重力を測ることは地球の形を求めることに直結している。ここで言う「地球の形」は等ポテンシャル面のひとつである「ジオイドの形状」であり、その決定は測地学の大命題であった(今でもそうである)。
地球は回転する楕円体で近似できて遠心力が動くが、自転する結果生じた等ポテンシャル面そのものが回転楕円体を形成すると考えることができる。厳密な計算によると(例えば萩原幸男の教科書 地球重力論、共立全書1978)このような等ポテンシャル面が赤道半径a、極半径bの回転楕円体のとき、その境界面Sの外側の点P (r,φ)におけるポテンシャルは
(1)
で与えられる。但しφを地心緯度として
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
である。(1)式を正規重力ポテンシャル( normal gravity potential )と呼び、正規重力ポテンシャルの等ポテンシャル面を等正規重力ポテンシャル面と呼ぶ。等正規重力ポテンシャル面U=U0が赤道半径a、極半径bの回転楕円体を形成する時、(1)式においてu=bとおくと
(7)
となる。詳細は省くが(1)式から正規重力式γ(ψ)が導出できる。
(8)
但し、ψは測地緯度で地心緯度φとの関係は
(9)
である。
(1) – (7) 式のようにU, U0 はa,b, GME, ω の4つの定数(ストークス定数:Stokes' constants と呼ぶ。Gは万有引力定数)で決定される。GRS80系での定義によると
a = 6378137 m (10-1)
(10-2)
GME = 3986005 × 108 m3/s2 (10-3)
ω=7292115 × 10-11 rad /s (10-4)
γE=978003 × 10-5 m/s2 (10-5)
γP=983218 × 10-5 m/s2 (10-6)
である。注意すべきは(10-3)式のMEには大気の質量が含まれ、(10-5)、(10-6)の値にも大気の引力効果が含まれることである。なお、等正規重力ポテンシャル面として形成される正規楕円体は測地・測量の基準となる準拠楕円体とは定義上、別物である。
正規楕円体の面上では正規重力ポテンシャルUはどこでも一定値をとる。すなわち、正規楕円体上では
U=U0(一定値) (11)
が成立する。実際の地球重力場が作る等ポテンシャル面は正規楕円体とは一致しないが、重力ポテンシャルが一定値W0をとる面、
W=W0(一定値) (12)
は存在するはずである(質量分布の境界面が厳然として存在するはずだから)。もし
W0=U0 (13)
であれば、面Wの形状は正規楕円体面U0の形状に極めて近いであろう。このような
W=U0 (14)
をジオイド(geoid)と定義する。
等ポテンシャル面の一つであるジオイドは地球の質量分布の不均一によりその表面には起伏が(凹凸が)生じている。ジオイドの起伏を全地球規模でならせば、正規楕円体に極めて近い形をとるに違いない。しかも、正規楕円体の全質量は、実際の地球の全質量に等しいと定義されているため、ジオイド上の等重力ポテンシャル値は正規楕円体面上の正規重力ポテンシャル値に等しいと考えることができる。
現実の地球重力場が作る重力ポテンシャルWと正規重力ポテンシャルUとの差Tを乱れポテンシャル(disturbing potential)と呼ぶ。すなわち
T=W-U (15)
地球の実際の形状を求めること、すなわちTを求めることは長年の測地学上の命題であった(現在の命題でもある)。
今、図1aのようにジオイド上に一点P0をとり、P0を通ってジオイドに立てた鉛直方向(重力と反対の方向)をnとする (図1b)。又、正規楕円体面上のQ0に立てた法線の延長がnの延長と地表の同一点Pを通る方向をn' (図1b)とする。拡大図1bにおいて
P'0Q0 =ζ (16)
図1(a): ジオイドと正規楕円体に地表の同一点Pを通る法線を立てる。 |
図1(b): P'0Q0~P0Q0 = ζをジオイド高とするとζ = T/γであり、T/γ = ζ' = PQ なるPQをP'0Q0の延長上、すなわち、正規楕円体への法線上に定めることができる。Qを通り、PQ0に直交する仮想的面をテルロイドと呼ぶ。 |
をジオイド高と呼ぶ。ζは高々±100 mなので ~±1.6 × 10-5であり実際上はP'0~P0とおいて
P0Q0 = ζ (16)'
として支障はない。
P0における重力ポテンシャルW(P0)とQ0における正規重力ポテンシャルU(Q0)は、ジオイドの定義により
W(P0) = U(Q0) = U0 (17)
である。次にP0における正規重力ポテンシャルU(P0)を考えるとζは小さいので
U(P0) = U(Q0) + (18)
とおくことができる。また、Q0における正規重力は
= -γ (19)
であるから
U(P0) =U(Q0) -γζ (20)
である。一方、P0における重力ポテンシャルについて(15)式から
W(P0) =U(P0) + T(P0) (21)
であって、これを(20)式に代入すると
W(P0) =U(Q0) + T(P0) -γζ (22)
であり、(17)式から
T(P0) =γζ (23)
が得られる。(23)式はブルンズの公式(Bruns'formula)と呼ばれ、ジオイド高ζと乱れポテンシャルTとの間に成立する重要な公式である。
地表形状はジオイドとは一致しないが、地球質量はジオイド内部υに集中していると考えることができて、境界面Sの外側、すなわち質量のない空間においてはWはラプラスの方程式を満足する。さらに乱れポテンシャルもラプラス方程式を満足する。
(24)
微分方程式の解は一般に、与えられた境界条件を満足するように選ぶことができて、υの境界S上での値(kは定数)が与えられる場合の解を求める問題を第3境界値問題(third boundary-value problem)と言う。Tの値だけが既知の場合はDiriclet's Problem(ディリクレの問題)、の値だけが既知の場合はNeumann's Problem(ノイマンの問題)と言い、様々なタイプの条件について解法が研究されてきた。
地表上の1点Pにおける乱れポテンシャルは (15) 式で与えられるが、その両辺を、Pを通る鉛直線の方向nについて微分すると
(25)
が得られる。nとn'のなす角を垂直線偏差と呼ぶが、これは極めて微小な角である。従って
(26)
として良い。すなわち(25)、(26)式から
(27)
である。(27)式において
g(P) -γ(P) =δg (28)
を重力乱れ(gravity disturbance)と定義した時、
δg ={g(P)-γ(P)}= (29)
一方Pにおける重力とQにおける正規重力の差を
Δg =g(P) -γ(Q) (30)
で与えると
g(P) = Δg +γ(Q)
= Δg +γ(P) - (31)
で(29)式によると g(P) = γ(P) (29)´
であるから(31)式と(29)´ 式を見くらべて
Δg = + (32)
である。一方、ブルンズの公式(23)から
(23)
なので結局
(33)
が得られる。
地表上のPの標高はPを通る鉛直線とジオイドの交点をP0としてPP0の長さにあたる。一方、正規楕円体上のQ0の垂直線がPを通るものとして(図1)PQ0上にQを設ける。このとき、PとP0の間の重力ポテンシャルの差がQとQ0の正規重力ポテンシャルの差に等しくなる、すなわち
W(P) -W(P0) = U(Q) -U(Q0) (34)
になるようにする。(34)式の定義に依り設けたQの作る面をTelluroidと呼ぶ(図1b)。ジオイドが真のジオイドなら(34)式でW(P0) = U(Q0) = U0の場合にあたるが、ジオイドが仮のジオイドでも(34)式はそのまま成立する。
(31)式において、"Δgは測定できる量"である。正規高QQ0=H(図1b参照)が
H= {U(Q) -U(Q0)}
= {W(P) -W(P0)}
= (35)
となることから(但し〈γ〉はQQ0間の平均的な正規重力)、(30)式のγ(Q)は正規楕円体面上の正規重力値γ0とHを用いて
γ(Q) = γ0 + (35)′
と書ける。従って、
Δg =g(P) -γ0 - (36)
となって、g(P)、Hが測定できる量、γ0 、 が計算できる量であるから、Δgも測定できる量になる。
Molodenskii et al. (1962)は、Δgを与えて(33)式のTを解く解法を示した。それはとても専門的すぎるのでここでは深入りしない。しかし、地球を半径Rの球で近似した場合
~- (37)
なので(33)式は
(38)
と表される。これはTとの線形結合なので、Δgを既知として地球外の空間におけるTを求める第3境界値問題に帰着したことになる。この時Tはストークス関数S(r,ψ)を用いて
(39)
で表現できることが知られているが、詳細は深入りしない。
萩原幸男(1978):地球重力論、共立全書、242page をもとにまとめたが、Molodenski et al. (1960)はロシア語で書かれたもので、原本は手に入りにくい。しかし、Israel translation programにより英語訳が存在し、萩原(1978)もHeiskanen and Moritz (1967)の教科書(南極地球物理学ノートNo. 9参照)も英語訳を引用している。
Molodenskii, M.S., Eremeev, V.F., Yurkina, M.I. (1960): Methods for study of the outer
gravity field and figure of the Earth.Translated from Tentral';no-go In-ta Geodezli i
Kartografli, No. 131.
なお、webでMolodenskiiを探すとAmerican Institute of Physics provided by NASA Astrophysics Data Systemとしていくつかの関連論文が紹介されている。例えば、
Molin, I. F. (1963): Solution of the M. S. Molodenskii integral equation defining the
figure of the Earth’s physical surface with allowance for third-order terms.
Translated from Astronomicheskil Zhurnal, Vol. 42, No. 1, 183-189.
である。Molodenskii et al. (1960)は、Tの近似として二次微分の項まで取り入れたが、三次微分まで取り入れた解を論じている。
Q and A
Q1: ジオイド高は衛星測量で求められるから、何も、しち面倒くさい重力(異常)測定や積分をやらなくても良いのではないですか?
A1: 衛星軌道解析で求められる重力ポテンシャル係数の信頼性は512次までと見て良いです。波長で言うと80 kmです。また、1000 km上空を飛ぶ衛星のポテンシャルデータだけでは日本のように正と負の重力異常帯が波長数十kmで近接している地域の質量分布(ジオイド形状)を解像度良く決めることはできません。地上の密な重力測定からを求め、球近似であっても(39)式のストークス積分を実行する方が精度のよいジオイド分布を求めることができます。
なお、南極大陸ではこの10年でようやく航空重力測量がさかんになり(GPSによる位置決定精度向上が主要因)、場所によって2-5 mGalコンターの重力異常図が描けるようになりました。