南極における地球熱学の基礎は地温測定である。私(渋谷)は第21次越冬隊(1979-1981)において昭和基地で地温連続測定を行った。初めての越冬ということで、primitiveなことであっても、基礎的な測定をしておきたい、できれば地殻熱流量を測りたいということで行った観測である。30年経過した今日、南極での地温・地殻熱流量測定がどのような経過をたどり、発展性を示したか知りたいと思いこのノートにまとめた。
測定システムはShimamura (1980)に基づくもので、-50˚Cから+100˚Cの間で、ほぼ線形温度依存性を持つようにカットした温度依存性のある水晶振動子の振動数を矩形パルスに分周し、それをゲートとして一定周波数の(温度安定性の高い)基準水晶振動子からのパルスをカウントする方式である。これは北海道大学(当時)の島村英紀教授が、地震発生や火山活動に関連して井戸中の水温がわずかに変化するのではないかと考えて北海道・弟子屈地域、東海地方やルーマニアなどの井戸に設置するために開発した(Shimamura and Watanabe, 1981)手製のシステムで、それを南極用に援用させて貰ったものである。振動子の原振は0˚C で10.56 MHz, 温度変化率は約985 Hz/˚Cで、センサー部で周波数分割され、約50秒の矩形波になる。この矩形パルスをケーブルで観測棟内のレコーダー部へ送り、それをトリッガー信号としてTCXO(恒温槽に入り周波数が一定・安定した水晶振動子)のカウント数を数えるものである(Fig. 1参照)。使用した温度水晶は温度が高くなると周波数がほぼ線形的に減る特性を持ち、従ってトリッガーゲート幅が狭くなるのでTCXOのカウント数も減ることになる。
Fig.1 昭和基地・地学棟内に設置された3台の水晶温度計レコーダー。 熱電プリンターにカウント数が出力される。左端は地震計モニター用 ペンレコーダーである。 |
手製とはのどかな時代に思えるが、今思い返してみてもシステムとしては優れもので、
(1) 1式あたりの製作費用は当時、十万円以内ですんだ。
(2) 実質的な温度分解能が1 x 10-3˚C (1 m˚C)で10-30 m˚Cの相対精度が得られた(註)。
(3) カウント数はプリンター出力しかできなかったが、これは現場で動作が正常かどうか誰でも確認できる利点をもつ一方、データの後処理は簡便であった。
(4) ノイズの混入などによるミスカウントはあったが、単純な仕組みなので故障知らずであった。
(5) 同軸ケーブルで高周波信号を送る必要がなく、3線撚り線ワイヤでよいので、センサーとレコーダー距離を900 mまで取ることができた。
(6) 後に述べるように自前の較正・検定試験ができた。
(註)島村教授によるとこの精度は基準水晶の精度に依存している。システムの消費電力を小さくするためにTCXO(温度補償型基準水晶)を使ったが、消費電力の制約が少なく、OCXO(恒温槽型基準水晶)が使える条件下であれば、最終的な測定精度をさらに約1桁上げることが可能とのことである。
地中温度を測るためにはボアホールが必要である。結論から言うと、掘削に難渋し、深い孔が掘れなかったことが、目覚ましい結果にならなかった(地殻熱流量測定に至らなかった)理由である。タイニーKT-2型ボーリングマシン(当時として中規模の能力か?)と46 mmのビットを使いエアドリリング方式で1980年2月1日に掘削を開始し、3月22日までの実働26日でようやく掘れたのが2015 cmであった(Fig. 2参照)。あとでわかったことであるが、例えば100 m掘りたい場合、能力が1桁高い1000 m用のボーリングマシンを使うのがこの業界の常識ということであった。この間、メタルビット24個(研磨して15個を再利用)、ダイアモンドビット2個を消耗しつくしている。花崗片麻岩で堅い岩質なので、ダイアモンドビットを多数、用意すべきであったが、ボーリングに多額の資金が充てられない状況でここまで掘れたのは掘削隊員(加藤隆一:当時、秋田大学・鉱山学部)の努力の結果と言える。孔には20 m, 15 m, 10 m, 5 m深度の4ヶ所にセンサーを設置したが、15 m深度は設置時にセンサーが破損しデータが取れなかった。これらセンサーは越冬終了時に回収し、国内で検定試験を実施した。
Fig. 2 エアドリリング方式による岩盤掘削現場 |
恒温槽を持ちこめなかったので、南極での設置時には氷山氷とその融け水を入れたバケツの中(ほぼ 0˚C)にセンサーを入れ棒状水銀温度計で温度をモニターしながらこの時のカウント数を調べた。また、レコーダーを設置する地学棟の室温環境(約18˚C)にセンサーを放置し、カウント数の減少を調べ、大体のあたりをつけた。カウント数の詳しい温度依存性は帰国後、HAAKE cryostatを用いて、温度制御したメチルアルコールの中にセンサーを漬けて調べた。
Fig. 3は-12˚Cから-8.4˚Cに恒温槽温度を上昇させ、その温度で約15分間安定させたとき(1930LT-1945LT)のカウント値の変化を調べたもので、黒丸が5 m深度に設置したセンサー、白丸は後に述べる海中温度測定に使用したセンサーの例である。図の右端に示した100 count幅は約50 m˚Cの変動幅に対応していて、恒温槽内の温度安定性は約0.01˚Cであろう。-10˚Cから+10˚Cの間に設定温度を5点とって描いた、温度対カウント数の較正グラフが Fig. 4である。水温測定に用いたW.T.は地温測定に用いた3台(5 m, 10 m, 20 m)に比べ、0˚Cでのカウント数に約1800カウント(約0.857˚C)のオフセットを持つが、地温計測3台間のオフセットは300 カウント(0.03˚C)で、補正すれば相対精度として10 m˚Cを確保できることがわかる。
Fig. 3 |
Fig. 4 |
Fig. 5は測定結果である。上図に示されるように、測定開始は1980年4月17日、終了は1981年1月2日で、約240日分の観測データ(32時間間隔プロット)である。Xが5 m 深度、Yが10 m深度、Zが20 m 深度を示している。
5 m深度では約Day 300のところで最低温度-10.36˚Cになった。最高温度はDay 110前後と思えるが観測開始日が遅く不明瞭である。10 m深度では約Day 150で最高温度-7.73˚C、Day 360付近で最低温度-9.31˚Cになることがわかる。20 m深度での温度は一見、-8.3˚C で一定に見えるが、Fig. 5下図のように拡大するとDay 110付近で最低温度-8.37˚C、Day 290付近で最高温度-8.17˚C であることがわかる。図は省略するが、気温データと比較対照すると、気温変化に対する5 m深度での地温の位相遅れは約90日、10 m深度では約120日、20 m深度では約290日という結果になった。また、深さに対して温度変動幅が指数関数的に減少すると仮定すると、約33.8 m深度で0.01˚C(計測精度)以内の変動幅に達することになる。
Fig.5 |
地上気温のいわゆるskin depthは中緯度地域で30 mといわれている。氷床域でも大体、同じ値である。今回の測定結果は極域の岩盤域でも同様のskin depthになることを示している。地球上一般的な気温変動幅(大体20 - 30˚C)を入力として媒質による熱拡散でこの変動が緩和して行くと考えると、熱伝導率は土壌(湿度10%で大体0.6 Wm-1K-1)でも、氷(大体2.2 Wm-1K-1)でも、基盤岩(花崗岩と見なすと大体2.9 Wm-1K-1)でもおおよそ1 ~ 3 Wm-1K-1なので、100 m以深であれば、地上気温擾乱の影響は無視しうるというシミュレーションとも調和している。
100 m深度より深くなると地温勾配は200~300 m深くらいまではほぼ一定(100 mあたり3K)で上昇する。だから、その間の各深さ(例えば10 mおき)を10m˚C 分解能でできるだけ精確に測れば精密な地温勾配ΔT/ΔZを求めることができる。
地殻熱流量Qは熱伝導率Kと地温勾配ΔT/ΔZの積である。
Q = K ΔT/ΔZ (1)
そして、 熱伝導率Kは次の(2)式で表される。
K = κρc (2)
ここで、K (Joule s-1m-1K-1 = W m-1 K-1)を直接測定して求める方法もあれば、(2)式の右辺各項について計測する方法もある。κ は熱拡散率(m2 s-1)、ρ は密度(kg m-3)、c は比熱(Joule kg-1 K-1)である。いずれにせよ、試料を採取し、室内実験で現場温度環境を再現し、各項を実測する必要がある。なお、( )内は次元を表す。Kが求められれば、(1)式により、Qを求めることができる。
我々の場合、20 mまでしか掘れなかったのでQの導出は行えなかったが、例えばコロラド高原の掘削孔での計測によると、地温勾配、熱伝導率、熱流量の深さ分布はFig. 6のようになるとのことである(Powell et al., 1988)。地温勾配、熱伝導率いずれも各深さで細かく変動するが、積で表されるQの深さ変化は滑らかになるのが特徴といえる。
Fig. 6 |
昭和基地は東オングル島という小さな島にあり、西の浦において潮位観測を行っている。Fig. 7の耐水容器にセンサーを入れ、西の浦の7 m水深地点に設置した。そこから900 mのケーブルを敷設することで、センサーの出力信号を地学棟に置いたレコーダー(Fig. 1)まで送り、AC電源で水温測定を継続できた。Fig. 8の約7ヶ月の計測から、(1) 水温は11月頃まではほぼ一定(-1.5˚C~-1.6˚C)で11月から12月にかけての約40日で急激に約0.8˚C上昇したこと、(2) 厳冬期の8月から9月にかけて水温は必ずしも一定ではなく、数日かけて0.2 - 0.5˚C鋸歯状に低下しその後突然上昇するパターンを繰り返すこと、がわかった。しかし、この観測は残念ながら、その後の展開がなかったので、趣味的な観測で終わってしまった。
Fig 7 |
Fig. 8 |
一方、このセンサーは移動観測に使えるのでリュツォ・ホルム湾のいくつかの地点の海底水温がどのような分布を示すか調べた。測定は1980年8月10日から9月13日の厳冬期に実施したので、海面一帯は氷で覆われている。なお、1980年1月にはリュツォ・ホルム湾のほぼ全域の海氷が流出したので、この海氷は1年氷である。Fig. 9の各ボックスに1から4通りの深さでの水温を記載したが、最下段(1通りの深さしかないものも含め)が海底深さ(精度は約10 m)での海水温である。一見してわかるように北側の浅い水深域より南側の深い水深域の方が、海水温が高い。
Fig. 9 リュツォ・ホルム湾における海底水温測定。Shibuya et al. (1982)による。 |
リュツォ・ホルム湾での海水温測定はその後も散発的に行われている。例えばUshio and Takizawa (1993)はFig. 10の地点でTable 1にまとめられるような測定結果を公表している。原文は4,5月、10,11月、及び100 m以浅のデータも載せているが、Fig. 9と比較しやすいように、8-9月の100 m以深のデータに限定して再構成してある。この表からやはり南側に行くほど、また、水深が深くなるほど、海水温が高めであることがわかる。
L4やP2など、トラフ内部の800 m以深の地点で、0˚C近辺あるいは0˚C以上になっていることが注目される。なお、Kaminuma and Nagao (1983)のFig. 3にも5測点での海底水温データが記載されていて同じ傾向が見て取れるが、測定月が11月なので、ここには示さない。
Fig. 10 |
Fig. 9とFig. 10の結果は、トラフに沿って、北から南へ暖かい海水が浸入してくることをうかがわせる。Rignot and Jacobs (2002)は、この比較的暖かい海水は北大西洋起源の深層水が南大洋まで流れてくる過程で周囲の水と混ざって変化した”modified deep water ”であり、周東南極大陸棚に沿って湧昇し、白瀬氷河近くへ流れてくるのではないか、かつ、これは白瀬氷河付近に限った話ではなく、全ての周南極氷床に共通する現象、つまり、深層水の温暖化に共通する現象であると推測している。この暖かい海水は棚氷底部を融かすが、海水に対して融解水は密度が小さいので混ざることなくその場で浅層に浮上し、相対的に暖かい海水は年間を通して海底地形に沿って浸入しつづけるとしている。P2地点が示す0.06˚C (900 m)と0.25˚C (1000 m)は白瀬氷河浮氷舌端の1060 m 深さ(1200 m x 0.88で求められるが、0.88 が何を意味するかはRignot and Jacobsの原文参照)での海水凝固温度(-2.7˚C)より約2.9˚C高く、この相対的に暖かい環境により浮氷舌底が解け、氷厚が減少して全体として浮き上がるので氷床接地線(GL; 南極地球物理学ノートNo. 6-8参照)深く暖かい海水が浸入し、GLが内陸側に後退していく(氷床が不安定になる)原因であるとしている。
上記シナリオは定性的には説得力があるが、定量的な具体性を持たせるためにはトラフ近傍で密なCTD観測を通年にわたって実施する必要がある。しかし、係留系の設置・回収は容易でないので氷海域でのCTD観測はあまり行われていない。本ノートの水晶温度計システムでは、深さプロファイルは得られないが、海底水温の連続観測が簡便に実施できるので、30年経過した現在でも有用性は高いと思われる。
Table 1. 第31次隊が実施したリュツォ・ホルム湾での水温測定。Ushio and Takizawa (1993)を元に再構成した。地点位置はFig. 10参照、( )内の数字は海底までの水深。 |
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Point | Latitude | Longitude | Date | Depth | Temperature |
OW1 | 69˚02.8′S | 39˚12.4′E | 1990/09/03 | 100.5 m | -1.655˚C |
(158 m) | 146.1 | -1.623 | |||
OW2 | 69˚02.7′S | 38˚56.4′E | 1990/09/02 | 100.3 | -1.756 |
(183 m) | 151.2 | -1.613 | |||
OW3 | 69˚02.7′S | 38˚40.0′E | 1990/08/29 | 100.3 | -1.812 |
(430 m) | 199.9 | -1.644 | |||
299.9 | -1.650 | ||||
400.0 | -1.683 | ||||
OW4 | 69˚02.7′S | 38˚25.0′E | 1990/08/30 | 99.7 | -1.785 |
(735 m) | 199.7 | -1.804 | |||
300.1 | -1.791 | ||||
399.6 | -1.826 | ||||
499.6 | -1.378 | ||||
599.4 | -0.758 | ||||
700.2 | -0.511 | ||||
OW5 | 69˚02.2′S | 38˚11.1′E | 1990/08/31 | 99.7 | -1.775 |
(758 m) | 199.7 | -1.810 | |||
300.3 | -1.809 | ||||
400.2 | -1.651 | ||||
500.2 | -1.181 | ||||
600.2 | -0.678 | ||||
700.0 | -0.413 | ||||
H1 | 69˚08.6′S | 39˚42.9′E | 1990/09/17 | 99.8 | -1.640 |
(425 m) | 199.9 | -1.571 | |||
300.3 | -1.532 | ||||
399.5 | -1.515 | ||||
H2 | 69˚09.6′S | 39˚44.8′E | 1990/09/19 | 99.6 | -1.593 |
(460 m) | 200.1 | -1.578 | |||
299.9 | -1.535 | ||||
400.3 | -1.512 | ||||
H3 | 69˚10.4′S | 38˚46.4′E | 1990/09/18 | 99.9 | -1.664 |
(639 m) | 200.1 | -1.617 | |||
299.5 | -1.539 | ||||
399.8 | -1.392 | ||||
499.8 | -1.164 | ||||
600.0 | -1.123 | ||||
L1 | 69˚15.5′S | 39˚24.2′E | 1990/08/27 | 99.9 | -1.653 |
(320 m) | 200.1 | -1.544 | |||
299.9 | -1.531 | ||||
L2 | 69˚15.6′S | 39˚09.4′E | 1990/08/23 | 99.9 | -1.807 |
(225 m) | 200.1 | -1.647 | |||
L3 | 69˚16.4′S | 38˚53.2′E | 1990/08/26 | 99.7 | -1.819 |
(510 m) | 199.7 | -1.756 | |||
300.1 | -1.596 | ||||
400.5 | -1.549 | ||||
473.5 | -1.437 | ||||
L4 | 69˚17.3′S | 38˚46.0′E | 1990/08/24 | 100.3 | -1.803 |
(965 m) | 200.1 | -1.766 | |||
299.7 | -1.582 | ||||
400.3 | -1.359 | ||||
500.0 | -1.273 | ||||
599.8 | -0.858 | ||||
700.0 | -0.450 | ||||
799.9 | -0.200 | ||||
899.7 | -0.107 | ||||
942.3 | -0.088 | ||||
L5 | 69˚16.8′S | 38˚30.4′E | 1990/08/25 | 99.8 | -1.830 |
(645 m) | 200.1 | -1.759 | |||
299.7 | -1.614 | ||||
399.5 | -1.442 | ||||
499.9 | -1.139 | ||||
599.6 | -0.683 | ||||
P1 | 69˚23.0′S | 39˚06.0′E | 1990/08/22 | 100.0 | -1.807 |
(483 m) | 200.3 | -1.679 | |||
299.7 | -1.609 | ||||
399.7 | -1.529 | ||||
446.9 | -1.423 | ||||
P2 | 69˚35.9′S | 38˚39.0′E | 1990/08/18 | 99.8 | -1.807 |
(1110 m) | 200.4 | -1.315 | |||
299.7 | -1.371 | ||||
399.9 | -1.478 | ||||
500.1 | -1.122 | ||||
599.8 | -0.726 | ||||
699.8 | -0.450 | ||||
799.8 | -0.226 | ||||
899.8 | 0.055 | ||||
999.9 | 0.249 | ||||
P3 | 69˚35.3′S | 38˚29.0′E | 1990/08/20 | 100.0 | -1.762 |
(600 m) | 200.3 | -1.645 | |||
299.9 | -1.101 | ||||
400.1 | -1.253 | ||||
500.1 | -0.873 | ||||
585.2 | -0.776 | ||||
P4 | 69˚35.4′S | 38˚51.7′E | 1990/08/21 | 100.2 | -1.749 |
(465 m) | 200.1 | -1.484 | |||
300.1 | -1.590 | ||||
399.7 | -1.509 |
Rignot, E., Jacobs, S.S., 2002. Rapid bottom melting widespread near Antarctic ice
sheet grounding lines. Science, 296, 2020-2023, doi:10.1126/science.1070942.
Shibuya, K., Nagao, T., Kaminuma, K., 1982. Measurements of underground and
underwater temperatures by quartz thermometers at Syowa Station, East
Antarctica. Nankyoku Shiryo (Antarct. Rec.), 76, 89-100.
Shimamura, H., 1980. Precision quartz thermometers for borehole observations. J. Phys.
Earth, 28, 243-260.
Shimamura, H., Watanabe, H., 1981. Coseismic changes in ground water temperature
of the Usu volcanic region. Nature, 291, 137-138.
Ushio, S., Takizawa, T., 1993. Oceanographic data in Lützow-Holm Bay of Antarctic
Climate Research Programme from March 1990 to January 1991 (JARE-31). JARE
Data Reports, No. 184 (Oceanography 13), 34p.
Q and A
以下で引用される論文の古いものではCGS単位系による 1 HFU (heat flow unit) = 1 cal cm-2 s-1を用いているものが多いが、 1 HFU = 41.8 mW m-2によりMKS系に変換し、統一した。
Q1: 熱拡散率κ(m2 s-1)の意味が今一つわかりません。
A1: 次元から、温度が広がっていく面積の拡大速度、と判りますが、温度も熱量も現れず、確かに不思議です。Googleで調べたら(2012.11.15)以下のサイトに比較的判りやすい説明がありました。夢幻と湧源
http://mugentoyugen.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-9cb3.html
熱と温度 その4.熱伝導率と熱拡散率(続)/「同じ」と「違う」(6)
です。また、熱伝導率と熱拡散率をどうやって測るか、については三谷幸寛(Mitani Yukinori), 2011. 熱伝導率測定の現状について、IIC Review, No. 45, 42-49が参考になりました。
Q2: 昭和基地では結局、熱流量測定は出来なかったのでしょうか?
A2: 私の越冬した第21次隊に引き続き第22次隊以後も同じ型の水晶温度計で地温測定が続けられました。但し、水循環方式のドリルを使用し5 mと7 mの2本の孔を掘っています。5 m孔には2 m, 5 m深さに温度センサーを設置、7 m孔には1 m, 4 m, 7 m深さに温度センサーを設置し、March 1981からJanuary 1984まで連続測定を行っています。Nagao et al. (1985), Nagao and Kaminuma (1986)は1次元拡散方程式解の境界条件にいくつか仮定を置いて、温度変化振幅の減衰から2.58±0.69 x 10-6 m2 s-1、深さによる最大・最小温度の位相遅れから、2.20±0.19 x 10-6 m2 s-1という熱拡散率を推定しています。一方、回収したサンプル5片(gneiss3種類、granite1種類、amphibolite1種類)について-20˚C環境で熱伝導率を測定し、2.21 – 4.28 Wm-1K-1 (3.03±0.73 Wm-1K-1) という結果を得ています。但し、熱流量の測定値算出には至っていません。
Nagao, T., Kaminuma, K., Shibuya, K., 1985. Long-term underground temperature
measurements by quartz thermometers at Syowa Station, East Antarctica. Mem.
Natl Inst. Polar Res.,Spec. Issue, 28, 18-26.
Nagao, T., Kaminuma, K., 1986. Long-term underground temperature measurements at
Syowa Station, East Antarctica. J. Geogyn., 6, 297-308.
Q3: それでは、南極での熱流量測定はどうなっているのでしょう?
A3: 陸上・海上問わず、ボーリング孔を掘るには大変な労力と費用が必要です。中緯度地域のように既存の孔の再利用と言う訳に行きません。そのため、岩盤ボーリング孔での観測事例は数例しかありません。数少ない貴重な例はしかし、すべてMcMurdo Sound, Dry Valley地域です。Decker and Bücher (1982)はRoss Island(77˚30′S, 168˚00′E)でのHole 3という100 m - 260 m孔の地温勾配として29.9 - 45.0 K km-1, 平均的な熱伝導率として2.01-2.04 W m-1 K-1、best valueである熱流量値として82.8 mW m-2を得ています。また、Lake Vida地点(77˚23′S, 161˚57′E)のHole 6では同様に60 - 305 mの結果としてそれぞれ、25.2 - 33.4 K km-1, 2.61-3.39 W m-1 K-1、85.3 mW m-2 を得ています。但し、これら熱流量値には水平方向の温度構造の異方性の影響を補正しなければならないので、モデル計算でその補正を行うと最終結果はそれぞれ、62.7-66.9 mW m-2及び77.3 mW m-2になるとのことです。
Bücker et al. (2001)によると、CRP3 (77˚S, 164˚E)というMcMurdo Sound域の939.42 m孔(水深297 mからの深さ)での計測から温度勾配28.5 K km-1(これは他の孔に比べ小さい値)、熱伝導率1.3 - 3 W m-1 K-1、平均的熱流量値として60 mW m-2 を得ています。また、Morin et al. (2010)はAND-1BというRoss Island北端近く(77˚51′S, 166˚38′E)の1285 m孔での検層結果(海底 0 m~647 m深さまで)から76.7 K km-1という大きな地温勾配、堆積岩コア解析から1.5 W m-1 K-1 ± 10%という熱伝導率、平均的な熱流量値として115 mW m-2 を得ています。
一般的に大陸上での熱流量測定の全世界平均値は69 mW m-2と言われているので(Pollack et al., 1993)、Erebus Volcanic Provinceと呼ばれる地質構造地域でのこれら結果は、かなり大きめであると言えます。
一方、先のリュツォ・ホルム湾海底ではNeedle型の熱流量計によるKaminuma and Nagao
(1983)の測定結果があります。これは、ボーリング孔を掘るのではなく、1-2 m長の槍の数ヵ所にサーミスターを配置して突き刺し、その地温勾配と、gravity または piston corerで採取した試料の熱伝導率から熱流量を推定するものです。大陸縁辺部の堆積窪地(ST 3-5:Fig. 10の赤丸)で、3つのthermister間隔が40 - 60 cmのNeedleで計測した地温勾配は0.055 - 0.209 K m-1、水深補正後の熱伝導率は1.06-1.09 W m-1 K-1で熱流量値として58-227 mW m-2 を得ています。ST5の58 mW m-2はそれらしい値ですが、ST3, ST4の199, 227 mW m-2は、世界の典型的な熱流量値の範囲(40-100 mW m-2:Pollack et al., 1993参照)からすると、あまりにも大きすぎる値と言えます。なお、南極周辺海域では「白嶺丸」という調査船が20年間かけて、124点の熱流量測定を行っています。
Bücher, C.J., Jarrard, R.D., Wonik, T., 2001. Downhole temperature, radiogenic heat
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Q4: 大陸氷床でもボーリングをやっていますよね、その孔を使えば良いのではないですか?
A4: Price et al. (2002)はアムンゼン・スコット基地(南極点)で展開しているニュートリノ検出用ボアホールで、氷厚2810 mに対して深さ2345 mまで計測した温度勾配と、経験的に定められた氷の熱伝導率の式(氷温の指数関数になる)から、氷床ー基盤岩境界から来る熱流量を61 mW m-2 と推定しています。また、Zagorodnov et al. (2012)は南極半島基部にあるBruce PlateauのLARISSAと呼ばれる基地(66˚02′S, 64˚04′W, 1975.5 m asl)で掘削された447.5 m孔(基盤岩まで掘り抜いている)で計測した温度勾配と前述の経験的熱伝導率の式から85 - 88 mW m-2 と推定しています。また、この論文ではLaw Dome (66˚44′S, 112˚40′E)での値を75.1 mW m-2、Siple Ridge (77˚56′S, 160˚08′E)での値を69 mW m-2、Dyer Plateau (70˚30′S, 65˚00′W)での値として42 mW m-2を引用しています。これらの値は氷床底面で地殻から氷床に伝わる熱流量値です。
日本隊の掘削したドームふじ深層掘削サイト(77˚19′S, 39˚42′E)については、2012年春の学会において本山らが「ドームふじ深層掘削孔検層観測と氷床底面状態について」という発表を行い、そのなかで、地殻から氷床底面に伝わる熱流量は65 mW m-2で、そのうち10 mW m-2が底面融解に使われて年層約1.3 mm/yrの氷層の凍上になるという趣旨の発表をしています。
氷床中には熱源となる放射性同位元素がないので、地殻熱流量測定の解釈が単純なように見えますが、問題点もあります。それは、基本となる熱拡散方程式において(1)氷床底部における氷層がshear stressで変形しても熱の発生はないと仮定していること、(2)基盤岩との接触部で融ける氷の厚さはゼロ、または極めて薄く(数mm)、底面すべりによるまさつ熱の発生や水平方向への熱の移流はない、としていることです。しかし近年、特に標高2000 m以上の氷床底部ではアイスレーダーで明瞭な反射面が確認できるほど融けていると考えられていて、もしそうだとすると、氷床内部での熱の発生と水平方向の熱移流を考慮した再計算が必要になると思われます。
Price, P.B., Nagornov, O.V., Bay, R., Chirkin, D., He, Y., Miocinovic, P., Richards, A.,
Woschnagg, K., Koci, B., Zagorodnov, V., 2002. Temperature profile for glacial ice at
the South Pole: Implications for life in a nearby subglacial lake. PNAS, 99(12),
7844-7847.
Zagorodnov, V., Nagornov, O., Scambos, T.A., Muto, A., Mosley-Thompson, E., Pettit,
E.C., Tyuflin, S., 2012. Borehole temperatures reveal details of 20th century
warming at Bruce Plateau, Antarctic Peninsula. The Cryosphere, 6, 675-686,
doi:10.5194/tc-6-675-2012.
Q5: 地球の熱流量の全体像はどうなっているのですか?
A5: IASPEI (International Association of Seismology and Physics of the Earth's Interior)傘下のInternational Heat Flow Commission (IHFC)のHP http://www.geophysik.rwth-aachen.de/IHFC/heatflow.htmlに「世界の観測点分布: Fig. 11」とそれをもとに「球関数展開してカラー表示した図: Fig. 12」が出ています。南極域はほぼ85 mW m-2以下(緑・青の領域)ですが、オーストラリア南部の南大洋からVictoria Land/Ross Embaymentにかけて(図では見えない)は平均より高い黄色(85 - 120 mW m-2)の地域に入っています。但し、測定データに基づいているわけではなく、60˚S以北に偏在したデータを球関数展開して外挿して得られた南極域での「予想分布図」として割り引いて考える必要があります。
Fig. 11 |
Fig. 12 |
Q6: Fig. 9の海水温とFig. 10の海水温(Table 1)では大きな開き(約0.7˚C)があるようですが、どうしてですか?
A6: 確かにFig. 9の方が系統的に高めですね。表面海水は結氷温度(-1.8~-1.9˚C)に近い値(実際Table 1の元データであるUshio and Takizawa, 1993の1m水温は-1.8˚C付近です)のはずですし、Kaminuma and Nagao (1983)の地殻熱流量測定ポイント(Fig. 10のST 3~5)の水温プロファイルでも表面水温は大体-1.7˚Cです。今回、あらためて較正グラフ(Figs. 3, 4)を見返して見ると、水温システム用センサーの方が地温センサーに比べ1800 count 多くなる(すなわち0.857˚C高くなる)のはなぜか、自分でも不思議に思いました。当時のログノートには具体的な記述がなく、今となっては推測しかできませんが、何らかの誤りがあったと見なし、0.857˚C のマイナスoffsetを加えるべきなのかもしれません。この時、Fig. 8の西の浦の7 m水温は-2.3~-2.4˚Cになり、海水の結氷温度を下回りますが、過冷却状態なのかもしれません。いずれにせよ、「北側の浅い水深域より南側の深い水深域の方が、海水温が高い」ことは正しいはずです。
謝辞
島村英紀氏、山野誠氏、牛尾収輝氏には記述のチェックとコメントを頂いた。Figs. 6, 11, 12は宇宙線研究所のHome Pageに掲載されている山野誠博士のpresentation資料「地殻熱流量測定による地下温度構造の研究」http://www-rccn.icrr.u-tokyo.ac.jp/nu-meeting/18/yamano.pdf, 2012/11/22 visit)を参考に辿ったものである。