南極地球物理学ノートNo. 3で述べたように、測地VLBIシステムは電波星(クエーサー)から輻射された電波をFig. 1のように複数個所の観測局で同時に受信・記録し、記録されたデータを持ちより再生して、観測局間の信号の相関を取る干渉計である。その目的は、観測局間の相対位置の高精度(10-9)計測(時間変化からプレート運動を検出)、慣性座標系に対する地軸の向きと回転の計測(地球自転変動の検出)、またはクエーサーの二次元的構造を高分解能(0.1~1 mas)でmappingすることである。
複数個所に置かれた観測局にはそれぞれクエーサー電波を受信し記録する装置が設置される。これらの観測装置はVLBIの観測原理が要求する性能を持つシステムとしてアンテナ駆動系、受信系、記録系、基準信号系にまとめられ、Fig. 2のようなblock diagramで関連づけられる。
測地VLBIシステムの基本設計自体は1990年代当初には確立していた。実は、Fig.1とFig. 2は1989年に国立極地研究所が作成した「南極VLBI観測設備」概算要求パンフレットから転載したもので、8年後の1997年に基地への設置がようやく認められたシステムも、このパンフレットの枠組みを越えてはいない。
しかし、相関処理方式にはXF (主に測地用)、FX (主に位置天文用)という2つの大きな流れがあり、昭和VLBIは両者に対応できることを目指していたため、既存の機器のdead copyではすまない開発要素も含まれていた。さらに、昭和基地のVLBI設備は複数の観測目的を満たすことのできる多目的アンテナの一部として、段階的な発展を経て実現したも
Fig. 1. 測地VLBIの原理。無限に遠いと見なせるクエーサーからの電波は平面波として地球上の2局に到達する。各局は超高精度の周波数標準を備え、受信電波の各位相を可干渉性を保つ形で周波数変換し、デジタル記録する。記録テープを持ちより、相関処理すると、2局間の電波到達時間のずれ(遅延時間)がわかる。遅延時間がわかれば、2局間距離(基線長)がわかる。 |
のである。このようなことは2-3年単位の短期プロジェクトの単なる集合体ではなかなか実現が難しい。南極VLBIが圧倒的な資金力と技術力をもつアメリカ基地では実現せず、2014年現在でも日本とチリ・ドイツの基地でしか実現していないのは、それなりの理由がある。
Fig. 2. 昭和基地VLBIのシステム構成図。大きくわけて、(1) アンテナ・フロントエンド部、(2)局運用計算機、(3) バックエンド部、(4) 時計・周波数基準の4つの系統から成り立っている。 |
Photo 1は第30次隊が1989年に建設した口径11mのパラボラ鏡で、レドームを被せる直前の写真である。この多目的アンテナの一番初めの使用目的はISAS-JAXAが1989年2月に打ち上げたオーロラ観測衛星あけぼの「EXOS-D」のS-band PCMデータ受信で、アンテナ建設後、1989年(JARE-30)から2003年(JARE-44)にかけて13726パスのデータを受信した。人工衛星の場合、3.6mmの鏡面精度があれば十分受信可能であるが、将来的な22 GHzのクエーサー電波受信に備え、1.3mmの鏡面精度に仕上げられた経緯がある。また、アンテナの直立性や、pointing性能の精度要求はVLBIが一番きついので、アンテナ建設直後の1990年1月、通信総合研究所(2014年現在の情報通信研究機構)がセシウム周波数標準(Cs)を持ち込んで、Syowa 11 m アンテナ- Tidbinbilla (Australia) 34 m NASA DSS45 アンテナ – Kashima (Japan) 26 m アンテナ間でVLBIテスト観測を行い、相関処理してフリンジが検出できる(基線長解析結果が得られる)ことを、まず確かめている(実質上、初めてのVLBI実験が行われている: Kurihara et al., 1991; Jauncey, 1991)。
Photo 1. 昭和基地の多目的衛星受信アンテナ。11 m口径のカセグレン型パラボラアンテナである。1989年末に建設され、レドームを被せる直前の写真である。本文に出てくる重力計室、地震観測室はまだ建設されていない。 |
このアンテナは第二番目にリモートセンシング衛星の受信に用いられた。1989年(JARE-30)から1996年(JARE-37)にかけてMOS-1(a,b)を合計1433パス、1992年(JARE-33)から1999年(JARE-40)にかけてERS-1 (ESAのC-band SAR衛星)を合計298パス、同じくERS-2衛星を1995年(JARE-36)から2005年(JARE-46)にかけて563パス、JERS-1 (MITI/NASDAのL-band SAR衛星)を1992年(JARE-33)から1998年(JARE-39)にかけて合計521パス受信している。いずれもS-bandで追尾、X-bandでデータをdownlinkして受信しformatterを通して生成されたRaw Data信号をD1と呼ばれるカセット式磁気テープレコーダー (SONY DIR-1000M) で記録して、テープを日本に持ち帰った。NASDA/EOCはこのテープを再生処理後、GDRと呼ばれる地球物理データが正しく作成できることを確かめている。JERS-1, ERS-1/2の総計~9000 シーンに及ぶSAR GDRが氷河流動・海氷研究などに有効活用されているのは南極地球物理学ノートNo. 6-8, No. 20などが示す通りである。
上記の段階でFig. 2のblock diagramにおいて、時計・周波数標準以外の基本的な機能は確かめられたことになる。そして、SARデータの受信・記録系はVLBIにすぐ転用できる。第39次隊では、VLBI固有の低雑音増幅器(LNA)、周波数変換機器(Down Converter)・伝送機器 (Line Equalizer) をアンテナの上部機器室内に新たに設置した。一方、VLBI固有のアンテナ駆動制御計算機とdata formatterを衛星受信棟に、そして特別の基準信号系を収納スペースの関係で地震計室内に分散して設置した。それらの間を信号伝送ケーブルで接続して、VLBI観測システムは構築されている。
アンテナ駆動系の役割は地球自転によって日周運動する天体の方向にアンテナを随時向けることである。観測時には、時間の経過に従って、ビーム幅以内の指向精度でアンテナを観測ターゲットとなる天体の方向に向け続ける(追尾する)ことが必要である。VLBIの受信周波数である8GHzの電波を受信する際の11m口径カセグレン型パラボラアンテナのビーム幅(Half Power Beam Width)は、凡そ11 分角になる。
アンテナの受信感度をアンテナの指向に対して安定させるために、ビーム幅の1/10の指向精度が欲しい時、全天にわたって凡そ11÷10 = 1 分角というのが指向角の必要精度条件になる。また、日周運動による天体の移動は角速度にして最大で15 秒角/秒である。昭和基地では、任意の時刻においてアンテナを或る方向に向けるための指令を送るコンピュータは1秒間に1回の通信で制御するので、角度秒単位での追尾性能が要求される。昭和基地のアンテナに送られる角度指令値は0.001 度(3.6秒)の精度になっており、VLBI観測時は、指令用コンピュータが予め作成されたスケジュールに従って天体を順次切り替えながら、アンテナに方位角(Az)と仰角(El)指令値を送る方法で天体追尾を行っている。天体を切り替えるということは、追尾の終わった3-10分後にはアンテナの向きをすばやく変更することを意味し、Az, Elを追尾時よりは早い速度で変えて次の目標の指向角に合わせなければならない。
受信系はアンテナが集光した電波を電気信号に変換し、増幅するための装置群である。現在の殆どのVLBIシステムがヘテロダイン方式を採用しており、受信した高周波信号を記録可能な周波数まで下げて (down covertして) いる。昭和基地のVLBI観測では2 GHz帯(S帯)と8 GHz帯(X帯)の電波を受信した後、低雑音増幅器 (LNA) を経て、其々をローカル信号発生器 (LO) で発振した既定の周波数とミキシングすることで100~520 MHz幅の中間周波数帯(Intermediate Frequency Band、I/F帯)の信号を生成している(photo 2参照)。
I/F信号が420 MHzという広い帯域幅を持つ理由は以下の通りである。先ず、VLBI観測で受信されるクエーサー電波の典型的な強度は1~10Jy(1Jy = 10-26Wm-2Hz-1)と大変弱い。一方、アンテナや受信系機器が持つトータルでのシステム雑音強度(System Equivalent Flux Density: SEFDと称される)は天体からの電波の強度の1000倍から10000倍になる。信号対システム雑音比を変えぬまま、雑音の中に埋もれる天体からの信号電力を検出器の感度(μW~mW)以上にするためには1万倍以上の増幅や周波数方向への積分を行なって信号の総電力を稼がなくてはならない。そのためには広い帯域幅の確保が必要である。
また、VLBIの観測量である同一電波面が二つの観測局を通過した時刻差(遅延時間)は群遅延として計測されるが、その誤差は計測に用いられる電波の周波数帯域幅に反比例するので、観測される帯域幅はなるべく広い方が良い。対して、LNA自身が持つ雑音を下げるためには受信帯域が狭い方が良い。これらのtrade-offから実際の受信帯域幅が決められるが、1980年代に行われたCrustal Dynamics Project(1979~1993:南極地球物理学ノートNo. 3参照)の頃から標準的なIF帯域は、概ねX帯で100-520 MHz、S帯では180-320 MHzを抱合していて、昭和基地のVLBI観測システムもこれに準じている。
Photo 2. 多目的アンテナのセンターハブ内部のVLBI観測機器。上から、I/F信号変換器、ローカル信号発生器、較正位相信号発生器。 |
昭和基地のアンテナからVLBI記録系までは同軸ケーブルにてIF信号を衛星受信棟に送る。衛星受信棟に送られたIF信号は記録される際に、サンプラ―(ビデオ変換器: photo 3参照)によって離散型信号に変換され、記録装置(ビデオテープレコーダー、近年はHDD)に記録される(photo 4参照)。この記録装置の記録速度がアンテナの受信感度と並ぶ、フリンジ検出感度の重要なファクターとなる。昭和基地が行うVLBI観測で用いられる記録装置の記録速度は128 Mega-bit-per-second (Mbps)である。この記録速度に対応した帯域幅は1 bitサンプリングの場合64 MHz幅になるが、これではI/F帯の帯域幅を網羅できない。そこで、多チャンネル化してI/F帯内の適当な周波数帯域を切り出して、切り取られた帯域をA/Dコンバータによるサンプリングで離散的データに変換する手法が採用されている(南極地球物理学ノートNo. 3参照)。
切り出す周波数は、後にチャンネル間でフリンジを合成する際に発生する副次ビート同士が打ち消しあう様になることを狙い、最少冗長配列に従って決定する。その結果、選ばれた観測周波数帯はX帯の場合「8210.99, 8220.99, 8250.99, 8310.99, 8420.99, 8500.99, 8550.99, 8570.99MHz」の8チャンネル、S帯の場合は「2217.99, 2222.99, 2237.99, 2267.99, 2292.99, 2302.99MHz」の6チャンネルで、其々のチャンネルでI/F帯の信号帯域幅を4 MHz幅(0~4 MHz)とするビデオ帯域に変換している。
Photo 3. 衛星受信棟に置かれたVLBI観測装置。上から、ビデオ変換器、ビデオ帯ローカル信号発生器、A/Dコンバータ、記録制御信号発生器、遅延較正器 | Photo 4. 昭和基地に配備されたVLBIデジタルデータレコーダーとレコーダー制御計算機 |
伝送系機器内の帯域位相特性や遅延特性の変化、複数チャンネルのアナログ伝送経路差、ビデオ帯変換を行う際にローカル信号が付加する位相とその時間変化により、各チャンネルの信号の位相は揃わなくなる。このように、チャンネル間の位相が揃わなくなると、フリンジ合成する際、互いのフリンジは打ち消し合ってしまう。位相較正装置(P-cal)は、受信時の初期位相を記録時まで保持させるために、位相のそろった櫛状信号(comb tone)をLNAの前で注入し、各ビデオ帯の中に混入しているcomb tone の位相を、記録された段階か若しくはデータの再生時に検出することで、チャンネル間の位相差を監視する。また、信号が伝送される際のケーブルの捻回や伸縮による局内固有遅延の変化を監視する遅延較正器 (D-cal) も装備されている。
Photo 5. 左の写真はレドーム内部の多目的アンテナ(JARE-53提供)。右は衛星受信棟内部のアンテナ制御システム(JARE-42提供)。一列に並ぶアンテナ制御架の手前のPCがVLBIのスケジュールに従い天体位置を計算して、制御架を通じてアンテナに角度指令を送る。 |
Photo 5に組み上がったフロントエンド部を含む多目的衛星アンテナ、衛星受信棟に設置したバックエンド部の全体像を示す。VLBI実験は1998年以降、現在も定期的に実施されていて、撮影日時は異なるが基本的な姿は変わらない。
基準信号系はVLBIを成立させるための要になる部分である。電磁波を干渉させるためには2局で受信された波の山谷が或る一定の時間間隔内ですべて一致しなければならない。ヘテロダイン型の受信装置間でVLBIを行うためには、二つの観測局にあるローカル信号が互いにコヒーレント(干渉可能)であることが条件となり、この条件を満たすためには高安定な周波数標準機が必要となる。
周波数標準がコヒーレントであるための条件として波の位相変動を凡そ1 radian以内に収めるとした場合、
(1)
ここでν: 周波数, t : 平均化時間, 平均時間t におけるアラン標準偏差
Photo 6. 地震計室に設置された基準信号系装置一式。写真左は水素メーザー原子周波数標準。写真中央はセシウム原子周波数標準と位相比較装置。写真右はGPS時刻発生装置と時刻比較装置である。 |
(1)式を満たすアラン標準偏差は、ν= 8GHz でVLBIの標準的な積分時間である100秒を平均化時間とすると、
(2)
が必要条件になる。この条件を満たす実用周波数標準は現在のところHMしかない。
HMは中性水素原子の陽子と電子の量子的スピンが平行から反平行に遷移する際に出す電磁波(HⅠ21 cm線、1420.40575 MHz)が一定時間変化しないことを用いて周波数の基準とする周波数標準機である。メーザー(maser)とはMicrowave Amplification of Stimulated Emission of Radiationの略であり、原子や分子が人工的な誘導放射によって位相のそろった電波を出す現象である。スピン平行状態のエネルギー順位にある水素原子を選別し、これを空槽の中に溜めて共振させることで強いHⅠ21 cm線を取り出すことができる。この電磁波を基に生成された正弦波形信号(5 MHzや10 MHz)及び1秒パルスを、VLBIの各観測機器に基準周波数や時刻の基準歩度としてHMから供給する。
HMは数分から数日での安定性には優れているが、周囲の温度や磁場の擾乱に弱く、別の長期安定な周波数標準による保時を必要とする。その役割を担うのがCsである。Csは或る特定のエネルギー順位に励起されたセシウム133が発生する9192.631770 MHzのマイクロ波の波長が安定であることを用いて、この周波数を国際的に1秒の基準としている。昭和基地ではHMとCsの間で5 MHzの位相比較を行い、位相差変化率の平均が0付近になるようにHMの周波数を調整している。
これらの周波数標準は周波数及び時間の歩度の基準として用いられているが、天体の方向とリンクさせるためには、これらの周波数標準が生成する時刻を世界時とリンクさせ時刻比較を行う必要がある。時刻のリンクにはGPS時刻から生成されるUTCとそれに同期した1秒パルスを用いる。このGPSの1秒パルスに対して、HMが出力する1秒パルスとの差が数マイクロ秒以内に収まるように調整する。この調整は、他局受信データとの相関処理を円滑に行うためにも重要である。
VLBI観測は受信された信号が変換され記録されるまで、HMから供給される基準信号に同期させる必要がある。すなわち、受信信号をI/F帯信号にダウンコンバートするためのLOやビデオ帯信号変換のLO、A/Dコンバータのサンプリング周波数および記録レートの制御に使われる基準信号をHMからの基準信号(10 MHzや5 MHz)に位相ロックさせている。また、記録データに付加される時刻情報を1秒パルス信号に同期して生成させている。
Photo 7. 時刻比較用GPS受信アンテナ。後方は、地震計室と多目的アンテナレドーム。 |
Photo 6は地震計室に設置された水素メーザー関連機器の最終配置である。3種類の「時計」を抱え、ラック3本分になった。GPSは専用の野外受信アンテナが必要で、photo 7のように、HMを設置した地震計室近くに設置された。
VLBIに関連する機器はすべて精密機器であるが、特にHM輸送には細心の注意が必要であった。昭和基地搬入のHMはアンリツ製のR1001C, R1002Cの2台である。HMはその構造上、結晶ガラス製の共振槽がフラスコを逆立ちさせた様な構造であり、高真空を作るための密閉組織を内蔵しているため、振動に対して極めて脆弱である。凡そ1か月半のしらせによる洋上輸送の間の動揺、リュツォ・ホルム湾の海氷砕氷時の衝撃、雪上車による氷上輸送、キャタピラ車により非舗装道路輸送時の振動・衝撃で万が一故障すると取り返しがつかない。この事情は超伝導重力計の輸送(南極地球物理学ノートNo. 22-23)と同じである。
アンリツは輸送中の振動・衝撃に耐えるためにコイルばねを底板の下に配した防振架台を作成し、底板上に木箱内で固定したHMを保定した。我々は、おおかたの物品輸送が終わった1998年1月2日、しらせクレーンで慎重に橇積みを行い、衝撃を吸収するゴム製のけん引ワイヤーを繋いだ雪上車で約500 mの距離を氷上輸送して陸揚げした。揚陸地点から地震計室前までの約500 mは、1月3日にクローラー・クレーンを使い、数km/hの速さでゆっくり運んだ (photo 8参照)。地震計室への搬入準備として、1月4日、搬入口と同じ高さになるように仮設ステージを作った。1月5日、防振架台から外し、木箱から取り出したHMを仮設ステージに置き、扉の敷居と床面が同じレベルになるようにパネルを敷き詰め、ドアをくぐらせ、地震計室内を設置場所までコロを使って移動し、位置決めした(photo 9参照)。
地震計室に搬入後、1月6日からR1002Cの、1月8日からR1001Cの真空引きを開始した。コールドスタート(電源投入からの立ち上げ)の手順については国内で十分訓練をしていたので特に問題は生じなかった。HM 2台のメーザー発振は1月15日で、規定通りのイオンポンプ電流値で安定的な発振と発振周波数の調整を完了できた。
Photo 8. 左写真:しらせから氷上輸送されたHMを東オングル島内の陸上輸送するための載せ替え作業。HMは防振架台のフレームに囲まれた木枠の中に納まっている。右写真:地震計室入り口。手前の観音扉からHMを室内へ搬入する。観音扉の底面と同じ高さの上面を持つステージが設置されて、HMの搬入が行われる。 |
Photo 9. 地震計室前に降ろされたHMは防振架台から外され、ステージの上に降ろされて、地震計室内に搬入される。 |
昭和基地とVLBIネットワークを組む観測局はオーストラリアのHobart局 (26 m アンテナ)と南アフリカのHartRAO局(26 mアンテナ)である。JA実験と呼ばれる測地VLBI観測セッションを年に複数回行うスケジュールで実験を開始した。実験によって、補助的に日本のKashima局、オーストラリア本土のParkes局が参加している(例えば1998/Nov/09-11のSYOWA984実験についてFig. 3a参照)。実験は国際的な規格に従った
Fig. 3a. 昭和実験に参加したVLBI局の分布。KashimaとParkesも一時的に参加した。 | Fig. 3b 1998年11月のVLBI実験で、昭和基地多目的アンテナが向いたscanの方向の分布。 |
スケジュールに従い、1つのクエーサーについて数10秒から数100秒scan(星を追尾し、この間の電波を受信、記録)する。観測するクエーサーは予め選ばれた天体リストの中から選択し、一つのscanの中では、決められたスケジュールに従って全実験局が同じ天体を同時に観測する。この動作を時間順に天体を切り替えながら続けることでVLBIの一連の観測が実現する。
各scanで天体を選ぶ基準はいくつかあるが、各天体の方向が天球上でできるだけ分散していることが望ましい。Fig. 3bはSYOWA984実験の際にscanした天体の方向分布である。参加する実験局間の共通視野の中で観測方向が出来るだけ網羅されるようにスケジュールを組んだが、昭和基地から見てSW方向の分布は若干、疎にならざるを得なかった。
1998年1月2日、第39次南極観測隊(JARE-39)は昭和基地への観測システムの設置を開始し、1998年2月4日にはすべての準備が整った。約62人日の作業で、ほぼ計画(64人日)通りであった。
出発前に、各機器の単体テスト、運用予行演習を行ったことが、現地での順調な設置作業に結びついている。特に、受信系(I/F変換器類一式)、記録系(ビデオ帯変換器類一式、デジタル変換器、磁気テープ記録機、磁気テープ、較正信号発振器類一式)については国立天文台・水沢にある10 mアンテナに一時的に組み込み、実運用を行っているKashima局26mアンテナとフリンジ確認試験を行い、うまく行っていることが意を強くした。また、アンテナ駆動については、越冬中のJARE-38にテストプログラムを送り、アンテナ駆動が正常にできることを確認して貰った。
次のノートNo. 27で触れるが、昭和基地では観測が成功したか失敗したかの最終判断ができない。最低1回分の受信テープ(約14巻)を日本に持ち帰り、参加各局データと相関処理してフリンジを早期に検出することがオペレーション上の必須条件であった。基地全停電などの予期せぬ障害はあったが、1998/02/09の第1回目(JA98040)の24時間実験データと1998/02/10の第2回目(JA98041)の24時間実験データを「しらせ最終便(1998年2月15日)」に託し、首尾よく持ち帰ることが出来た。昭和基地側でできることはすべてやって越冬に入り、あとは三鷹相関局による解析結果を待つことになった。
このノートはJike et al. (2005)、及び第39次隊越冬報告地学部門報告をもとに、当時を振り返り、まとめたものである。昭和基地VLBIはとても多くの機関の研究者、技術者の協力により実現した。JARE-39での設置にあたっては特に以下の方々に謝意を表したい。江尻全機・土井浩一郎(国立極地研究所)、真鍋盛二・田村良明・佐藤克久(国立天文台水沢)、川口則幸・柴田克典(国立天文台VSOP相関局)、福崎順洋・川原敏雄(国土地理院)、高橋幸雄・小山泰宏・栗原則幸(通信総合研究所)、田中照人・菅原仁・篠塚勝男・中山誠・栗田昌弘(NEC)、柏原一律(アンリツ)。なお、所属名称は1997年当時である。
Jauncey, D.L., 1991. VLBI in Australia – A review. Aust. J. Phys., 44, 785.
Jike, T., Fukuzaki, Y., Shibuya, K., Doi, K., Manabe, S., Jauncey, D.L., Nicolson, G.D.,
McCulloch, P.M., 2005. The first year of Antarctic VLBI observations. Polar
Geosci., 18, 26-40.
Kurihara, N., Kondo, T., Takahashi, Y., Ejiri, K., 1991. The results of test VLBI
experiments with the Syowa Station in Antarctica. J. Commun. Res. Lab., 38(3),
605-611.
Q and A
Q1: Jyとはどのような単位ですか?
A1: Wikipediaに説明があります。1932年、電波を出す天体があることを発見したKarl Janskyにちなんで用いられる電波磁束(みかけの電波強度)の単位です。 1 Jyは1 m2の面積に1 Hzあたりのエネルギー流量が10-26 Wであるときの、電波放射の強さと定義されます。SI単位で 1 Jy = 10-26 W m-2 Hz-1になります。次号No. 27でantenna pointingテストの記述が出てきますが、テストに用いられたオリオン座A(Ori-A)と金星の電波強度はそれぞれ、おおよそ500Jy@x-band, 5Jy@x-bandです。
Q2: 1990年から数えて定常運用が始まる1998年まで随分,時間がかかっていますが何故ですか?
A2: ひとえに予算規模が大きいためです。1990年以降、毎年、概算要求事項に含めるよう、説得努力をしましたが、1997年、補正予算でようやく認められました。補正予算だと、見かけの金額は大きいのですが単年度予算なので、修理・維持費は計上できません。長く運用するにあたり、会計上のいろいろな努力・工夫が必要です。ある人はそのような工夫を「調達科学」と呼んでいます。
Q3: VLBIは相手局が必要ですよね.オーストラリア、南アフリカの局の説明がありませんが、これらはどうなっているのですか?
A3: オーストラリアにも南アフリカにもこの当時、天文VLBI研究者はいても、測地VLBI研究者はいませんでした。VLBIは必ず相手局が必要で、その運用はその国の当事者が行うのが原則なので、「日本のやり方」を押し通そうとしてもうまくいきません。いろいろな取り決め、調整が必要でした。次のNo. 27で相関処理から基線解析のまとめを述べますが、3国の事情を取り入れた複雑な仕組みになっています。