南極地球物理学ノート No. 15 (2012.08.05)

南極・昭和基地における絶対重力測定3-FG5による測定


澁谷和雄

Keyword: 昭和基地IAGBN(A)点, FG5 絶対重力計, He-Ne レーザー, マイケルソン干渉計,
ドラッグフリーチャンバー, スーパースプリング



1995年1月より2010年2月までの間に、通算4隊次5台のFG5による絶対重力測定が重力観測室において実施された。この南極地球物理学ノートはNo. 13, No. 14に続き、その測定概要を担当隊員である国土地理院派遣の夏隊員報告(主に国土地理院時報)をもとにまとめたものである。なお、各隊員が得られた結果の測地学的解釈について言及しているところもあるが、最近(第53次隊)の測定結果もまとまりつつあるので、別ノートにまとめることにして、ここでは、結果のみ記述することにした。



1. FG5の測定原理

FG5はMicro-g LaCoste社の製品(注1:社名はAXIS, Migro-g などと書かれる場合がある。開発経緯から初期段階の型名を取ってJILA型と呼ばれる場合もある。開発の経過はCarter et al., 1994に記されている)で、自由落下、ドラッグフリー・チャンバー方式を採用している(Niebauer et al., 1995; 南極地球物理学ノートNo. 13参照)。Fig. 1はFG5絶対重力計の模式図である。自由落下方式の基本原理は、長さ標準となるレーザーを光源とする干渉計を使用して、試験落体(コーナーキューブ)を真空中で自由落下させ、発生する干渉縞の信号を時間標準となる原子時計からのクロック信号で処理して、時々刻々の落下距離と落下時間との対応付けを絶対値で求めることで重力加速度を算出するものである。

note15_図1
Fig. 1. Schematic diagram of FG5. This absolute gravity meter consists of three main components; drop chamber (top), interferometer (center) and super-spring (bottom). Redrawn from Sugawara (2011), but its original is described in Carter et al. (1994).

FG5では光源としてヨウ素安定化He-Neレーザーを、干渉計にはマイケルソン型干渉計を、原子時計にはルビジウム周波数標準を使用している。1回の自由落下は真空にした高さ約60 cmの落下槽内で約0.2 秒の間に行われる。FG5の大きな特徴は、落下槽内の僅かな残留気体の影響を極力除去するため、試験落体がドラッグフリーチャンバー(一種のエレベーター)に入っていることである。この方法により、空気まさつによる誤差を軽減し、落下槽内の真空度が10-4 Pa程度に達すれば測定を開始できて、可搬性も高められる。また、多数回の連続落下測定が容易で統計的に高い精度の重力値を得ることができる。さらに、試験落体とチャンバー床との相対距離が小さいので、衝撃による故障率を小さくできる利点がある。このほかスーパースプリングと呼ばれる、地盤振動(これは万有引力以外の鉛直加速度を生み出し、絶対重力測定にとってノイズ要因になる)の影響を軽減する装置がFG5の下部に組み込まれている。1台のFG5は6ユニットに分解し、運搬できる。梱包済みの総重量は約300 kg、本体の重量は約200 kgである。

測定はプログラム制御されていて重力計の調整が終了すればほとんど自動的に測定できる(2010年現在)。次章に示すように第36次隊が運用開始した1995年当時は各種不具合が生じたが、2010年にはだいぶ洗練されて、FG5は今や絶対重力測定装置の国際的なdefact-standard(事実上の国際標準)になっている。製造元によると正確度は2μGalである。一方、国際比較観測によれば、測定に参加した各機関が推定したFG5の不確かさには、器機に依存するものと場所に依存するものがあり、その合計の拡張不確かさは95 %信頼区間で4.8 – 5.6 μGalと推定されている(Vitushkin et al., 2010)。



2.第36次隊による測定

国土地理院派遣の山本宏章隊員がFG5(#104)を使用し測定した。 IAGBN(A)点直上で、1995年1月20日から2月11日の間に実施し、429時間に及ぶ連続測定に成功した。この測定結果は山本(1996)で紹介されたが、その後、FG5の干渉計基部で使用しているコンパレータの電気的特性により、フリンジシグナルの出力変化に伴い、絶対重力値が変化することに対する補正が必要なことが判明した。このノートでは上記フリンジ補正及びInternational Gravity Commission - Working Group II World Gravity Standards (1992 ) に準拠するために施した補正の詳細報告をもとに記述する。


2.1.使用したFG5の概要

FG5(#104)は1994年2月にフランスで開催された絶対重力計の国際比較にも参加している。このとき、参加したFG5の最終成果の最大値と最小値の差(器差の最大)は14.5 μGalであり、FG5の信頼性の高さが確認されている(Sasagawa et al., 1995)。南極出発前の1994年8月には、製作会社によってFG5(#104)のメンテナンスと改良が行なわれている。主な改良点は、(1)レーザー光のバックトークを防止する部分の偏光素子を、絶縁体からファラデーアイソレータへ交換したこと、(2)スーパースプリングコントロール部の異常の解消、および試験槽の脚部をV字溝から丸穴に変えたことである。

(1)の改良は、He-Neレーザーから発射されたビームが、干渉計基部から反射してくる戻り光がレーザー内部へ進入するのを防ぐためのものである。これによりレーザー発振の安定性が高まった。(2)の改良は、スーパースプリングに関するもので、従来は同装置のコントロール部が不安定で、データの連続取得に支障があった。また、試験槽の脚部も同様に連続取得に支障をきたしていた。これらを改良することにより、干渉計の鉛直保持の持続性が向上し、データの連続取得が容易に行えるようになった。


2.2昭和基地における絶対測定

測定は、Working Group for Syowa Station Absolute Gravity (1994) に報告されているIAGBN(A)点の金属標直上で行った。100V電源とFG5の間に交流安定化電源装置を備え付け、アースを接地して測定を行った。
使用したFG5(#104)の主要な諸元は、下記のとおりである。
ハードウエアタイプ    :FG5 Absolute Gravimeter #104/GSI 1994.08
ソフトウエア        :OLIVIA Ver.2.08
ルビジウム原子時計   :FRK-L (Efartom Division, Ball Corporation)
レーザー種類      :ISL-1 He-Ne Laser (Winters Electro-Optics, Inc.)
使用したヨウ素吸収線 :d線/Peak波長 632.991 177 4 nm
レーザー変調周波数  :1 178.878 4 Hz
試験落体         :逆反射コーナーキューブ
レーザー搬送速度定数:299 792 458 m/s (注2: 南極地球物理学ノートNo. 14と同じ値である。)


2.2.1 測定の経過

「しらせ」は1994年12月24日に昭和基地へ接岸した。接岸と同時にヘリコプターとトラックを用いて重力観測室内へFG5を搬入した。搬入後ただちにラコスト重力計によって重力の鉛直勾配を測定した。同25日よりFG5の組み立てを開始し、調整作業に取りかかった。試験槽の高真空を達成するため、まず24時間かけてベーキングを行った。

数々の準備・調整を施し、連続測定を目前にした同28日、最終調整過程で、スーパースプリング部の参照用コーナーキューブと主スプリングをつり上げているワイヤー部分(直径0.17 mm)が切断した。正規の代替品がないため、ワイヤーをギターの弦で代用し、修復した。その結果、測定が可能となった。

測定は15秒に1回の間隔で自由落下を行い、連続150回から160回で1セットとなるように、ソフトウエア(OLIVIA Ver2.08)を設定した。FG5の修復と調整に時間を費やしたため、本測定は1995年1月20日からの開始となり、1月29日までの連続200時間と、1995年2月1日から2月11日までの連続229時間実施した。

この間レーザー光の出力が昭和基地に搬入した時よりも低下した。また、2月12日には、レーザー光を制御するコントロール部が故障し、レーザーロックが不能になった。修復には時間を費やすことがわかったため、これ以上の測定は不可能と判断し、装置の梱包を行った。そして再度、ラコスト重力計によって重力の鉛直勾配を測定した。FG5を同13日に昭和基地から「しらせ」へ搬入し、昭和基地を後にした。


2.2.2重力値の補正

絶対重力値を確定するため第2章の前文で述べたIGC Working Group II World Gravity Standards (1992) に準拠するための補正を下記の通りに行った。
(1)地球潮汐補正
計算はFG5ソフトウエア (OLIVIA Ver.2.08) を用いて、1回の落下測定毎に行った。δファクター = 1.164を使用した。この中にはHonkasalo補正分が含まれており、IAGBNに準拠した値にするためには、測定結果に+7.7 μGalの補正が必要であった(注3:南極地球物理学ノートNo. 14と同じ値)。
(2)大気圧補正
計算はFG5ソフトウエアを用いて、1回の落下測定毎に行った。気圧測定はFG5のコントロール部分に取り付けられたデジタル気圧計(精度±1hPa)を用いて、自動的に行われた。気圧アドミッタンスとして-0.32 μGal/hPa(小川他,1991)を使用し、標準気圧は昭和基地での30年平均気圧(1957年から1987年,気象庁,1994)値である986.7 hPaを使用した(注4:南極地球物理学ノートNo. 14と同じ値)。
(3)極運動補正
計算はFG5ソフトウエアを用いて、IERS (International Earth Rotation Service) から公表されるBULLETIN Bによる値を用いて、作成されたセットファイル(DDT File)毎に補正を行った(注5:原理は南極地球物理学ノートNo. 14と同じ)。
(4)重力鉛直勾配
ラコスト重力計2台(G-554,D-183)を使用し、金属標直上と1.2 m上の2ヶ所を繰り返し測定し鉛直勾配を決定した。決定された値は0.3339±0.0008 mGal/mである。補正計算はFG5ソフトウエアを用いて1回の落下測定毎に行った(注6:南極地球物理学ノートNo. 14では0.334±0.001 mGal/mであったが、両者の違いの影響は無視し得る)。
(5)光速度補正
計算はFG5ソフトウエアを用い1回の落下測定毎に行った。
(6)残差の周期的変化に関する補正
観測値全体の単純平均をとることにより、周期的な変化は相殺すると考え、それ以上の補正は行っていない。


2.3コンパレータのフリンジ特性補正

今回使用したFG5では、アナログであるフリンジ強度信号をデジタル化する際に、AMD686と呼ばれるコンパレータが使用されている。AMD686は12 nsの遅延時間を持つが、この遅延時間に周波数依存性があることが報告されている(Niebauer et al., 1995)。このためフリンジ電圧の変化により、重力値の変化が引き起こされる(Fig. 2)。この補正は、レーザー光の出力強度が小さいときに重要である。今回、昭和基地での観測中に出力が低下したため、測定値にこの補正を施す必要があった。

昭和基地で測定したフリンジ出力の平均値は112 mVである。フリンジ出力の基準値は、2つのコンパレータ(686と9696)で測定された重力値が一致する794.3 mVであるから(Niebauer et al., 1995)、昭和基地で測定したフリンジ出力に対応する重力補正量は、Fig. 2から 457.0 - 470.7 = -13.7 μGalとなった。


2.4 最終結果

2.2.2及び2.3で述べた各種補正を施し、Absolute Observation Data Processing Standards (1992 collection) に準拠した絶対重力値は、下記のとおりである。但し、後に示す海洋潮汐補正は含まれていない。
有効データ数:   45,386個(336セット)
絶対重力値:    982 524.3269 ± 0.0001 mGal                 (1)
単観測の標準偏差:14.4 μGal
重力鉛直勾配:   0.3339 ± 0.0008 mGal/m
測定期間:      1995年1月20日~1月29日(200時間)
              1995年2月 1日~2月11日(229時間)
Fig. 3に測定値のヒストグラムを示す。


2.5重力の時間変化の検出

今回の絶対重力測定では高精度の連続測定が実施できたため、振幅が ±5 μGalの海洋潮汐による微小な重力変化を検出することにも成功した。その一部抜粋をFig. 4に示す。赤い曲線がSchwiderski modelによる海洋潮汐荷重による重力変化の期待値(佐藤忠弘,私信)で、エラーバー付きの青丸が今回の測定値を表していて、ほぼ期待値に沿って変化しているのが確認できる。また、変動振幅が期待値に比べやや大きい。海洋潮汐が重力に及ぼす微小な変化の捕捉は、FG5になって初めて可能となったものである(Okubo et al., 1997)。


2.6出発前と帰国後の筑波C点(注7:後に筑波FGS点という記述が出てくるが同じ建物内にあり、実質的な違いはない)での重力値比較

南極・昭和基地で実施した絶対重力測定の信頼性を確認するため、昭和基地に出発する前(1994年10月)と帰国後(1995年4月)に、筑波C点で比較測定を実施し再現性をチェックした。詳細は省くが、両者の差は1.2 μGalで非常によく一致していた。

note15_図2
Fig. 2.  Errors from two different comparators as a function of input fringe signal amplitude. (after Niebauer et al., 1995)

note15_図3
Fig. 3.  Histogram of the gravity values of each single drop.

note15_図4
Fig. 4.  Time variation of the gravity value from February 3, 1995 to February 7, 1995. Dots with error bars are the results of the absolute gravity measurement and the red line is an estimated ocean tide load variation.

2.7昭和基地の重力値の更新

第36次隊のFG5による測定結果を受けて極地研において1996年1月22日workshopを開催し、これまでの4機種(注8:南極地球物理学ノートNo. 14の3機種及びこのノートの第2章に示すFG5#104)による測定結果の比較検討を行った。そして、FG5#104/GSI.1994.08によるIAGBN(A) marker直上の値

982 524 327 ±15 μGal :   (1)

による(1) 式を基地の絶対重力値として採用し、1994年のWorking Group報告に示した982 524 252 μGalから更新することを決定した(Kaminuma et al., 1997)。



3.第42次隊による測定

2000年11月出発した第42次隊・夏隊に参加した国土地理院・木村勲隊員により、FG5(#203)を用いて第2回目の測定が行われた。2000年12月29日より2001年1月25日まで約1ヶ月間の連続測定を行った。今回の観測でも前回の第36次隊に続き、海洋潮汐荷重が重力に及ぼす微小な影響量を捉えることができたため、その補正も実施した。この章は木村勲(2002)の報告を要約したものである。


3.1第36次隊測定以降の経緯

1990年代は絶対重力計開発競争の時代であったが、国際キャンペーン比較測定を経て、FG5を採用する機関が増え、2000年代以降、商用ベースの絶対重力計としては国際的なdefact standardとなった。第36次隊のFG5(#104)測定ではスーパースプリングが切断し、応急措置を施して測定を実施したほか、干渉縞信号のアナログからデジタルへの変換に使われているコンパレータの標準特性からのずれが後日判明し、その影響量を推定して、補正を施し最終結果を得ている(2.4項参照)。その後FG5はハード・ソフト両面で改良が進み、現在は測定実施中にほとんどの補正が行われ、後処理は、海洋潮汐補正と統計処理だけとなっている。


3.2実施した測定の概要

FG5器材の搬送方法そのものは第36次隊と同じで、2000年12月25日に昭和基地入りした。しかし、搬入後直ちに測定に入るために,落下槽内の真空引きにかかる日数を節約したかったので、日本で真空状態にした後、イオンポンプを作動させ、輸送中も常時真空を維持したまま輸送した。重力観測室内は観測機器であふれていたが,前次隊員の協力により絶対重力測定用基台のスペースを確保し,無事搬入できた。

2000年12月29日から試験観測を開始した。前回はスーパースプリングの調整範囲が,中緯度に較べ重力値の大きな極域に対応していなかったため、調整中に主スプリングをつり上げているワイヤーが切れる不具合が発生したが、今回はスーパースプリングの特性を把握できていたことで調整が可能となり、以後、関連した不具合は一切起きなかった。帰国後、日本(中緯度地域)での重力値に戻すときにも特性の検証を行い、調整に間違いないことを確認した。今後は、地球上どこで測定しようとも、スーパースプリングの調整に大きな問題は起きないものと信じている。

スーパースプリングの調整後、ヨウ素安定化He-Neレーザーの微調整を繰り返し行い、連続測定データ取得を開始した。しかし、そこで問題になったのが室温管理である。重力観測室には超伝導重力計もあり、ヘリウム液化作業(及びデュワーへの液体ヘリウムトランスファー)が夏季に1度は行われる。その間は、室温が30˚Cを超えることもあり、温度管理が難しく、しかも夜中は換気扇の使用次第では、急激に室温が下がる(14˚Cまで下がったことがあった)ため、換気扇しかない重力観測室は、どうしても温度変化が大きくなってしまう。使用しているHe-Neレーザーの測定可能範囲は15˚Cから25˚Cまでであり、仕様上の温度変化の許容範囲が、±2.5˚C以下であることからみても厳しい測定環境である。

さらに電源安定性の問題もあった。重力観測室が主発電機のある管理棟から約300 m離れていて、そこまで電源ケーブルを引っ張っているため、電圧がAC 94Vまで低下していた。そのため、日本より持ち込んだ定周波定電圧電源、及びノイズカットトランスも使用してFG5に安定した電源を供給するのが必須であった。

また、昭和基地は非常に乾燥しており、特に夏季は塵や埃、雲母等が舞っている。重力観測室への出入りが頻繁になると、それだけ精密機器への支障となるため、出入りをなるべく制限し、器械に覆いを架ける対策も施した。

その結果、測定期間中ほぼ順調なデータ取得が続いたが、超伝導重力計への液化ヘリウムトランスファー作業中に原因不明の定周波定電圧電源の停止があり、その影響で2月19日に観測が中断した。23日から復旧したが、26日にはシステムコントローラーの異常による観測中断とともに、解析PCにも異常が生じたため、結局、今隊次での観測を全て終了した。


3.3 測定結果

短期間でデータ数を数多く取得するために、国内では15秒間隔で落下を行っている落下間隔設定を10秒間隔に変更し、120個のdropを1セットとして、データ数を稼ぐことにした。しかし、1ヶ月の観測期間中、室温が安定している時間帯でもレーザーのロックが外れる現象が頻繁に起きたセットもあった。超伝導重力計のコンプレッサー振動等が要因とも考え、コンプレッサーを1日停めて測定し様子を見たが、改善はみられなかった。通信施設、衛星受信施設、大型アンテナなどに関係した電気的雑音も疑い、それらの観測時間との関連性も調べた。また、アースを接地しているものの、逆にそこからノイズを拾うことを疑い色々調べたが、結局はっきりとした原因を突き止めることはできなかった。

note15_図5

Fig. 5. Output example of one drop data

レーザーのロックが度々外れるため、外れたあとのdropはどうしても値が乱れており、そのセットの標準誤差は大きくなる。1セットの観測例として、コントローラーのPCに出力される画面がFig. 5であるが、このセットの時系列グラフでは、後半は安定しているものの前半の黄色い丸で囲んだdropでは、ばらつきが大きい。

多数の測定データから最終結果を得るに当たり、120 dropの1セット内の平均値を決め、平均値から一定以上外れた値を異常値として除去した。さらに再び平均値を決めて、その平均値から3σ以上離れた異常値を除去した。その結果、全109,790 dropから約22%の不良データが棄却された。 こうして得られた有効データのヒストグラムがFig. 6である。横軸は5 μGal間隔で、最終的な有効データ数は前回(第36次隊)のほぼ2倍,84,802 dropになった。

note15_図6

Fig. 6. Histogram of the measured gravity values


3.4重力の時間変化

今回も微小な海洋潮汐荷重による重力変化を検出できた。第36次隊の山本(1996)はSchwiderski の汎地球海洋潮汐モデルを使って測定値と比較したが、今回の理論海洋潮汐の計算には、 NAO99bに対応したソフトウエアGOTIC2(Version1999.06.09; Matsumoto et al., 2001)を用いた。NAO99b とGOTIC2 の詳細はここでは省くが、扱う分潮が短周期(半日、日)主要16分潮および長周期主要5分潮なのでFG5に付属しているSchwiderski の短周期主要8分潮およびMf分潮だけに基づいたものに較べて高精度な重力補正ができる。

GOTIC2は、大きさの異なる4種類の海陸分布を表すメッシュを用いて海洋潮汐の影響量を計算する。1次メッシュのサイズが0.5°,2次メッシュが5′,3次メッシュが30″,4次メッシュが7.5″である。昭和基地は半径500 mほどの小島に位置し海に近いため、海洋潮汐の影響量も大きい。そのため、海岸地形を表現する細かな地形データが必要である。国立天文台水沢では、昭和基地付近の3次メッシュ、4次メッシュを公開しているので、このデータを利用して影響量を計算した。Fig. 7は、測定重力値(エラーバー付き青丸)と理論海洋潮汐荷重値(桃色の曲線)を比較したものである。測定期間前半では、理論値とよく一致していることがわかる。

note15_図7
Fig. 7. An example of time variation of the measured gravity values

3.5 最終測定結果

最終測定結果は、前回値と比較して1 μGalの差で一致していて極めて再現性の高い結果が得られた。一方、FG5絶対重力計の検出限界を超えるような重力の経年変化は検出できなかったともいえる。昭和基地の検潮儀では、氷床後退後による陸地の隆起とおもわれる約0.95 cm/yrの海面低下が観測されている(Odamaki et al., 1991)。これは約3 μGal/yrの重力値減少に相当しており、第36次隊(1995年)から第42次隊(2001年)までの6年間の累積ならば18 μGalの減少なので、FG5の信頼性を考慮すれば検出できるものと予想されたが、結果は違っていた。

海洋潮汐補正後(Fig. 8)の最終測定値は以下の通りである。なお、海洋潮汐補正については、補正前と補正後で比較したが、最終測定値に変わりはなかった。各種補正のパラメータ等についてはTable 1,2にまとめた。また、IAGBN(A)点の位置座標について、新しい基準座標系ITRF2000(GRS80楕円体)に基づき、南極地球物理学ノート No. 13の点の記に記載された座標を変換した結果、今後、下記のBLH値になる。

有効データ数 84,802個(737set)
絶対重力値  982 524 328.2 ±1 μGal     (2)
単測定の標準偏差.    16.7 μGal
B= 69°00′24.245″S                      (3-1)
L= 39°35′08.491″E                      (3-2)
H= 21.492  m (IAGBN marker直上)         (3-3)

note15_図8
Fig. 8. Time variation of measured absolute gravity after correction for an ocean loading effect

3.6 おわりにあたっての木村勲隊員の感想

今回の測定ではトラブルがまったくなかった。さらに、第36次隊ではFAXしかなかった昭和基地・日本間の通信状況が、2時間毎のメール送受信になったため、重力観測室にPCを持ち込み、ほぼリアルタイムで日本と連絡が取れたことも心強かった。FG5はここ数年、各研究機関および大学でも導入が進んだが、どの器械も不具合が絶えず、年間通してフル稼働した器械はまだない。初心者がボタンひとつ押しただけで観測できる状態には、残念ながらまだなっておらず、ノウハウの蓄積がなければ障害に対処できないことも事実である。

今後、昭和基地の超伝導重力計は2002年出発の観測隊で新しい型に交換されることが決まっており、そうなると近々には感度検定のための絶対重力測定が必要となるはずである。次回の観測は、落ち着いた越冬期間に観測できる環境づくりが必要と思える。年間通しての観測が実現できれば、積雪などによる季節変動を捉えることも十分可能かと考える。


Table 1. 観測及び再計算時の各種補正パラメータ

緯度・経度・標高

φ = 69.0075˚S,  λ = 39.5945˚E, H= 21.492 m (測地基準系1967)
注9:旧来の座標値であるが補正計算には大きな影響はない。

固体潮汐 δファクター

1.164(永久潮汐については1.0)第36次隊と同じ値を使用。

鉛直勾配補正

重力値はIAGBN(A)点の金属標識上に整約した値。用いた勾配値は
dg/dh = -0.334 mGal/m

大気圧補正

標準大気圧= 984.08 hPa (1998年から過去30年の昭和基地平均海面気圧から算出)。注10この値は第36次隊の986.7 hPaと異なることに注意。
気圧アドミッタンス= -0.32 μGal/hPa (小川ほか (1991)の実測値)

極運動補正

IERS Bulletin B  δファクタ- = 1.164、従来と同じ。

海洋潮汐補正

GOTIC2(Version 1999.06.09)による補正。

処理ソフト

OLIVIA Ver. 2.21/Replay Ver.2.2。
注11:第36次隊のVer. 2.08からupdateされている。



Table 2. FG5(#203)の運転設定

落下間隔

10[秒]。注12:第36次隊では15秒だった 。

落下回数

120[drop/セット]。 注13:第36次隊では160 dropで1セットであった。

観測時間帯

1セット20分間の観測をおこない,10分間の小休止をおく 。注14:第36次隊及び以後の第45次、51次隊では1セット40分観測で20分間休止としている。

器械高

・IAGBN(A)点の金属標識からスーパースプリング支持環までの高さ 49.40 cm
・干渉計とトライポットの間隔 0.20 cm で計 49.60 cm



4. 第45次隊による測定

第45次隊は2003年12月末から約1ヶ月間にわたり2台のFG5を用いて3回目の絶対重力測定を実施した。測定は国土地理院の平岡善文隊員、京都大学の福田洋一隊員が主に担当した。この章は主に平岡ら(2005)の報告を要約したものである。

昭和基地開設当初に重力基準点設置のために使用された重力振子は測定精度がおよそ数百μGalであったが(南極地球物理学ノートNo. 13、Harada et al. 1963参照)、現在、絶対重力測定で使用しているFG5の測定精度は、製造会社によるとおよそ2μGalである(第1章参照)。2 μGalの重力変化はフリーエア勾配を仮定すると1 cm弱の上下変動に相当し、地盤の上下変動に伴う重力変化を捉えることも可能になった。


4.1地震計室における調整及び試験測定

今回の測定では国土地理院所有のFG5(#203)と京都大学所有のFG5(#210)の2台を用いた。FG5(#203)は第42次隊による第2回目の測定で木村(2002)が用いた器械でもある。2003年12月18日、しらせから昭和基地にヘリコプターで器材を搬送した。12月中旬は重力観測室において超伝導重力計の移設作業、ヘリウムガスの液化作業が行われていたので、この間、重力観測室の北西約30 mにある地震計室を利用することにした。

地震計室の前室を利用して落下槽の真空引きや器械の調整を行い、FG5(#210)は12月21日から23日までの間、FG5(#203)は12月24日から28日までの間、試験測定を行った。Fig. 9に落下間隔15秒で160回の落下を1セットとして算出した平均値の時間変化を示す。FG5(#210)は極めて安定したデータを取得出来たが、FG5(#203)は測定値の標準偏差がおよそ50 μGalと、地盤振動の少ない南極での測定としては大きく、また、周期がおよそ1日で振幅がおよそ40 μGalの揺らぎも見られた。これは日本を出発する前には見られなかった症状であった。

note15_図9
Fig. 9. Time variability of the measured absolute gravity values at the seismic hut

FG5(#203)は値がばらつく問題があったものの、平均値で比較すると2台の差はおよそ2 μGalであった。日本を出発する前の2003年9月に、筑波山山麓FGS点(注15:C点もFGS点も同じ建屋にあり、測定環境に違いはない)で比較測定を行ったところ2台の値の差は3 – 4 μGal以内だったので、地震計室での差は出発前の比較測定結果と同程度であったといえる。FG5(#203)の値のばらつきについて、器械以外の問題も考えられたので、原因追究は後回しにして、超伝導重力計の移設とヘリウムガスの液化作業が終わった12月28日に測定器械を重力観測室へ移動した。

試験測定を行った地震計室には新たに金属標45G2を設置した。設置場所をFig. 10に示す。また、2004年1月11日には重力鉛直勾配を求めるため、ZLS重力計D-183を用いて金属標直上と1.20 m上の2ヶ所を繰り返し測定した。さらに1月19日には水準測量により水準点No. 2316, 2317を基点として45G2点の標高を求めた。結果は以下の通りである。

測点マーカー:地震計室(45G2)
重力鉛直勾配:– 3.12 ±0.02 μGal/cm (4)
標高:20.882 m               (5)

note15_図10
Fig. 10. Sketch of the marker 45G2 in the seismic hut

4.2. 重力観測室における測定

従来の絶対重力測定は器械が1台だったのでIAGBN(A)点直上に設置できたが、今回は2台用いるのではじめはIAGBN(A)にFG5(#203)を、予備基台にFG5(#210)をそれぞれ設置した。測定は2003年12月28日より開始し2004年1月17日以降は器差の検証を目的として、それぞれの器械の場所を入れ替え、1月31日まで測定を継続した。測定風景をphoto 1に示す。

note15_写真01
Photo 1. View of the absolute gravity meters in the gravity observation hut


Fig. 11は160回の落下(落下時間間隔15秒)を1セットとして算出した平均値の時間変化を示す。FG5(#203)に地震計室での測定に見られたような1日周期の揺らぎは見られなくなったが、FG5(#210)に比べ、全体的に測定値がばらついた。FG5(#210)とFG5(#203)は同じタイプなので共用できる部分がいくつかある。そこで1月17日、ユニットの交換で問題が解消するか(原因が特定できるか)どうか調査した。

note15_図11
Fig. 11. Time variation of the measured absolute gravity values in the gravity observation hut

結果として、
(1)落下槽の交換→症状変わらず。
(2) ルビジウム原子時計の発信周波数の比較→問題なし
(3) レーザーについてはFG5(#203)の出力は若干低めだが、特定波長へのロックが常にかかっているので問題なしと判断。
(4) スーパースプリングは交換できない。内部点検ではFG5(#203)も異常なし、
であった。そのため、原因究明を打ち切り、データ取得に専念することにした。

2台の測定結果を平均値で比較すると、地震計室での結果と同様2-3 μGalの差であった。なおIAGBN(A)点の計算に用いた重力鉛直勾配は、第33次隊の得た結果(南極地球物理学ノートNo. 14)

IAGBN(A)点の重力鉛直勾配:– 0.334 ±0.001 mGal/m     (6)

をそのまま用いた。予備基台についてはZLS重力計D-183を用いて金属標直上と1.20 m上の2ヶ所を繰り返し測定したが、IAGBN(A)点での値と有意な差は見られなかったことから、やはり(6)式を使用した。

予備基台の測定場所には今回新たに金属標45G1を設置した。Fig. 12にその見取り図を示す。また、1月17日には水準測量によりIAGBN(A)点を基点として45G1点の標高を求めた。結果は以下の通りである。

note15_図12
Fig. 12. Sketch of the 45G1 marker in the gravity observation hut

測点マーカー:予備基台(45G1)
重力鉛直勾配:– 3.36 ±0.03 μGal/cm   (7)
標高:21.492 m                  (8)

Table 3に最終的な測定結果、Table 4に補正に用いた各種パラメータを示す。

note15_図106
Table 3. 測定結果

note15_図107
Table 4. 各種補正情報

4.3. FG5(#203)の揺らぎ等についての帰国後の原因調査

FG5(#203)本来のユニット組み合わせで測定を行ったところ、昭和基地での測定で見られた値のバラつきが再現した。国土地理院保有のFG5(#201), FG5(#104)を用い、いろいろユニット交換して測定したところ、問題個所をレーザーか干渉計のどちらかまで絞り込めたが、それ以後の調査は製造元であるMicro-g Solutions社に委ねることとしてアメリカへ送った。Micro-g Solutions社はレーザーについて集中的に調査を行い、レーザーチューブの劣化とレーザー電源装置の老朽化により発信するレーザー光の周波数が不安定になったことを突き止めた。これまでの経験からくる予想からはずれた原因と判ったが、レーザー光の周波数ふらつきは無作為に起きるので、昭和基地で測定された重力値の平均値には系統的な誤差はなかったと判断した。



5. 第51次隊による測定

第51次隊の国土地理院派遣・菅原安宏隊員はFG5では通算4回目となる絶対重力測定を実施した。この章は菅原(2011)の報告によりその概要をまとめた。

第1回―第3回までの9年間での変化率(重力減少傾向)は、誤差が大きいものの–0.27 ±0.42 μGal/yrという結果が得られていて(平岡ら、2005; Fukuda et al., 2004)、重力の経年変化をさらに精確に求める必要がある。地形学的データや地殻変動のモデル計算は確かにGlacial Isostatic Adjustment (GIA)による地殻隆起を予想しているが、GPS, VLBI, DORISなどの結果と合わせ、粘性変形と近年の氷床融解による弾性変形を分離(Wahr et al., 1995)する必要がある。


5.1 測定の概要

観測に使用した器機は国土地理院所有の2台のFG5 (#203, #104)である。測定場所は本基台であるIAGBN(A)点及び予備基台である45G1点の2点である。2009年12月22日から2010年2月8日までの約1ヶ月間に器械の場所を3回入れ替え、合計4セッションの測定を実施した。測定風景をphoto 2に示す。

note15_写真2

Photo 2. 昭和基地重力計室内の測定風景(第51次隊 池田博隊員撮影)
左奥が45G1上で測定中のFG5(#104)、中央がIAGBN(A)点上で測定中のFG5(#203)、右の青色の機器は第51次隊で設置された最新の超伝道重力計(OSG#058)

電源は基地発電機交流電源からノイズカットトランスと定周波・定電圧供給装置(UPS)を経由してFG5の制御部へ供給した。また、屋外の雪中に銅板を埋設してアースを取った。通常、ルビジウム原子時計を使用するが、大気中のヘリウムガスがこの時計内に入りこむと周波数変動を引き起こす恐れのあることが報告されている(Herbulock et al., 2003)。重力観測室内では同時期に超伝導重力計のヘリウムガス液化作業が実施されていたため、ルビジウムではなくセシウム原子時計を使用した。

重力観測室の室温調節は屋内の2台の換気扇と前室のドアの開閉で行った。2009年12月下旬から2010年1月中旬にかけては換気扇2台稼働、前室ドアを閉じることで16 - 21˚Cに維持できた。1月中旬から2月上旬にかけては換気扇1台稼働、前室ドア開放で17 - 22˚Cに維持できた。気温の大きな日変化、ブリザード時の急激な気温変化に対応できず、レーザーの動作保証範囲である15 - 25˚Cをはずれることもあったが、重力値への影響はなかった。

重力鉛直勾配の測定にはラコスト重力計G-583とCG-5シントレックス重力計No. 300200049を使用した。器械ごとに1測点につき1視準1読定を3回実施し、読定値の較差は8 μGal以内とした。金属標直上と1.2 m高さの2測点の観測を1対回として、計6対回の測定を器械ごとに2回実施した。

絶対重力測定の設定と各種補正パラメータをTable 5に示す。落下間隔は15秒、160回の落下を1セットに設定した。セット間隔は60分とし、40分測定、20分休止を繰り返した。ここでは、1回の自由落下で求まる重力値をドロップ値、1セットのドロップ値を単純平均した重力値をセット値、1セッションのセット値を重量平均した重力値をセッション値と定義している。

note15_table5
Table 5. 測定の設定と各種補正パラメータ。ETGTAB はWenzel (1996)に基づいている。表中、FGS点(Fundamental Gravity Station)とはIAGBN(A)点を、予備点とは45G1点をさす。

第1セッションではIAGBN(A)点にはFG5(#203)を、45G1点にはFG5(#104)を設置して約2週間の測定を行った。第2セッションでは器械を入れ替えた後、再度約2週間の測定を行った。第3セッションでは、再び器械を入れ替えて測定を開始したが、途中でFG5(#203)の落下槽内のチャンバーを移動させる銅板製のベルトに亀裂が入ったため、2台の同時測定をこの時点で終了した。第4セッションはIAGBN(A)点でのFG5(#104)単独の測定となり、このセッションをもって、全測定を終了した。なお、今回の測定では第1、第2セッションを本測定、第3、第4セッションは点検測定とした。

測定中の唯一の問題は、FG5(#203)の第2セッションの測定から、ドロップ値がGal単位で変わる現象がしばしば発生したことである。この現象の頻度が増すことによりGal単位で変わる測定値を棄却できず、セット値に影響を及ぼすこともあった。干渉計内のミラーの角度、試験落体の鉛直性・位置・速度等の点検及び調整を実施したが、改善することはなかった。原因としては落下槽内のベルトの張りが変わり、試験落体がうまく自由落下しなかったのではないかと考えている。


5.2 絶対重力測定結果

全測定結果をTable 6に示す。またFig. 13に1セットの測定結果の例を、Fig. 14に第1-4セッションの測定値の時間変化を観測点ごとに示す。測定期間中、昭和基地内では至る所で土木作業が行われていたが、地盤(岩盤)が強固なため振動は小さく、セット内の測定値はおおむね±10 μGal、1セットごとの平均値はおおむね±4 μGalの範囲内でのバラつきで、良好な結果を得ることができた。また、測定期間中、ブリザードが3回襲来したが、その影響はほとんどなかった。Fig. 13で採用値から10 μGal以上かい離している外れ値は、地球上どこかで発生したマグニチュード6以上の地震の影響によるものがほとんどである。

note15_table6
Table 6. 測定結果

note15_図13

Fig. 13. An example of the measurement results for one set (160 drops), measured at the IAGBN(A) marker with an FG5(#203). Green dots are accepted values, while a red dot indicates the outlier.


note15_図14
Fig. 14. Final results of the Session I - IV. Upper figure shows the results at the IAGBN(A) marker, while lower figure shows those at the 45G1 marker.

Table 6の測定結果に注目すると、第1-第4セッションと時間が経つにつれ、重力値が減少する結果となった。その減少量はIAGBN(A)点で3.6 μGal、45G1点で2.2 μGalである。2測点において調和傾向にあり、有効落下数も多いことから、有意な変化である可能性が高い。しかしその理由が環境的要因なのか、器械的要因なのかは、現時点では不明である。

Table 6の本観測の結果から、IAGBN(A)点に対する45G1点の重力値地点差は-1.1 μGal、FG5(#203)に対するFG5(#104)の器差は-0.9 μGal、第1セッションに対する第2セッションの差は1.3 μGalであった。測定点間の距離は約3 mであり、重力観測室内の重力水平勾配は非常に小さく重力場として安定している。上記の器差は有意なものではなく無視しうる。


5.3 絶対重力計の再現性

第45次隊同様、帰国後、筑波山麓の重力建屋に器機を移送して、絶対重力測定を実施した。FG5(#203)については昭和基地で落下槽ベルトに亀裂が入ってしまったため、予備の落下槽に交換している。測定の詳細は省くが、FG5(#203)及びFG5(#104)ともに、出発前・帰国後で得られた重力値に大きな変化がなく、再現性は確保されている。また、帰国後、絶対重力測定に使用したセシウム原子時計をVLBIに使用している水素メーザを基準器として周波数検定を実施したところ、周波数10.0000 Hzの信号が正常に出力されていることを確認した。



6.全体のまとめ

第36次隊から第51次隊にわたる測定結果を、国土地理院担当隊員の報告をもとに論評を交えず詳述した。この15年間で機器の改良、ソフトウェアの更新が絶えず行われてきたことがわかる。しかし、当初遭遇した不具合への対処、測定環境の改善努力などノウハウの蓄積・継承が第51次隊での、「1人で2台の比較測定実施」を実現させたと言える。筆者にとっての衝撃的記述は5.1節の「通常、ルビジウム原子時計を使用するが、大気中のヘリウムガスがこの時計内に入りこむと周波数変動を引き起こす恐れのあることが報告されている(Herbulock et al., 2003)。」である。これを読むまで、気体ヘリウムのレーザーへの害悪についてまったく、無知であった。重力計室は当初から、絶対重力計と超伝導重力計の共存を前提とし、間仕切りや特別な換気扇配置は考慮していなかった。超伝導重力計のコールドヘッド性能が上がる第45次隊以前、特に、南極地球物理学ノートNo. 14で記述した第33-34次隊での測定実施中、液体ヘリウムのトランスファー時には気体ヘリウムが充満とは言わないまでも、重力観測室内に高い濃度で存在していたはずである。これはまた、IGS-GPS局のルビジウム周波数標準にも悪い影響を与えたことは疑いない(GPSのノートで記載予定)。時間を遡れないのが残念である。

時間が進むほど測定精度が向上しているが、補正方法は4隊次で完全に同一ではない。ハード・ソフトの複合的な改善はデータの重みを変えることで経年変化算出に反映させられるであろう。大気圧補正について、第36次隊は標準大気圧を986.7 hPaとしているが、他の隊では984.08 hPaを採用していて、重力変化率計算では、この違いはそろえるべきである。別ノートで記載するが、南極半島を除くと南極域の地殻の上下変動は~4 mm/yr以下で、予測される重力変化率も~1-2 μGal/yrである。培った精密重力測定ノウハウは今後も維持・発展させなければならない。



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Q and A

Q1:FG5は絶対重力計のdefact-standardということですが、もうどこも(誰も)開発していないのですか?
A1: そんなことはありません。例えば日本では東大・地震研究所の新谷昌人さんがFG5より小型(高さ110 cm)でFG5と同等、あるいはそれ以上の性能(各dropの標準偏差10 μGal、平均値として1 μGalの決定精度を持つ小型絶対重力計の開発を継続しています。しかしまだ、商業製品化はされていません。この種の精密機器は、もしかしたら避けがたいbias(真の値からのずれ)をもつかもしれず、必ず、比較可能な機器があることが望ましいといえます。FG5は基本的には室内(観測室)用ですが、野外で10 μGalの決定精度を目指すA10という絶対重力計もあります。


Q2:Fig. 14で時間が経つにつれ重力値が減るのはおかしいのではないですか?
A2:確かに変です。担当隊員の菅原さんは、環境的要因なのか、器械的要因なのか現時点(2011年)では不明としていますが、2012年11月の今でも、この疑問は 完全には解決していません。しかし、異なる2台で変化傾向が良く似ているので、私は、器械的要因ではないと思います。環境的要因として調べなければならないのは、 大気質量の長周期変化です。図に表示されているのは約2週間分ですが、大気質量には周期1ヶ月位の長周期変動はあるので、その影響かどうか調べる必要があります。 これまで、南極での絶対重力測定と言うと約1-2週間やって最確値を決め、後は1年後とか数年後に再測というやり方でしたが、通年にわたって測定を行うと、瞬間的なadmittance(-0.32 μGal/hPa:これで説明できる大気変動の影響は全体の重力効果の70%と言われています)とは異なるadmittanceで大気変動の影響が でているかもしれません。現在、昭和基地ではFG5(#210)が越冬していて、定期的に観測を行っているので、季節変動が見えるかもしれません。