南極地球物理学ノート No. 25 (2013.11.12)

シール岩における地磁気絶対観測点の設置


澁谷和雄

Keyword: 地磁気絶対測定, シール岩, 全磁力, 偏角, 伏角, IGRF11



1. はじめに

地球が磁石であることをWilliam Gilbertが1600年発行の"De Magnete"という本で明らかにした。彼は天然磁石を成形して球形磁石を作りTerrellaと名付けた(http://en.wikipedia.org/wiki/Terrella)。Terrellaの周辺で小磁石の向く方向が、当時知られていた磁石の伏角の分布とよく一致することから、「地球は1つの磁石である」と確信したらしい。

地磁気は、重力と比べると桁違いの速さで強さと向きが変動している。その変動は予め予見できるものではなく、絶えず観測することにより「後から決定せざるを得ない」。一方、その変化は人間の寿命と比べるととてもゆっくりである。従って、地球磁場の変化の歴史を追うためには、ある確立した手法で何世代にもわたって「地磁気絶対値を測定しつづける」(以後、絶対測定と略記する)という、地道な作業を繰り返すことになる。どの国にも、そのような継続的作業に従事している人達がいる。

南極で長い年月にわたって地磁気変動を観測するためには基本的には越冬基地が必要である。地磁気絶対測定のためだけで越冬基地を維持することは実際上、不可能であるが、恒久性が保証できる施設が作れれば、中断があったとしても再開して、データの連続性を保つことができる。このノートはSakai et al. (1990)をもとに、あすか基地の近傍Seal Rockに設置した、そのような施設の概要と測定結果を記述するものである。



2. 地磁気ポテンシャル

地球磁場も、地球重力場同様、その原因は地球内部にある(重力場の場合は質量分布、磁場の場合はダイナモ作用や磁性物質の分布)。従って、南極地球物理学ノートNo. 18「DORISその3:DORISによる成果」で述べたように地磁気ポテンシャルWはLaplace方程式

2 W = 0      (1)

を満たす。(1)式の解は球面調和関数展開式で近似的に表現できるが、極性が1つしかない(正の質量しかない)重力場と異なり、地磁気にはmonopoleは存在せず、双極子成分が圧倒的に大きいので、その解は次の(2)式のようにn = 1からの項で表される。

note25_nf01

ここでaは地球半径、r (r ≧ a)は地球中心からの動径方向の距離、φは経度(東経0˚ -360˚)、θは余緯度(co-latitude)、Pnm (cosθ)はSchmit規格化されたLegendre関数(degree n≦N, order m)で、gnm, hnmをGauss係数と呼ぶ。

重力場の場合のStokes係数Cnm, Snmは無次元量であったが、(2)式のGauss係数gnm, hnmは磁場の単位を持ち、南極地球物理学ノートNo. 19「昭和基地周辺域における地下温度測定、海底水温測定、及び地殻熱流量測定」のQ5/A5で述べたHeat Flow分布の場合と同様、地上の地磁気絶対測定値の分布が与えられれば、推定することができる。それは、磁場ベクトルF

F = ―∇W                (3)

で表され、全磁力Ftotal, 偏角D (declination), 伏角I (dip angle)という三要素の観測により測定地点でのF を決定できるからである。



3. 南極での絶対測定点

(2)式のgnm, hnmを精度よく決めるためには(3)式F の測定点が地球上なるべく数多く、かつ均等に分布していることが望ましい。地球上の地磁気絶対測定点のデータ集約はWorld Data Center for Geomagnetism, Kyoto (京都大学のデータアーカイブセンター:http://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp)が行っていて、折に触れ、Data Catalogue として刊行している。

その1987年版カタログNo. 21 (July 1987)によると、北半球の測定点数は357, 南半球は92である。一方、2013年版のNo. 30 (February 2013)では北半球が417, 南半球が117で、この25年間で若干、増加している。そのなかで、南極大陸(60˚S以南)での測定点の増減を見ると、1987年版で総数28なのに対して2013年版では31と、殆ど変化していない。

Fig. 1は2013年版カタログから複製した南極の絶対測定点分布図で全35点ある。原図は45˚S以南と広いが、60˚S以南に限定したこと、越冬基地は置かれている(いた)が絶対測定を一度も実施していないAmundsen-Scott基地、Siple基地、McMurdo基地などは除外するなどの改変を行った。また、基地名(alphabet 3文字の略記コード)を色分けし、分類してある。

黒字のSYO (Syowa), MAW (Mawson)などの10点はIGY以来、現在(2012年)まで、測定を継続している地点である。青字のBRD (Roi Boudouin), BYR (Byrd)などの15点は南極観測黎明期に展開された初期の越冬観測基地において測定が実施されたが、数年から10年後の基地閉鎖に伴い、終了した測点である。緑字のARC (Arctowski), MOL (Molodezhnaya)などの5点は黎明期以後も20~30年近く持ちこたえてきたが、1990年代以降停止(おそらく終了)した測定点である。一方、橙色字のTNB (Terra Nova Bay)、LIV (Livingston Is.)などの4点は近年開設され、10~20年以上現在も継続している測定点である。

note25_図09
Fig.1


4. あすか基地 (シール岩)での絶対測定

Fig. 1の赤字で示されているASK (Asuka)は、昭和基地以外に絶対測定を行った経験のある日本の基地である(みずほ、ドームふじ基地では実施されていない)。あすか基地は2-3年の準備期間を経て、1987年(第28次隊)により越冬が開始され1991年末(第32次隊)の5年間をもって終了した(公式に閉鎖されたわけではないのでデータカタログでも継続扱いになっている)。5隊次のうち、3隊次が絶対測定を実施していて、測点数が絶対的に不足している南極にあって貴重なデータになっている。


4.1 ピラーの建設

信頼できるデータを長期・継続的に得るためには磁気儀を据え付けるための台座(pillar)が必要である。Figure 2はあすか基地から2 km西の露岩にあるシール岩に1987年1月31日ー2月2日にかけて建設されたpillarで、銅筋を岩盤に立て銅網を配した支持枠に非磁性モルタルを充填して成型してある。その上面にはY字カットされた大理石板を置き、磁気儀三脚が同じ位置・向きに安定して置けるようにしてある。使用しない時、pillarには”ふとん”を巻いて、保護した。1987年一年間の使用実績では、平均風速12.8 m/s, 瞬間最大風速45 m/s, 年最低気温-48.7˚Cという環境条件下でも、亀裂や剥離を生じなかったので、恒久施設と見なせる。

(a)

(b)

note25_図01 note25_図02
Fig. 2 (a)非磁性ピラーの概要スケッチ図 Fig.2 (b)ピラー上面の写真。Y字カット(赤色)された大理石板が上面に埋め込まれ、G.S.I.型二等磁気儀がセットできる。

4.2 地磁気絶対測定点の位置及び視準標方位

磁気方位を測定するためには基準となる視準標が必要である。特徴ある地物がないと恒久的な視準の基準が取りづらいが、この地域では幸い、Fig. 3aのようにRomnaesfjelletという独立露岩があり、その独立標高点に木組のポールを立てて、視準標(T. Mark)とすることが出来た(T. Markのスケッチ図が第28次隊観測報告の410頁に出ている)。Fig. 3bは関係する測量点間の位置関係であるが、経緯儀(Wild T-2)を用いた簡易測量手順により、GT基線の真方位からの方位角dを

(a)

(b)

note25_図03 note25_図04
Fig. 3 (a)絶対測定のための点配置図を示すsnapshot Fig. 3 (b)(4)式によるd導出に必要な関連角度。PG ~ 400 m, GT ~ 7400 mである。

d = 180˚ - a - b + c            (4)

により求めることができた。ここでa = 75˚41'47'', b = 104˚04'22''は第28次あすか越冬隊(酒井・渋谷隊員)が経緯儀を用いて求めた角度、c = 32˚36'27''は第27次夏隊(米渓隊員)の求めたQからT. Markを見たQTの方位角(真北からの時計廻り角度327˚13'33'')と、シール岩25-01基準点(第25次夏隊・板橋隊員設置)の成果、PQ基線の方位角などを組み合わせて計算で求めた角度である。PG及びGT間距離が短いとdの測定精度、視準安定性が悪くなるが、Fig. 3(a)の配点条件下では結果として得られた

d = 33˚00'18''                 (4)'

は10''の精度を保っている。なお、GPS測量によるG点のWGS84系での位置座標は

ø = 71˚31'36''S, λ= 24˚04'31''E, H = 925 m        (5)

であった。


4.3. 絶対測定

Figure 4は絶対測定の実施風景である。pillar上の器械はG.S.I.型二等磁気儀と呼ばれ、偏角(declination)と伏角(dip angle)を決定する装置である。地球磁場中のコイルを左手で回転させることにより誘導磁場を発生させ、右手でコイルの軸向きを調整し、地球磁場と一致する方向を探す。コイルは二軸回転できて、磁場残差強度に比例した強度の音に変換できる機構を持っているので、粗調整で音が聞こえなくなるように偏角・伏角に対応する二軸の角度を探る。そこで感度を一段増幅して音を大きくし、さらに向きを微調整して音が聞こえなくなるようにする操作を3-4段繰り返し、最終的に音が聞こえなくなった向きをもって、偏角・伏角が精確に求められたとする職人的操作が必要であった。国内訓練を経ても、現地での慣熟訓練に数カ月を要し、実際に本測定が開始できたのは1987年9月11日であった。なお、同一pillar上で偏角・伏角と全磁力の同時測定ができないので、地点差(~10 nT)が出てしまうが、無理に補正はしないことにした。

note25_図05
Fig. 4 ピラー上にセットされたG.S.I.型二等磁気儀を操作する第28次隊あすか越冬・酒井隊員。防寒具等身に着けるものはすべて非磁性製品である。後ろ、赤い防寒具姿の渋谷隊員はプロトン全磁力計の示す値を読み取っている。

第二章で述べたように、地球内部起源の磁場を求めるのが目的なので、外部磁場擾乱のない(できるだけ少ない)時を選んで測定しないと、意味がない。地磁気変動はあすか基地のfluxgate磁力計を用いて毎日モニターし、Fig. 5bのような擾乱日(大きな時間変動の見られる日)は避けて、Fig. 5aのような静穏日を選び、さらに、風速の弱い静穏な気象条件のもとで絶対測定を実施することになる。

note25_図06
Fig. 5
(a) シール岩で絶対測定を行った1987年9月19日は、あすか基地の三成分fluxgate磁力計のモニター記録が示すように磁場変動が弱い静穏日であった。
(b)一方、同年9月1日の磁場変動は~500 nT/h(右縦軸の目盛りに注意)を越えていて、絶対測定を実施しても意味がない。

 

磁場測定には気象庁地磁気観測所が定めた作業規程があり、その手順に従ってlog sheetに測定データを記入して行くと結果として値が求められる。Fig. 6は9月19日測定の実際のlog sheetであり、最下段が得られた結果である。第28次隊は9月19日~12月18日にかけて7回の測定を行った。第29次隊、30次隊は測定を行わなかったが、第31次隊は川原隊員が1990年3月から10月にかけて3回の測定を行った。また、第32次隊では港屋隊員が1991年11月18日に1回(最後の測定)を行っている。

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Fig. 6 1987年9月19日実施の絶対測定に対する実際のログシート。気象庁地磁気観測所が定めた作業規程に従い測定データを記入して行くと最下段の結果が得られた。



5. 標準磁場モデルとの比較

第2章で述べたように、地球上多数の測定点で地磁気三要素が測定できれば、それらのデータを整約することにより、ガウス係数gnm, hnmを決定することができる。International Association of Geomagnetism and Aeronomy (IAGA)は1900年から5年ごとに2010年まで(2010-2015年は予測値)のgnm, hnmを決定しInternational Geomagnetic Reference Field (IGRF11)と呼ばれる標準磁場モデルとして公表している。但し、(2)式において地磁気強度は次数14以上では、それ以下の次数のpowerに比べ無視しうるほど小さくなることが判っているので、公表されるガウス係数表の次数はn, m≦13である。この時、表現し得る標準磁場の空間分解能は40000 km/13 ~ 3000 kmであり、それより波長の短い局所的磁気異常は表現されていないことになる。

NOAA NGDC (National Geophysical Data Center)はon-line calculator (http://www.ngdc.noaa.gov/geomag/magfield_shtml)を用意していて、利用者は求めたい地点の緯度、経度、高さ、必要期間を入力すると結果ファイルを利用者にすぐ返送してくれる。Figure 7の実線はそのようにして得たシール岩地磁気絶対測定点における全磁力(赤線)、偏角(緑線)、伏角(青線)のモデル変化曲線である。一方、赤丸は全磁力、緑丸は偏角、青丸は伏角の実測値である。

note25_図08
Fig. 7 シール岩絶対測定点におけるIGRF11モデル磁場の経年変化(実線)と実測値(丸印)。赤は全磁力F, 緑は偏角D, 青が伏角Iを示す。縦軸(左)に全磁力Fのスケール、縦軸(右)に偏角Dと伏角Iのスケールを入れてある。点線はIGRF1985モデルによる変化曲線で、実測値との一致度はIGRF11より良い。

実測値の測定誤差については隊次により使用器械が違うこと、方位標設定が第31次、32次の場合不明なこと、全磁力地点差に不明確な点があることから断定的なことは言い難い。しかし全隊次、前記の作業規程に従った測定を行っていることから、全磁力について20-30 nT, 偏角・伏角について0.2'と思われる。

実測値(O)とIGRF11モデル計算値(C)の差は、全磁力FでF(O-C) ~ -130 nT、偏角DでD(O-C) ~ -20'、伏角IでI(O-C) ~ 0.5'という結果になった。一方、Sakai et al. (1990; Table 3)が示すように、IGRFモデルを測定時当時のIGRF1985 (IAGA Division I Working Group 1; 1985)に変更すると(いずれも点線参照)O-CはFで ~ -30 nT、Dで ~ -0.5'、Iで~ 0.2'だったので、モデル更新により、全磁力と偏角のO-Cが大きく拡大したことになる。おそらくIGRF1990のモデル予測値と確定値には差があり、しかも、IGRFモデル計算にあすか基地の測定データが正しく反映していないか、重み付けが小さいことが偏差が拡大した理由だと思われる。



引用文献等

IAGA Division I Working Group 1, 1985. International Geomagnetic Reference Field
Revision 1985. J. Geomag. Geoelectr., 37, 1157-1163.
(注) IGRF1985の次数はn, m≦10である。

Sakai, R., Shibuya, K., Ayukawa, M., 1990. Installation of geomagnetic absolute
observation point at Seal Rock, East Antarctica, and the absolute observations in
1987. Proc. NIPR Symp. Antarct. Geosci., 4, 80-89.

参考としたweb site URLは以下の通り。

GSI型二等磁気儀及び地磁気絶対測定概要については国土地理院地磁気測量FAQ
http://vldb.gsi.go.jp/sokuchi/geomag/faq/faq.html

国際標準磁場モデルIGRFについては
http://en.wikipedia.org/wiki/International_Geomagnetic_Reference_Field

IGRF11のGauss係数表については
http://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp/igrf/coef/igrf11coeffs.txt

Magnetic Field Calculatorsによる与えられた観測点位置でのモデル磁場計算については
http://www.ngdc.noaa.gov/geomag-web/



Q and A

Q1: G.S.I.型二等磁気儀ですが、左手と右手が別操作を行うなど神業ですね。出来る人は実際、どれくらいいるのですか?
A1: 観測隊ではいわゆる素人が、事前訓練を受けて、測量を実施してきました。しかし、訓練による練達度には限りがあるようです。昭和基地でも絶対測定を毎年実施していますが、第38次隊からD.I. メーターと呼ばれる器械を導入して1997年5月から運用しています。このD.I. メーターは扱いやすく精度も良いということで、別ノートで紹介します。


Q2: T. Mark視準標は恒久性があるのですか?
A2: 無人のあすか、シール岩近傍ではT. Markが風で吹き飛ばされたり、雪で埋もれたりしてむつかしいのが実情です。但し、今や基線長が100 mでもGPS相対測位により、その真方位を数秒精度で求めることができます。従って、T. Markの維持に汲々とする必要はなくなりました。