絶対重力(Absolute Gravity)とは奇異な言葉に聞こえるが、観測(Observation)、測定(Measurement)、計(Meter)と組み合わせて使う言葉で、相対重力計(relative gravimeter)に対応する言葉である。他の機器に依存することなく測定地点での重力値を1-2 μGal精度で決め、他地点での測定値と直接比較するために各種補正が必要であり、そのための標準的なデータ処理・補正方法と記載方法が予め、決められている(Boedecker, 1988, 1991)
JAREでは第33次隊(JARE-33)から第34次隊にかけて3種の機器を用いて測定を実施した。その結果はWorking Group for Syowa Station Absolute Gravimetry (1994)により公表されている。上記Boedecker (1991)のDocumentation Standardsに対応させ、個々の測定結果を記述する。
1992年1月4日-28日、JARE-33夏隊員(藤原智、渡邉和夫、福田洋一)が投げ上げ落下方式の佐久間式重力計(南極地球物理学ノートNo. 13参照)を用いて測定を行った。
型式名:GA60.BIPM-JAEGER/GSI.1991.9
周波数標準:Rb1008B, NEC
光源:Iodine stabilized He-Ne laser (NN-1, Nikon)
吸収線・波長:i line/632.991 399 nm
材質・落体重量:アルミニウムコーナーキューブ、60 g
ドリフト率:なし
測定地点:IAGBN(A) marker (南極地球物理学ノートNo. 13参照)直上1.2 mに落体の最大高さを設定。
補正項目は下記の通り。
(1)光速補正: c = 299 792 458 m/sに準拠
(2)地球潮汐補正:小川ら (1991)の実測地球潮汐パラメーターを使用。δ = 1.164 ( Zero-phase lag) を用いた場合に較べ、
+0.64 μGal大きな値になった。常数項は以下の式により測定値から除去した。
δ g (M0S0) = -4.83 + 15.73 sin2ψ – 1.59 sin4ψ (1)
ψ = geocentric latitude
昭和基地の場合ψ = 69.0˚Sなので符号付きで+7.7μGal を加算する。またDocumentation Standardsに従いHonkasalo補正(Honkasalo, 1964)、昭和基地の場合~57.0 μGalは行わない。
(3)極運動補正:
δ g = 1.164 x 108 ω2 a2 sinφ cosφ (x cosλ - y sinλ) μGal (2)
但し(x, y)はIERS1992.Januaryの極位置、ω = 7 292 115 x 10-11 rad/s、
a = 6 378 136 mで(φ , λ)は測定点の測地座標。昭和基地の場合、+0.25 μGal。
(4)気圧補正:
δ g = α (Pa -Pn)μGal (3)
但しα = -0.32μGal/hPaは小川ら(1991)による実測に基づく値、Pn = 986.7 hPaは1957-1987年の30年平均に基づく海面気圧、Paは重力計付属の気圧計による測定値である。平均して+1.3μGalの加算になった。
(5)高さ補正
Documentation Standardsの推奨は重力の高さ変化率の実測に基づく補正である。そこで、LaCoste Romberg G-515, G-583, G-590, D-73の4台を用いてIAGBN(A) marker 高さ及びその1.2 m上で40対の測定を行い、得られた0.334±0.001 mGal/mを用いて高さ補正を行った。水平方向の偏差はE-W方向で5μGal/m(西が高い)、N-S方向が1μGal/m(北が高い)であった。高さの定義としてDocumentation StandardsはIAGBN(A) maker直上の半径1 cm以内に収まる下記3つA, B, Cを推奨しているが、最終成果は以下の通りであった。
有効データ数:834
A (marker上0.800 m高さにあるprimary reference point):
B (測定器械高1.2 mにおける値):982 523 851 μGal
C (基台のIAGBN marker cross pointに引き直した値):982 524 252 μGal
単一落下測定値の標準偏差:30μGal
測定値ヒストグラム:図1a
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図1 (a) GSI GA60型絶対重力計で得られた測定値の頻度分布、 (b)はNAOM2絶対重力計で得られた測定値の頻度分布、 (c) はAGRVP絶対重力計で得られた測定値の頻度分布である。 |
図2は測定装置の展開状況である。
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図2 GSI GA60絶対重力計による昭和基地IAGBN点での測定装置展開状況 |
1992年12月27日-1993年1月26日、JARE-34夏隊員(坪川恒也)がNAOM2型自由落下方式の絶対重力計を用いて、絶対重力測定基台北側において測定を行った。
型式名:NAOM2.1992.10
周波数標準:Rb3100N, NEC
光源:Iodine stabilized He-Ne laser (NN-1, Nikon)
吸収線・波長:i line/632.991 399 nm
材質・落体重量:BK-7ガラスコーナーキューブ、35 g
ドリフト率:なし
周波数標準、光源に問題はなかったが、落体のキャッチャーが故障した。また、落体のコーナーキューブプリズムが1月26日に壊れた。それまでに得られたデータを用いて値が決定された。
(1)準拠する光速度、(3)極運動補正は2.1と同じ方法を用いた。(2)地球潮汐補正は実測値ではなくNakai (1979)のプログラムに依った。 (4)の大気圧補正の係数α = -0.32 μGal/hPaは小川ら (1991)による実測値で2.1.と同じだがPn = 1010.6708 hPaを用いた。
(5)の高さ補正に用いる変化率はJARE-33の求めた0.334 mGal/mを採用した。結論として得られた最終成果は以下の通りである。
有効データ数:276
A (marker上0.800 m高さにあるprimary reference point):
B (測定器械高0.98 mにおける値):982 523 825 μGal
C (基台のIAGBN(A) marker cross pointに引き直した値):982 524 152μGal
単一落下測定値の標準偏差:40 μGal
測定値ヒストグラム:図1b
図3は測定装置の展開状況である。
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図3 NAOM2絶対重力計による昭和基地IAGBN点での測定装置展開状況と測定を実施した第34次夏隊・坪川隊員 |
1992年12月29日-1993年2月5日、JARE-34夏隊員(花田英夫)が真空回転筒型絶対重力計を用いて、絶対重力測定基台南側において測定を行った。
型式名:AGRVP.1992.10
周波数標準:Rb3100N, NEC
光源:iodine stabilized laserで較正したStabilized He-Ne laser
(SP-117A, Spectra Physics)
吸収線・波長:i line/632.991 399 nm
材質・落体重量:ステンレススチールケース入りBK-7ガラスコーナーキューブ、45 g
ドリフト率:なし
真空筒に取り付けられているイオンポンプの電流が安定しなかった。これに起因する電気的雑音に連動して制御不能なモーターの動き、transient recorderのmis-triggerが生じた。Computer softにbugが発生し、約10 dropに1回しか正常解が得られなかった。1992年12月28日-1993年2月5日の間で得られたデータ数は374であったが、2つのsubset A, Bに解が分かれた。採用されたのは測定個数の少ない初期のsubset Aで、43 dataである。これは1月10日に落体トップに取り付けたルビー球が壊れ、交換や調整を2月4日に行ったが、その間にコーナーキューブにalignmentエラーが発生したと判断し、後半のsubset Bを棄却したためである。
(1)-(5)の補正はNAOM2型に適用した方法と同じである。
有効データ数:43
A (marker上0.800 m高さにあるprimary reference point):
B (測定器械高0.82 mにおける値):982 523 839μGal
C (基台のIAGBN(A) marker cross pointに引き直した値):982 524 113 μGal
単一落下測定値の標準偏差:40μGal
測定値ヒストグラム:図1c
図4は測定装置の展開状況である。
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図4 AGRVP絶対重力計による昭和基地IAGBN点での測定装置展開状況と測定を実施した第34次夏隊・花田隊員 |
昭和基地での最初の絶対重力測定ということもあり、当時、実用に達していた日本人製の3台の絶対重力測定装置を2年次にわたって搬入し測定を行った。特に、国立天文台水沢の器機については、製作者自ら隊員として赴き、測定を行った。
上記Working Group報告では1994年12月時点での結論として、(1) すべての絶対重力計がまだ開発途上にあることから、器機の優劣については論じないこと、(2) しかし、値そのものは複数でなく唯一のものとして定義する必要があることから、国土地理院のGA60.BIPM-JAEGER/GSI.1991.9による測定値982 524 252 μGalをIAGBN(A) markerでの値として採用することを決定した。なお、Working Group報告以前に出た各器機の測定値についてはいくつかversionが存在するが、それらは結果的に整約経過中の値であり、引用すべきではない。
ここから先はノート筆者(渋谷)の感想である。3機種での測定いずれも、単一落下測定時の標準偏差が30―40 μGalに止まり、平均値も良い測定の目安となる数μGal以内に達しなかった。1ヶ月近い測定期間で有効データ数が2~3桁の落下数にとどまり、平均値をピークとする急峻なガウス分布が得られなかった。 この理由として、(1) 精密機器の輸送という点で不慣れな点があったこと、(2)昭和基地の夏期作業中はいろいろな機器が使用されて電力が逼迫し、電圧が不安定になったり、電気的雑音も大きかったりしたこと、(3) 図2-4に見られるように、測定システム自体がまだ複雑で、取り扱いの簡便さ、簡単なユニットでの交換性に欠けていた、等が挙げられよう。
当時、同じように開発後期に入っていたFaller – Niebauer系列の単純落下方式の装置を国土地理院は既に導入していたが、このノートに示す初期の結果を踏まえて、昭和基地に搬入し測定したのはさらに2年後である。このFG5による測定は、取り扱いの簡便さもあり、IAGBNの基準を満たす結果を与えた。そのため、以後の測定はFG5を用いた繰り返し測定となり、このノートで取り上げた3種の機器での再測定はその後、なされていない。もしかしたら、完成度の少しの差でその後の展開に大きな差が生じたのかもしれず、残念なことである。
Boedecker, G., 1991. Absolute gravity observation documentation standards. Bull.
d'Inform. BGI, 68, 76-78.
Fujiwara, S., Watanabe, K., Fukuda, Y., 1994. Measurement of absolute gravity at
Syowa Station, Antarctica. Bull. Geograph. Surv. Inst., 40, 1-5.
Hanada, H., Tsubokawa, T., 1994. Absolute gravity measurements at Syowa Station
-Results by the absolute gravimeter with a rotating vacuum pipe-, Proc. NIPR Symp.
Antarct. Geosci., 7, 14-22.
Honkasalo, T., 1964. On the tidal gravity correction, Bull. Geofis. Theor. Appl., 6(21),
34-36.
International Gravity Commission-Working Group II, 1988. IAGBN Absolute Gravity
Observation Data Processing Standards & Station Documentation, Bull. d’Inform.
BGI, 63, 51-57.
Nakai, S., 1979. Subroutine program for computing the tidal forces for the practical use. a
Bull. d'Inform. Marees Terrestres, 81, 4938-4950.
小川文雄・福田洋一・赤松順平・渋谷和雄、1991. 南極・昭和基地およびあすか基地における
重力観測データの解析。測地学会誌、37巻、13-30頁。
Tsubokawa, T., Hanada, H., 1994. Absolute gravity measurements with a NAOM2 a
absolute gravimeter at Syowa Station (abstract). Proc. NIPR Symp. Antarct. Geosci.,
7, 176.
Working Group for Syowa Station Absolute Gravimetry (1994): Absolute gravity
measurements at Syowa Station during the Japanese Antarctic Research Expedition.
Bull. d’Inform. BGI, 75, 41-56.
Q and A
Q1: 補正項目が何故(1)- (5)と多いのですか?
A1: 重力の絶対値に求める精度は1-2 μGalです。気圧は測定期間中に10 -20 hPa簡単に変わります。気圧が1 hPa増えると地上重力は0.32μGal減るわけですから、平均で10 hPaの違いがあるとそれだけで3 μGalの差が出てしまいます。高さの基準も大事です。測定中の機器の高さ基準は器械高と言ってマーカーより約1 m高いところにありますが、高さ方向に0.334 mGal/mの重力勾配があると、マーカーでは器械高での値より約334 μGal大きな値になります。絶対重力計は据え置きではないので、マーカー高さに引き直した値で変動を比較しなくてはなりません。極運動補正や地球潮汐補正といった、地軸位置変化や潮汐変形による重力変化も1 μGalオーダーになるので、違う時期の測定結果を比較するためには、やはり補正が必要になるわけです。落体の高さ変化は光干渉で測っているから当然、基準となる光速度を決めなければなりません。そのような訳で、補正項目が多いことになります。