より細かい三次メッシュは不要と判断した。(c) 荷重Green関数は1066A Earth model (Gilbert and Dziewonski, 1975)に基づくものを4次関数に展開したもので、矩形海域で積分すると解析関数になるので早く演算できる。(d)  それらを元にSato and Hanada (1984)が作成したGOTIC (Global Ocean Tide Correction)と呼ばれるソフトプログラムで推定した。

推定された各分潮の振幅は、日周潮について0.31 μGal(Q1)から1.29 μGal(O1)の範囲、半日周潮について0.07 μGal(K2)から0.58 μGal(M2)であった。これらの値は観測で得られた各分潮振幅の約5.5%(K2)‒7.0%(Q1)に相当する。計算結果の海洋潮汐成分と理論潮汐を合成して得られた擬似観測位相と実際の観測位相の差は、6°という大きなはずれを示したK2以外は±3˚以内に収まっていた。

海洋潮汐補正の精度向上は地味であっても地球物理学上の大テーマであり、時間をかけて進歩してきたもので、選択した (a)-(d) のモデル組み合わせによっては結果に違いが生じる。そのため、あすか基地での観測データを解析した1993年当時でも、誰がどのように計算したかで結果に違いが 生じた。そこで、(a)-(d)の各内容の詳細には触れず、他の研究者(P. Melchior, W. Zürn)が求めた結果と我々の結果との比較をTable 1にまとめた。表に記載されているEarth model, Green関数、使用プログラムの詳細説明は省くが、結果として振幅について日周潮で±0.10 μGal,半日周潮で±0.05 μGal, 位相については日周潮で±3°,半日周潮で±10°という相互一致度が得られている。

Table 1. 海洋潮汐補正計算結果の比較。我々、Melchior,Zürnの結果は、それぞれ使用している (b) – (d) の条件が同一ではないが、振幅について日周潮で±0.10 μGal,半日周潮で±0.05 μGal, 位相については日周潮で±3°,半日周潮で±10°という相互一致度が得られている。
note33_t01

3.5. 最終残差

潮汐解析結果の評価はFig. 6の最終残差ベクトルで評価するのが常道である。Fig. 6でR を理論的な固体潮汐vectorとする。その振幅はCartwright and Taylor (1971), Cartwright and Edden (1973)の表を用いて計算された剛体地球の潮汐振幅にWhar (1981)の理論δ factorを掛け算して求めた。理論が基準なので、R の位相は0°である。BAYTAP-Gで推定した観測重力潮汐vector Aの振幅をA, 位相をα とすると、B = A – R が理論と観測のずれである。もし、観測誤差がなく海洋潮汐以外の擾乱要因がなければB = Lで、L(振幅をL, 位相β )を海洋潮汐補正vectorと呼んでいる。実際にはBL は一致せず、B – L = X で得られるX が理論とモデルの不一致度を示す最終残差vectorである。X は各分潮について評価できて、あすか基地観測の場合、Table 2のような結果になった。8分潮のうち、O1, M2, S2については残差が0.5μGal以上になっており、一般的な0.1–0.2 μGalという値より大きいので、この残差には何らかの理由があると思われる。

note33_図6
Fig. 6. 観測された重力潮汐vector A, 海洋潮汐補正vector L, 理論潮汐R、残差vector Xなどの関係を示すphasor diagram. 誤差領域は厳密には楕円状であるが、円弧状で近似しても大きな差は生じない。AR = B, BL = Xであるが、大抵の場合、X = 0 にはならない。

Table 2.  あすか基地観測における各分潮の最終残差ベクトルの振幅、位相、cosine成分、sine成分。
note33_t02

3.6. 海洋潮汐補正後の最終的なδ factor

あすか基地の海洋潮汐補正後の最終的なδ factorの結果はTable 3で示される。第1列から第5列に向かって分潮、補正後の振幅、補正後の位相差、最終的なδ factor値、Whar (1981)理論によるδ factor値の順に並んでいる。Ocean tide corrected tidal gravity amplitude |A – L|に付随する誤差は典型的には±0.1 - ±0.2 μGalである。位相差の誤差は±1°以内が典型的な値である。最終的なδ factor値は日周潮について1.127±0.017 (P1)から1.169±0.008 (O1)で、半日周潮について1.216±0.101 (N2)から1.323±0.077 (K2)であった。

Table 3. あすか基地の観測に基づく海洋潮汐補正後の最終的な結果。第一列が振幅、第二列が位相差、第三列がδ factor,第四列がWhar(1981)の理論値である。
note33_t03

実はあすか基地と同時期に昭和基地(Fig. 1参照)でもLaCoste-Romberg G-477重力計をfeedback amp型に改造して重力潮汐観測が行われた(Ogawa et al., 1991)。解析方法は全く同じなので途中経過を省略し、O1とM2のδfactor値の最終結果のみ記載すると、1.156±0.008 (O1)、1.248±0.032 (M2) であった。



4. 議論


4.1. δ factorの緯度依存性

Whar (1981)は地球の弾性変形には緯度依存性があって、それはδ factorの緯度依存性に現れるとして次式を提案した。主要日分潮であるO1については

δ (O1) = 1.152 – 0.006 [note33_nf13  (7 sin2φ – 3)]                  (11)

主要半日分潮であるM2については

δ (M2) = 1.160 – 0.005 [note33_nf14  (7 sin2φ – 1)]                  (12)

である。この2つの依存性を図示するとFig. 7 (a)(b)において実線で表わされる。一方、これまで色々な緯度で観測された重力潮汐データをもとに海洋潮汐補正をして得られたocean tide corrected δ factor(Melchior, 1983b)をプロットするとFig. 7(a)(b)において小さい黒丸のような分布をする。それらを集約してMelchior and De Becker (1983)は

δ (O1) = 1.1618(±0.0016) – 0.0028(±0.0015) [note33_nf15 (7 sin2φ – 3)]  (13)


δ (M2) = 1.1751(±0.0021) – 0.0046(±0.0010) [note33_nf16 (7 sin2φ – 1)] (14)

と表した。それらはFig. 7(a)(b)上では破線で示され、Whar理論曲線を全体として1%大きい方に移動させた分布曲線になっている。

note33_図07

Fig. 7. 海洋潮汐補正後のδ factorの緯度依存性。(a) O1分潮、(b) M2分潮。実線はWahr (1981)の理論曲線。破線はDehant (1987)の理論曲線、点線はMelchior and De Becker (1983)の経験的依存性。黒丸はMelchior (1983)による実測値。中黒はあすか基地、白丸は昭和基地での結果。両基地でのO1は点線に近い値になったが、M2は有意に大きな値なった。

一方、Dehant and Ducarme (1987)はLove Numberの再定義を行い、それを用いて再計算された緯度依存性依の表現(Dehant , 1987)は、それぞれ

δ (O1) = 1.1551 – 0.0014 [ note33_nf17 (7 sin2φ – 3)]                  (15)


δ (M2) = 1.1613 – 0.0009 [ note33_nf18 (7 sin2φ – 1)]                 (16)

であり、Fig. 7(a)(b)の細線で表わされ、赤道を中心とした凸状のふくらみが弱くなっていて、observed δ factorとのずれが全体として1%から0.5%へと減少している。
あすか基地の結果を中黒で、昭和基地の結果を白丸でそれぞれFig. 7(a)(b)に加筆表示すると、O1は理論曲線に近い値であることが判るが、M2は理論より有意に(10%以上)大きな値になった。


4.2. 大気圧 admittance

大気圧が変化すると観測される重力は2つの要因で影響を受ける。上空の大気質量引力及び大気圧力による地殻の荷重変形である(大気admittance)。Warburton and Goodkind (1977)は大気圧が1 hPa増えた時の重力減少、あるいはその逆をモデル化した。モデル領域は半径R kmの円柱、高さ8.84 km,大気密度は一定としている。すると、大気admittance a は次式で表現できる。

a = Δ note33_nf19 note33_nf20      (17)


 cosθ =  note33_nf21                                      (18)

で、REは地球半径、ρ0 は地球の平均密度、ρs は表層物質の平均密度、gは重力加速度である。

Δ はFarrell (1972)が導入した量で、

Δ = note33_nf22 RΔp                            (19)

と表され (Δp は気圧変化)、表層媒質のP波、S波速度から推定することができる。(18)(19)式に地殻物質の適切な物理定数を代入すると、Fig. 8の実線のように引力項はAで、荷重効果はBで表わされ、両方の効果を合算するとCになる。広い範囲に渡って–0.35 μGal/hPaであることがわかる。詳細は省くが、岩盤上に位置するSyowa Stationの結果(–0.32±0.03 μGal/hPa:Ogawa et al., 1991)は中緯度の地殻での結果と調和している。

note33_図08
Fig. 8. 大気圧admittanceの解釈。岩盤地殻の場合、大気引力効果はAの実線、loading効果はBの実線で示され、合算するとCの実線になる。一方、あすか基地のような1000 m厚の氷床上では引力効果はA’の破線、loading効果はB’の破線となり、合算するとC’のような応答になる。影を付けた範囲が実測値である。

一方、あすか基地は1000 m厚の氷床上にあるので(19)式は氷の物理定数で置き換えなければならない。即ち、地殻岩盤に対応するΔ = 1.10 x 10-11 ms2/kgは氷に対応するΔ = 1.90 x 10-10ms2/kgに置き換える必要がある。その他、密度等も入れ替えると結果として、引力効果はA'になり、loadingによる氷層沈降の効果はB'のようになる(Bに比べ1桁大きくなる)。合算すると総合的な応答曲線はC'となる。実測によるあすか基地でのadmittance値は–0.24±0.04 μGal/hPa(Fig. 8の影を付けた範囲)であるが、氷層は岩盤に比べ相対的に柔らかいため、影響する円柱の径が岩盤より小さく30-50 kmという、より短周期の気圧変動の影響を受けると思われる。



5. 今後に向けて

Fig. 7(b) に示したように、あすか、昭和基地のM2のocean tide correctedδ factorの値は理論予測に比べ10%以上大きい。これは第一に南大洋、特に高緯度の海洋潮汐モデルが不完全なことが原因と思われる。あすか基地の観測結果が直接海洋潮汐モデルの改善に寄与することはないが、作られたモデルの良し悪しの検証には役立つ。また、通常Earth modelに氷層を含めて議論することはないが、南極大陸のようにregionalに柔らかい物質が分布する場合、このような異方性を含んだLove number h, k の分布を論じることは、太陽系惑星、彗星の潮汐変形を、実測に基づいて検証する時に役立つ場面が来ると思われる。



参考文献

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Q and A

Q1: Fig. 7が最終結果だと思うのですが、地球の南半球は北半球に比べ、弾性変形しやすいという結論にはならないのですか?
A1: そうであれば面白いのですが、半日周潮 (M2) のresponseには変形しやすさが現れ、日周潮 (O1)へのresponseは理論通りというのは、理にかないません。現在の結果はあくまで見かけのもので、南半球での海洋潮汐モデルが正しくないと考えた方が自然です。実際、その後の昭和基地SGデータ解析でocean tide corrected gravimetric δ factorは理論曲線にだいぶ近づいています。

Q2: 観測が理論の追認をしているだけのようで、面白くありません。
A2: 従来理論を打ち破る観測というのは簡単には実現しません。たぶん現在の理論を越えるためには関係する観測、モデルのすべての精度が0.1%以内にならないと検証できないのかもしれません。

Q3: 結局、すべてが予測通りだったのですか?
A3: 理論が予測する通りといえばそうかもしれませんが、直観(常識)の通りではないようです。高気圧が来ると地上重力は増えそうな気がしますが、案に相違して減ります。それ自体は1970年代に判っていたことですが、氷床上では氷の変形の効果が大きく効いて、その減り方は小さかったということは観測して見ないと判らなかったことです。また、氷床上ならどこでもそうなのかどうかも実証が必要でしょう。