南極地球物理学ノート No. 29 (2013.02.06 ver1.0, 2014.04.12 ver2.0)

常時地球自由振動の発見

名和一成・渋谷和雄


Keyword: 常時地球自由振動、スペクトログラム、IRIS網、IDA網、GGP網、伸び縮みモードの基本周波数

このノートは名和一成の初稿を渋谷和雄がweb-text向けに補足・改訂したものである。



1. 発端は理論的研究

地球自由振動は地球全体が釣鐘を突いたあとのように振動する現象であり、1960年に発生したチリ巨大地震の際、ひずみ計を用いて初めて観測された(例えばBenioff et al., 1961; 南極地球物理学ノートNo. 21参照)。それ以来、地震によって励起された地球自由振動の解析は地球内部構造を調べるためだけではなく、震源過程を調べるうえでも大きな役割を果たしている。例えばPark et al. (2005) は、2004年12月26日スマトラ沖巨大地震が励起した周期1000秒の自由振動振幅は、表面波(300-500秒周期)解析から求められるCMT断層解(Mw 9.0)が示すであろう振幅より大きく、より現実的な震源モデル(Mw = 9.15)で説明可能なことを示した(Mwはモーメント・マグニチュード)。

地球自由振動は従来、大地震や大噴火によって励起される間欠的な現象と考えられてきたが、大気・海洋といった地球の流体部分の運動によって、微弱ながら常時励起されている可能性もある。その可能性に初めて言及したのは小林直樹 (海半球・全地球ダイナミクス合同箱根シンポジウム、日本惑星科学会:1996)で、論文としては1998年に出版された(Kobayashi and Nishida, 1998)。その要点は以下に示される。

太陽輻射熱により地球型惑星(金星,地球,火星)の大気は対流を起こす。対流の圧力擾乱δpとそのタイムスケール1/f は

δp = p0 f0/f     (1)

で関係づけられる。(1) 式は圧力擾乱のタイムスケールが対流のタイムスケールで規定される(比例関係にある)という前提に立った次元解析に基づいているが、地球の大気変動観測結果と矛盾しないという。論文の詳細紹介は省略するが、数学的取り扱いには12のparameterが関与している。地球に特有な大気密度(ρat = 1.16 kg m-3),圧力スケール高と擾乱の速度スケール(H = 0.87 x 104 m, v = 3.8 m s-1)を用いると、対流運動のタイムスケール(τ0 = 1/f0)は

τ0 = 1/f0 ~(0.5 mHz)-1 ~ 0.23 x 104 s      (2)

であり、圧力擾乱の規模δpとタイムスケール1/f は

δp ~ 7.3 x 10-3 1/f      (3)

という関係を持つ。δpは固体地球に対する荷重変動であるが,そのエネルギーが伸び縮み基本モードを励起し、弾性体エネルギー散逸を特徴づけるQに応じて平衡状態に達し、その時、励起される自由振動モードの振幅a は

a = QHp0f0/(πRρsol c)     (4)

で表され、a ~ 3.4 nGalになるという。ここで、Q = 200, 表面波速度c = 5 x 103 m s-1, 地球半径R = 6.38 x106 m, ρsol = 4 x 10 4 kg m-3などの定数は地球の持つ代表的な値である。

興味深いのは大気が希薄な火星(ρat = 1.33 x 10-2 kg m-3)においても a ~ 3.3 nGal (τ0 = 0.88 x 103 s) になることで、また、プレート運動のない(おそらく地震のない)惑星であっても、大気が励起する地球自由振動を観測すれば、内部構造が推定可能と結論づけている。

彼らは励起源としての「海洋擾乱」を否定していて、論拠として(1)太陽輻射と異なり、Heat Flowは海水の対流を励起できない、(2)波浪の起こす微動(microseism)は ~100 mHzがエネルギー最大で自由振動帯域から遠く離れている、を挙げている。一方、そもそも、力源として水平方向の相関距離 ~H = 8.7 kmを前提とする限り、想定された帰結と言える。



2. 昭和基地超伝導重力計(SG)データの解析

著者のひとり(名和)は第35次越冬隊(1993-1995年)に地球物理担当隊員として参加し、1994年から1995年にかけて、越冬期間中のSGデータを取得した。そして、ローカルな地震が少なく、地下水の擾乱も小さい安定な大陸地殻上において取得できる、高分解能で、かつ、長期安定なSG連続観測データを解析すれば、未知の微弱なシグナルが検出できるのではないかと考えた。

越冬期間中には日本や世界で、1994年ボリビア巨大深発地震(1994.06.08  Mw = 8.2)、北海道東方沖地震(1994.10.04  Mw = 8.2)、三陸はるか沖地震(1994.12.28, Mw = 7.6)、1995年兵庫県南部地震(1995.01.17, Mb = 7.3)など、巨大地震・被害地震が頻発した。当時(今もその傾向は強いが)は、地震計ネットワーク(多観測点)のデータを利用して、地震イベントを解析するのが研究の主流であった。しかし、世界に1つしかない自分で苦労して取ってきたデータということもあって、昭和基地のSGデータにこだわり、大きなイベント部分だけを解析するのではなく、これまでノイズ部分として切り捨ててきたデータも含めて徹底的に調べることにした。

昭和基地のSGデータを使って、それまで地震学や測地学ではあまり作られることがなかった「時間ー周波数スペクトログラム」を作成した。時間ー周波数スペクトログラム(ランニングスペクトル、あるいは単にスペクトログラム)とは、スペクトルの時間変動を見るために、ある時間窓で計算したスペクトルを時間軸に沿って並べたものである。こうすることによって、周波数帯域でデータ全体の見通しがよくなるうえ、従来地震波形の解析などで用いられるスペクトルのような単一のプロファイルではノイズと区別がつかない微弱な信号でも、時間的に連続していれば、時間軸に並行する筋(stripe)として検出することが可能となる。

重力計を立ち上げた1993年3月22日から1995年12月31日までの約3年間の観測で得られた超伝導重力計のMODEデータ(MODE出力は約1分から1時間まで加速度で平坦な周波数特性を持つ)を用いて自由振動帯域のスペクトログラムを作成した。具体的な解析方法は以下のとおりである。

まずサンプリング間隔2秒のオリジナルのMODEデータから人為的擾乱、大きな地震による記録の飽和・非線形応答の部分を除去・補間し、その部分を0に置き換えた。潮汐成分は主要な半日周潮4分潮(M2, S2, N2, K2)や日周潮4分潮(K1, O1, P1, Q1)など20分潮について最小二乗法で振幅と位相を求めて、その値を用いて生成した時系列をオリジナルMODEデータからさらに除去した。

10秒にリサンプリングした後、スタート時を1日づつずらした3日長の時系列を1015本作成した。これらの時系列それぞれにaliasingを抑えるテーパーをかけ、FFTにより振幅スペクトルを求めた。全てのスペクトルを時間軸に沿って並べて、0-5 mHzの帯域のスペクトログラムを作成した。5 mHzでカットしたのは、約5.5 mHzの周波数を持つ超伝導球(センサー部)の共振によってスペクトルが乱されるからである。

縦軸の時刻(日)、横軸の周波数について加速度振幅の大きさをカラーで表示した。Fig. 1がそのようにして得られたスペクトログラムである。Fig. 1においてバーの中央値1e-11 m/s2は1 nGalである。SGデータの量子化単位は~ 0.1 nGalでそれより1-1.5桁大きな変動が周波数分解されて示されている。中央値より50%小さい左端を青色、500%大きい右端を赤色とし、その間を寒色系から暖色系に向かって段階的に色分けした。

note29_図01
Fig. 1 1993/3/22から1995/12/31までのSG TT#016 (Syowa)のfrequency-time spectrogram. 左縦軸のstart dayが1993/3/22に対応している。上横軸の数値(2-40)は伸び縮みモード基本周波数の次数である。右端の赤いバーは発生した地震の Harvard CMT解が示す地震モーメント(Nm)の対数を示している。北海道東方沖地震(Mw = 8.2)は562日に発生した。Nawa et al. (1998)から転載。

Fig. 1のスペクトログラムでは、大地震による自由振動モードの励起と減衰の様子をはっきり見ることができる。例えば、1994年北海道東方沖地震(縦軸の562日に発生)によって励起された0S0モード(0.8147 mHz)が40日間以上継続していることが明瞭である。驚いたことは、地震発生とは無関係に、時間軸に並行なnGalレベルの振幅を持つ連続した縦の筋(stripe)が見えたことで、それらのほとんどは地球自由振動の伸び縮み基本モードの周期に対応していた。詳しくみると、その筋は少なくとも40本確認でき、それらのうち30本は標準地球モデルPREM (Dziewonski and Anderson, 1981: 南極地球物理学ノートNo. 2参照)から計算される伸び縮み基本モードの理論周波数と0.02 mHz以内で一致していた。その中でも25本のモードは0.01 mHz以内で一致していて、これらの筋が地球自由振動のモードを表していることを強く示唆していた。この解析結果も1998年に論文として出版された。



3. 観測の検証

小林 (1996)の提起はあったものの、地球自由振動は地震により励起されるtransientな現象であるという従来の考えに真っ向から対立する結果であったため、「常時」地球自由振動現象が本物なのかどうか検証するために、いくつかの追加解析による証明が必要であった。


3.1. 他のセンサーでも検出される

グローバル地震観測網データ(IRIS, GEOSCOPE)や地震学コミュニティで定評のあるIDA(LaCoste-Romberg フィードバック型重力計)観測網データを使った解析による確認が必要とされた。

Suda et al. (1998)はIDA 観測網(International Deployment of Accelerometers; Agnew et al., 1976: 南極地球物理学ノートNo.21も参照)の静穏な10観測点の上下動加速度データ(SGのMODE記録に対応)を解析した。その観測点図をFig. 2の青丸印で示す。スペクトログラムの求め方はNawa et al. (1998)とほぼ同様で、図は示さないが、3日長データのFFTが横軸である。但し、SGと異なりデジタル化最小単位は~10 nGalで、潮汐をどう処理したかについての具体的な記載はない。また、Nawa et al. (1998)のような重力加速度単位ではなくPower Spectral Density (PSD)で表示していて、 1 - 5 x 10-18 m2/s3を段階色分けしている。

note29_図02
Fig. 2. 常時地球自由振動を調べた観測点。星印はIRIS/GEOSCOPE観測点、青丸印はIDA 観測点、緑色の四角印はGGP観測点を示す。SY、KIP、 RAR、ESK、SSEは海岸線から数km以内にあり、特にSYは~200 mの距離にある。

特に南アフリカ(SUR)の場合は1986-1995年の長期間(10年間)データの解析から、10年間ずっと地球自由振動が常在していることを確認している。この常在は平均PSDを求めた彼らのFig. 3の方がより顕著で、3-6 mHz区間において固有振動数においてのみS/N比 ~ 2のpeakが立つことが示されている。このpeakは重力加速度換算では2-6 mHzにおいて~1 nGalである。

次に、Kobayashi and Nishida (1998)はIncorporated Research Institutions for Seismology : IRIS (Smith, 1976)の上下動地震計記録(観測点はFig. 2の赤い星印)を解析して同様の検証を行い、やはり、SURの静穏な80日間のstripeのensemble averageにおいてPSDが大体1 nGalより少し小さいレベルで、かつ、3-7 mHz範囲の伸び縮み基本モードの固有周波数と一致したstripeになったと報告している。但し、IRIS地震計は基本的に速度計であり、原波形記録の微分計算からPSD計算、spectrogram図作成に至る詳細は書かれていない。

一方、Tanimoto et al. (1998)によっても常在する地球自由振動が速やかに追認された。彼らが解析したのはIDA SURの10年(1983-1994)データから抽出した静穏日61日分、IDA ESKの48日分、IDA PFOの42日分、GEOSCOPE CANの6年分(1988-1990, 1991-1992, 1993-1994に3分割)データで、数学的取り扱いも丁寧に記述している。彼らの使用した観測点もFig. 2の赤い星印、青の丸印に含まれている。

これらの観測点ではいずれも2-7 mHzにおいて常時地球自由振動が見えること、IDAの個々の観測点固有と思われる雑音peakも3観測点(SUR, ESK, PFO)データをstackすれば、それらのlocal peakは消えて、地球自由振動の固有モードだけが残ることを示した。また、何故かは判らないが0S31に相当する振幅が他のモードに比べ小さいと述べている。spectrogramの表示は加速度(nGal)で行っていて、日々の平均加速度は大体0.5-0.7 nGal(彼らのFig. 3による), stacked データに現れるモード振幅の強度は0.5-0.8nGal(彼らのFig. 2cとFig. 4による)という結果になっている。


3.2. 地震では常時地球自由振動は励起されない

観測された常時地球自由振動の原因として最も考えやすいのは、世界中で起こる多数の地震による見掛け上連続的な励起である。そこで、地震によってスペクトログラムの縦の筋が説明できるか調べる目的で、理論地震波形を用いて、昭和基地観測を想定した数値実験を行った。その結果は、Nawa et al. (1998)で以下のように述べられている。

1994年の1年間(Fig. 1の290 - 650 day)にハーバードCMT解が求められている個々の地震(Mw ~5)について、周波数10 mHzよりも長周期側の伸び縮み基本モード735個の理論加速度波形を計算し、重ね合わせた。計算波形の長さは最低10日間とし、大きな地震については0S0モードが0.1 nGal (SGのデジタル化最小単位) になるまで計算した(北海道東方沖地震で約100日長; Fig. 3の右端K参照)。これら全ての地震の重ね合わせによって、1年間の加速度波形を作成した。CMT解が求められていない小さな地震の影響、理論潮汐、ランダムノイズを加えたあと、観測データと同様な方法で解析した。しかし、Fig. 3に明らかなように観測スペクトログラムに連続した筋(stripe)が見えることはなかった(Nawa et al., 1998)。

note29_図03
Fig. 3.  1994年に発生した地震の理論合成波形を、Harvard CMT解が得られているMw~5より大きい地震すべてと、それよりmagnitudeが1小さな地震をGutenberg-Richter則に従って無作為の時刻に発生させた時に得 られる時系列を重ね合わせて生成した。その時系列にn Galレベルのrandom noiseを付加してFig. 1と同様のfrequency-time spectr -gramを作成した。時間軸(day)はFig. 1と一致。Bは先に述べたボリビア地震、Kは北海道東方沖地震である。この図から明らかなように、常在するstripeは現れない。Nawa et al. (1998)から転載。

Suda et al. (1998)はIDA SURでの観測を想定して、同様のかつもっと詳細な数値実験を行った。後に示すようにIDAの多くの観測点やGEOSCOPE Canberra, SG Metsahoviといった観測点では、昭和基地に比べて全体の振幅が小さかったため、小さな地震の効果が無視できない可能性があったため、このような数値実験が必要であった。最も振幅レベルが小さく長期間のデータ解析が可能なSURについて、昭和基地と同様な方法で1986年から1995年まで10年分の理論波形を計算し、観測と比較した(但し、PSDで表示されている)。その結果、理論スペクトログラムにも、観測スペクトログラムに示されたような縦の筋がぼんやりと見え、地震の効果がある程度含まれることが分かった。そこで、より定量的に調べるため、静穏期データのみ抽出し、同じ期間の平均スペクトルを比較した。観測の平均スペクトルには2-7 mHzの帯域で伸び縮み基本モードに対応する明瞭なspectral peakが見られる一方、理論の平均スペクトルには観測のような明瞭なpeakはみられなかった。これらのことから、2-7 mHz帯域に現れる常時地球自由振動が、通常の地震で励起されることは絶対ない、と結論づけた。


3.3 観測点による常時地球自由振動レベルの違い

Nawa et al. (2000)は、GGP、IDA、GEOSCOPE各観測点での常時地球自由振動のピークの見え方を定量的に比較した。今ではGGP (Global Geodynamics Project: 南極地球物理学ノートNo. 21) によって世界のSG観測点データが流通するようになってきたが、1998年当時は個別に手にいれる以外、方法がなかった。国立天文台と国立極地研究所の協力を得て緊急に入手できたCanberra(CB: オーストラリア)、Metsahovi(ME: フィンランド)、Esashi (ES:日本)の半年から1年間のデータを解析してスペクトログラムを作成し、同様にして求めたIDAのESK, SUR及びGEOSCOPEのCANデータの結果と比較した。

関係する機器の仕様、収録生データの内容を、これまで説明してきたSyowa SG, IDA, IRISと細かい所まで同じに揃えることはできなかったが、結果に大きな影響がないので詳述はしない。解析方法もSuda et al. (1998)とほぼ同じなので、繰り返さない。特記事項のみを以下にまとめる。

(1) CBのSGはSY, ES, MEで使用されているTT70型を改良したCT型で、潮汐帯域の雑音がTT70型に比べ約1桁良くなっている。
(2) MEのSGではthermal levelerによる制御は行っていない。
(3) 各観測点の比較に適したデータとしてES, SY, ESK, SURでは1994年、MEは1995年、CBとCANでは1997年の取得データを調べ、3日間静穏日が継続した(Mw≧ 5.7の地震発生が含まれる3日を除去した)26のspectrogramデータセットの平均PSDをもって比較した。MEでは最長で半年の記録期間だったため、全点の使用データを26セットに限定した。
(4) CB, ES, MEでは超伝導球のシステム雑音共鳴周波数が10 mHz以上であったが、SYのそれが5. 5 mHzであったため、PSD分布の比較は1-5 mHzに限定した。

Fig. 4が最終的に得られたPSD図である。この図から以下のことが明らかである。
(1) 地動常時レベル(noise level)は地点毎に異なり、CANが最低でNLNM (Peterson, 1993: 南極地球物理学ノートNo. 2も参照)に近く、ESが最も高い。
(2) MEのPSDはSYのそれよりは小さく、SYと異なり2.5-4 mHzでの高まりがない。
(3) CAN (GEOSCOPE), SUR (IDA), CB (GGP), ESK (IRIS)の常時地球自由振動のspectral peakは明瞭で、CB, CAN, SURでは一対一に伸び縮み基本モードの周期に対応している。

note29_図04
Fig. 4 地震静穏日データ(3日間連続)のPSDを26 セットstackして得られた7観測点の平均PSD分布。観測点の略称はFig. 2と一致している。Peterson (1993)のNLNMについては南極地球物理学ノートNo. 2 のQ3/A3を参照。Nawa et al. (2000)から転載。

地震のない静穏期でも常時レベルが上昇すると、peakの見え方が悪くなったので、S/N比の形での定量化を試みた。Beroza and Jordan (1990)に従い、次数Iの伸び縮み基本モードの信号をωΙを中心にスペクトル幅0.3ωI /QIで定義する。ここでωIは理論周波数、QIはそのモードのquality factorである。そのうえで、I次のdifferential power D(I)を

D(I) = P(I) - [ N(I-1) + N(I) ]/2                        (5)

で定義する。ここで、P(I)はl次モードの平均PSD、N(I-1)とN(I)はそれに隣接する雑音バンドの平均PSDである。もし、D(I)≧0であれば、信号レベルは雑音レベルを上回っていることを示し、誤差範囲を含めた信号レベルが常時自由振動存在の確かさを現すことになる。Fig. 5は15 ≦I≦43  (2.3-5 mHz)のD(I)についての、地点毎の平均とSDを示している。SD幅を考慮してもES以外はレベルが正なので、SY, MEを含め有意な常時自由振動が確認できたと言える。

note29_図05
Fig. 5. (5)式で定義した差分パワーを15 ≦l≦43について加算し、その平均とSDを示した。SDを考慮してもD(l)≧0であれば、常時地球自由振動が検出出来たとみなせる。図からCANが最良、SUR, CBがsecond-bestと言える。MEに比べSYは分散が大きいが、平均PSDはCBと同程度であり、下限値でもD(l)≧0で、常時地球自由振動検出可能である。ESは平均のD(l)≦0で、分散も大きいことから、常時地球自由振動検出に成功したとはいえない。Nawa et al. (2000)から転載。

このように、それまで気付かなかっただけで、GGP, IDA, IRIS, GEOSCOPEのどのセンサーでも常時地球自由振動は記録されていたことになる。



4. まとめと感想

地震で励起されない常時地球自由振動があること、については疑いの余地はなくなった。この証明は日本人研究者の一連の論文により、ほぼ同時期に行われている。Nawa et al.のEarth Planets Space, 50, 3-8, 1998掲載は、投稿が1997.11.05, 受理は1997.12.10である。
Kobayashi and NishidaのNature, 395, 357-360, 24 September 1998掲載は、投稿が1997.11.14, 受理は1998.06.22である。Suda et al. のScience, 279, 2089-2091, 27 March 1998掲載は、投稿が1997.11.18, 受理は1998.02.17である。Tanimoto et al.のGeophysical Research Letters, 25, 1553-1556, 15 May 1998掲載は、投稿が1998.01.13, 受理は1998.03.17である。

このように、世界中の観測点のデータ解析が一気に進んだが、それらと比較した結果、昭和基地スペクトログラムの固有性(特異性)も明らかになった。それは
(1) 2 mHz以下の低周波モードが卓越する、
(2) 2-5 mHzにおいて、振幅の季節変動が顕著である、
(3) 3-4 mHzの振幅が他の観測点に比べ明らかに大きい、
ということである。これが、海岸に近いという立地条件に基づくregionality/localityのなせるわざなのかどうか、また、そもそも常時地球自由振動の励起源は何なのかが興味の中心になってきたが、これについては今後の南極地球物理学ノートで触れる。

 <名和の感想>
名和が昭和基地で越冬した前後の1990年代半ばは、計算機環境がよくなり、大量のデジタルデータが大型計算機でなくてもワークステーションなどで扱えるようになってきた時代であった。また、ちょうどそのころ、カラー液晶のノートPCが普及し、コストは多少かかるものの高精細カラープリンターも利用可能になってきていた。幸運にもそれらが利用可能な環境で研究できたため、比較的短期間のうちに論文をまとめられたのではないかと、今、振り返って思う。しかしながら、今では考えられないくらい、論文出版時のカラーページチャージが高かったことを思い出す。

<渋谷の感想>
Nawa et al. (1998)の出版前後、渋谷は第39次越冬隊長として昭和基地越冬中で、VLBIがうまく行くかどうかが観測上の最大の関心事であった。この間、SURや他のIDA観測点での常時地球自由振動検出に疑問はないが、昭和基地の結果はSGの雑音あるいは海の雑音ではないかと、疑問視する意見も有ったようで、心を痛めた記憶がある。超伝導重力計関係者には自明のことであったが、SGはLaCoste feedback type重力計をもとにしたIDA機器より機器の長期安定性と内部雑音性能ははるかに優れていて、それはIDAのデータ最小デジタル化単位が10 nGalなのに対して、SGでは0.1 nGalと2桁良いことに端的に現れている。また、流体の圧力擾乱が励起源ならば、信号は上下方向加速度にまず現れると考えるのが自然で、速度型地震計に比べ重力加速度計の検出感度が劣るとは考えにくい。季節性、2.5-4 mHz帯の謎、SG性能がNLNMより良くなる≦1 mHz帯域で未知の信号があるか?など、現時点でもいろいろ調べるべきことは多い。

 

参考文献

Benioff, H., Press, F., Smith, S., 1961. Excitation of the free oscillations of the earth by
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Tanimoto, T., J. Um, K. Nishida, N. Kobayashi, Earth's continuous oscillations observed on
seismically quiet days, Geophys. Res. Lett., 25, no.10, 1553-1556, 1998.

また、power spectral density (PSD)についてはWikipedia - スペクトル密度が参考になる。



Q and A

Q1: 常時地球自由振動の英語訳がいろいろありそうですが、どれが正しいのですか?
A1: 当初(1998-2000年)、incessant Earth's free oscillation, continuous Earth's free oscillation, Earth's humなども使われましたが、2014年現在ではEarth's background free oscillationに落ち着いています。


Q2: 加速度とPSD (Power Spectral Density)の関係が判りません。
A2: PSDは単位質量あたりのエネルギースペクトル密度と訳される量で、note29_図06  = Energyになります。PSDがm2s-3の次元を持つのに対して周波数範囲を限定して積分することで、その範囲での単位質量あたりのエネルギー総量を表すことになり、加速度の二乗の次元(m2s-4)をもつ量になります。例えばFig. 4でのSYの3.3-3.7 mHzでのPSDを、凸凹はありますが~1.5 x 10-17 m2s-3一定とします。この間の周波数幅は0.4 mHz = (0.4 x 10-3 s-1)なので、E ~g2 ~1.5 x 10-17 x 0.4 x 10-3 m2s-4 = 60 x 10-22 m2s-4です。従ってg ~note29_図07 ~note29_図08 x 10-11ms-2 = 8 nGalになります。CANの同帯域での加速度は同様にして~1.5 nGalになります。