大きな地震が起きると、地球はふるえる。伸び縮みしたり捩れたり、それが同時に、かつ、さまざまな波長スケールで励起される現象を「地球自由振動」と呼ぶ。地球自由振動の振幅は揺れを特徴づける周期(モードと呼ぶ)により異なり、一般には波長の短い(球面調和関数で展開した時の次数の高い)モードほど、早く減衰する。当然ながら、地震の規模Mw(エネルギー)が大きいほど、励起された振動は長く継続する
図1aは昭和基地超伝導重力計(Syowa SG)が検知した2011年東日本大地震による地球自由振動の強さである。比較のために図1bに2010年チリ地震による強さを示す。縦軸の振動の強さは地動スペクトル密度PSD (Power Spectral Density; 次元はm2/s4・Hz)を対数にとったdB(デシベル:0 dB = 1 m2/s4・Hz)で表し、横軸の周期はx 10-3 Hz(1 mHz)を単位として右端が5 mHz、すなわち200秒(約3.3分)周期のゆれを表している。
地球の形状と内部構造・物性に支配されて揺すられ方が決まるので、地球自由振動はどの周期に対しても一様に励起されるわけではなく、周期によりスペクトルの強弱が現る。現代ではそのモードは理論計算により正確に予測されていて、灰色の縦線はそのモードを表している。南極地球物理学ノートNo. 1でも示した0S0というモードの周期は約0.814 mHz (約20.5 分)で、その近くにある0S5の周期とほぼ重なっているが、0S5は0S0より早く減衰する。
揺れがおさまっていく経過は、青(地震発生時)、黄色(約1ヶ月後)、緑(約2ヶ月後)、赤(約80日後)というように日数が経過するほど、PSDの全体的なレベルが低くなっていくことで見て取れる。チリ地震は東日本大地震と異なり黄色(29日後)より赤(80日後)のレベルの方が大きく見えるが、これはこの頃(5月9日)にMw = 7.2の地震がインドネシアで起きて、励起信号が重なったことによるものである。
時間が経つほど、PSDは-160から-170dBの間で周期に対して平坦になって行く。これは、励起信号が減衰し、昭和基地の地動雑音だけ見ていることを示している。
図2a, 2bは図1a, 1bの0S0モード近くのPSDスペクトルを拡大したものである。右端が1.4 mHz(約12 分)に対応している。理論計算によるモードと観測されたモードが良く一致している。青色線のピークで記号が記入されていないモードもいくつかあるが、これらはオーバートーンモード(mSn, m≧1)で、すべて理論予測に含まれている。0S0は2ヶ月後でも高いPSDレベルで観測されているが、0S5は1ヶ月後には地動雑音に隠れて見えなくなっていることが判る。
図3a, 3bはこのようなモード信号のPSDレベルが、時間(横軸)の経過に従いどのように減衰していくかを、カラーコードで示したものである。赤いほどPSDが強く(-130 dB)、青くなるほど弱い(-180 dB)。東日本大地震(図3a)にしても、チリ地震(図3b)にしても、発生直後は画面内の全周期帯域(0から2 mHzまで)で-130 dB以上の強い信号強度を持っているが、4日後の3月15日(図3aの東日本大地震の場合)あるいは3月2日(図3bのチリ地震の場合)には9~10本のモードラインだけが背景となる雑音レベル(-160から-170 dB)以上であることがわかる。これらも2週間後になると大半が見えなくなり、0S0だけがS/N≧1として検知されている。0S0が見えている期間は東日本大地震の場合80日以後の5月末まで、チリ地震の場合、60日後の4月25日までである。この図をスペクトログラムと呼ぶが、もともと強度の弱い信号の計時変化をぱっと認識できる利点がある。
図4は地震発生後、0S0のPSDが時間経過とともにどのように減衰していったかを表している。赤が東日本大地震、青がチリ地震で、比較しやすいようにチリ地震は約4.1dB全体を底上げしている。東日本大地震の0S0は75日以降もまだ明瞭に見えるが、本日までに準備したデータが80日分なので、最後の方はデータ打ち切りの影響で見かけ上急激にレベルが低下している。図3で述べたようにチリ地震では約60日たつと地動雑音の日々変動だけが現れている。
地震は違っても0S0という自由振動現象自体は地球に固有なものなので2つの減衰曲線は傾向がよく一致している。この減衰曲線をもとに詳しい解析を行うと、地震エネルギーの地球媒質による減衰を特徴づける固有の定数Qを決めることができる。PREMという標準地球構造モデルによる0S0の固有周期は0.814664 mHz、減衰定数Qは5327である。一方、図4のチリ地震による固有周期は0.814666 mHz、減衰定数Qは5389である。
Q and A
Q1: PREMとは何ですか?
A1:preliminary reference Earth modelの略で、Dziewonski and Anderson (1981)に基づいた地球構造モデルです。”Preliminary”とはいえ、30年経った現在でも標準的な地球構造モデルとして広く使われています。球対称近似のもとで地球の密度ρ、P波地震速度Vp、S波地震速度Vsは地球半径rの関数として定義できますが、できるだけ多くの地震観測点での、できるだけ多くの地震観測データを説明できるように作られた球殻多層構造モデルです。
Dziewonski, A.M., Anderson, D.L., 1981. Preliminary reference Earth model. Phys. Earth
Planet. Inter., 25, 297-358.
Q2:図2にある0S2, 0S3, 0S4, 0S5とはどのようなモードですか?
A2:球殻多層構造モデルで近似した地球に、内部的な力が働いた時生じる定在波の解はルジャンドル関数nPm(cosθ)、ここでθは余緯度、を含むルジャンドル方程式の解として求めることができます。これが地球自由振動解で、伸び縮み(Spheroidal)を表す解とねじれ(Toroidal)を表す解の2組があり、それぞれ頭文字を使ってmSn, mTnのように表します。次数nとオーダーm(m≦n)は整数の組み合わせですが、振動の節の数と位置を表します。
0S0は球全体の一様な伸び縮み(周期約20分)でしたが、0S2は図5aのような極と赤道に節を持つ振動(周期約54分、図1,2でわかるようにこれが周期が一番長いモードです)を表し、0T2は図5bのように赤道をはさんで、北半球と南半球が逆向きに動く(ねじれる)振動(周期約44分)です。SGは水平加速度(従って水平変位)に感度がなく、Toroidal振動は検知できませんが、上下方向加速度(従って上下変位であるSpheroidal振動)を明瞭に検知できます。0S3、0S4、0S5などはr方向に凹凸の節がそれぞれ3、4、5ある振動で、例えば0S8は図5cのように8つの節を持ち周期は約12分です。
但し、ここでは話を単純化するために、震源が北極点、または南極点にあると仮定しています。実際には、伸び縮み方向軸の1つは震源と地球中心を結ぶ線になるので、自転軸と一致はしません。
地球自由振動モードについてのもう少し詳しい説明が測地学会のweb-text
http://www.soc.nii.ac.jp/geod-soc/web-text/part3/nawa-1.files/
アニメーションによる実際の動きをブルゴーニュ大学のURLサイト
http://icb.n-bourgogne.fr/nano/MANAPI/saviot/terre/index.html
で見ることができます(2011.09.23現在)。
地球自由振動を扱った教科書は、日本語では
斉藤正徳、地震波動論、東京出版会、2009年、552頁。ISBN978-4-13-060754-4.
英語では
Lay, T. and Wallace, T.C. (ed.), 1995. Modern Global Seismology, Vol. 58 (International
Geophysics),
Academic Press. ISBN-13: 978-0-12-732870-6.
などがあります。
Q3: 地動雑音レベルとは何ですか?
A3: アメリカ地質調査所(USGS)のPeterson (1993)は、多くの観測地点で広帯域地震計を使って地震がないときの常時微動を計測し、地動の平均的な雑音レベルを現すノイズモデルを作りました。このような地動雑音は観測点の立地条件(硬い基盤岩上に設置されているか、軟らかい堆積層の上に設置されているか、海岸近くにあるか、遠く離れた大陸中央部にあるかなど)と気象条件の季節変動により大きく変化しますが、多数の地点での年間を通した測定に基づいてある種の平均化を行えば、標準的な「低い地動雑音」と標準的な「高い地動雑音」のPSD曲線を求めることができます。
Peterson, J., 1993. Observation and modeling of seismic background noise. USGS Open-file report, 93-322.
図6 |
図6の赤い曲線はPetersonの低い地動雑音モデル(NLNM: New Low Noise Model)を表しています。NLNMは基本的には地動雑音の静かな内陸の堅い岩盤に設置された広帯域地震計(STS-1)の地動変位速度観測に基づいてモデル化されたものです。STS-1は360秒より短い周期で高い感度をもつので、10 - 3 mHzで-190~-180 dBの低雑音を実現していますが、3 mHzから、より長周期側(図の左側のより低周波数側)に向かって、雑音レベルが上がって行きます。
Syowa SG(重力計すなわち加速度計)について、2010年1月7日から5月10日までの1日ごとのPSDを計算し、同じ図上に表してみると1本1本の灰色線になります。これら曲線群の平均によるPSDが緑色のMeanで示す曲線、中央値がMedianの青色の曲線です。昭和基地では2010年1月から新しいタイプのSGであるOSG058が稼動を始めたので、これら平均曲線は、このセンサーについてのいわば、信号検出限界を周期の関数として示したものと言えます。
図のように、0.2~0.6 mHzについてSyowa SGはNLNMより、若干(5-10 dB)ノイズが大きく、さらに短周期側では10-20 dBノイズが大きい、という結果になっています。昭和基地で0.6 mHzより短周期側でノイズが大きくなる理由は、SGがオングル島という小さな島(半径~500 m)の海岸線から200 m以内に設置されていて、周辺海域の海氷張り出しが後退する11~5月に、1-100秒周期の波浪・潮汐起源の雑音が特に卓越し、その雑音が低周期側へ漏れ出すことによるものと思われます。
昭和基地に限らずSGは、1 mHzより短周期側でSTS-1より性能が劣りますが、NLNMのPSDレベルが長周期に向かって大きくなって行くのに対してSGではそのようなことがありません。従って、赤線と青線が交差する点が現れます。Syowa SGの場合、約0.2 mHzです。このように、クロスした周期(周波数)より図の左側の周波数でSGの雑音性能がSTS-1より勝るようになります。