南極地球物理学ノート No. 4 (2011.10.31)

リュツォ・ホルム湾における海底湧出量測定


澁谷和雄・上村剛史

Keyword: 海底地下水湧出(SGD), 湧出量計(Seepage Meter), Granier法, リュツォ・ホルム湾, 澤柿・平川理論,
等ポテンシャル静水圧平衡モデル



1.はじめに

2003年7月、札幌でIUGG総会が開かれた。そのポスター会場で私(渋谷)は会ったことも話したこともない谷口真人さん(当時・奈良教育大,現在・総合地球環境学研究所)の海底湧出量測定の論文に目を奪われた。当時、GRACE衛星による質量変動の研究が南極でも話題になりはじめたが、その地上検証として大きな役割を果たす可能性があったからである。奈良を訪ね、南極での観測の重要性を説いたところ、谷口研究室の上村剛史君が総研大に進学し、第46次越冬観測隊員として観測に従事することになった。論文が出る2011年4月まで8年間、長いストーリーの始まりである。



2.海底湧出量とは

陸上からは河川水としてだけでなく、地下水として淡水が海に流出していく。一方、海水が堆積層内を循環し、また海洋に戻る場合もある。この2つの成分を合わせて海底地下水湧出(SGD: Submarine Groundwater Discharge)と呼ぶ。大事なことは、水源からある程度、水平距離が離れると、これらの湧出は海底面に対する垂直流になることである。
もともと汽水域での淡水量を正確に見積もりたい、という要求から出た測定なので、SGDの測定は浅海域(100 m以浅)が大半である。少ないとはいえ南極以外では既に図1に示すような測定例がある。南極域での測定は我々が初めてである。

note04_01図


3.測定の原理

SGDの測定には、直接的に流量を測る直接法、実測パラメーターの組み合わせで流量を推定する間接法とりまぜて、さまざまな方法がある。我々が応用したのはGranier法と呼ばれる直接法である。

図2のように検出器を取り付け、ガイドチューブを流れる水流の下流側(A点)に間歇的なヒーターとサーミスターを設置する。A点から一定距離(17 cm)上流側のB点にはサーミスターだけを設置し、AB間の温度差をデジタル電圧値として測り、記録できるようにする。流量がない時、A点でヒーターから発生する熱によってAB間の温度差は最も大きくなる(電圧値は最も大きくなる)。流量が大きくなるにつれ、A点でヒーターから発生する熱が下流側、つまり排出口に向かって運ばれるので、AB間の温度差は小さくなって行く(電圧値は小さくなって行く)。流量と温度差(電圧値)の関係をあらわすグラフを求めておけば、測定された温度差から流量、すなわちSGDを求めることができる。

note04_02図

図3は実際の測器である。SGDが海底面に対する垂直流であることを利用し、漏斗をさかさまにしたようなチャンバーで集水する。チャンバーが海底にしっかり固定し、周りから海水が入り込まないようにしないと正しい測定にならない。チャンバー内の水はガイドチューブに導かれて、外へ出ていく構造になっている(逆流はしない:図2参照)。設置当初、チャンバー内の水は海水だけであるが、一定時間経つと、SGD成分だけに置き換わる。淡水成分が卓越していれば、チャンバー内の塩分濃度は低下するのでCTメーターで検出できるであろう。組み込みのバッテリーで駆動できるので無人連続測定できる。この装置を湧出量計(ASM : Automated Seepage Meter)と呼ぶ。

note04_03図
図3. ASMの全体図


4.設置場所の選定

チャンバーが浮き上がって隙間ができては正確な測定にならないから、測定期間中、海底にしっかり着底し続ける必要がある。チャンバーは36 cm x 40 cmの大きさがあるが、その面積以上の広い範囲の海底が平坦面でなければならない。このような平坦面は粒の細かい透水性のある堆積物の層によってしか得られないであろう。これまでリュツォ・ホルム湾ではピストンコアラーによる採泥・堆積物採取が行われ、シルト(粒径0.338 – 62.5 μm)が約50%を占める40 – 120 cm長さの堆積層が見つかっている。SGD測定を行う候補地(図4)はそのようなデータをもとに求められた。

note04_04図
図4. リュツォ・ホルム湾におけるSGD測定点を黒丸で示した。これらの測定点では過去の観測隊により採泥・堆積物コアリングが行われ、平坦な海底面の存在が確かめられている。


5.係留系

上村君の測定は2005年4月~10月の第46次隊越冬期間中に実施された。信頼性のある安定した測定データを得るためには最低数日間、1時間間隔で連続データ記録する必要がある。そのため、ロープを用いた係留システムでASMを設置した。図5が設置風景である。

note04_05図
図5 a.ドリルで穴あけ。b.氷板を取り除く。c.ウィンチをセットした海氷橇を穴あきの上に移動し、三脚に取り付けた滑車でロープ操作する。d. ASMを降下させて行く。

まず、ASMが入る大きさを考慮して、四辺に沿って海氷にドリルで穴をあける(図5a)。雪上車あるいは八つ手などを使って矩形(約0.4 m2, 氷の厚さは場所により0.5 – 1.5 m)の氷板を取り除く(図5b)。 ウィンチでロープを繰り出し(図5c)、三脚に吊るした滑車にロープを通して錘を抱かせたASMを沈めて行く(図5d)。着底センサーとしてピンガーを用意したが、指先の感触で張力が緩むことがわかるので、着底と判断できた。潮汐による氷盤の上下の動きに対してASMに張力がかからないよう、ロープの長さには余裕を持たせる必要がある。しかし、ロープが海底に沈まないよう浮力を持たせてロープ全体が海中で中立のつり合いになるよう浮きを取り付けた。係留系全体の模式図は図2に示した通りである。



6.測定結果

図6が得られた測定結果の一例である。太線は潮位の変動、細線はSGDの時間変動である。高潮位に対してSGDは減少し、低潮位に対してSGDが増加するという、逆相関の関係が見て取れる。これは、日本の沿岸浅海域での測定でも見られる現象であるが、ここでの水深が665 mと深いことに注意を要する。

note04_06図
図6. 測定結果の例

図7の白丸ハッチ域で示されるように(10 m以上の水深が6例しかないが)これまでの中緯度での直接測定ではSGDが深さに対して逆相関の関係にある。しかし、今回のリュツォ・ホルム湾の測定データ(黒丸ハッチ域)は10 – 1000 mにわたり水深に無関係に10-6 ~ 10-7 m/sという値で、中緯度での値より1–2桁大きなSGDを示している。

note04_07図
図7. 中緯度では水深とSGD(白丸)には逆比例の相関関係があるが、リュツォ・ホルム湾における測定結果(黒丸)は水深に関係なく、1-2桁大きな値を示している。


7.リュツォ・ホルム湾の大きな湧出量の解釈

常識的には地下水がないと思われる南極・リュツォ・ホルム湾でなぜ、大きなSGDが得られたのであろうか?その手掛かりは澤柿・平川(Sawagaki and Hirakawa, 2002)の等ポテンシャル静水圧平衡モデルに求められる。模式図8において基盤地形の傾きをγ、対応する場所での氷床地形の傾きをαとするとき、γ>11αの条件下で基盤地形の窪地に融け水が発生するという。そして、一旦生じた融け水は高い所の窪地から低い所の窪地へと順に沿岸域に向かって溢れ流れて行くという。模式図8の測線では平均的にtanγ~1.4 x 10-2, tanα~5.0 x 10-3なので、γ/α~3となり、γ>11αの条件は成り立たない。しかし、平均的にγ/α~3であっても、局所的に急峻な氷床下地形(rugged subglacial topography)は沿岸露岩域のデジタル地形図(DEM)から推定して必ず存在し、そのような場所ではγ>11αの条件が成り立つであろう。そしてそのような窪地は十分,氷床接地線(海岸線)に近い場所にあるので、基盤地形の割れ目、溝を伝って融け水が海底に流出して行くと信じられる。

note04_08図
図8. 澤柿・平川理論によると、氷床下沿岸域では氷床と基盤岩の堺に融け水が生じる場所がある。その融け水が海底に流出する。


『注』このノートは下記論文をもとにまとめた。

Takeshi Uemura, Makoto Taniguchi, and Kazuo Shibuya, 2011. Submarine groundwater discharge in
Lützow-Holm Bay, Antarctica. Geophysical Research Letters, VOL. 38, L08402,
doi:10.1029/2010GL046394.



参考文献

SGDを測る方法全般について
Burnett, W.C., Aggarwal, P.K., Aureli, A. and other 19 co-authors, 2006. Quantifying submarine
groundwater discharge in the coastal zone via multiple methods. Science of the Total
Environment, 367,498 – 543.

Granier法及び本観測に応用したASM測定法について
Taniguchi, M., and H. Iwakawa, 2001. Measurements of submarine groundwater discharge rates by
a continuous heat-type automated seepage meter in Osaka Bay, Japan, J. Grounwater Hydrol.,
43, 271-277.

Mwashote, B.M., W.C. Burnett, J. Chanton, I.R. Santos, N. Dimova, and P.W. Swarzenski, 2010.
Calibration and use of continuous heat-type automated seepage meters for submarine groundwater
discharge measurements, Estuarine Coastal Shelf Sci., 87, 1-10, doi:10.1016/j.ecss.2009.12.001.

リュツォ・ホルム湾の海底地形と海底泥質については例えば,
Moriwaki, K., 1979. Submarine topography of the central part of Lützow-Holm Bay and around Ongul
Islands, Antarctica. Mem. Natl Inst. Polar Res., 14, 194-209.
Shimizu, F., K. Moriwaki, and M. Ito, 1988. Surface texture of quartz grains obtained from an
iceberg and submarine sediments in Lützow-Holm Bay, Antarctica [in Japanese], Antarct. Rec.,
32, 129-139.

澤柿・平川理論については
Sawagaki, T. and K. Hirakawa, 2002. Hydrostatic investigations on glacial meltwater: implications
for the formation of streamlined bedforms and subglacial lakes, East Antarctica. Polar Geosci.,
15, 123-147.



Q and A

Q1: 図2のチャンバーの中にCompact-CTがありますね。本文でも「淡水成分が卓越していれば、チャンバー内の塩分濃度は低下しているのでCTメーターで検出できる」とありますが、どうなったのですか?
A1: 鋭い質問ですね。残念ながら、電気伝導度はCTメーターの故障で測れませんでした。画龍点晴を欠く結果になって残念です。



Q2:  Granier法の原理はわかりましたが,実際の測定温度差を流量と関係づけるにはどうすれば良いのですか?
A2: またまた鋭い質問ですね。大きいといってもSGD自体が10-6 ~ 10-7 m/sという低速の値です。実際に流量を制御した食塩水(海水に模した)をガイドチューブに流してAB間の温度差がどうなるか測定する較正作業を繰り返す必要がありました。これは測定器1台1台について行う必要があります。流量は液滴を落下させ推定しました。また環境温度によって流量が変わるので、温度の関数として較正作業を繰り返す必要があります。図9は上村君が帰国後,2006~2007年に日本で行った較正作業風景です。Mwashote et al. (2010)に体系づけた較正方法と誤差評価が記載されています。

note04_09図
図9. ASMの校正作業風景(撮影:石飛智稔)と校正グラフ


Q3: 南極でSGDが測れたとして,その意義が判りません.
A3: 氷床下から海底に向かって流れだす融け水の量は実測に基づく10-6 ~ 10-7 m/sに海岸線の長さと、影響の及ぶ海域幅をかけ合わせれば得られます。ここでは詳しいことは省きますが、リュツォ・ホルム湾の場合、白瀬氷河から流出する氷質量の約10 – 15%になります。澤柿・平川理論はおそらく東南極の海岸線全体に適用できます(沿岸氷床下の急峻な基盤地形はありふれています)。融け水となって流出する量は膨大なはずです。これまで、人工衛星から見た地表面からの氷質量流出ばかりに目が向いていましたが、海底からの流出にも目を向ける必要があります。これが本研究の意義です。しかし、実測はまだ一例にすぎないので、もっと多くの場所で測定例を増やす必要があります。